2800. 『粘土板』 ~④魔法陣で確認・記号種類別・点在二百ヶ所超
魔導士の風に抱えられて移動するイーアンは、挨拶くらいさせてほしかったとぼやいた。すると魔導士は『子孫のどうでも良い話が長引いていい事態じゃない』と。
この返事。そして先ほどの態度。その前も。ちょっと、思ったイーアンは風の内側で膝を抱えて訊いた。
「シャンガマックを避ける理由があるの?それとも」
「単に好かない。その程度だ」
「好かない・・・そうなの」
「お前の方がまだ良い」
まだって何だよと言い返した女龍を、風は落とす。ぐわっと驚いて体を捻り翼を出した喚く女龍を放って、風は真下の小屋に降りた。一々、煩い女龍は無視し、魔導士はさっさと小屋に入り、開け放した扉をくぐった女龍がまだ文句を言っているので口を閉じさせた(※魔法)。
「むー」
「ラファルがいるんだ。黙れ」
ラファルが気づく前に、通路横の部屋に女龍を通し、扉を閉める。居間は通路の奥なので、魔法陣を使う部屋と離れており、静かにしていれば聞こえない。ここまで来たらラファルにも挨拶したいなと思いつつ、イーアンは『古代の海の水』製作時に入った魔導士部屋を見回した。
本当に魔法使いの部屋、の印象。古風な魔法使いと言うか、王道と言うか。書物と材料、変わった臭い、煙草の煙が染みついた壁、床にも壁にも魔法陣、ライトは魔法で灯すもの。
ティヤーに居ながら、椅子や机の家具はどこか北方風。がっしりと重い木材を使う家具の揃えに、魔導士の趣味かもと改めて思う。
イーアンがキョロキョロしている間に、魔導士は机に魔法陣を出し、粘土板の記録を投影する。
が、すぐに魔導士が『あ?』と前のめりに投影像に顔を寄せ、何かあったかと側へ行った。魔導士の横に並び、目の前の映像を一緒に見て・・・イーアンはまず、声を出せるようにしろと魔導士の腕を叩いた。
「ああ、忘れてた。ほらよ」
指を鳴らされて、口が利けるようになったイーアンは『さっき見たのと違うのも、こんなに在るの?』と映像を指差す。
魔法陣に揺れながら浮かぶ映像は、全部で6枚。天井から吊るガーランドの飾りみたいに、それらはちらちらと向きを変え、そこに鮮明に映る粘土板は拡大された状態で、それぞれが違う背景と、違う記号・・・・・
魔導士が女龍を見下ろし『ザッカリアが見せたのは一枚だ』と教え、イーアンは目を瞬く。じっと見つめる漆黒の目は、何やら理解したらしく、女龍の背中をぐっと前に圧した。机に両手を着いたイーアンは『何すんだ』と眉根を寄せたが、イーアンが近寄って画像が反応する。
「あ。こっち向いた」
「お前だ。お前が来たから」
「でもザッカリアが、ここにいるわけじゃないでしょ?これはあんたの再現魔法で」
そうだが、お前に通じるんだろうと、魔導士は魔法陣に吹き抜ける入り込みの要素を呟いた。たまにこうしたことがあり、こちらの意図しない相手が出たり、関連した要素を引っ張り込むことがある。魔法の条件が大まかな設定だとありがちという話。
『無理やり魔法陣の権限を引っ手繰って、現れる精霊もいるがな』と苦々し気な不穏なぼやきが続いて、イーアンはそれが誰のことか何となく分かるだけに流した(※原初の悪ではと)
「で。お前に作用した粘土板だが、何か気づくことはあるか」
「いきなり言われても。観るから待っててよ」
魔導士はイーアンに意味を考えろと時間を与え、イーアンも6枚の画像に顔を近づけて観察し始めた。自分の顔より一回り小さいくらいの、粘土板拡大画像。大きくなると見やすい気がしても、小さい方が余計を見なくて済むこともある。崩れた箇所や、欠けた影などが邪魔で、刻んだ記号の角や向きが捉えにくいと思ったイーアンは、少し下がって視点を変えた。
魔導士は彼女の動きをじっと見ており、机から二三歩引いたので、映像に視線を移す。見づらかったのを理解し、女龍がじっくり観察する目の動きを追った。こいつは、共通点を探しているのか。もう一度粘土板を見た魔導士は、上下左右も特徴がない絵に似た記号のどこで判断しているのかと、女龍の視線の流れで一緒に考える。
そうしている内に十分ほど過ぎ、静かな十分間の末、イーアンは集中して詰まっていた息を大きく吐き出した。
「どうだ。これらを同一人物が作ったとは思わないでおけよ。作る手が変われば、同じ形状でも違いはあるのを」
「これと、これは、同じ」
ん?と遮られた魔導士は、女龍の返事に魔法陣を振り返る。イーアンは魔法陣の前に戻り、二枚を指差して同じだと言う。
「どれだ?ここか?どこかの箇所が似ているんだな?」
「似ているんじゃない。伝えたいことが一緒。記号は違うんだけど、内容が重なる感じ。こっちと、これもそう。これはそっちのと同じ」
