2798. 『粘土板』 ~②シャンガマックとイーアンの照らし合わせ
☆前回までの流れ
別行動中のシャンガマックは、バサンダと話していて気づいた『テイワグナの雨』が祝福であるなら、テイワグナのほとんどの人間が残る可能性を持つ・・・そのことが気になって仕方なく、ヨライデの仕事を抜けて、『雨』の状態を知るイーアンに確認しに出かけました。
今回は、イーアンのいるアイエラダハッドの海から始まります。
イーアンは始祖の龍の教えを形にするため、この日はティヤーから出て、アイエラダハッドにいた。世界中の人々が連れて行かれるから、あちこちに『灯台』の石碑を―――
ふと、誰かが自分の名を呼んだ気がした。
時刻は夕方を過ぎ、もう少しで日が暮れる。アイエラダハッドの吹き荒ぶ風も温度を落とし、どんどん冷たくなる。宙に止まったイーアンは、火山帯から北上した荒波の海で耳を澄ます。
ダルナが呼んだような・・・誰かしら?とじっとしていると、吹き飛ぶ波飛沫の白とは異なる淡い灰色の霧が立ち込め、この色でイーアンはピンと来る。
「フェルルフィヨバル?」
「いかにも」
「あら。シャンガマック付き」
「俺に同行してくれているんだよ」
女龍の変な驚き方に笑った騎士は、笑って近くへ来た女龍に挨拶し、話があるからと近い海岸へ誘った。
ここはアイエラダハッドの冷たい海。海岸も風吹きつけ、波が砕ける荒々しいところしかないが、空中では聴き取りにくいのかと了解し、イーアンは彼らと黒い岩が突き出る海岸へ移動する。
波の音が少し引いた程度で、暴風が凄まじいものの、シャンガマックはダルナを下りて『早速だが』とイーアンに持ち込み話を伝えた。
本題から入らず、まずは『白い筒が出る場所』を先にする。
目を丸くした女龍に微笑み『地図にも印を付けた』と飛ばされそうな資料を手に、バタバタ落ち着かないページを押さえて内容を見せた。
「すごい。でもこれ、あなたのお仕事外ではありませんか。手間暇かけて下さって」
「仕事ではないが、あちこちに在るし、フェルルフィヨバルは気付いてくれるから。せっかくだし、巡る国で調べている」
「んまー。有難うございます。でもティヤーはまだなんですね」
なぜかティヤー以外の国の『白い筒出そうな場所』しかないのを、ちょろっと尋ねると、ハッとしたシャンガマックは『これから』とすぐに言い足した(※ヨライデを先にしたから)。
「どこの記録でも有難いですよ、シャンガマック。あなたはどうされているかと・・・ほら、拘束期間の件で引き受けたのは知っていても、呪いの地を巡る仕事というし、皆も気を揉んでいます。バサンダのお面も気になりますが。
フェルルフィヨバルが一緒だし、お父さんも夜は戻られるから、安全だと思うけれど何かあってはとかね、今もこちらの状況が崩れ・・・そう、あなたに伝えていなかったかな。状況が少し」
「状況?淘汰のことか」
母のように心配するイーアンに微笑みながら聞いていたら、話が自然に変わったので、シャンガマックは腰袋に資料を突っ込み、自分のもう一つの話を控え、イーアンに続きを促す。女龍は吹き抜ける風に煽られる髪を押さえ、騎士を見上げた。それはとても悲しそう顔で、思わず心配になり『どうした』と驚くと、淘汰はね・・・と最新情報を打ち明けられる。
尋ねたかった癒しの雨のことではないが、全く思いもしない方の答えに迫る。
「今。なんて?すまない、風の音で聞こえず」
「あの。だからね。淘汰と言っても、アイエラダハッド戦終わりのような、一掃ではなさそうで。その、ビルガメスが言うには(※2776話参照)」
「連れて行かれる人々は、守られるためにそうなる、と言うのか。でも行った先が安住の地ではなく?戻ってくる可能性があると?馬車の民が先導する・・・それは総長の情報で、あなたとエサイとラファルが行くという、あれだな?父から聞いたが(※2728話参照)」
幾つもの質問を投げた騎士に、たどたどしくイーアンは返答。一つずつしっかり確認した騎士が、一番引っ掛かったのは『目印、とビルガメスが』 ――そこだった。
「推測ですって。あるかどうかは別。ただ、ビルガメスがそんな風に話してくれる時、いつも鋭い指摘で、私は」
「俺は疑っていない、イーアン。ええと、ごめん。何かしていたんだと思うが、ここは風が強過ぎて会話に向かない。少し静かな場所へ行って話を聞かせててくれないか」
食いついた騎士にイーアンは、ハッとする。彼は、私の都合をいつも無視する―― 私、忙しいのに。
