2811. 太陽と女龍 ~『エウスキ・ゴリスカ』と太陽の民・約束、古い太陽、世界創り直し
※17日(土)と18日(日)の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
龍が祈ったから―― 澄んだ赤の人のような体で、太陽は女龍に名乗った。
「エウスキ・ゴリスカ。あなたは、精霊ですか?」
『この世界の精霊ではない』
ああ、やはり、とイーアンは頷く。どこか知った感じ、その繋がりをやっと思い出す。神様だ・・・このお方はヂクチホスと似ているんだ、と気づいた。あの方も精霊ではなくて、違う空気感を持つ。エウスキ・ゴリスカもそうと思ったら、赤い顔が微笑を浮かべた。
『常世の郷と会った?』
「誰ですって?」
『昔から人間を支える存在。営みの側に寄り添い、苦楽を見守る。常世の郷は、私と近い』
ぽかーんとしたイーアンだが、答え合わせでヂクチホスの世界を伝えると、エウスキ・ゴリスカは『その存在がそうだ』と認めた。
「あのう。私は女龍ですから、知っていると思われていそうだけれど、知らないことが多いので質問します。あなた方は、この世界ではない世界に、本来は属していらっしゃるのですか?」
『そう。ここの精霊が、私たちと繋がる』
彼の返事で過ったのは、イングたちダルナを始めとした異界の精霊。外から来る精霊のような存在が、意外と多いんだ・・・と驚かされる。イングたちは閉じ込められてスタートしたが、神様やエウスキ・ゴリスカは最初から認められ、この世界に存在し続けているのだ。
なんでこんなにたくさんの精霊がいる世界で、他の世界から呼ぶんだろう?と素朴な疑問も湧く。エウスキ・ゴリスカは簡単な自己紹介の後、背後に顔を向け『あちらへ』と促した。
特に何にもないところなのだけど移動するらしく、イーアンも従い、一緒に歩く。
歩く場所は地面ではないし、風景もない、どこを見ても変わらない。空もなく、ただ白い。ひたすら白い世界。飛行する自分だからさほど気にならないが、ここに人間が来たら、浮遊感が気になりそうだと足元を見る。浮いているのとも異なって、踏めば足裏に伝う。
会話もなく少し歩いて、十mほど進むと、赤い太陽は立ち止まって女龍の肩に手を乗せ、ここに座ると教える。イーアンはその場にぺたっと座り、太陽も向かい合って腰を下ろした。
『龍が私に祈るとは思わなかった。とても気持ちが良い』
「太陽があなただと、知りませんでした」
正直に伝えると苦笑され、ごめんなさいと恥ずかしそうにイーアンが俯く。太陽は俯いた女龍の角をちょんと触り、上げた顔に微笑んだ。私の角も触れる・・・イーアン、この手の相手には、種族関係ないのが普通なのかとまたも思わされる。太陽は角に触れた手を戻し、話を変えた。
『大笑いしていた。呼ぶ前は悲しそうだったのに』
「とても悲しいです、人間が。その。でもこちらに来て、身に力が流れるから、嬉しくなって」
言いかけた女龍は、エネルギーの意味に気づいて止まり、エウスキ・ゴリスカも赤一色の顔をほころばせる。
『私は太陽だ。空を見上げる全てに分け隔てなく、光と熱と、前に向く力を注ぐ』
「それで。私も元気になったのですね」
例外なく、龍でも何でも元気にしてくれる太陽。イーアンは素朴な力強さに胸打たれて、ニコッと笑う。女龍の元気が出た顔に、太陽も笑い返して『笑っている方が似合う』と褒め、それから女龍の祈りについて話した。
『イーアンは、人間の先を気にして泣いていた。私にどこの世界へ行っても見守って導いてほしいと願った』
「そうです。あなたも、もうご存じでしょうか?それともあなたは、私より多くを知っているのですか」
