2803. 旅の四百五十六日目 ~津波警戒、船の避難・オリチェルザムの視点・待ちの死霊の都合と事情
☆前回までの流れ
あれがダメならこれでとばかり、人が消える日に備え、少しでも助けになる様々な手を使い、イーアンたちは動きます。粘土板は思いもよらず重要と分かった今は、間に合うように急いで回収。そうこうしている内に、ティヤーから生き物の影が消え、小さいけれど地震が始まり・・・
今回は朝の港、アネィヨーハンから始まります。
昨日も小さい地震が続いていた、と警備隊施設の隊員が来た朝。
黒い船アネィヨーハンの停泊する港ベギウディンナクで、夜明け前から騒がしいと思っていたら、太陽が上がる前に波止場から声が掛かり、ミレイオが対応。
甲板へ出て見回し気づいたが、他の船がない。姿は見えなくてもトゥは戻って来ているので、何かあれば言いそうなものねと思いつつ、下から呼ぶ人に『今降りるわ』の返事と共に飛び降り、事情を聴いた。
「あ、そうか。言われてみれば」
「はい。こちらの船は・・・いつも、その。ちょっと特殊な味方がいらっしゃるようだし、皆さんも特別だから心配はしていないのですが」
そうよねとミレイオも背後の海を振り向く。地震があれば水位が下がって・・・危険なことに津波も起こる。まだ起きていないようだが、水位は確かに下がっていた。
他の船は移動して内側にあるようで、アネィヨーハンは大型のため、移動先でも端の方に停まることになり、安全確保が難しいかもと申し訳なさそうに言われた。
「私たち、ハイザンジェルから来ているもんだから、こういうの教えてもらわないと鈍いのよ。気を遣ってくれてありがとう」
「いえいえ、ご存じかもと思っていましたが、いつ津波が来るか分からないので、念のためにお伝えしました。先ほど申し上げた通り、安全の保障は出来ないのですが、良ければ、内の港に移動して頂いて」
「そうね・・・とりあえず、皆に伝えるわね。移動先を教えてもらったら、浮かせて運ぶかも」
浮かせる?とキョトンとした隊員だが、聞き返すのはやめて(※何でもありな人たち認識)方向を教え、船を停める場所も特徴を細かく説明した。ミレイオは大体想像し、仲間の誰かしらはそこを知っていると思うことを話し、今日中には移動する方向で決めた。
「内の港でも大波が入ってきたら分かりませんが。ベギウディンナクよりは衝撃は少ないでしょう」
隊員が向こうの港に伝えに行ったので、ミレイオも船へ上がる。甲板に立ったミレイオに、姿を消したままのトゥが『移動するなら運ぶ』と先に言った。
起きてきた皆は、朝食を受け取りながら外の状況を教えられ、『それもそうだ』『気にはなった』と顔を見合わせる。
遅れて起きてきたイーアンは、食堂の話題に入って『そうですね』と知っていたように相槌を打ち、お食事を頂く。クフムの側で食べ始めたので、クフムはちょっと思ったことを尋ねた。
「イーアンは海の国から来たから、落ち着いていますね」
「クフムもティヤー出身でしょう。恐れていません」
「いえ、怖いですよ。あっという間ですから。でもこの船は、皆さんがいますので」
「民間にご迷惑を掛けてはいけませんから、私はギリギリまで待機予定でした。この船デカいし、他の港の場所を取っては良くないなぁと。津波が来ると分かったら、即、船を飛ば」
「もう逃げる必要はあるんだろ?」
クフムとイーアンの会話に割り込む親方が眉根を寄せ、イーアンとクフムは『はい』と言い、顔を見合わせた。ルオロフも話を聞いていたが、海近くのヒューネリンガの町で育ったものの、津波被害は知らないので黙っていた。
「船を飛ばす気だったのか、イーアン」
食器を台所に戻し、オーリンが余裕そうな女龍に苦笑する。イーアンはもぐもぐしながら頷いて『私が龍になれば運べる』と答えた。タンクラッドは視線を上に向けて、欠伸一つ。