女龍の表情が変わったのをダルナが気づき、目の合ったイーアンは『ここで龍気の結界を出してはダメか』と尋ね、シャンガマックより早くダルナが頷いてくれた。移動した方が、と言いかける騎士を見ず、イーアンは即、龍気の結界を張る。ふぅっと白い粒子が煌めいて半球を作り出し、シャンガマックは目を奪われた。
「美しいな。あなたはこんなことも簡単にこなすようになって」
「静かです(※褒め、無視)」
さあ、ここで話しますと、振り向いた女龍は、騎士もダルナも包み込んだ白い穏やかな内側で、ビルガメスの言葉をもう一度繰り返した。興味深く耳を傾けた騎士の脳裏には、もうアレしかない。
相槌を打ちつつ、イーアンの話が終わると同時、『これを見てもらえるか?』と腰袋に手を乗せた。
「え。通行手形のこと?まさかあなた、持っていると言うのでは」
「違う話から手に入れたんだ。フェルルフィヨバルと探しているのは、白い筒の発生地だけではなく」
腰袋の革の被せを上げ、騎士は粘土板を数枚掴んで取り出す。凝視する女龍が一歩前に出たので、シャンガマックも手の平を上にし、粘土板を差し出した。
「触っても大丈夫かしら。私の龍気で壊れたりは」
「しないだろう。これ自体に属性があるわけじゃなさそうだ」
騎士の手の上に屈み、ちらっと見た上目遣いの女龍に『手に取っても』と促す。イーアンはそーっと一つつまみ上げ、大丈夫と分かったので間近でしげしげ見つめた。
「どこでこれを」
「テイワグナだ。史実資料館の館長から預かった。彼は『檻』の遺跡近くから出土したこれが、『檻』と遠回しに関係しているのではと考えている」
うん、と顔を上げた女龍に、シャンガマックは館長とのやり取り(※2762話参照)を教え、イーアンも大きく頷く。
「異界に行った人々の民話調査から。テイワグナではよく石や壁に遺っていますね」
「彼はその民話を調べている間で、これを見つけた。俺の方が各地へ動き回るし、調べてくれとこれを渡されたんだが・・・ビルガメスの話、そしてこの現状。幻の大陸に繋がるかと言うと、直結ではないにせよ」
テイワグナ以外でも実は見つけたと、シャンガマックは続ける。期待を膨らませるイーアンに『同じものだよ』とアイエラダハッドで見つけた粘土板を紹介し、『檻』の近くで、やはり文字ではなく絵がついていると、手に持たせて指差し教えた。
「では、世界中にあると」
「ありそうだ。確定ではないが、少なくともテイワグナとアイエラダハッドは在った。それと併せて7枚、俺は持っている」
小さな粘土板をじっと見つめる女龍は、手の平に並ぶ三枚の粘土板に想いを馳せる。これが通行手形の役割と言うなら。じわっと目元に涙が浮かび、イーアンは微笑んだ。
女龍がじっとしているので、シャンガマックはちょっと顔を覗き込み、その顔に涙が見えて、彼女は何かを知っていると気づく。
「どうしたんだ、イーアン」
「シャンガマックに質問します」
ぐすっと鼻をすすった女龍は、濡れた目で騎士に尋ねた。
ホーミットに見せていると思うが、彼はどう解釈しているか。騎士はすぐに答える。『父は、檻を通して戻ってきた者が、そこに置いたと推測している』と答えた。粘土板の使い方ではなく、遺跡近くにしかない理由を獅子は考えたらしい。置いた理由は、不要だからかもしれないし、持っていてはいけないからかも知れないと、どこへ行ってもあることからそう捉えている。
頷いたイーアンに、今度はシャンガマックが『何か、知っているのか?』と探る。それには答えず、イーアンは手の平の粘土板を指差して『この絵の意味を、ホーミットは気付いたか』と質問に質問で返し、はたとした騎士が首を横に振ると、女龍はちょっと笑った。
「あなたは理解しているんだな?父も俺も、文字ではない絵の正体が分からない」
「そうだと思います。だって、『女龍の絵』です」
唖然とする顔の騎士に、イーアンはまた少し涙ぐんで笑い、粘土板に優しい笑顔を落とす。
「始祖の龍が・・・きっと。こんな時のためにって」
「お、教えてくれ!これは?あなたは読めると?イーアン」
両腕をワシッと掴んだシャンガマックに驚くも、揺さぶられながらイーアンは『読めるとかじゃなくて』とまず落ち着くように言い、ダルナも手伝って興奮するシャンガマックをはがす。
「読めるんだろう?だから泣いて、始祖の龍の遺した言葉の意味で」
「違うのです。読めるのではなくて、使うもの」
「え」
目元を拭って、笑顔でもう一度、イーアンは『これは、使うものなの』としっかり答えた。
*****
「俺はこれを持った人だけが、個人的に異界から戻れる手段だと思った。だが、イーアンやビルガメスの話を聞いてから、それは違って、これを持つ人と共に行動することで団体でも戻れるのかと思い始めている」