もしかして知っているのかと、イーアンは粘土板には触れずに人々が連れて行かれる話を出し、数回頷いた彼の言葉に驚いた。
『いつでも私は一緒にいる。この世界から光を離すことなく、世外の陽の光も、約束した私が与える。今も、昔も。うんと昔も』
「まさか、エウスキ・ゴリスカ。あなたは、この世界に人間が初めて」
『来た日も、私が一緒だったよ』
目を真ん丸にして開いた口に手を当てた女龍は、何度か瞬きして『最初から』と、どうにか思ったことを口にする。エウスキ・ゴリスカはゆったりとした仕草で『そう』と真っ白な左右を見て、ずっと昔も導いたと言った。
『太陽の、民を』
*****
太陽の民、の名が出て更に驚いたイーアンは身を乗り出す。が、その前にもう一つ、気になる一言があったので、そちらを先に尋ねた。
「エウスキ・ゴリスカは、世外の光も約束した、と仰いましたね。約束とは、私が聞いても良いでしょうか」
『良い。イーアンは龍だから知っても良い』
話し出した約束の内容―― イーアンがピンときたとおり、彼は馬車の民を最初から導く存在だった。
「あなたが・・・馬車の民をこの世界へ」
『沢山の世界を通り、ここへ連れて来た。私が先にこの世界に加わり、その後、約束で人間を導いた。太陽の民は、私と共に移動する』
太陽の民、太陽に愛された民族、と最初の頃にドルドレンは教えてくれた。素敵な表現だなと思ったが、まさか本当にそのまんまだったとは。いや、だけど彼らだって知らないだろう。馬車の彼らにとって、エウスキ・ゴリスカは会って話す相手ではないはず。
そうですよねぇ?と念のために聞いてみたら、勿論そうだった。そりゃそうだとイーアンも、びっくりし過ぎた心に落ち着きを取り戻す。落ち着いたらしき女龍を見ていた太陽は、続きを教えた。
『約束は、この世界の太陽であること。世外も引き受けるが、それは太陽の民が移る時に照らすのであり、この世界の太陽である約束は守る』
ちょっと複雑な言い回しだが、イーアンは何となく理解する。
思うに、彼はこの世界が『軸』であり、太陽の民が違う世界へ動く時はそれも照らすけれど、基本、ここから光が引くことはない、という意味か。この解釈が正しいかを尋ねると、彼は頷いて『古い太陽の続きだから』と責任があるような言い方をした。
自己紹介でも、『古い太陽』そう言ったのを思い出し、イーアンはこの意味も知りたい。古い太陽の続きということは、エウスキ・ゴリスカの前は違う誰かがいた?と尋ねたところ―――
『いたのだが、交代した。世界を創り直した時、古い太陽はこの世界を離れるのを惜しんで、焦がした姿を大地に預けた。私はこの世界を新しく照らす』
・・・不思議すぎる昔話に、頭がついて行かないイーアンは、太陽に少し待って頂いて、急いで咀嚼。エウスキ・ゴリスカは、こちらが聞いていない話もポンポン出してくる、この貴重な情報に焦る。
世界は、創り直されていた? それってまさか、創世の歴史が違う理由の裏話?
彼以前にいた古い太陽は、焦げて大地に? ちょっと待て。確か、沈んだ島の創世物語で黒い星が(※2597話後半参照)って、あれはもしや・・・・・
急に降って湧いた機会、その答えに女龍は慌てる。
創世の出来事が引っ張り出される度に、なぜ矛盾しているのかと思っていた。まずは、ここだ。
始祖の龍の話も違えば、サブパメントゥが絡む様子も違う。ザハージャング誕生の卵話も行き違いがあるし、空を閉ざした前後の話も矛盾した歴史が残っていた。最近で言えば、イングとトゥの打ち明け話で、始祖の龍は大雨と大洪水を起こす前に、サブパメントゥや人間がとか。なんで~?と疑問だったのが、一発で解決した、この瞬間!!
