2802. 粘土板と始祖の龍の島・59枚
※明日6日と、明後日7日の投稿をお休みします。申し訳ありませんがどうぞ宜しくお願い致します。
地震が続く夜。イーアンはティヤーでも集める。
朝から始めた『粘土板回収』でハイザンジェル、テイワグナ前半を回り、陽が落ちる頃に一度船へ戻って早い夕食を貰い、仲間に粘土板の話はせずまた出かけて、ティヤーの僻地から始めた。
ザッカリアが、集めてと頼んだ―――
魔導士の魔法陣に現れた彼は、幻の大陸から行く様々な厳しい環境を見せ、粘土板を収集するようにと。
「ザッカリア・・・あなたの名が出てびっくりしたから、すぐに思い出せなかったけれど。少し前、私はアティットピンリーに『空の司』が関与しているのを聞いたのです(※2791話参照)。あなたは、彼と同じで、龍族の空より上にある空にいるね。空の一族が幻の大陸に関わると考えたら、急に途方もないスケールに広がった気がする」
ずっと途方もないスケールだったかもしれないけれど、とイーアンは夜空の星を見上げた。殆ど関与しなかった『空の司』『龍の目』が出てきたことでこれまでよりずっと、巨大な変わり目を肌で感じる。
イーアンはザッカリアと接触しないにしても、彼が久しぶりに接点を持ってくれたことに嬉しい。嬉しがっている場合ではないが、彼は立派に仲間として支えてくれるのだ。離れていても、一時離脱中であっても。同時に、あの子が直に告げたとなれば、どれほど重要かも分かる。
少し強い風の吹く海沿いの丘で、イーアンは地図を広げ、角の明かりで次の場所を地図を確認。
「大丈夫ですよ、ザッカリアが真っ先に頼んだ魔導士は、瞬く間に実行すべきことを行動にしました。彼は私とシャンガマック、ホーミットに、粘土板を集めてくるよう指示を出し・・・って、魔導士の言うことなんか聞きたかないけど(素)。でもザッカリアがというなら、仕方ない。安心してね」
命令調を思い出して舌打ちするも、息子ザッカリアのためなら一肌でも何肌でも脱ぐ。彼が身動きとれない分―――
「む。私もか」
龍気の補充に行かないといけないのを感じる。イングの置いてくれた『お祈り箱』に小石はあるが、ちょっと考えて、今日は空へ行くことにした。
「ドルドレンに確認したいことが二つあります。彼のお手伝いさんと言われる『空の司』。そして『粘土板』。でも、きっとドルドレンには会わせてもらえないはずだから・・・ 確認したくても、時期待ちですよ。今日は別のこと」
次の遺跡手前で、イーアンは真上へ飛ぶ。始祖の龍の、あの島へ。集めた粘土板を照らし合わせるために。
夜のイヌァエル・テレンで、男龍の気配を感じながらもイーアンは真っ直ぐ、目的の島へ行った。すとっと降りた砂浜は、どの時間帯でも柔らかい印象。ここは、始祖の龍が愛でた場所(※1987話参照)。
「絵なのですよね、ここでは。だから、分解すると記号になるって感じ」
絵なのだけどね、と呟きながら、辺りをやんわり照らす白い角の光を頼りに、林を歩くイーアン。丸っこい岩がそこかしこにあるが、そこそこ大きいので躓くことはない。コケる心配などせず飛べば良いだけの話だが、始祖の龍も歩いたと思うと、イーアンも歩きたかった。
短い下草をサクサク分けて進み、最初の岩に辿り着く。一番初めに見たこの絵で、私は泣いて、ルガルバンダが困ったのを思い出し、ちょっと笑った。
「ルガルバンダが教えて下さらなかったら、誰も私に言わなかったかもしれない。男龍は興味もないというし」
自分たちに関係ないなら気にしない・・・勿体ないなと思うけれど、それが男龍。イーアンは更に林の奥へ進み、点々と描かれる絵を巡る。色褪せない塗料は、始祖の龍その人が描いた状態を維持し、ここがイヌァエル・テレンだからこその保管状態と感謝ばかり。
集めてきた粘土板。始祖の龍の鱗。ここで取り出すのは初、と腰袋から鱗を出す。でも特に反応はない。ありそうな気がしただけに少し意外だったが、鱗は静かで粘土板も素朴そのもの。
