2795. スヴァウティヤッシュ、引き金待ち・『馬引き』と馬頭の僧兵・ラファルと魔導士の『念』追う一日
僧兵ロナチェワが、四つ足の動力を増やし、ヨライデ人僧兵レムネアクを襲った若い僧兵と仲間が下働きさせられる製造所跡――― から、ほどなく近く。
金茶の獅子は行くのを手前で止められ、勝手にしろと吐き捨てて戻り、コルステインは黒いダルナに『まだ?』と尋ね、黒いダルナが『まだ』と答えたので、コルステインもむくれる。
『大丈夫だよって言っている。獅子もコルステインも、すぐさまが良いんだな』
『危ない。する。いっぱい。出る。する。ダメ』
『うん、でも今度は人間が襲われる前に・・・イーアンたちがね、もう一手間かけてくれる話だ。うん?分かりにくい?だからな、イーアンたちも、人型動力を丸ごと壊すつもりだ。話しただろ』
よく理解できないのでコルステインは首を傾げる。聞いたかもしれないが、イーアンたちが何をするのと思って終わる(※内容も説明されていたけど)。
スヴァウティヤッシュはコルステインに頷いて『大混乱と一斉排除は、残党サブパメントゥの方だ。人間じゃない』と言い切った。
例え人間が世界からいなくなる予定だとしても、サブパメントゥの被害でやられはしない。それは龍への不信を防ぐことにも繋がる。
自分を友達だと言った女龍のために、スヴァウティヤッシュは彼女の威厳も守るつもり。付き合いに距離はあれ、女龍は自分の主だと決めた黒いダルナは、黙々と女龍の周囲を片付け続ける。
『動力が出されたら、イーアンたちの番だ。堕天使の一人も、動力操作に力を貸す。コルステイン、これが終わったら次は、トゥだ。俺が思うに、トゥが動くことになるだろう。その時はサブパメントゥの国でも、残党からめいっぱい離れた所で仲間を守ってくれ』
『うん』
―――トゥの予定する攻撃も、つい最近、スヴァウティヤッシュは聞いた。すぐにコルステインに伝え、ハッとした顔を見せたコルステインに『コルステインたちは大丈夫だ』と念を押して、サブパメントゥ激震に備えるよう頼んだばかり―――
『トゥの使う魔法は、俺もよく知らない。だが、コルステインたちに届かないよう、手を打つことは可能だ。昨日も言ったけど』
『大丈夫』
大丈夫、と答えた真っ青な目を見つめ返し、スヴァウティヤッシュはコルステインの黒い翼を撫でて『ダルナが手出ししていいか、それも分からないが、これはトゥの存在でしか出来ない』と・・・見様によっては、チャンスであることを呟いた。コルステインも何となし、見抜いているよう。
スヴァウティヤッシュは、トゥの成り立ちにピンと来ていないが、創世の因縁・双頭龍の話からトゥがここへ呼ばれた以上、トゥしか取れない動きがあると思う。
異界の精霊が、この世界に元からいるサブパメントゥを、自己の理由から大量に攻撃して許されるかは賭けだろう。とはいえ・・・トゥの背負う運命なら通用するのではと、攻撃予告を聞いたスヴァウティヤッシュも止めなかった。
*****
その日に向けて用意するのは、もう一人いる。ニアバートゥテは僧兵ではなく、サブパメントゥとして存在を変えた。
この僧兵を下働きに迎えたのは、『馬引き』と呼ばれるサブパメントゥで、彼の創った子供が黒い骨の馬。
ニアバートゥテは人の形を辛うじて留めたが、体色は変わり、首から上は馬に似た。本物の馬に比べると仮面のような角度が目立つ。短い鬣に、彫り物じみた馬の頭と凸型の目玉と太い首は人間らしさの欠片もないが、どことなく冷酷残忍な面影は残った。
能力は、『馬引き』に分けられた。人間を操る、押さえるなどはサブパメントゥの標準能力。発声器官は失ったが、頭の中の会話と呼びかけは、そこそこ距離が開いていても通じる。
『馬引き』の能力の特徴は、幻覚の範囲にある。ニアバートゥテも受け取った、幻覚の能力は使用範囲が驚くほど広い。馬を放ち走らせる広さが、会話も幻覚も可能と覚えた。
そして、サブパメントゥになったからには―――
『暗闇を動け。光はやめておけ。薄暗くても、お前の目を貫き、体を崩す』
