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魔物資源活用機構  作者: Ichen
淘汰の橋かけ
2809/2954

2809. 別行動:②郷土資料館長と粘土板

 

 遅い午前。テイワグナ郷土資料館―――



『資料館の馬車置き場の裏に、道が続くんです。そこから北へ進むと、もう一本大きい通りに出る。そこに史実資料館があり・・・(※929話参照)』


 以前、そう教えてもらった道順の逆を辿り、シャンガマックは郷土資料館に到着した。馬車置き場の裏道から敷地に入り、自分の横には史実資料館長が歩く。彼の肩掛け鞄に粘土板が入っている。


「下さいと言って、貰えるものではないですよね」


「本当はね。手続きを踏むものだし、それ以前に会議で相談して、遺物の移し先を決定するし」


「そういったことを、全くせずして」


「『君たちの手元に入る』には、私たちも職権乱用による権利剥奪と、罰金諸々の覚悟をする」


「・・・そのぅ」


「普通、こんなことしたら懲戒免職処分もあるだろうね」


 続く言葉に目をギューッと瞑ったシャンガマックは、館長の話す()()()()()()()()の想像に悩むが、騎士の背中に手を当てて歩を止めない館長は『そんなことは、大勢の人間の命と比べることじゃない』と呟き、博物館裏口の開いている扉を潜った。


「でも。ええと今、思いついたんですが、ハイザンジェル国王に事情を話して機構でどうにか(※王様が身近)」


「やり取りする()()()()()()ね?ないだろう?」


「ない、かも、です」


 ないよね、と相手にしないように前を見て、通路をすたすた歩く館長に、シャンがアックは申し訳なさがこみ上げる。


 腹を括っているこの度胸、肝の据わり方。館長はさすが、その座にいる人だと痛感して止まない。

 人生を賭けて考古学に生きてきた人の、これまでの積み重ねも信頼も立場も奪うことに、粘土板は必要と言え、正直者のシャンガマックは呻いた。


「ねぇ、シャンガマック」


 通路ですれ違う職員に軽く挨拶をしながら、郷土資料館長が事務室にいると教えてもらって、事務室前まで来た時、館長は騎士を見上げて話しかける。漆黒の瞳が居た堪れないくらい困っていて、苦笑。


「君だって。私と同じ立場にいたら、こうするよね」


「もちろん」


「男の腹の据え方は、事情や事態によりけりだろうが、人間としての腹の据え方は、『条件』なんて小さなものに、一々、左右されないと思わないか」


 無言で頷くシャンガマックは、彼の言いたいことが伝わる。伝わるけれど、館長の失うものを思うと『そうですよね』とは、とてもじゃないけれど言えなかった。

 館長は事務室の閉じた扉をノックし、中から聞こえた声がこちらに来るのを待つ。


「・・・私に限らず、きっとここの館長も、人間として腹を据えると思うよ。背負う責任があるのは承知でも。ただ、私はそこまで心配していない」


 そこまで心配していない・・・? 館長の結んだ一言に、騎士は意味を聞こうとしたが、しっかりした木製の扉が軋んで開かれ、事務の女性が挨拶した。

 中年の女性職員は、開館前に来た史実資料館長に『忘れ物でも?』と尋ね、隣に立つ精悍な顔つきの外国人に少し戸惑う。


 館長は、シャンガマックに頭を傾け『彼と一緒に、館長に話があって』と短く用事を伝え、女性は頷いて館長を呼びに戻った。

 事務室は数人の職員が忙しく動き回る。彼らを目で追いながらじっと待つ二人は、少しして奥から出て来た人に気づいた。郷土資料館長も戸口にいる客を見て、挨拶代わり片手を上げる。



「ラモさん。どうしました。足りないものですか?」


 シャンガマックはこの時初めて『史実資料館長』の名を知る(※気にしたことがなかった)。

 いや、違うよと答えたラモ館長は、横の騎士に視線を動かした郷土資料館長に『彼も同席で大事な話があって』と教えた。


「あなたは・・・前、うちで調べ物をしていたハイザンジェルの(※929話参照)」


「お久しぶりです」


 来客のもう一人―― 褐色の騎士 ――を覚えていた館長は目を丸くするも、何やら只ならぬ様子を肌で感じ取り、ちょっと後ろの室内を見てから『あちらの部屋で』とすぐさま廊下に出た。