「お前は何で判別しているんだ」
「んー・・・判別の仕方はバニザットに関係ないから」
教えてはもらえない(※子孫も先祖も)。ちょっと待ってろ、と魔導士は二枚組認定された画像を分けて浮かせ、向きはあるのかを尋ねる。イーアンは言いたくなさそうだが、とりあえず『これが右回り』『それは反転』と少し応じた。画像の角度を変えて並べた二枚は、似たり寄ったり。
「魔法で再現できるんでしょ、元の姿とか」
「俺の再現が利く対象ならな。探すだけでも弾かれたのに、再現できると思うか?」
できないんだと頷く女龍に嫌そうな顔をし、魔導士は『意味は』とつっけんどんに話を戻す。イーアンの手が、浮かぶ二枚組の真ん中に伸び、『これは左側に』と指示。言われるとおりにしてやると、左に並べていた二枚組を右に置けと言う。
並び替えた女龍は確認するように・・・ 魔導士は彼女の両手が指を組むようにして動くのを見た。
イーアンは龍の腕で魔法を使う時、この記号を爪を合わせて組む。確認を指先で行った女龍に、魔導士は『お前の技』と急いでそこを指摘した。
女龍は両手指を離し、『気にしないで』と素気無く返し、食い下がりかけた魔導士に話を変えた。
「左から使うんだと思う。どこを通るためか分からないけど、段々内容が厳しくなってるから」
*****
魔導士もこうなると・・・知識欲ではないが、むらむら(?)してくる。こいつに理解できて俺に理解できない言語などあるわけない(※イーアン頭悪そうな印象)。
「話せ。左から順に。使い道の何やら」
「何やらって、それしかないんだって言ってるのに。左の二枚は、『安全に抜ける』ためなんだよ、多分。真ん中の二枚は『道を開く』、右はうーん、表現しにくい。攻撃的な感じ」
「なぜ『段々に内容が激しい』と言ったんだ。それも教えろ」
「安全に抜けるって、危ないかもしれないけど道はあると思えるじゃん。進む道があって、でも危険があるから安全に通り抜ける意味に感じた」
「次は?道を開くとは、切り拓くことか」
「切り拓くことに固定すると、いざ目の前にして間違えそうだけど。見えない道があるとか、見えないけど進めるとか、そういうことかもしれない。『開く』なんだよ、『拓く』じゃなくて。閉じてるのを開けるの。『道は見えてない』って読み解く方が正しい気がする」
「全くないわけじゃない、と言いたいんだな?」
そう、と頷いた女龍に魔導士困惑。こいつは頭が悪いわけではないと薄々思っていたが、普段が普段だけにこうした時が意外過ぎて、受け入れられない。
そんな魔導士を放っておき、女龍は右の二枚について解釈を続ける。
「これが、この中で一番怖い感じ。攻撃するために使うから、襲われる可能性が高いのかも」
ちょっと顎でしゃくった右二枚。イーアンは映像に眉根を寄せたまま『何があるんだろう』と呟く。
「攻撃の方法まで分かるか?」
「これは分かる。私も使う」
「どうやるんだ。ここでやってみるか」
何でノリノリなのよと怪訝なイーアンが首を横に振るが、魔導士は『映像は出したままにする。外で見せろ』と無理やり実行へ流し、仕方なしイーアンも付き合った。
魔導士が理解すれば、危険レベルも伝わりやすい。彼はまた新たな手を考えつくかも知れないと思って。
夜の砂浜に出て、魔導士はリリューが来ていないことを確認し、イーアンにやれと命じる。上から目線がキライだとぼやきつつ、イーアンは龍の腕に変え、魔導士に背を向けて(※ここ大事)先ほどの記号そのまま、素早く合わせた爪の隙間に龍気を吹きかけた。
「おっ」
「こんな感じ」
黒い夜の背景に飛びだした真っ白な龍の風が、小さな島の周囲に唸りを上げて巡る。振り返ったイーアンは、風を指差し『攻撃する対象を探している』と教えた。魔導士は白い風からイーアンに目を戻し、消して良いと返事。イーアンも風を消す。
「だが、粘土板でどう、あれが出るんだ。ただの馬車の民が、お前みたいに使えるわけじゃない」
小屋に入りながら質問し、あんなことできないだろうと言う魔導士に、イーアンは『始祖の龍の仕掛けがあるんだと思うよ』と信じている気持ちで返した。言わないけど・・・遺した鱗一枚の威力を見た以上、未だに香炉から声が聞こえるのを知っている以上。始祖の龍なら小さな粘土板一枚ですら、その力を籠めるだろう。
再び部屋で向き直り、魔導士から改めて問いを出す。
「イーアン。粘土板を持つ人間たちが使えるかどうか、それは分からないんだな?だが、記号には攻撃を意味が刻まれて、行く先々、粘土板が問題回避すると」
「そこまで言ってない。回避するかしないか、その話じゃなかったじゃん。もしかすると違う面もあるかも知れないし」
