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魔物資源活用機構  作者: Ichen
淘汰の橋かけ
2810/2954

2810. 異変とコイヤーライラウリの港・太陽に祈る

 

 地震が始まった夜から三日。


 その前から、感じ取れる揺れは度々あったが、一日に何回も起きてはいなかった。

 一昨日の夜からは、小さい揺れを数時間ごとに繰り返して、気づけば生き物の姿もない。家畜や共に生活する動物たちは見えるところにいるが、虫の声すら聞こえてこないため、生き物が逃げたのではと囁かれ始めた。


 大地震が来る予兆。そう誰もが、気にし始めたのは昨日。


 多くの船は普段使用する港から、波が集まらない港へ移動し、津波を意識する人々は高台や丘へすぐ避難できるよう準備する。平たい島ではそれが出来ないため、海から距離のある地域へ動く人たちが増えた。


 口々に上る話題は、今朝も大地震の不安が中心で、黒い船アネィヨーハンが移動した先『コイヤーライラウリ港』でも、警備隊の挨拶はそこから始まった。



「おはようございます。地震が静まりませんね」


「おはようございます。うん・・・波はどうですか」


 甲板に出たイーアンは、船縁から乗り出して波止場を見下ろしたすぐ、下から声を掛けられた。波は・・・と、朝陽眩しい角度に、手で額に影を作った警備隊が説明し、大声を出させるのもすまないのでイーアンは下へ降りる。


 隊員は、これだけ地震が連続しているのにまだ波が来ないので、来るとしたら大きいのではと、とても心配する。水位は見て分かる低さに減っていた。また、下がった水位のために岩についているはずの貝が消えたのも、見て気づく。


 貝なんて、一度固着したら自力で移動などしない。ごっそり消えた跡だけが残る岩は奇妙で、これは精霊絡みの移動だろうなと思ったが、イーアンはそれについて言わなかった。隊員も、不自然な跡に視線を向けたままで気にしていそうだが、鳥一羽、影を落とさず、水面下にいつも見える魚がいない不穏を、口には出さない。



「とりあえずですね。昨日、他の方にも伝えたのですけれど、コイヤーライラウリの港はベギウディンナク港に比べれば、波の被害は少ないと思いますので」


 そうですね、と頷いてイーアンも周囲を見渡す。内側の港と言われた時は、大丈夫なのかなと思ったが。入り江ではないし、両岸もなく、島の顔になる表のベギウディンナクより引っ込んだ位置というだけ。


 コイヤーライラウリは『波が逃げる、ひっくり返す』と呼ばれ、波の集中や高さが起きにくいらしい。()()()()()()の表現は、押し寄せた波が港に被ることなく逸れる現象に因むようだし、過去に何度も津波を避けている話だった。


 昨日、船移動後に出かけたイーアンはよく見ていなかったが、夜明けに戻った空から見下ろして、ここは確かに安全かもと。



 ちなみに―――  


 夜明けまでは魔導士の小屋で、粘土板相手に頑張ったイーアン。


 深夜過ぎ、粘土板の記号の意味を、実際に魔法を通して魔導士とラファルに見せ、魔導士がザッカリアに教えられた異世界の様子をヒントに『どこでどれを使うか』、三人で頭を寄せて考えた。

 ラファルと魔導士の探った粘土板の背景も併せて、使用状況の予想を立て・・・・・


 一段落着いた夜明け頃、船へ帰って来てちょっと眠った、睡眠時間1時間半後。早い朝に甲板へ出たのが、さっきである。眠いと思いつつ、輝く朝陽を受けながら隊員の不安を聞き、相槌を打って『多分』と彼に伝えた。その一言を聞きたかったような、そして怖れていたような顔を向けた隊員も頷く。