下草にしゃがみこみ、予備袋に入れた粘土板を適当に取り出して、角の光に照らして記号をよく見る。周囲の岩にある絵を振り向いては、粘土板一つずつを比べて、すぐに判別が利くものとそうではないものを分けた。
今日だけで、イーアンは40個ほど入手。テイワグナの一部は地図に映っていないなと思った。そして、ある一部に十枚ほどまとまっているな、とも思い、そこで気づいた。館長の集めた話・・・ これは明日にでもシャンガマックに伝えることにし、他所を探したのだ。
―――『檻』と呼ぶが、実際は何かの遺跡・遺構が少しある程度で、シャンガマックの話によると『檻』は発動で見せる半球シェルター状を指し、遺跡は管理棟みたいなものなのだと思う。
なので、この遺跡及び遺構の側で見つかる粘土板は、遺跡から平均数十m範囲内にあり、『檻』の位置ではない気がする。あくまでも、遺跡に因んでいると解釈した方が良さそうに、イーアンは思った―――
「異世界に連れて行かれた人たちの民話。檻の近くで見つかる粘土板。バニザットと私が昨日考えたのを参考にするなら。そして・・・僧兵ラサンの話も取り入れるなら。
幻の大陸が大きな振動を起こした時、偶々か、必然か。『檻』の近くや、異界に接する歪み、そう、テイワグナ・アルア(※1639話参照)のように意図せず入ってしまうのかもしれない。そして、出て来れない。
出て来れないけれど、人は奇妙な場所で見つける不思議な品に目ざとく反応するもの。行った先で、この粘土板がポツンとあるのを見つけた人が、運良く戻れたとも思える」
始祖の龍に守られて。そうなのではないか、そうした解釈もできると、イーアンはぶつぶつ呟きながら粘土板を選り分ける。
知らないが故の解釈や当て推量は幾らだってあるのだ。どれか一つが、数打ちゃ当たる正解かもしれない。
だけど、今は。そんな『数打ちゃ当たる』ゆとりなど頼っていられない。目下にあるのは、人々がこの世界に戻るに確実な手がかり探し。
「・・・騎士修道会の皆さん。モイラ、ボジェナ、ラグス。サージさん。オークロイ親子。ハルテッド、ベル、馬車の家族。沢山の、私の友達。私の大切な人々。皆が急に連れて行かれて、戸惑いと恐れの中で不安を抱えながら、厳しい世界を渡り歩く。少しでも、いいえ、出来るだけ!守れるように・・・!」
イーアンの目は辛そうに細く狭まり、不明瞭な記号の粘土板もじっくり目を凝らして分ける。始祖の龍が、守って下さるんだもの。始祖の龍が、ここまで手を打って下さったんだもの。
「私も頑張らねば」
始祖の龍の鱗を、横に置いて一心不乱に分けるイーアンは気付かなかったが、偉大な鱗は三代目女龍の懸命な想いに、優しい金色の光を放っていた。
*****
そうして、『ほとんど大丈夫』と思える状態に選別した後。布切れに包んでそれぞれをまとめ、予備袋にそっと入れて空へ飛び立つ。イヌァエル・テレンにいると地上のあれこれを遠く感じることがある。ドルドレンも今はここに居るのを考えると、長居したくなるのだが。
「魔導士に」
イヌァエル・テレンより遥かに高い紺色の空を見上げ、イーアンはザッカリアに微笑む。魔導士に渡すからね、と心で呟いて地上へ急いだ。龍気もしっかり回復し、女龍は予備袋を腕に抱えてティヤーの上空を直下し、雲を突き抜け、黒い海の輝きを翼に受けながら、ティヤーの夜空を横切る。
「バニザット。バニザット、集めた分を」
『こっちだ』
声に出して名を呼んだすぐ、嗄れ声だけが耳に届き、ちらっと緑の粒子が目端を掠める。旋回して女龍は緑のちらつく輝きを追い、温い風の逆を飛んで小屋へ着いた。
砂浜で待っていた緋色の魔導士が、腕組みしていた片手をちょっと上げて背中を向ける。砂に足をつけたイーアンも小走りで後について小屋に入り、通路脇の部屋へ通された。
「成果はどうだ」
「今、44」
「お前にしては少ない気がするな。この時間までやってたんだろ?」
「頑張ってんだけど」
嫌味しか言わないよこの人、とぼやくと、魔導士はイーアンに椅子を示し、『何か食うか』と聞いてくる。ちょっと食べたから要らないの返答を無視され、魔導士なりに気遣った一食が提供された。そしてなぜか酒も一杯つく。
