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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2794/2957

2794. 旅の四百五十四日目 ~別行動:七つめの面開始と夢・僧兵製造所混入

 

 夕方に訪れた工房で(※2791話参照)、明日も来てもらえますかと言われたシャンガマックは、一晩明けてバサンダに会いに行った。



 バサンダは今日から七つめの面に取り掛かる。この速度はさすがに信じがたいが、揃った六つの面を見た後では疑いようもない。

 いくら精霊の水を使うからと言って・・・バサンダの頑張りは既に『頑張り』を越えて、猛然。時間を早送りする彼の肉体は、今後持つのだろうかと心配になる。


 昨日、彼は『面が仕上がる前に危機の審判が下される可能性も』と不安を話した。


 自分はまだ半分の数しかこなしていないのに、夢では砂浜に12の面が並び、波打ち際に人間と舟、一列の面を挟んで向かい合う、十二の色の存在がいた。これは早まるお告げだと、バサンダは直感で感じたらしい。


 だから急いで・・・ 仮眠もわずか、シャンガマックが運んでくれる水を頼みに、一心不乱で面を作る。彼は手袋をしており、薄い革で出来た手袋は『手の皮が傷み始めて彫りにくい』その対策だった。



「シャンガマック、おはようございます」


 朝陽の当たる店の扉をノックして数秒で、きぃと軋んだ扉が開き、迎えてくれたバサンダに挨拶を受ける。安堵の息を漏らした騎士は、彼が迎えてくれた=少しは手を休めている・・・良かったと微笑む。


「食事中か?前もそうだったが」


「いいえ。ニーファに今日は休んでもらったので」


「なぜ・・・彼は体調が良くないのか?」


 そうではありません、と微笑んだ初老の面師が、騎士を中へ通して扉を閉める。いつものように工房へ案内する間、バサンダは喋らず、シャンガマックも気になりながら話しかけずに中へ入った。


 バサンダは振り返り、『水を頂いていいですか』と先に頼む。

 それは構わないが・・・胸騒ぎのするシャンガマックは『無理をしているか?』と腰袋に手を置き、水を出す前に尋ねた。薄い色素の瞳がちらっと騎士を見て、疲れた笑みを浮かべて首を横に振るが、信用ならない。


「バサンダ。俺はとても心配している」


「有難うございます。でも急がないといけません。どれほど小さい機会でも、無いより良いはずです」


 見せようと思っていたので、と食卓に並べてあった面六個を、まず騎士に紹介する。


 最初は白い面、ウースリコゼ・オケアーニャ。二個目は赤い面で、エグズキ・ルーマガリア。三個目は紫の面、イッサ・リールバナラ・エゴア。

 加えて、四個目が茶色の面、ルレッ・コエマロア。五個目が緑色の面、エズタリ・ベードゥナストゥス。六個目が黄色の面、ルーマ・アーギガリアック。


 どれも個性があり、どれも各々に宿る強く深い神秘が滲む。何と美しいかと素直に感嘆するものの、シャンガマックはこの速度でこれだけの制作をこなす彼が、更に心配になった。


「準備は昨晩中に済ませたので、これから七つめに入ります。良い出来でしょう?」


「素晴らしい。俺の感想は陳腐で申し訳ないが、素晴らしい以上の言葉が見つからない」


 満足そうな面師に微笑み、一呼吸置いた騎士は『だが、頼むから無理だけはやめてくれ』と懇願の表情で取り出した水入れを彼に渡した。


 薬入れ程の小さな容器の栓を抜き、初老の面師は聖なる精霊の水を口に流し込む。疲れの皮膚に赤みが差して張りが戻り、目に生気が蘇る。バサンダは飲み切った容器の口を袖で拭い、栓を詰めて騎士に返した。


「有難うございます。これで頑張れます」


「頑張り過ぎる気持ちも分かる。だが。だけど、あなたは。俺には死ぬようにしか思えなくて」


 言う気はなかったが、燃え尽きるまで注ぎ込む勢いに、感じていた不安を伝える。シャンガマックの漆黒の瞳を見つめた面師はちょっと俯き『生き延びてこの世界に戻れた奇跡を、私は感謝してます』と言った。その返事が、死を覚悟した肯定なのか、それとも生き延びる前提の死への否定かは、はっきりしなかった。


「私は、昨日も胸の内を伝えたように、ニーファがいなくなるのが辛いです」


「それは、うむ。そうだろう。あなたを受け入れ、今や弟のような存在になっただろうし」


「ニーファは・・・淘汰を免れないでしょう。大いなる力と関わったことはないでしょうから」


「・・・ふー。うーん」


 答えに困った騎士は、目を瞑って髪をかき上げ唸る。大いなる力の祝福を受けていれば別、そうでなければ淘汰対象。淘汰の決め所はティヤー人。ティヤー人が創世物語に倣って心を捧げ、人の立場を見直す機会を得るために、バサンダはいざ直談判を持ち込む道具・12の面を作っている。