親の『馬引き』が、地下道の薄暗さで問題ないのに、ニアバートゥテはそれが難しい。『馬引き』の子供、『骨の闇馬』が光から親を守る役目らしく、それでも薄暗い程度でなければいけない話だった。
こればかりは種族のものだしと了解するも、サブパメントゥの中には強い光以外に反応しない珍しい質もいるそうで、それを聞いたニアバートゥテにはやや不満が残った。
日中の自由はなくなったが、夜と闇には強い。まぁ、慣れかと考え直す。
炎の明かりも避けねばならないにせよ、暗い状況は幾らでも動ける上に、地下の国を移動すると地上の距離を短縮しているらしいことも、驚かされ気に入った。
ニアバートゥテは近々、動力がまた使われる際に、人間を誘導して集めるのを手伝う仕事を命じられ、また、サブパメントゥが『空を取る目的』も併せて聞いた。なぜなのか、この時だけはサブパメントゥが太陽の光にも屈しない条件で、空へ上がる話。上がるとはどうやって?と素朴に返すと、『馬引き』はちょっと笑った。
『その日になれば分かる』
別種族が頭から信じ込んでいるとは思えず、何か経験則に倣う確信なのだろうとニアバートゥテは頷く。
『馬引き』は遥か昔の争奪戦までは話さないが、宝を求めるニアバートゥテと知っているので、『空を取った後に残るのは、この世で何より輝く宝だ』と遠回しに惹きつけてこの話を終えた。
四つ足動力、人型動力が、外へ出るまであと数日。『燻り』が『黒い精霊』に予言された、地震を待つ―――
*****
念を追う魔導士と共に動き出したラファルは、片づけきれなければ『念に憑かれた人間』も別世界に連れて行かれるのでは、と不思議に感じていた。
このタイミングで悪人が増える・・・これらが混じった行列で、人間はこの世界を去る?続く世界に持ち込むには、あまりに杜撰な土産だろうにと、ラファルは怪訝に思っていた。
世界の考えることは分からない。俺だって連れ込まれた時は素っ裸に近い状態で、何が何だか分からない内に腹に穴を開けられて鎖に繋がれたのが始まりだった。
ドルドレンに救い出されたと思いきや、今度は狼男に囚われて、『この体には爆弾付き』と嫌な事情が待っていた。そこらを歩くだけで、仕掛け爆弾のピンを抜く。いつ抜いているか分からず、俺が通った後にピンが抜かれて開いた扉から魔物が出てくると知った時、なぜ俺がそんな役割をと思った。
ただ、ピンを抜く合図は激痛、と薄っすら理解していた。塔の地下ではそうだったから。激痛がなければ、抜いていない。
人の住む場所を歩き回っても、幸いなことに激痛に見舞われはせず、俺は誰も殺していないと思い込んだ。暢気なもんで、本当にそう思っていた。二度目の救い出しで、バニザットが俺を引き取った日まで。ピンは、俺の激痛なんかあてにもならず、そこかしこで抜かれていたと気づいた。
もし。念に囚われた人間が増えるとして。俺たちに取りこぼしがあったとして。いや、あるだろうから、そいつらは次の世界へ送り込まれる。入り込まれた別世界での迷惑千万もさることながら・・・厄介を減らす目的で殺し回った俺たちは、『100%の仕事』が出来なかったことで、ただの殺しにならないだろうか。
ただ単に、殺していただけの話にされないだろうか。
そうなったとして、俺たちに求められた正解も答え合わせでその時―――
「ラファル」
「ん?」
考え事を止めたのは魔導士で、ここは町角。
念を持った人間が群衆に紛れ込んでいたため、大きな町の通りにこちらも降り、その男を視界に入れた魔導士が仕留めたのが、先ほど。
いつもの魔法でスナイパーのように仕留めるかと思ったら今回はそうではなく、人混みに紛れ込む対象者の至近距離で倒した。
魔導士と一緒に、男の倒れた姿を見届け、騒ぎの現場を立ち去って町の路地角で、名を呼ばれて足を止める。漆黒の目が見下ろす顔に、どうした?と促すと、彼は『世界について考えるな』と静かに答えた。騒ぎの背後に視線を投げ、『あれも』と続ける。
「俺たちは世界に抗うことは出来ない。損な役回りでも、だ。かと言って俺がそれを甘んじている訳じゃないのも、分かっているだろうが」
「・・・分かるよ。バニザットは天秤を持っている。平均の取れる状態で最善と最速を選ぶ男だ。世界に楯突かず、だが取れる行動の全てを」
