2799. 『粘土板』 ~③四人の相談・テイワグナ癒しの雨の真実
イーアンに『癒しの雨は祝福効果か・テイワグナの民はほぼ祝福を受けたのか』これを確認したくて来たシャンガマックだが。
でも、仕事中に抜け出すわけだからと、名目上は『白い筒の発生地予想記録』を用意して女龍と接触したら、あれよあれよという間に想像しない方向へ広がって―――
「バニザット。興奮しているだろ」
え?と振り返った騎士の目が輝いているので、獅子は『お前はすぐのめり込む』と呆れて呟く。
謎を暴く物事の勢い、自分の動きも足されて加速した展開に、久しぶりに血が騒ぐ騎士は、『冷静だよ、だけどそう見える?』と獅子に笑顔で聞き返した。獅子だけではなく、イーアンにもそう見える。魔導士は若造だからこんなもんだと放っておく。
英気漲る騎士の血色良さが、最初と違うなとイーアンは彼を眺めながら、『魔導士と獅子は何を目的に、粘土板と龍の印を探るのか』を尋ねた。
この二人のセット(※獅子&魔導士)が、私たちと同じ課題を探っている時点で、彼らの掴んだ情報量はこちらの把握を飛び出ている気がする。
一方的に問われて答えるのは割に合わない。慎重な状況なので、イーアンは『なぜそれを知りたいのか話してほしい』と先に断った。
「お前たちも別の道から辿り着いたばかり、か?出し惜しんでいる警戒は、そう聞こえるぞ」
「警戒でも出し惜しみでも良いけど、とても大切なことだから話すなら納得しておきたい」
魔導士にすかさず答えたイーアンを、漆黒の瞳二人分が見つめ、獅子が大袈裟な溜息を吐いた。
「おい、イーアンに話せ。こいつがこう言い出したら、命令じゃ」
「言われるまでもない。とっくに承知だそんなもん」
獅子の促しに魔導士が吐き捨て、そんなもんと言われた女龍は目が据わる。
シャンガマックはワクワクしているのでちょっと笑う余裕もあり、イーアンの肩に手を乗せて、肩越し上を見た彼女に『俺たちには到底届かない範囲を知る二人だ。話しても』と年配に加担。何それ、とさらに仏頂面の女龍だが、魔導士が『ザッカリア』と呟き、パッと振り返った。
「今、『ザッカリア』と」
「彼が関わったと言えば、お前も言いやすいだろ」
「関わった?ザッカリアがあんたと?いつ」
あんたと呼ぶな!と注意する魔導士に、『ザッカリアはどこで』と血相を変えたイーアンは縋りつく。顔が必至で、魔導士はちょっと調子が狂い、『魔法陣で』と教えてやった。
「魔法陣にあの子が出たの」
「俺も彼が出てくるとは思っていなかった。だが、魔法陣を通して直々にザッカリアが俺に『託した』と」
「ああ・・・そうなんだ・・・ザッカリア。元気そうだった?」
「あの調子、そのまんまだ。こまっしゃくれて頭が回る。度胸もそこそこ、俺を相手に何の取引もせず放り投げる」
シャンガマックも驚き、元気そうだと分かって笑みが浮かぶ。イーアンも『良かった』とホッとし、少ししんみりしてから顔を上げた。
「ザッカリアがあんたに託すと言ったなら、あの子は私にも話すはず。私も話してやるから、バニザットも教えてよ」
「・・・口の利き方をどうにかしろ」
女龍に溜息を吐いた魔導士が、指を鳴らす。ぱきっと鳴った暴風の岬に、さーっと透ける緑の壁が囲い、四人と一頭のいる場を円筒状に包んだ。風はここを避け、天井のない上を魔導士が指差すと同時、天井代わりに映像が広がる。
「うわ」
思わず驚嘆の声が漏れるシャンガマックは、先祖の魔法に差を見せつけられるが、すぐに映像へ目を奪われた。
「粘土板か?これは、誰の手だ」
誰かの手の平に握られて、指の隙間か除く粘土板。四人を覆う上面にこれが大きく映され、イーアンもじっと見つめる。肌の色が。装飾品が。手綱の編みこみが。この手が誰か、教えている。
「馬車の民では」
「そうだ。これが、ザッカリアが見せた示唆」
振り向く女龍に頷いた魔導士は、『彼は、馬車の民の持ち物とは言っていない』と誤解ないよう先にそこを押さえ、イーアンはその意味にピンときた。
「彼らに、渡すの?」
「持ってるやつがな。もしくは、見つけたやつが」
「馬車の民が・・・あの大陸に」
