280. 南の蝙蝠軍・中半&イーアンの鎧
支部に戻る前、イーアンはオークロイの工房へ向かった。理由はこの前の会話の中で、気になることがあるからだと言う。また、メロメロするのかと思うとドルドレンは微妙だったが、それは見抜かれたようでイーアンに先に言われた。
「鎧の話ではないのです。彼の使っていない材料のことです」
「それが何かの役に立つのか?今回」
「もしまだ彼が持っていて、それを売って下さるならです。無理そうならイオライへ行きます」
どっちみち、嫌な感じを覚えるドルドレンだったが。作戦上必要なら口出し出来ないため黙っておく。ちょっとした会話の後、すぐにオークロイの工房に着いた。大人しくなったドルドレンに、龍から降りたイーアンは微笑む。
「大丈夫ですよ。あなたに時間があるなら、一緒に行きましょう」
「時間は出来るだけ作る。一緒だ」
二人はニコッと笑い合って、オークロイの工房の扉を叩いた。中からオークロイ本人が出てきて、新年の挨拶をし、中へ通してもらう。
「手紙を読んだのか。昨日書いたのにもう着いたとは」
今日は別の用事で来ていることを先に伝え、手紙は戻ってから読むとイーアンは微笑む。『楽しみですね。鎧が』ちらちらっと工房の中を、新しい鎧を探して見ているイーアンに。オークロイは笑わない。
「お前。その怪我は何だ」
ドルドレンはそっぽを向く。全く我関せずを決め込む。オークロイの低い、責めるような含みを持った声は、イーアンの顔を見ながら、間違いなく総長へ向けられていた。
「これは。昨日私が出先で一人で魔物と会いまして(※ダビは隠す)」
「何だと?お前が魔物と一人で戦ったとでも言うのか」
話せば長いから、とイーアンは宥める。オークロイは気がつく。イーアンの赤い毛皮の上着の奇妙な傷み方と、右腕を通していない袖。
「右腕を怪我したのか」
「あの」
はーっと大きく、嫌味ったらしく総長を睨みつけて、溜め息をつくオークロイ。ドルドレンはひたすらそっぽを向く。
「後で、と思ったが。これを持って行け」
試作だ・・・そう言いながら、オークロイは一度工房へ入り、手に鎧を持って出てきた。白い皮で作った鎧は。細い。線が細い鎧だった。男の鎧の小型版のような大きさで、真っ白に輝き、光が当たると虹色が走る。つなぎ合わせに銀色の頑丈そうな紐が細かく編みこまれている。青黒い下地の革が、白い美しさに雄々しさを秘める。
「お前のだ。イーアン。自分で皮を剥いで持ち込んだんだ。まずお前が着ろ」
イーアンは目を丸くして、見る見るうちに口がパカーンと開き、声が声にならず。
まずいっ。これはまずいっ。メロどころじゃないぞっ!!イーアン、ダメだーーーっっ!!気がついたドルドレンが慌てて腕を伸ばそうとしたが、イーアンは素晴らしい瞬発力(※普段発揮しない)でオークロイに抱きつく。
びっくりするオークロイだったが、すぐに笑顔になって、イーアンの背中をよしよし擦っている。イーアンは泣きそうになりながら大喜び。感謝の言葉を止め処なく言い続け、感動にどっぷり入ってる。感極まってちゅーしそうなのだけは、絶対させないように!と、ドルドレンはオークロイの真横で待機(※しかねない)。そして確信。絶対、白い剣を受け取った時もイーアンはタンクラッドに抱きついたと。
「嬉しかったんだな。怪我して頑張ってるんだ。怪我しないように、これで立ち向かえ」
「親父。マスクは」
息子のガニエールが、貼り付くイーアンに笑いながら父親にマスクを渡した。貼り付く頭をちょっと浮かせて、オークロイがイーアンにマスクを見せる。『これはガニエールだ、ガニエールが作った』ほら、とイーアンに渡すと、イーアンは涙を流して喜んだ。
「イーアン。君の顔が少し特徴的だったから、ちょっと変えたんだよ。マスクの形は骨格がもろに出るから」
ガニエールは観察していたみたいで、イーアンの彫りの深くない、でも眼窩が大きく窪んだ鼻の高い顔に合わせて、持ち込んだのとは別のマスクを作ってくれていた。マスクはイーアンの顔にぴたりと収まり、目元だけが生命を感じる、不思議な生き物のような白い面を持たせた。
これにはドルドレンも、感動する。イーアンの石のような静かな表情が、まるで命を奥に隠した石のように映る。マスクは白く虹色を放つが、無機質ではなくて、孤高の存在のようだった。
「私は。何てお礼を言って良いのか。もう、どうしたら良いの。どうしよう、ドルドレン」
「礼なんか良い。お前がそれをつけて戦え。戦うなと言っても行くんだろうから。それで魔物製の鎧の凄さを、魔物にも世界中にも見せ付けて来い。それが礼だ」
メロメロメロメロするイーアンは、涙がウルウルウルウル。マスクの装着は頭の傷が治ってから、とドルドレンに言われて、鎧だけその場で着させてもらった。イーアンの服の上からきちんと収まり、まだ中に来ても大丈夫そうなゆとりがあった。
「素晴らしいです。鎧を身に着ける日が来るなんて思わなかった」
出来に満足した親子も喜んでいる。ふと、ガニエールは素朴な鞘に収まる剣を見て、イーアンに剣を携えるようになったのかと聞いた。オークロイも気がつき、イーアンを見る。
イオライセオダの剣職人が自分に作ってくれた、と話し、ドルドレンも鞘を待つ剣があってと振り返ると、ドルドレンは厚手の革に巻かれた剣を出した。イーアンも自分の白い剣を引き抜く。