「そんな大層なことじゃない」
苦笑した魔導士に合わせてラファルも少し笑い、また歩き出す。騒ぐ背後は遠ざかり、何故近くで殺したのかを問わないラファルに、魔導士は自分から理由を話した。
「お前は俺が、世界に合わせて取れる行動を選んでいる、と言ってくれるが。世界に合わせると、人間の感覚で理解できない尽くしになる。わざわざ町に降りて殺したのは」
「うん。何だ」
「俺の遣りどころない寂しさのせいだ」
分かるよと、ラファルは魔導士の肩を叩く。魔導士は煙草を出してやり、二人は煙草を吸いながら歩いた。
魔導士が自分の胸の内を伝えることは、ラファル以外では殆どなかったし、ラファルもそれを気づいているのかいないか、ただ受け止める。だから長引くことなくこの話はすぐ終わり、別の話題へ移る。
「この島には他にいないか?」
「いないようだ。散らばってから何日経過したか分からんが、定期的に放り出している訳でもなさそうだな。最初の予想で構えたが、意外と数がないかもな」
「あんたの予想がずれるのか」
「未来が見えるダルナたちとは違う。俺は史上最高の魔導士で、魂の状態だが、人間の枠は変わらん」
へぇ、と可笑しそうに顔を向けたラファルに魔導士も眇めて煙を吐き、『未来が見える人間もいるが』と付け足す。
「自分で操ることが出来るのは、人間に許されない力だ」
「ああ・・・そうか、そうだよな。あの子供、ええっと。暫く会ってないから名前が出てこないな。イーアンを母親と言っていた、肌の茶色い」
「ザッカリアか。顔が良い子供だろ」
「そうそう、ザッカリア。良い顔してたな。子供なのに目つきもしっかりしていた。彼は、未来を見ると」
今はどこに居るのかともう一吸いしたラファルに、魔導士は煙草を挟んだ指を空へ向ける。空?と見上げた男に、『ザッカリアは留守なんだ』と教えた。
「そうか。彼なら、今の状況をどう見るかな。未来が見えると落ち着いて把握するようだから」
「未来が見えなくても、恐れずに飛び込める余裕が人間の武器だ」
「ハハハ。違いない」
魔導士にはラファルが少し不安を抱えたように感じ、ザッカリアの話題も引っ張らずに流す。空へ一時退却した彼は・・・眠気と戦いながら毎晩探した謎の、どの辺まで進んでいるやらと思う。
そういや―― 龍面を預かっていたことも思い出す。彼がティヤー開戦と同時に離れるにあたり、龍の面を俺に預けた(※2457話参照)。
『これを使った時間を知るのはバニザットだから(※2027話参照)』ザッカリアはそう言って、布に包んだ面を渡し、空へ―――
ふと気になった、龍面の存在。精霊の祭殿で変化する前、あれは俺が作った面だった。なぜ今、俺に過ったのか。
魔導士は、偶然と必然の別を感じ取る。これは必然だと理解。
「移動する」
「そうだな」
吸い終わった煙草を宙に消し、姿を風に変えた魔導士はラファルを抱えて、別の島へ向かう。
ザッカリアに続けて、龍の面を思い出したために、魔導士は空へ行く野望を心でなぞる。その中間にある幻の大陸へ、俺と行動を共にするラファルがこれから行くことも。
浮遊や、憑りついた『念』を見つけ、行く先々で仕留めて一日は過ぎ、人間に近い体を持ったラファルを気遣った魔導士は、夜より前に小屋へ戻る。
幻の大陸を魔法陣に映し出し、振動によって出てくる時と、そうではない時を確認し、魔法陣を広げティヤー全体も見た。広げ過ぎると分かりにくいのは、魔法の精度ではなく念がちっぽけで拾えないから。
昨日もこれで面倒だと思い、魔法陣を閉じたのだが、今日は粘って調べる気になった魔導士は、ラファルに食事やあれこれ準備した後、部屋にこもる。
全く関連もない龍面を出し、『念』探しの魔法陣と見比べて、魔導士は呟いた。
「お前が手伝う気か」
俺を空へ行かせたくない、お前が。俺とミレイオの未来を守りたいと言ったお前は、あの大陸に問答無用で触れなければいけない時期に来て、余計な危険から俺を守る気か。
ザッカリアなら、そうだと言うだろう。魔導士は龍面を魔法陣の上にかざした。
「教えろ。お前の伝えたいことを」
お読み頂き有難うございます。