「もうすぐ、です」


「津波が」


「大地震も」


「私たちは」


「・・・守りますが、いかなる時でも精霊を信じて下さい」


 イーアンに言えるのはここまで。もうじき、言わんとして口を噤んだ意味を、彼らは身を以て理解するのだ。その時、龍は側に居ない。馬車の民が導く前途多難の異界へ入り込む大勢の人々が、混乱の内に危険を膨らませないとも限らない。いや、まともに考えたらそちらの可能性が高いのだ。だから、どうか。


「精霊を信じます。あなたのことも・・・ウィハニの女も」


 隊員が呟き、イーアンは彼の腕をちょっと撫でて『ウィハニは私ではありませんよ』と微笑んだが、ハクラマン・タニーラニの言葉が同時に頭に浮かんで、しつこく言わずに離れた。



 隊員も『また昼に様子を見に来ます』と手を振って施設へ戻って行く。甲板へ上がったイーアンは、改めて港全貌を見渡し、人が疎らで静かな朝に決戦を思った。


 船を出す理由がないのだ。魚もいないのだから。家畜とペットは残っているようだけれど、野生動物が消えた以上、()()()であるのは間違いない。


 バサンダは面を作り終える前に、彫刻刀を置くだろう。湖に置いたお祈り箱に届く祈りは、もう数人分かもしれない。


 眩しい空を見上げる。美しくて、堂々と世界を輝かせる、朝の澄んだ空。


 ドルドレンはまだ降りてこない。馬車の民で粘土板を受け取るのは、テイワグナのジャス―ルかもしれない。

 12の面が間に合わない内に、人間は幻の大陸に連れて行かれるのか。

 そもそも、すでに12の面の意味なんてあるだろうか。淘汰は決定して、粘土板集めに焦る私たちが意識しているのは、どの部分だ。


 誰の命乞いが何になるのか。誰の涙と願いが未来の一歩を変えるなんて、今更無理だろうに。



 眩しい。太陽がやたら、痛いくらいに。悲しいくらいに。美しく、白に近い金色を放つ。赤い枠が見える。イーアンは太陽を直視できる目を持つ。瞼を半分下げても、じっと、何十秒と見つめていられる。そうしている内に、太陽の輪郭を見極め、輪郭が動いて弾ませる光の波を見分けることが出来る。


 この世界に来てから、こんなに長く太陽を見つめたことはなかったな、と思った。


 薄っすら涙が滲む目で、世界を照らす大いなる光に、哀しさと空しさと、非の打ちどころのない美しさへの賛美を心で捧げる。



 願わくば――― 太陽の民と呼ばれる馬車の家族が、この世界を離れた先でも、太陽(あなた)を追いますように。どうか、彼らを導き、お守りください。どうぞ、あなたの永遠の熱と愛を光に注いで、彼らの無事をお守りください。必ず、いつかこの世界に戻ってこれるように、その光で最後まで・・・お導き下さい。



 イーアンは見つめる太陽に祈る。思いつく限りの願いを、心の中で伝え続ける。涙が一筋、顔を伝うのは、目を開けて受け止める眩しさからかもしれないし、無力な自分の限界を託すからかも知れない。


 しばらく祈った後、トゥの銀色の光が目端に映り、ふと顔をそちらへ向けた。と、同時。トゥの姿が現れる前に、透かした向こうで上がる濃い緑色の狼煙が目に入る。

 あれは・・・? 狼煙の危険連絡を過らせたイーアンに、銀色の双頭が全体を現すまでの一秒。



『来てくれ。龍』


 カッと空気に白が渡り、聞こえた声。光は女龍を照らし、影すら消して、そのままイーアンは消えた―――



 止めようとしたトゥは残り、彼女が連れて行かれた空に首を向ける。()()が彼女を求めた、それだけは分かった。



 *****



 あまりの光量に、目を強く瞑るイーアンは、燃えるような熱の中に置かれながら、自分を包む溢れるエネルギーに困惑し、青い布アウマンネルを体の前に引き寄せて握る。


 アウマンネルは何も言わない。何が起きたのか。精霊とは、何かが違う。眩し過ぎる周囲に目も開けられず、ここは熱いのに、血を駆け巡るエネルギーに高揚する。満ち溢れる龍気に似たエネルギーは最高で、抗う気になれない。


