27. 負傷者の手当
負傷者3名は馬車に乗せ、負傷した馬は引き連れて、部隊は野営地まで移動した。魔物が出たこと、負傷者が出たことで隊の緊張が抜けることはなかったが、魔物を倒したことで騎士たちの気持ちは高められていた。
再出発前、『負傷者の世話をさせてほしい』とイーアンが馬車に移る許可を求めた。自分は戦うことが出来ないし何でも良いから手伝えたら・・・と言い、ドルドレンは反対したが、ドルドレン以外はそれを許可したのでイーアンは馬車へ移った。
馬車に乗ったイーアンは、すぐ『石鹸はありますか』と荷物係の騎士に尋ねた。騎士は『遠征期間が短いと風呂は入らないし、食事の洗浄は水と灰で済ませるから持ってきていない』と答えた。
『では、調理用の灰と獣脂は分けてもらえますか』と聞くと『それはあるよ』と分けてもらい、それを包み革の上で急いで混ぜてから、水を加えて溶かした混合物に脂が残らないことを確認すると、負傷した騎士の横に移動した。
負傷した騎士は意識はあるものの、魔物にやられたことで恐怖心が募っていて震えていた。怪我は顔と頭、肩と二の腕と分かり、その部分は痛々しく変色しており、着用していた鎧に燃えたような跡が見えた。
3名とも怪我が広範囲ではないと分かったイーアンは、とにかく一人ずつに声をかけて傷口を洗うように伝えた。彼らの年齢はイーアンよりもいくらか若く、そのせいか反発の目を向けてイーアンの言うことを聞きたがらなかったが、イーアンが早く洗ったほうが良いと必死に説得し、数分後には渋々従った。
イーアンは、馬車に積んであった洗面器に手の甲まで沈められる程度の水を張って、一人めの騎士の頭部を洗面器の上に屈ませて、混合物と水で静かに洗い始めた。染みる痛さに呻き声が漏れたが、そこは騎士。歯を食いしばって耐えた。
イーアンは、彼らの怪我の状態が酸による火傷と判断した。石鹸で洗って中和すればと考えたが、石鹸がないと知って、灰と脂で即席の石鹸を用意した。獣脂は火傷の薬に向いているものもあるから、これもそうだといいのだけど・・・ と神頼みで使った。
ある程度洗うと、騎士の顔と頭をそっと布で拭いてから、残しておいた獣脂を薄く塗り広げて布を当て、その上から包帯を巻いた。
「お前は何をしたんだ」
イーアンに包帯を巻かれている時に、それまで黙っていた騎士が尋ねた。その声はバツが悪そうな弱気な声だった。『応急処置ですよ』とイーアンはすまなそうに答えた。『私の知識ではこれで精一杯でした。でもどうぞ、早く良くなりますように』そう言って立ち上がり、残りの騎士を呼んで、彼らにも同じことをして手当を済ませた。
「また夜にでも包帯を洗って替えましょう。それまでは怪我した部分を触らないよう気をつけて」
イーアンは馬車の奥で彼らが休める場所を丸めたテントや毛布で簡単に作り、そこに横に寝かせた彼らの脇に跪いて微笑んで伝えた。『痛みが早く引きますように・・・・・ 』と祈るように呟いて立ち上がり、馬車の後方を守る騎士を呼んで、負傷した馬の怪我に作った混合物を塗って水をかけておいてくれるよう頼んだ。その後、馬車の後ろに座り込み、包帯用の布を裂いてストックを作り始めた。
野営地には日が暮れる頃に着いた。そこから出発すればイオライの岩山まで6時間ほどの距離。
ドルドレンはずっと気が気ではなかったので、野営地が見えてきた時には自分の隊に『ちょっと任せた』と言い残し、イーアンの乗る馬車へそそくさ向かった。
「イーアン、イーアン」
馬車の後方に馬を寄せて名を呼んだ途端、馬車の後ろの壁に寄りかかった影が動く。すぐそこに優しい笑顔で笑いかけるイーアンが座っていたことに気が付いた。
「ドルドレン。もうすぐ野営地ですか」
イーアンが嬉しそうな顔をしたので、ドルドレンも安心して大きく息を吐き出し、笑顔で頷いてみせた。
「中の者は大丈夫そうか」
イーアンが笑顔で馬車の奥に顔を向けると、中から騎士が一人歩いてきて『心配かけました』と挨拶をした。包帯が巻かれた頭と腕を見て、ドルドレンはさっと顔を曇らせた。
「ひどいのか?」
「いえ、手当をしてもらって少し痛みが治まっています。彼女が言うには1ヶ月くらいで良くなるのではないかという話です」
「他の者は」
「俺以外も同じです。今まで休ませてもらったので気分的には戦えますよ」
「駄目です。鎧を付けられるまでは」
ドルドレンと騎士のやり取りを、イーアンが遮った。
「大丈夫だ、分かっている。彼らは今回は馬車待機だから安心してくれ」
イーアンの心配そうな表情に、ドルドレンは仕方なさそうに笑った。このすぐ後、野営地に入ったことを知らせる騎士が来たので、『後で』とドルドレンはイーアンに告げ、ウィアドの手綱を取って先頭へ戻った。
お読み頂きありがとうございます。ちょっと長くなる予定の章です。