「幻の大陸に直結しない、とあなたは先ほど仰いました。確かにまだ証拠不十分です。でも私もこれが、幻の大陸を通過して移動するに、必要なものではないかと、初めて目にして感じました。始祖の龍はね、人間を守りたかったお方だから。
刻まれた絵は・・・意味合いとしては『記号』の方が近いかもしれませんけれど、絵みたいにも見えますね。これは、私たちにしか理解できませんし、どちらの解釈でも良いですが、話す時は『記号』と呼んでおきましょうか」
私たち―― それはこの世界にたった三人しかいない女龍。
時代を隔てて、魔物に合わせて呼び込まれる女龍は、その時代に一人だけなのに、イーアンは家族のように愛情をこめた眼差しを粘土板に向けていた。
「あなたたちが使う。ズィーリーもか」
「うーん・・・どうでしょう。ズィーリーが使ったかどうかは。でも彼女も知る立場にいた以上、どこかで見て、どこかで使ったかも知れません。龍だから使える、女龍だから、です」
「男龍には使えないと聞こえるが・・・そうか?」
「はい。多分。ビルガメスは私が使う技のことを『俺たちにはない』と話していました。私が使う技は、この記号を引き継いだから、生まれたものですが、彼ら男龍には」
「関係なかったんだな。では、話を戻すが。イーアンはこれを見て泣いた。意味が分かるから、と思ったのだが、それは」
「読めたのではないけれど、始祖の龍が使っていた記号だし、ここにあるということは民の無事を守りたくて、刻むように教えたか示したかされたのだ、と思いました」
ああ~・・・そういうことか、と深く納得した騎士に、イーアンは笑って『これは安全を守る時に使う記号だから』と少し教えてあげる。判別の難しい欠けた記号を見つめ、元々の形状を尋ねたが、イーアンはそれについては伏せた。
「教えてもらっても、俺は使えないなら。せめて」
「シャンガマック。これはあなたが気にすることではないですよ」
「でも~」
まただ、とイーアンが引くと、ダルナが『獅子を呼んでは』と話を変える。振り返った騎士に、ダルナは視えたことを静かに伝えた。
「展開があるから」
女龍もシャンガマックも目を見合わせ・・・フェルルフィヨバルが首を少し傾げる。シャンガマックは『彼は謎を追う者に、答えを教えるダルナ』とイーアンに話し、イーアンも『では呼びましょう』と了解した。
そうして、粘土板のことで来てほしいと連絡した騎士に応じ、ヨーマイテスが来るのだが―――
*****
龍気の結界を嫌がる獅子なので、これを解くと暴風。冷たい夕暮れの暴風に、女龍と騎士は立つ。
結界を解いて待っていると、先に見えたのは空を掠めた一筋の緑色・・・あれ?とイーアンが眉根を寄せるや、影になった後ろの丘から獅子が現れて『呼んだか。何でここなんだ』と騎士に近寄る。
ホーミットは来たけれどと、そちらを見た顔をイーアンが前に戻すと、宙でぐるっとが回転した緑は緋色に。あ!やっぱり!驚いている間に、大判の布がはためき、次に回転して黒髪の魔導士が現れた。
「なんでバニザット。呼んでないよ」
「お前の口の利き方は」
顔をしかめた魔導士に、イーアンは『だって』と、獅子と魔導士を交互に見る。知っていたらしきフェルルフィヨバルは静観。獅子は『こいつもお前たちに用だ』と鼻面を緋色に向けた。
「私たちに、用」
「正確には、バニザットが」
どっちの、と後ろを見た女龍だが、獅子はシャンガマックをちらと見て『こっちに決まってるだろ』と魔導士をはじく。不機嫌な先祖を直視できない騎士は視線を逸らし『俺に?』と獅子に聞き返した。
これに答えたのは獅子では無く魔導士で、『イーアンもだ』と名を加える。正確には二人って意味が分かんないよ、とぼやいた女龍に『お前用の用事もあるんだ』と額にデコピンし、睨む女龍の真上から用件を伝えた。
「龍だけの記号がないか」
「。」
単刀直入の問、イーアンは口を閉じ(※発声なし)、その態度を肯定と見た魔導士は眉を上げる。
「そうか。お前は分かっていそうだな」
返答に戸惑ってシャンガマックをちらと見たイーアンは、正直な彼の『え!?なぜ知っているんだ』の驚き表情にがっかり(※これで確定)。
獅子は彼の腕を鼻で押して自分を見させると、『粘土板の話が先だ』と息子への用事を伝え、求められたものを理解した騎士と女龍は、白灰のダルナに顔を向けた。
側に座る大きなダルナは『次の展開を』と繰り返し・・・
強風の岬に集まった四人は、それぞれが近づいた同じ問題の確認へ―――
お読み頂き有難うございます。
もうすぐGWで、いろんな意味で忙しくなる時期に思います。皆さん、お体に気を付けてお過ごし下さい。
いつもいらして下さることに、心から感謝します。有難うございます。




