2797. 『粘土板』~①ザッカリアより魔導士に託す・シャンガマックの思い付き
ザッカリアは空に居て、彼がこの会話に応じているとは思えないが、龍面はまさしく『龍の目』の代行をし、魔導士に未来の様々な情報を与えた。
未来だけに、確実に当たるとは言い切れない。それでも受け取った情報の詳しさと多さ、そして一連の流れから推察が利く、精霊の意図する方向性に触れられたことは、魔導士に充分だった。
例えザッカリア本人から聞くにしても、ここまでは聞き出せない。
彼は口述で伝えてくれるが、彼によって与える範囲を定められるし、何より今回は視覚で確認できた。これは、再現魔法も手伝ったかもなと、円盤の縁にまぶすように帯びる金粉に思う。
円盤は消えない。龍面の熱も額に灯る光も下がらず、まだ伝えることがありそうに感じる。
最上層に現れた、手の平に納まる硬貨ほどの大きさ、土の焼き物。文字ではなく絵が刻まれた素朴なそれが、あの幻の大陸巡礼の旅路に、唯一、信頼できる道具と見た。
馬車の民が持っていると魔導士は思ったが、ちょっと気になり、龍面に『これは馬車の彼らが所持する宝か』を尋ねる。龍面は反応なく、円盤も動かない。
「分かりにくいな。肯定か否定か。宝と聞いたのが良くないかな」
馬車の民の持ち物か?と縮めて尋ねると、これも反応なし。眉根を寄せた魔導士は、円形の土の焼き物・・・馬車の連中が使う、絵と異なるのかと気づく。
俺は、馬車の連中がキライだったから、大して彼らのことを知らない。雰囲気で判断するだけなら、彼らのものではない。あの民族は文字を持たないし、この絵も馬車の民のようには・・・・・
ふと。以前、どこかで見かけた気がしたのを思い出す。待てよ、待て待て、と顎髭に手を置いて、バニザットは片手に龍面、片手を顎髭に当てたまま急いで記憶を遡る。
見たことがある―― どこだ?種族の何かではない、地上絵でもない。遺跡でもない。もっと、どうでも良いところで俺は見たんだ。
「思い出せない。記録、つけてあったか?いや、意味が解らなかった。たまに見かける程度で、重要な何に関係があるものでもなく放っておいた。あの絵、あの記号・・・いや違うな、記号かも知れんが」
記憶を引っ張り出す魔導士は、暫くそうして独り言で悩んだ後、粘土を焼成した円形のそれを、魔法陣の記憶に留めた。『記録を取っても良いんだろ?』と面に確認すると、面の額の光がちょっと増えた(※許可)。
「この時間、次もある保証はないしな。『術』以外の情報は、頭で覚えているだけでいい」
それにしても、幻の大陸で何が起きるかを、こうも具に教えられるとは。
他に伝えたいことがあるかを問いかけると、薄い円盤の層が急に全部くっついて、丈の短い円筒の塊が浮かんだ。円筒はもう何も映していない。斜め上から見下ろす魔導士は、先ほどと同じように一歩前に出て真上から覗いてみた。そこに。
「ザッカリア」
『バニザット』
「お前が、俺に?」
『俺は、精霊と戦ったあの日。俺に進めない道はないと言われた(※2197話参照)。今は空から動けないけど、皆が足止めされた時、俺が道を拓く。だから、バニザットに頼む。光はどこかに絶対に消えない。皆を励まして』
「お前ってやつは・・・ 」
『俺ね。人間が全滅するなんて嫌なんだ。悪いこともするし、分かってなくて罪も犯す。分かってても解ってないから、罪を選ぶことだってある。時には殺してしまった方が良いやつもいると思う。だけど、解ればやめる人もいるんだ。これを許せないなら、人間自体が不要な種族だ。そんなことを今更押し付けるために、今までがあったわけがない。
少しでも、無事を守ってほしい。その少しが違うからだ』
「この旅は、お前らの旅路で俺の旅じゃ」
『ないけど。でもバニザットは、俺の大事な指導者だよ』
焦げ茶色の肌に、レモン色の瞳。向こうからも円筒を覗き込むように、黒い艶やかな巻き毛を顔の縁に垂らしたザッカリアが笑いかけ、その笑顔に魔導士は声が詰まる。ギアッチが一番だけどと言われたが、ギアッチが何者か知らない魔導士はそれを無視し、急いで訴えた。
「ザッカリア。お前の仕事はまだなのか?まだそっちに居るのか?俺に託すな、お前がやれ」
その意味は、ザッカリアの活躍を願うからだが、少年に届いたかどうか。ザッカリアから戻った反応は苦笑で『頼むね』と・・・彼は円筒から身を引いて、澄んだ空色に消えた。
「お前の手柄だぞ、ザッカリア」
世界の人間を救うかもしれないのに。なぜ俺に。あの幻の大陸と空を狙った俺を、お前は気付いていた。知っていて、俺にここまで教えたのか。