「彼らは人間の先導を切って進む。いわば道案内人だ。だが彼らもまた、行方を知らないと思った方が良いだろう。ザッカリアが俺に託したのは、『この粘土板を探せ』と」
イーアンと獅子がシャンガマックを見て、シャンガマックと魔導士の目が合う。鋭い視線を向ける先祖から目を逸らした騎士は、獅子に『俺の持つ粘土板?』と確認。獅子は軽く頷いて『一先ず、お前が持っているそれだ』といつもの口調で認めて、未発見分を訊く。
「まだあるかも知れないんだろ?」
「探し続けているが、どこでもあるわけでもない。今、ここにあるのは7枚だ」
「人間大移動で、馬車の御者一人が一枚握りしめたとして、七台の馬車が民を率いるには、ちょっと足りないな」
はぐれないとも限らんと、魔導士の嗄れ声が枚数を指摘。
「館長がまだ持っているかもしれない。全部を俺に預けたわけではないだろうし」
「それでも何十枚、何百枚じゃないよな。探した方が良さそうだ」
獅子の言葉にシャンガマックも『そうだね』と声を落とす。例え百枚でも、殆どの人間を引き連れて進むとなると心許ない。イーアンが、魔法陣で在り処を探せないのかと魔導士に尋ねると、『出てこない』の返事。すでに試み済みらしく。
「魔法で出てこないなんて、あるんだね」
「お前じゃないのか?理由は」
お前、と女龍の額に人差し指を当て、嫌そうな女龍に払われる。女龍はこれも察した。始祖の龍の記号は、魔法陣に映らないかもしれないこと。表情を射貫くように見つめた漆黒の目が『察したとおり』と呟き、イーアンは顔を背けた。
「それで私に聞きに来たの」
「いや違う。『答えを受け取るため』に来たんだ。あの獅子が」
腕組みした緋色の袖の片方が揺れ、シャンガマックに並んだ獅子を指差し、獅子の碧の瞳に女龍が映る。
「お前たちの遺跡で、粘土板に刻まれたものと同じ形状の彫りがあったと覚えていた」
*****
―――獅子も断定はできなかったが。
魔導士に呼び出された先ほど、魔法陣で浮かび上がる粘土板の拡大映像を前に『世界のどこかで遺っているはずだが、俺は興味もなくて場所を覚えていない。お前は?』と振られて、ぼんやり過ったのが、龍の治癒場。
記憶を辿り、ついこの前・・・ズィーリーの彫刻が残る島で、これを見たか?と思い出した(※2654話参照)。記号と認識していたが、重なった個所が抜けたり足されたりの形が、粘土板の絵と近いことに気づき、それを話すと魔導士はわざとらしい首の傾げ方で自嘲気味に笑い、大きく頷いた。
『思い出した。俺も』―――
イーアンは魔導士から獅子に視線を移し、彼はどこのことを覚えていたのだろうと少し思った。『もしかして、治癒場に在った記号では』と不意に思い出したシャンガマックが続け、獅子は言いたくなかったようで顔をしかめる。イーアンもそれで理解する。ティエメンカダの思い出の島かと。
「治癒場に行けば確実にあるわけじゃないよ」
ぼそっと呟くと、魔導士もサッと返す。
「らしいな。どういう条件で遺されたものか知らんが、在るところには在る。あれらは龍のだろ?なぜ粘土板に」
「そんなの私が知るわけないじゃん。でも、多分。始祖の龍が人間の無事を願って・・・ああしたんだと思う」
「始祖の龍の。お前はあれを読むのか。絵みたいだが」
「さっきもシャンガマックに話したけど、あれは読むものじゃない。使うものだよ」
これは?と真上に指を向けた魔導士につられて、イーアンも天上の映像に目を上げる。馬車の民に握られた粘土板、隙間からでも記号が見える・・・使う、ためなら。じっと見て、イーアンは呟いた。
「安全に。抜ける」
「そう書いてあると」
「違うってば。書いてあるんじゃなくて、そういう使い道なの。分かる?」
言っても言っても通じない魔導士に眇めた女龍から、魔導士はそっぽを向いて『使い道』と首を傾げ、獅子も興味深そうに上を見てから『おい、イーアン』と振り向かせる。
「お前の世界の記号か?お前が前、俺に話していた四つめの文字(※2671話参照)」
「あ、ううん、違います。記号自体は同じ形でも、使うものとしてこっちはあるので。単体で記号として文章に入る、以前のとはまた異なります」