違う面?今度は何を言い出すやらと、魔導士が黙って話を促すと、女龍は魔法陣の粘土板映像を見つめ『物語のように』ともう一つの予感を口にした。
―――粘土板。移動した世界で進む道を、時々ピン留めするのかも、とそれも思う。
童話では、よくあった。難問に立ち向かう挑戦者が主人公で、挑む前に不思議な誰かが方法を教えるのだ。お話には大体三つの難題が用意され、それぞれにあった『かわし方』がある。間違えると後から痛い目に遭う・達成できないなどの結果に繋がる、あれを想起する―――
一つの難しい道をクリアする。その時に、問題解決効果があった粘土板をそこに置く。これを誰かが取ったり、何かが壊したりする可能性を考えると、置いてゆくのは現実的ではないかもしれないが、行くだけの道ではないなら。
「行って、戻ってくる、道しるべ」
「道標・・・?」
不思議そうに繰り返した魔導士を見上げ、今度は、ずっと質問に答えるだけだったイーアンの番。
「バニザット。ザッカリアは、幻の大陸の話をした?」
「話をしたわけじゃないが、俺に見せた。幾つもの奇妙な世界が展開する。どこも人間が落ち着ける場所には思えなかった。敵らしい敵は見えなかったが、世界そのものが不安定にしか見えなかった」
「幾つもの世界がある。それを通るの?」
「分からん。通過するか、どこかに留まるか。しかし仮に留まる期間があるにしても、今の世界に戻る確率もあると言える。それは、最後に見た世界がここだったからだ」
ごくっと唾を呑んだ女龍に、緋色の魔導士も静かに息を吐き出して『戻ってくるのかも知れん』と嗄れ声で囁く。これこそ、保証なんかないけれど。バニザットは魔法陣に顔を向け、金色の光を浴びる映像に期待を持つ。
「お前は、『行って戻ってくる道しるべ』と言った。行く道で点々と置いて進み、折り返し地点から戻って来る時、また拾う。それもあり得る」
「戻るなら」
「戻ってくるなら」
目を見合わせて、二人は頷く。そうすると、と魔導士が黒髪をかき上げて少し考え、『探すぞ』と言った。
「数枚じゃ、想像するに全く足りん。ザッカリアが俺に探せと託したのは、子孫が手に入れた数では到底間に合わないと解釈できる。龍のお前に映像が反応すると分かった以上、世界中に遺っている粘土板を探す」
「何で世界中なんだろうね」
ぼそっと、散らばる疑問を伝えた女龍に、魔導士は思いつくことを教える。
「団体がまとまって入り口に入っても、戻った時まで、まとまってこの世界に出てきたとは限らない。または、粘土板の意味を知らずに手にした者が、異界の通路に入り込んで、これと共に戻ってきたら、出口と入り口が違うとかな」
さてやるぞと、簡単な解釈を切り上げ、魔導士の口が呪文を唱え始めた。
イーアンは『出口が違う』の言葉に考える。シャンガマックは『檻』の近くで出土、と言っていたのだ。粘土板の出口が。目印と見做して正解なら、この世界に出てきた位置は『檻』近くで・・・
ぼんやり考えていたら、魔導士の呪文の声が大きくなった。
女龍が呼んでいると呪文に乗せて魔法陣を組み直し、先ほどの三倍ほど直径を広げた金色の輪が、ぐーっと現れ、世界を映し出す。解ける粒子の線が古代文字を綴り走り、魔法陣の上に浮かぶ世界地図が立体化する。
魔導士が最後の呪文を唱えて女龍の腕を掴み、魔法陣の端に触らせた途端―――
「出た!」
「よし」
立体となった世界地図の上空辺り、小さな点がパパパパと弾けるように現れた。その数、ゆうに二百はある。
「写し取る。お前は手を置いたままだ」
「うん」
うん、と驚いて頷いた女龍の子供みたいな顔に、魔導士は苦笑する。なんだよと言われて『女龍がいると呆気ないもんだ』と答えた。
俺の魔法では超えられない壁を、こんな子供みたいな女があっさり認められる・・・ ズィーリーの方が年下ではあれ、彼女は大人の顔だったな、と苦笑しながら首を傾げる魔導士は、横で怪訝な目を向ける女龍に固定を命じて、早速この地図を紙に変え始めた。
一枚浮かんではパサッと横の椅子に落ちる。イーアンは手を離せないが、『それはお前用』と魔導士に視線で促され、これで先に意味を粗方押さえるのかと理解した。
どこに出た、どんな粘土板か。二十枚ほどの地図を写し取った後、魔導士に許可されてすぐに地図を手に取る。同じ地図を二枚ずつで、半分がホーミット・シャンガマック用。半分はイーアン・・・と魔導士らしく、地図を手に椅子に座って考えるイーアンの真横についていた。いろいろ聞いては、適当に流す女龍に嫌味や文句を言いながらも、魔導士は離れなかった。
この後、獅子が呼ばれ、獅子は『粘土板世界地図』を受け取る―――
お読み頂き有難うございます。