 だがその直談判すら、バサンダの最近見た夢では急かされていると感じ、間に合わない事だけは避けたいと彼は心血注いでいるのだ。


 間に合わなかったとしても―― 決してバサンダに非があるわけではない。彼が大事に思う、家族のようなニーファを守りたい想いは、もしも間に合わなかった時の悲劇の罪悪感を持たせている。



 会話が途絶え、シャンガマックもバサンダも俯きがちで目を合わせず、沈黙が流れる。


 天気雨が落ちてきて、工房の角の窓に雨粒がつき、ぽつぽつとそれは増え、明るい朝の陽ざしをくぐる煌めく気紛れな雨は、工房に小さな光をちらつかせる。風は少し冷え、雨と朝陽の幻想的な光景に何となく目を向けた二人は、なぜ人間がこのような状況に陥らねばいけないのか、不条理に似た出口のなさを遣る瀬無く感じた。


「きれいだ」


「ええ。こうした天気が私は好きです」


「ティヤーにいた時もあった?」


「はい。海ですからよく天気が変わりました。ここでも同じ光と美しさを見られ、嬉しいです」


「そうか。いつまでも、見ていたいな。魔物がいなくなったんだから、これからはずっと」


「・・・あの時を思い出します。テイワグナから魔物が引いた最後の日。そういえば、こんな朝だったんですよ。シャンガマックも見ましたか?」


「・・・・・ え?」


 表を見ながら話し始めた静かな会話を、シャンガマックが止める。バサンダを振り返り、目が合って、面師が表の細かい雨を指差して微笑む。


「シャンガマックは戦っていたでしょうし、それどころではなかったかも知れませんね。あの悪夢のような夜が明けた日。朝に降り出した雨は、こんな感じで光の中を降り注ぐ聖なる雨だったのです(※1697話参照)。

 龍の声が聞こえ、誰もが喜びで表に出ました。傷ついて倒れた者も立ち上・・・が・・・ 」


 向かい合って目を見開く騎士に話しながら、バサンダも気づく。大きく開いた目は、騎士の視線と真っ向から重なり、二人は同じことを口にした。


「祝福の雨」



 決戦の後――― テイワグナ全域に降り注いだ、妖精と龍の祝福の雨を。




 *****



 僧兵の男に、都合良い状態が続く。魔物がいなくなり、動きやすい。


 人々も普段の生活に戻りつつあり、行く先々で警備隊の装備が軽くなったのを目にすると、()()()()()()呪縛が過去に変わったと感じる。


 一時期、この世のものかと疑う色艶の武器や防具を装着した警備隊ばかりだったのが、今は軽装が殆ど。魔物もいなくなれば、警戒態勢が下がるのも分かる。おかげで動きやすい。


 船賃がなくても―― 大騒ぎにならない程度に一人二人片付けたら、無料の渡航が約束される。船賃を作る時間は勿体ない。追剥も時間を無駄にする。だから船員を片付けたついでに、はした金を引き取って次へ行くのが、一番効率が良い。武装していない警備隊は、簡単に終わる。



 島から島へ移動し、多い時は船乗り継ぎで一日に三島回れる。近場で大雨と波のない条件だが、一日に回る神殿・修道院址は多ければ多いほど良い。あれから四人の仲間を得た(※2766話参照)。


「あのヨライデ人はどこへ隠れたか。風の噂にも聞こえないから、終わったかもな」


 船を出て次の島に立ち、僧兵は雨の晩を思い出す。

 目的地の修道院址へ歩く間、雨のあの日に消えたヨライデ人僧兵と、連れて来ていたはずの仲間の行方を訝しむ。今も、これと言った想像がない。


 追い詰めた僧兵を踏む寸前、()()に衝撃を受けたことまでは覚えているが、目を開けたら誰の姿もなく、自分を探しに来た最初の仲間と手分けして、ヨライデ人を探した。見つけられず戻ったら、仲間もいなくなった、あの日。


 殺されたかと、何者かによる殺害は意識に留めた。ヨライデ人は『管理されている』と話していた。あの近くにいたのかもしれない・・・俺との会話を聞いていたなら、俺も気を付けておく必要がある。ここまで何もないが気を緩める保証もない。



 昼下がりの港から岬三つ向こうに歩くと、太陽を背に見えてきた廃墟に、目を細める。どこに居るか分からないが、僧兵は大体、動きが取れるまで一つ所で機会を待つやつが多い。