片手に掴んだ龍面から熱が引く。体温ほどの温かさは薄れ、額の光も小さなロウソクの炎くらいに縮んだ。
金色の魔法陣は、幻の大陸の映像を浮かばせた元の状態に戻り、龍面とのやり取りが終わった魔導士は、息を吸い込んで魔法陣に命じる。
幻の大陸からティヤー全体を映し出す映像は消え、『念』を調べる代わりに、さっきの記録を再び目の前に映した。
何といった美しさも貴重さもない、ちっぽけな土の焼き物。刻まれた絵は、どこで見たのかも思い出せないこれに、幻の大陸を無事通過してこの世界へ戻る力が秘められる。
「これを。お前は俺に探せと言うんだな。良いだろう、貸し借りだ。ザッカリア、お前は俺に借りを作った。次に会う時、返してもらう」
そして。借りだ貸しだと言えば、真っ先に思い出す相手、一人。
ふむ、と魔導士は少し考えて―――
「あいつも見ていそうだな。あいつが覚えている範囲も、一先ず聞いておくか」
貸しは山のようにあるんだ、と呟きながら、魔導士は魔法陣を作り直し、腐れ縁の獅子を探す。
*****
少し時間を巻き戻して、この日の午後―――
ヨライデで『呪い巡り』と『檻』を探すシャンガマックは、前日のヨライデへの怒りは、一歩引いて落ち着いていたが、バサンダと話したことで別の気がかりを意識してていた。
テイワグナの民は・・・妖精の雨を浴びた。
怪我人や損傷を治し、魔物が終わった知らせとして降り注いだ雨。
あの日、誰もが表へ出たのではと、バサンダは話していた。勿論、彼もニーファも、彼らの仲間も家族も外へ出て雨に打たれて喜んだから。
信心深いテイワグナ人は、まず間違いなく誰もが雨を浴びたはず。体が動かない人すら、近くの者が手伝って空の下で共に雨を受けたと聞いて想像がつく。俺はあの日、ヨーマイテスと海中を移動していたから、テイワグナの様子を知らないが、かなり長い時間だったというし。
「ふーむ」
「疲れたのか」
「いや、違うことで少し。テイワグナ戦明けの」
「妖精の雨とやらか。どこまで祝福に叶うのか、降らせた妖精に確かめてはどうだ」
工房から戻ってきた褐色の騎士に、話を聞いているダルナ。仲間が行ったことなら仲間に尋ねては、と手っ取り早い方法を促したが、『フォラヴはいないんだよ』と妖精不在の返答が戻る。
「俺と父はその時、別の場所にいたから誰が関わっているのかよく分からないし。フォラヴの使った雨、イーアンの咆哮でと、それくらいしか」
「・・・イーアンに聞いても分からないのか。彼女はここのところ、船に寝泊まりしているようだが」
どうだろうねとシャンガマックは唸って、次の目的地で降りた。ここはヨライデにある『檻』の一つ。城から遠く離れた地で、人里はなく周囲は海しかない。ヨライデ北部の海は風が冷たく強かった。
『檻』を発動させる遺跡は、砕けた石畳がちらほら土から出ているので、凡その範囲は掴める。ここから・・・ぐるっと見回した騎士は、『檻』が海の一部も含めて出てくる予想をつけた。岬の突端から下がって背後の丘陵地全体と、向かい合う海も閉ざすだろう。
「かなり大きい檻かもしれない。龍の檻だ」
何となくだが、使う種族によって大きさや広さが分かり始めている。
龍の檻は空から来るためか、範囲がとにかく広い気がする。檻の種類から地形も選ばれている印象で、見通しの利く広さにあるのは、大体が龍。
イーアン龍の大きさを思うと納得する。長い体をうねらせて、空から飛び込む姿は目に焼き付いた。
シャンガマックは腰袋から炭棒と資料束を出して、ここの位置と状態を書き込み、書きながら手を止める。
・・・雨のことで気になり、フォラヴはおらず、今はイーアンがいること。雨が降る間、龍の咆哮が鳴り響いていたわけだから、イーアンはフォラヴから何か聞いているかもしれない。
龍の檻の遺跡に立ち、騎士は少し考えてから、フェルルフィヨバルの言うように、彼女に連絡を取ってみようと決めた。いつも忙しい人だから、すぐ捉まるとは思えないが。
「イーアンも、淘汰で消える人と残る人を知りたいはずだ。テイワグナは全体的に残る可能性があると知ったら、また続きが変わってくる。知らせておく方がいいな」
うん、と頷く独断気味の騎士。一度『そう』と思うと、良くも悪くもそれを通す癖あり。
騎士は、ダルナに頼んで女龍の元へ移動する。テイワグナの民についてが目的だが、一応仕事として『白い筒を調べた』中間報告を建前に―――
お読み頂き有難うございます。
明日の投稿を仕事でお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。