だからだ!と同時に合点もいく。だから、あれだけ物知りのビルガメスたちでも細かいことを知らないのだ。
始祖の龍の時代が創り直しをしたのが事実なら、イヌァエル・テレンには創り直した後の出来事だけが遺ったわけだから。
うわ~・・・ これが真実ではと直感が告げる。鳥肌立つイーアンは、凄い瞬間に感謝。
そしてティヤー創世物語で、微妙な立ち位置にいた『黒い星』も薄々、正体が見える。邪悪な感じがないのは、黒い星もまた太陽だったと言われたら、然もありなん。ハッとして、確認できるだろうか?とエウスキ・ゴリスカに聞いてみた。
「あのう、その古い太陽のお方は、今も大地にいらっしゃるのですか。太陽としてではなく、別の在り方といいますか」
『居る。遥か前に沈んだ島の話だが、その島の成り立ちの頃、焦がした身で世界を支える役に加わり、大地の澱みを引き受け、今も余るものを吸い込み続けている』
やっぱり。そうでしたか、と大きく体を揺らしてイーアンは上半身ごと頷く。納得した。
ここまで話を聞いて、やや飽和した感じもあるのだが、飽和している場合ではないと気を引き締める。エウスキ・ゴリスカは、知らない事の多そうな女龍に教え、彼女が理解した様子から話を再開した。
『太陽の民が出かける時。人間の多くは、彼らの馬車の後に続く』
「は、はい」
『その道は私が照らす。頑張るのは人間だが、私は常に見守っている』
「はい・・・どうぞ宜しくお願い致します」
手助けするわけではないけれど、見ていてくれる存在がいる。
見守って、エネルギーを惜しみなく注いでくれる太陽が輝く。どんな怖い世界でも、どんな失望する状況でも。見守る太陽だって、助けてあげられない状態を見つめ続けなければいけない、それはきっと苦しいだろう。でも、離れないでいてくれるのだ。
そう思うと、イーアンは心から頭を垂れて、人間を導いて上げて下さいとお願いした。
『私も見ているが、龍も行く道を案じて守りを持たせるのだ。気持ちは同じ』
「あ。もしや、ご存じで。粘土板の」
『道具の何かは知らないが、昔も女龍が人間のために力を封じて、守りを持たせた。親が子を送るように』
始祖の龍だ!と分かって涙が浮かぶ。
――この時、咄嗟の感極まる思いで気づかなかったが、始祖の龍が持たせて送り出した・・・その意味を、あとで知る。
イーアンはしっかり頷いて、どうぞくれぐれもよろしくお願いしますともう一回下げた頭を、微笑む太陽に撫でられた。
驚かされるばかりだが、驚きはまだ終わらない。エウスキ・ゴリスカが尚も教えてくれる話は、まさに太陽の差し込む如し希望が広がる。
『この世界に残される人間も、またいる。大きな我々に祝せられた人間は、逃げる必要がない。命に限りはあり、肉体に傷も病も負うとはいえ、祝されし者を歪んだ邪が手にかけるのは容易くない。これは善悪関係なく、大きな我々の存在の契を持つ者の身ゆえと、解釈が良い』
ここまで来ると、イーアンは崇拝したくなる(※自分も崇拝対象だけど)。
太陽エウスキ・ゴリスカの不滅の勢い漲る笑顔に、力づけられ、励まされ。残される人たちのことも、こう解釈するんだよと教えてもらい、迷う子羊状態だったイーアンが拒む理由などない。すんなり受け入れるのみ。
「では、お面・・・人々を許す懇願のお面も、本当は必要なかったのかな」
船の甲板で思ったこと―― バサンダに託した12の面の意味を呟く。
十二の司りを前に人間が存続と許しを頼むそれは、儀式の意味を抜け出はしなかったのだ。思いやりのない言い方をすれば『意味がない行為』。広い視点に引っ張り上げてもらえて、寂しくもそう感じた。
寂し気に一人納得したイーアンを見つめ、太陽は腕を伸ばし、彼女の肩に手を置く。目が合った女龍に微笑むと、太陽は首を横に一振りした。
『それは、十二の面のこと?』
「そうです。人間がこの世界から引き離されずに済む努力と、そう思っていたので、今作っているお方がいらして、まだ数が足りないと聞いていますが」
『作っている?』
「はい。遠い、テイワグナという国で懸命に作られているお方がいらして。元はティヤーの出なのですけれど」
『では、全て作らせると良い』
エウスキ・ゴリスカの一言。イーアンが目を瞬かせる。だって、お面が揃っても。もうすぐ決戦で、淘汰はどのタイミングか分からない。決戦中に人間が連れて行かれるかも知れないのに。十二の司りが揃ったとして、何を頼むの―――
赤い澄んだ色が力強く微笑み、『その面は、残される人間の無事のために』と願いの先、変更をせよと教えた。
お読み頂き有難うございます。
今度の週末、二日間お休みします。
先日までストレスが多かったので意識が途切れ始めており、いろいろと遅れているため、お休みを頂いて書こうと思います。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝しています。励まされます。有難うございます。
Ichen.