「トゥがやってくれるだろう。俺が言う」
「さっき甲板で、運ぶならやるって引き受けてくれたわよ」
それならもう移動だ、と親方は椅子を立ち、避難先を伝えるミレイオの横に来たルオロフが『私はそちらの港まで行ったことがあるので知っている』と案内を申し出た。
ルオロフと親方は一緒に甲板へ行き・・・移動後に今日も出かけるイーアンが『いつもお任せですみません』と洗い物を手伝い始めたすぐ、船がぐらッと浮く。
「浮きましたね」
「浮かせていくのね。瞬間じゃなくて」
魔力の消費も気になるけれど、トゥがいいよと言ってくれるならお願いするのみ。異界の精霊の皆さんにイーアンは感謝して、時々ゆらりと揺れる船で洗い物を済ませた。
食堂の丸窓から、空中移動の様子を見るクフムとオーリンは何の話をしているのか、二人共少し、しんみりと寂し気な微笑みを浮かべているのが印象的だった。
イーアンは支度をして、甲板に出る。船は着水の衝撃も小さく済んで降りたばかり。
ざぶっと大きく揺れる波が収まってから、銀色の巨体にお礼を伝え、タンクラッドに礼を言い、ルオロフに行ってきますの挨拶をしたイーアンは、波止場の人たちの慌ただしい雰囲気が目に入り、『何かあれば連絡を』と親方に頼んだ。
「気がかりか?」
「特別扱いもどうかは思うけれど、仮に津波が来そうだったら呼んで頂ければ、一時的に食い止めます」
「ああ、それか。そうだな。特別扱いだ何だと考えるもんでもないだろう。助けを求められたら、都度それに会った対処をするんだし」
気にするなと親方に微笑まれ、それもそうかと頷く。最近、神経質になった気がする。では行ってきますと挨拶し、後を任せた。
「どこで呼ばれても、どこで助けを求められても、最良を尽くそうとするのは・・・そう、同じだものね。助かる人と助からない人の話題がここのところ占めていたから、差別区別に意識が向いている。そんなことで間に合うものも、手遅れになったら大変。ちょっとリセットしないと」
飛び立ったイーアンは、空中で地図を引っ張り出して行先を確かめる。粘土板を拾う→バニザットに通知が行く・・・のは抵抗があるけれど、彼なりにきちっと手伝っているだけ。頑張らなければ、と地図を片手に握りしめ、テイワグナ南部へ向かう。
しばらく飛んで入った南の空。空気が変わり、気配も変わる。
上から見た海岸線では、ティヤーの地震の影響なのか、船が移動していた。近づく決戦を感じる光景。海の色が違う気もする。波はこちらから動くのかもしれない。
懸念と被って、シャンガマックの一言『ティヤーの民は祝福を受けたと捉えて良いか』も頭に木霊する。
次の決戦で、世界はどう変わって行くだろう―――
ドルドレンにも伝えたい。彼は決戦に降りるだろうか。いろんな疑問と不安を抱え、女龍は粘土板探しを始めた。
*****
揺れが増え、今か今かと待ち構えているのはサブパメントゥだが―――
サブパメントゥはあくまでも『魔物退治の脇役』であり、因縁の固執からこうなっているだけで、実際の敵である魔物側は、始まった地震にどう感じているかと言うと。
アソーネメシーの遣いは、『原初の悪』に呼び出されて指示を遂行する。
その『原初の悪』に任せた調子で放っておいている魔物の王がいて・・・ 動きだけ見ると、魔物を操っている王は何もせず、精霊『原初の悪』が魔物の采配をしている。
だが、魔物の王の視点は、『原初の悪』も自分の言うなり。
手を貸した精霊にやらせているので、放っておいても魔物を増やし、旅の仲間を追い込む方向へ進んでいる認識。
この世界で古参の精霊と手を組んだのは今回が初だが、どうもサブパメントゥとも折り合いをつけているらしき精霊なので、実に都合が良い。魔物の王はティヤーも終わる前から、早々と最後の国・ヨライデに意識を向けていた。
―――ヨライデの魔物も、準備はまずまず。