「何てもの作るんだ。とんでもない腕の職人がいるな。これじゃ相当強い鞘でないと、鞘がやられるぞ」
2本の剣を食い入るように見つめた親子は、間に合わせで用意してくれることになり、とりあえず木型を切り出してくれると言って、剣を調べた。『夕方にまた来い。仮でももう少し、剣を守れる状態のを渡せるだろう』革までは間に合わないと思うから、とにかく剣に合う型だけでもと心配そうに言ってくれた。
「そういえば。お前の用事を聞いていなかった。何だ?」
オークロイが息子に採寸を任せている間、振り向いてイーアンに訊く。イーアンも感極まっていたので、我に返って『そうでした』と当初の目的を話した。
「ああ。この前話したか。よく覚えていたな。あるぞ、あんなの使わないから持って行け」
オークロイは倉庫へ取りに行ってくれたので、イーアンは嬉しかった。ドルドレンは何だろうと思い、イーアンを見る。
「革を作るとき。原皮を鞣す際に、いろんな加工があるのです。でもここで使っていない加工用の材料の話が、この前出ていまして。それを思い出して、材料を譲ってもらえないかと訊きました」
「使わない材料をなぜオークロイが持っていたんだ」
それはね、と採寸を終えたガニエールが口を挟んだ。
「もらったんですよ。廃業した鎧職人がいて、結構前なんですが、その人は使っていたんですよね。町の鎧工房でも使っているところあるんですけれど、あれ使うと水が。川が汚れるから、うちは使わないんです」
鎧職人の廃業は跡継ぎがない場合と、魔物を恐れて引っ越す理由もある。その職人は両方で、潮時と決めて、他の町で暮らす子供の家に世話になることにした。その時、工房の片付け一式が追いつかないからと、オークロイに倉庫の材料全部、タダ同然で引き渡した。
『うちも、要らないものは廃棄しますけれど。全部分けてる暇がないんで、結局そのまま、倉庫に入れっぱなしにしてる物もあるんですよね』ガニエールはそう言って笑った。
「そうか。それで使わない材料もあるのか」
ドルドレンが納得した時、オークロイが重そうな袋を3つ持ってきた。大きさは30kg塩袋くらいあり、まだあるが、と言いながら『これくらいで良いのか』と袋をイーアンに渡した。
お礼を言ってイーアンは中身を確認し、有難く受け取る。
「何に使う」
「骨の粉をご存知ですか。『骨の石の粉』と正確には伝えられていました。それと、これと、水です」
オークロイは暫く黙ってイーアンを見つめてから、ああ~・・・とゆっくり頷いた。イーアンはその反応に微笑む。息子はよく分からないらしく、『骨?』と呟いた。『目灰の古い別種のことだ』父親が息子にボソッと言うと『ああ、あれ。別種なんかあるの?』とガニエールは理解したようだった。
「それをどうするんだ」
「洞窟の魔物に使います。今夜」
髭を掻きながら、オークロイは片眉を吊り上げて口角を上げる。『イーアン。お前は面白いやつだ』フフ、と笑う鎧職人に、イーアンはメロメロする。ドルドレンがそーっと怒られないくらいの力で引き寄せる。
「そういうことか。じゃ、被害ももうなくなるな。足りなくなったら取りに来い、気をつけろよ」
鎧を着たイーアンに、赤い毛皮の上着と青い布をかけてやる職人。イーアンは腰が抜けそうなくらい溶けていた。
王相手でもこんなにならない人なのに、とドルドレンは歯軋りしながら、ひたすら見守る(※前回・前々回で止めて怒らせている)。
この後、ヘロリライーアンは、鞘を作る際に、と剣を預けることにして、ドルドレンも夕方までだからと剣を渡した。職人親子が見送ってくれる中、龍を呼んで、縄でくくった袋を持ち、二人は支部へ戻った。
北西支部へ戻って、イーアンはダビを探す。ドルドレンは、トゥートリクスとビッカーテ、ハイルとベルを探し、用件を伝えて4人全員を夕方、連れて行くことになった。ハイルが『イーアンのソカを持たせてくれ』と言うので、それを伝えにドルドレンは工房へ行った。
イーアンとダビは既に工房にいて、二人はもうスコープ作りに取り掛かっていた。
「ハイルがソカをと。イーアンのソカを貸してやってくれ。俺はこの後、手続きで執務室へ行くから、必要なことがあったら執務室にいるから」
分かりましたとイーアンは微笑んで、騎士4人と荷物とで、夕方前に何往復かすることを伝えた。ドルドレンは了解して執務室へ向かった。
ダビはスコープの作りをすぐに理解し、破損マスクを分解して部品を集め、イーアンの出した集光板と数を合わせる。ちらっとイーアンの姿を見て、鎧のことを訊ねた。
「自分で剥いだ皮だから、最初に着ろと。オークロイさんが作っていてくれました」
私が怪我だらけだから・・・とイーアンは笑う。この前も痣だらけで、呆れられていましたよとダビに言うと、ダビは困り顔で笑う。『ホント』と短く言って、鎧が凄すぎてどこから誉めていいか分からない、と正直な感想を言ってくれた。
ダビは、イーアンの装備が、着々と本職によって揃っていくのを見て、自分も何か出来たら良かったと少し寂しく思う。そんなこと、考える必要ないのに。でも側で頼られて、こうして面白い仕事が出来ることを、今は大切にしようと気持ちを切り替え、集光板のスコープ作りに取り組んだ。
お読み頂き有難うございます。