 二人の客を案内した通路先の並び、第一資料室の扉には鍵をかけておらず、来客を通した郷土資料館長は、厚い木の扉を閉めて中から鍵をかける。


「椅子に座って下さい。ラモ館長。時間はそう長く取れないですが、大丈夫ですか?」


「テンブさんはパッと応じてくれるから、いつも話が早いですよ。長くない話です。でも()()()()かもしれないが」


 郷土資料館長の名はテンブ。名か姓か分からないが、名前で呼び合っている感じもする。二人の館長は付き合いが長そうで、その信頼が伝わり、シャンガマックはいよいよすまなさに縮こまった。



「単刀直入は良くないんだけれどね・・・テンブさん、今日お借りした粘土板のことなんだが」


「はい。こちらの彼が、何か発見しました?」


 少しだけ砕けた感じの言い方。目が合って微笑まれ、善良そうな館長にシャンガマックは気が遠くなる(※これから職権乱用の誘い)。テンブ館長の質問に、ラモ館長は『ちょっと違ってね。()()()』と言い直し、テンブ館長の目が見開かれたと同時、シャンガマックは顔を逸らして俯き、目を閉じた(※耐えられない)。


「それは」


 身を乗り出したテンブ館長に、ラモ館長が鞄から粘土板の箱を出し、強張った笑み浮かべる顔で箱を机に並べた。こちらで借りたばかりの紙の箱と、自分の博物館から持ち出した金属の箱。


「シャンガマックと言うんだ、彼の名は。テンブさん。今から話すことを、信じるも信じないも自由だ。でも私は先に伝えるけれど、この彼は、世界の魔物を相手に戦う男で、仲間に龍の女がいて、精霊と多くの種族が側に付く、本物なんだよ」


 風変わりで印象的な紹介をされたシャンガマックは、事実だけれど嬉しくはなかった。この前置きの重さは、一般人が聞いたら一歩引くほど迫力があるだろう。斜向かいのテンブ館長の目は好奇心に満ち、『大発見』の意味を頭から信じているが、続く内容にどれほどの温度差を感じるか。


 黙ったままのシャンガマックに、史実資料館の館長が話を振る。とん、と肘を突いて騎士の顔をこちらへ向かせ、話すようにと目で合図した。



 シャンガマックも一刻を争う――― 今、イーアンと父が世界に散らばる粘土板を集めている。それは、一人でも多く無事に、この世界へいつか戻るため―――


 ぐっと顎を引いて、騎士は粘土板を一度見ると、その視線でテンブ館長を捉え、真っ直ぐ彼を見て話し始めた。

 ラモ館長に先ほど話したばかりの、秒読みの未来予告。この時点で、何が起きているのか。何を見据えて自分たちは駆けずり回っているかを伝えた。


 テンブ館長は一瞬だけ、最初の方で眉間を狭めたが、騎士が話し始めで『結界を張ります』と断って呪文を呟くと同時、自分たちを緑色と金色の光の帯が包んだのを見て、そこからは眉間に皺も寄らなかった。



 結界を張り忘れた、史実資料館での報告。特に変な気配はなかったから大丈夫だとは思ったが、こちらでは思い出したので結界を張った。

 シャンガマックにはそれだけのことだったけれど、テンブ館長もラモ館長も目を皿にして、真剣に話す褐色の男を見つめ、披露された()()の内側で、壮大な世界の動きを聞く。