 船に同乗した仲間を港付近で待たせ、この僧兵は岬のなだらかな丘を上がって、廃墟の修道院に足を踏み入れる。

 この修道院は、地下がやたら広いと聞いたことがあるが、ここで大型動力を組み立てたんだったか。


 誰かしら地下に居そうな予感を頼りに、僧兵は修道院の崩れた壁伝いを歩き、強い日差しの影になった地下入り口の板を見つける。

 来たことはないが、どこも地下道への入り口は似ており、二つ三つあるもの。ここは台所の横、廊下の突き当たりに板がはめ込まれており、瓦礫はそう多くないので、板を揺すって取り外した。


 下へ降りる一人幅の階段から地下道へ入り、少しして人の臭いを嗅ぎ取る。振り返った通路奥にも入り口がありそうで、そちらから出入りしていたら、侵入者に気づくのは遅れると判断し、僧兵は挨拶を先にした。『生き残りだと言えば、大体は怪しみながらも様子見で逃げはしない』()()()()()から。



「生き残ったやつはいるか?俺も生き残りだ」


 やや張り上げた声。俺も生き残りだと言った途端、目の前が暗くなった。わずかな明かりが消え、僧兵の前を深い闇が覆う。

 サッと腰の枝に・・・手を伸ばそうにも、手は動かず驚く。目玉を腰に向けようとして目も動かない。しまったと気づいた瞬間、闇が脳に話しかける。


『生き残りだから、なんだ?』



 サブパメントゥだ――― 


 僧兵は封じられた身動きに、急いで逃亡の手段を考えるが、影の圧力で息が詰まる。少しずつ喉を絞られ、肺を押され、腹部が凹んでゆく。瞬きできない瞼の下で、眼球が涙を張り、見開いたままの滲んだ目に、薄っすらと相手の顔が移った。


 どこからどこが顔かよく分からない。ただ、いくつかの窪みの内側に少し動いている小さな玉が眼球と理解した。濡れた布のようにかびた臭いを発し、僧兵の鼻先で止まる。犬のような荒い息で、僅かにしか入り込まない空気を必死に吸い込もうと僧兵は焦る。


『何をしに来た』


『仲間を』


『お前の仲間と』


 喉を詰まらせる僧兵は顔が紫がかり、二回目の質問に答えるより早く口から泡が出た。サブパメントゥは少しそれを放って置き・・・意識が落ちたと見て操りを解く。


 倒れた男を黒い袖が掴んで引きずる。石の通路をずるずると運び、壊れた戸口の奥にこれを入れた。その音と倒れた男に、振り向いてすぐ目を丸くした人間が、サブパメントゥと倒れた男を交互に見る。


『誰ですか』


『お前の知らない奴か。だろうと思った』


 知り合いじみた言い方だったが、とサブパメントゥが少し笑い、髪を一本に束ねた僧侶は側に来てしげしげと男を観察して顔を上げる。


『僧兵では。この体格。俺の知り合いだと言ったんですか?』


『こまかいことはどうでも良い。仲間がどうとかな』


 大して話にもならんとサブパメントゥは黒い体を揺らし、倒れた男を包み始めたので、ロナチェワは止めた。殺すんですか?と聞くと、とっておく必要がないだろうと言われて困った。


『ちょっと話を聞いてもと思うんですが。使い道はありそうです』


『何かさせるか?』


『僧兵は体力があるので・・・ 』


 背後を振り返ったロナチェワ(※2763話参照)は、工場状態の製造で体力が持たない人間の多さに、作業が捗らない悩みを思う。サブパメントゥも操って動かしてやるが、それで死ぬのも後を絶たない。


『使うのか。この人間を。お前に余計を吹き込みそうだな』


『吹き込まれませんよ。私は異種族に楯突く気がないので』


 痙攣する両手を両脇に入れて呟くロナチェワに、サブパメントゥも『それは当然の判断』と認める。それからサブパメントゥは、人手としてこの男を使うに当たり・・・この男の思考を読み、他に仲間がいることも知る。


『迎えに行くか。体力のある連中なんだろ?』


『だと思います。ここまで来た時点で、しぶといと思っても』


『そろそろ、動力も放つからな。働かせておくか』


 妥協したサブパメントゥが闇に消え、ロナチェワは倒れた男を見下ろして首を傾げた。全く見覚えのない僧兵・・・僧兵だと思うが、何をしに来たのやら。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだなと、こいつもサブパメントゥに捕まりに来たことを、若干、同情した。



 そうして、サブパメントゥは一時間後に四人連れて戻る。 

 全員気を失って製造所に倒れたままの男も、意識は回復していない。ロナチェワの作業が一段落したら起こして働かせる、とサブパメントゥは言った。

お読み頂き有難うございます。

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