「酒要らない」
「労ってんだ。飲め。ホットドッグは何個食うんだ」
「・・・二つ」
手に一つ持たされたので、もう一つ、一応所望する。魔導士はイーアンにホットドッグ二個と酒を渡し、彼女の集めた粘土板を引き取る。椅子に座ってむしゃむしゃ食べるイーアンは、袋を開けた魔導士に説明し、地図を見せて、行った場所を教えた。
「まぁ、大体わかってる。俺のところにもお前が足を運んだ場所が映る」
「何?」
「子孫の足取りも掴んでいる。時間差はあるがな」
追跡機能付きだったと知り、イーアンの目が据わる。魔導士はあっという間に二つ食べ終わった女龍が文句を言うより早く、三つめのホットドッグで黙らせて―――
「正確な数合わせだ。もう少し遅くなってから、獅子も来る。お前もそれまでは居ろ」
「えー。私帰れないの」
「責任だ。俺は手伝いでお前らの旅」
「分かった分かった」
引き受けたからには、それもそう。始祖の龍の鱗があるから集めるのが早かったと、バニザットには白状した。彼はやや驚いたが、『女龍ってのは分からん能力を持つ』と変に納得。それから、龍気の補充で空に上がったことも伝えると、『だから44止まりか』と、追跡機能の探知不可時間にも納得していた。
管理されているみたいで嫌だが、魔導士なりに徹底しているとも思う。
「この分だと、明日明後日、全部手に入る。お前次第だ」
分かってるけど言われたくはない。そうだねと返事をして、ホーミットには鱗のことを言わないで、と頼んでおいた。理由を察した魔導士は『お前らの旅路であり、分担も仕事』と理解を示した。
この一時間後、ホーミットがやって来て、シャンガマックが集めた分を出す。ホーミットもやることの合間合間で隙を見て探したらしく、彼ら親子の粘土板数は15。シャンガマック手持ちの7枚も含む。
イーアンが『テイワグナの館長が持つ枚数』の話をすると、獅子は『息子に伝える』と了承。
明日の打ち合わせを簡単に済ませ、イーアンは気になっていた『馬車の民に渡すこと』を尋ね・・・魔導士も考えているようで、『ラファルに預けるかどうか』と呟く。
エサイでもなく、イーアンでもなく、普通の体の男から、粘土板を馬車の民に渡すのかと、イーアンは目を丸くする。獅子も若干呆れ気味で『何考えてるんだ』と突っ込んだが、漆黒の目がちらっと向いて『狼男と龍の持ち物に手を伸ばすか?』の即答に、イーアンと獅子は黙った。
「俺だって、ラファルに面倒ごと一つ増やしたいと思わん。耐久性のあるお前らにやらせたいのは山々だが」
不満そうにぶつくさ言う魔導士。これ本心だなとイーアンは思う。そして私たちの耐久性云々ではなく、私たちならどうでもいい、みたいな感じもある。
ボヤく魔導士をじーっと見ていた獅子は、『ドルドレンは』と仲間内で唯一、馬車の民の一人である彼の名を出した。
イーアンが、その名にぴくッとする。魔導士も顎髭を撫でていた手を止め、獅子に視線を向ける。
「・・・イーアンが旦那の名を出さないのを、お前は引っ張り出す気か」
意外な、魔導士の一言。獅子もちらりと女龍を見たが『あいつが適役だろ』と返す。
戸惑いの表情を浮かべたイーアンが何も言わないので、魔導士は今日は答えを出さないとし、この話を宙ぶらりんで片づけ、二人を帰す。
帰り道、イーアンも思わなかったわけではない『適役・伴侶』を考える。ただ、男龍が止めているのを軽視する気はなく、これについて・・・男龍に伝える気にもなれなかった。
お読み頂き有難うございます。
急用が入り、物語を書く時間が足りず、明日と明後日の投稿をお休みします。もしかしますと、明日だけ休んで明後日は投稿するかもしれませんが、念のために7日もお休みで・・・
ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。
皆さんのGWが良い時間でありますように。お休みの方も、そうでない方も、良い時間を持てますように。