「以上です。とんでもない頼みをしている、それは分かっているつもりです。築いてきた信頼や立場、人生をひっくり返しかねない申し出をすることを、先に謝ります」


「シャンガマック、いいよ。君はここまで。私が話す」


 呆然としているわけでもなく、しかし複雑な心境を顔に浮かべる郷土資料館長を前に、ラモ館長は弟子に微笑んで頷き、彼の話の続きを引き取った。


「そういうことでね。私は彼に粘土板を渡そうと決めたんだ。テンブ館長に同じ態度を求めたい。でも無理なら」


「無理じゃないですよ、ラモさん。魔物だらけで死ぬかと思った四ヶ月の後、更に私たちテイワグナ人が生き残ると聞いて、私も協力する以外の選択肢なんかないでしょう」


 シャンガマック、衝撃。う、と言葉を詰まらせ、目頭が熱くなる。テンブ館長は騎士を見て『そんなに心配しなくても大丈夫です』とはっきり告げた。


「でも、最悪は仕事を失うとも聞いています」


 すまなさいっぱいの騎士は不安を口にし、テンブ館長は『最悪は、ですよ』とそこを押さえる。そして、右手をちょっと上げ、人差し指を上に向けた。その指先は結界を示す。


「見て下さい、シャンガマック。こんなの普通の人間は出せません」


「ええ?はぁ、ええ、まあ。魔法を使えないと、それは」


「私は、魔法使いも祈祷師も占い師も呪術師も、この人生で会ったことがありますが、こんなことを一瞬でこなす人は見た覚えがない。世界のどこかにはいるかもしれないけれど、まさか来客が行うなんて想像もしません。

 ラモ館長はあなたを紹介した。あなたが世界の魔物を相手に戦う人で、龍の女や精霊と行動すると。私もあなたと初めて会った日、騎士で考古資料を勉強するなんて、なんと頼もしく賢い人だろうと思いましたが、加えてここまでの力を持ち、命を張って世界を守ろうとしていると知ったら」


 一気に喋ったテンブ館長は、驚きで口が少し開いたままの騎士に、机に置かれた紙の箱を押し出す。それを見たラモ館長の口端が上がり、彼も自分の持ち込んだ箱を騎士の前にずらした。



「信じています。今の話も、あなたの行動も。私はそれを見抜けるくらいの年と経験はあります」


「テンブ館長・・・ あり、ありが、とうござ」


 最後まで言いきれずに涙ぐむ騎士は、言葉を飲み込んで俯く。座る腿の上で握った拳に力が入り、歯を噛みしめた。


「持ち出しでもなく、盗まれたわけでもなく、『粘土板は大いなる存在に引き取られた』と、私は理解しました。紛失届には、そう書くでしょう」


「仮にね、私たちが『粘土板紛失』を責められるとしても、世界の事態は()()()()()()()()()()()と思う。テイワグナ以外の国から人が消えたとなれば、さすがにこの広い国でも風の噂で届くよ。国境付近に住んでいる人や、貿易、貴族の関係が、騒ぎ出す。そんな時に、誰かが粘土板紛失を咎めて、形だけでも私やテンブ館長に責任を取るよう詰め寄っても」


 ラモ館長は騎士の厚い肩に、ポンと手を置く。うっすら濡れた目の騎士に笑いかけて、首を横に振った。

 館長の笑顔が潔くて堂々としていて、シャンガマックはこんな素晴らしい人と繋がった縁に感謝を思う。


「粘土板は、大いなる存在に引き取られて消えたんだ、と私もテンブさんも答える。それでも罪を咎めるなら、それはそれだ。でもそこまで追及されない気もしているけど」


 ね、とテンブ館長を振り向く史実資料館の館長に、テンブも微笑んで『多分、そうですね』と同意する。


「責められないからいい、と思うわけではなく、ですよ。粘土板が、未来に役立つと聞いたら差し出して当然だと思います。発見して、管理する。それは仕事ですし、個人的な見解で決定してはいけない遺物だとしても、本来、()()()()()()()()()()()です。それは若い頃から、私は自覚しているんですよ・・・ だから、シャンガマックは泣かないで良いのです」



 柔らかい結界の明るさの中で、シャンガマックの袖が涙を拭く。騎士の体を包む不思議な模様の衣服も、テンブ館長には特別に映る。大の男が感謝で涙する、それだけでも誠実に思うのに。


「では。持って行って下さい。多くの人々を、いつかこの世界に戻すために」


「はい・・・・・ 」


 しっかり頷いて、褐色の騎士は粘土板の箱に手を伸ばし、ゆっくりと自分の前に揃えた。


 粘土板20枚、入手―――

お読み頂き有難うございます。

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