 明らかにおかしい状況だけど、離れるのも惜しくて―― 嫌な感じがない分 ――イーアンは蹲っていた。


 龍の自分を傷つけられることはない。それもすぐさま逃げようとしない理由にあるけれど。これまで体験したことのない新たな場所に置かれ、留まりたくなる強いエネルギーを欲する本能に任せ、次の展開を待つ。



 変だ、変だ、と思うものの。イーアンは体も神経も満たしてやまない強烈なエネルギーを楽しみながら、自分がなぜここに連れられたのかを考えた。でも、意識がまとまらない。体感が凄すぎて、女龍は数分縮こまっていたが、少しずつ笑い出す。


 私を満たす、この力。この爆発的な量の光。龍気に似て、龍とは違う。でも互換性あり(※龍に)。


 フフフ、と笑っていたイーアンの声は徐々に遠慮ない笑い声へ、そして意味の分からない愉快で大笑へ変わる。アーッハッハッハ・・・ 相変わらず目を開けられないが、腹を抱えて笑う女龍に、とうとう相手が正体を現した。



『龍が笑う。これほど豪快に』


 その声にハッとして、イーアンは目を閉じた顔を上げ、笑顔のまま尋ねた。


「あなたはどなたですか。なぜ私にこれを与えますか」


『これとは。光のことか』


「とても力強いです。私を満たし、奮い立たせ、私を引っ張り上げる」


『目を開けてくれ、空の龍』


「眩しいです。私たちも光るけれど、これほど突き刺す光ではありません」


 眩し過ぎると言われてどう受け取ったのか。少し返事が途切れて、明度は落ちる。瞼の表に感じる熱も若干引いて、少し残像が目に影響する状態でイーアンは薄目を開けた。


 まだ、光は強い。でも、見えた。自分の前に向き合って座る、不思議な姿。中心の赤い色は澄んでおり、座る姿勢の輪郭だけが形を表す。輪郭を縁取る虹色の走る光は、チューブの中を飛ぶように見えた。


「あなたは・・・どなたですか」


『太陽。この世界の、()()()()()()()


「私は、龍のイーアンです。女龍なので、龍族の」


『知っている。龍族の頂きに立つ女の龍。最も強い存在。私の名は』



 澄んだ赤い色が美しく、忙しく、輪郭の内側を動いている。座った姿勢から立ち上がった姿に変わり、その身体に肉付きの影が映り始め、白い光の世界に座り込んでいる女龍の前で、背中を屈めて片手を伸ばした。


 力強い筋肉の影すら赤い透明。顔は豊かな優しさに満ちる男が、手を取るように無言で促す。


「触って、熱くないですか」


 熱気が伝わる手の平に、手を乗せようとして怯んだイーアンが遠慮がちに聞くと、太陽と名乗った男は首を横に振ってイーアンの手を先に掴んだ。

 熱い。熱いけど、耐えられないことはない。熱い温泉の温度に近い。日本人で良かったとイーアンが思う瞬間。どっちみち私は火傷しないけれど、でも彼の体はとても熱が高い。



 腕を引かれて立ち上がる女龍は、自分を見下ろす背のある太陽をしげしげ見つめ、ゆっくり手を放す(※やっぱり熱いから)。


 熱の塊が擬人化した・・・そんな表現が正しい相手にポカンとする。精霊ではない、それも分かる。精霊の範囲なの?と何かが違うことを感じ続ける女龍に、太陽も暫し見下ろした後、にこりと笑った。



『龍が私に祈った。私は姿を見せた。先ほどの続きだ、名も教えよう。私はエウスキ・ゴリスカ』

お読み頂き有難うございます。

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