手持ちの魔物の数に加え、『原初の悪』が用意する悪鬼、死霊も多い。旅の仲間は現時点で『龍の目』と『精霊の鍵(※フォラヴ)』が姿を消し、常に馬車にいた勇者もいつからか消えている。勇者は一度目も二度目も逃げる男だった。今回もそうなったのだろう。土壇場まで来ないと出てこない可能性が高い。
テイワグナとアイエラダハッドでしゃしゃり出てきた、古い『大地の魔法使い(※魔導士)』もティヤーでは動きが少ない。三度目の大地の魔法使い(※シャンガマック)に制限が掛かった行動を思えば、古い時代の魔法使いの動きが減って、更に何より。
『命を守る妖精(※センダラ)』がどうも分かりにくい動きを取る・・・仲間に近寄らないのは良いが、攻撃力が高すぎる(※魔物の王から見ても)。あれが『精霊の鍵』にすげ変わったか。
闇の翼コルステインは、同族の反逆が理由だろうが、しばらく見かけない。ヨライデ前に本格化すれば、コルステインは魔物退治どころではないだろう。
女龍と、時の剣を持つ男だけが、三度目の問題。女龍も初代に近い強さ、時の剣を持つ男も異界の精霊と共に動く。人数は少なくなったものの、この二人だけは要注意で―――
オリチェルザムはヨライデ王の頭に手を置いたまま少し考えたが、ヨライデに移行した後でも『原初の悪』に女龍の失脚を振ってみるかと、今はそこで終えた。
どうせ。魔物の王と対決するのは勇者であり、他の仲間は関係ない。
勇者がここへ辿り着くために配置される仲間は、他で翻弄されると最後まで同行出来ないのだ。翻弄と負傷と損傷と・・・ 三度目は変わるだろうと、オリチェルザムはこの流れに不満なく、廃人の王と城を後にした。
*****
元々、思い込みの強い魔物の王が緊張感もなく、成り行きを傍観するのとは逆に、仕事をする死霊の長はティヤー人の死者を魔物に埋めていた。
ヨライデの薬師にやらせていたことだが、あちらはもう開始準備に入ったのもあり、ヨライデ用の死霊作りに内容を変えた。ティヤー決戦はもうじきなので、死霊の長は宗教関係者を間引いては魔物に与え、頭数を増やした魔物を海の一部に集めて、その時を待つ。
『羊飼いみたいなもんだな』
魔物が羊。俺は羊飼い。俺の範囲でもない、魔物の管理とは。入り混じる種族と存在の複雑さを、死霊の長は考えようとはしないが、そうであっても『魔物』と『アソーネメシー』がつるんでいることも、アソーネメシーに呼び出された自分が、『魔物』を事実上管理している状況も不自然に感じていた。
『使うのは宗教関係者だけにしろと命じられたのは、アソーネメシーが精霊だからなんだろう。信者も含めば、まだ集められるが・・・ ヨライデに回す分も多く出した。薬師が生きた体を欲しがったから、アソーネメシーも好きにしろ(※2780話参照)と言うし、くれてやった。
生きた体で死霊を作っておきたい薬師は、多ければ多いほど良いような言い方をする。先に死霊を作らせておいた方が良いか、少し考えるな』
事情が見えてくると無駄も思う。この薬師もティヤー決戦後にはいなくなる・・・ 多くの人間が消える予定で、死霊が溢れても意味があるのかどうか。
ヨライデで死霊を使う最高の術師も、同じく消えるだろう。何の加護もない人間たちであるに変わりはない。
生きた体で死霊づくりを楽しませてやってるが、死霊が憑りつく相手も消えるとなると。
アソーネメシーから悪鬼を使うような話も聞いたが、あれは俺の範囲ではなし、まして命の宿る体でもない。死霊を出し過ぎて問題があるとは思えないにしろ、ただ闇雲に死霊が出ては、それも消される日が来るのでは。
淘汰だ何だと種族が省かれる話を、これまでは右から左に聞いていたアソーネメシーの遣い。
しかしどうやら、不要と見做されたら消えるらしい話と、生者あってこその死霊が、人間のいない世界で増えたらどうなるかと想像し・・・ あまり好ましくない事態を意識し始めた。