フーンと頷く獅子に、シャンガマックは二人の会話が分からず『彼女の世界の文字?』と小声で尋ねるが、これは獅子が答え、魔導士は話を戻して繰り返す。
「絵のように組み立て、使う意味があると言うんだな?粘土板に刻まれた記号の使い道は、『安全に抜ける』」
「使うならそうかなと、それくらいだよ。はっきりした意味じゃ」
「お前、今使えるのか?この記号で何ができるか、具象化は」
「え?急に思いつかない、無理言わないでよ」
女龍がはぐらかしている訳でもなさそうで、魔導士は女龍を見下ろし『お前ならどうやるんだ』と方法を探るが、イーアンは唸って考え、『粘土板みたいに使うくらいじゃないの』と悩んでいた。
「つまり・・・お守りなのか。これがあれば、龍のお守りと言うか、権威が味方に付くような」
シャンガマックが理解するが、イーアンはこれも確実とは言えない。権威とかそういうものでもないでしょう、と困って眉根を寄せる。
「まぁいい。お前もよく知らないんだな。だが使えるのは明らかになった」
「使えると思うけど、始祖の龍みたいな力はないもの。私と彼女じゃ、差が開き過ぎてるよ。彼女が籠めたなら、今だって力は衰えていない」
しっかり信用しきった発言に、魔導士は『ほう』と腕組みした手を伸ばして女龍の頭を撫で、よせよと嫌がる女龍に『年上を尊重するのは良いことだ』と教えた(※自分は対象外)。
何だかんだで仲良さそうな二人を見ていた獅子は、進まない話にイライラし始め、どうする気だと魔導士に促す。
「イーアンもよく知らないとなれば、お前に打てる手はあるのか?死にぞこない」
「ああ?イーアンが協力する時点で、俺の魔法の幅は広がるくらい覚えていられないのか?この毛玉」
ハッとしたイーアンとシャンガマックは、二人の雰囲気が濁ったので、悠長な状況をいそいそ切り上げる。
「協力の範囲って、私も分からないかもだけど、出来るの」
「ん?お前まで何言ってんだ。お前は水を変換した俺の魔法を見ただろう。あれと同じだ」
イーアンが協力体制と知るや、魔導士は少し態度を戻し、『海の水制作と同じようなもの』と教え、イーアンは了解。シャンガマックは獅子に『それで魔法陣に在り処が出れば、俺が探しに行ける』と伝え、獅子も了解。
「よし。俺の求める答えは得た。イーアン、お前の暇な時はいつだ」
「・・・今だって忙しかったんだけど。粘土板探しは早い方が良いから、優先する」
魔導士は角をよしよし。やめろってと頭を振る女龍を掴み、獅子に『お前だけ、後で来い』と命じた。シャンガマックは置いて行く意味に、獅子が言い返そうとしたが、シャンガマックは先祖に呼ばれないのを少し悲しく思うも、『俺は遠慮するよ』と獅子を送り出す。
「ではシャンガマック、また。結果をお伝えしますので」
「あ。待ってくれ。大事なことを言っていなかった、まだあるんだ」
イーアンの肩を掴んだ魔導士とイーアンが振り返る。獅子は息子に目で何かと尋ね、シャンガマックは急いで本来の目的―― すっかり忘れていたが、重要なこと ――を急いで伝えた。
「テイワグナの雨だ。決戦後、癒しの雨をあなたとフォラヴが国中に撒いた。あれは、祝福と捉えて良いのか」
女龍の目が丸くなり、獅子も意外そうに『言われてみりゃ』と呟く。魔導士は表情を変えずに、女龍の顔をちょっと触って上を向かせ『祝福、だな?』と先に確認。目を真ん丸にしたイーアンも、今更思い出したこれに驚いたまま答える。
「祝福・・・そう、だった」
「じゃあな、子孫。そういうことだ」
緑色の円筒は解け、これと共に魔導士が風に変わる。イーアンを抱えた風は、別れの挨拶も待たずに曇天へ消えた。暴風に当たられて、片目を閉じた騎士は風を見送る。
「バニザット。テイワグナ人は残る」
「・・・これを確認したかったんだ」
獅子も思い出して、こうなるとまた違ってくるなと考え、一部始終に付き合ったダルナも、続く道が少し変化したのを面白く思った。
こうしてイーアンの夜は、魔導士の小屋で謎明かしに突入―――
お読み頂き有難うございます。




