2791. 別行動:注意『片づけにあたり』良策の要・アティットピンリー経由『大御所』
『片付けるか』―――
獅子は即答し、シャンガマックはすぐに許可した父に感謝したが。側にいたフェルルフィヨバルは、獅子が甘やかして息子に合わせようには感じず、彼の碧の瞳をじっと見た。視線を受け止めた獅子は、ダルナの疑問を見透かし『片付けた方が後々楽になるが、手出しの初めは複雑だな』と呟く。
獅子の鬣に手を置いて感謝を伝えていた騎士は、その言葉に止まった。
「複雑だろうか?分断された材料扱いの死体を消すのは」
「バニザット。俺が『片付ける』と答えた理由は二つある。一つは、分断した体の一部が、死霊術とやらで死霊紛いの入れ物になるような話から。もう一つは、あの大陸から異界の『念』が漏れて、それらがこの世界の人間に憑りつく話を聞いたばかりだから。『念』は犯罪傾向一色、憑りつく相手も似たり寄ったりで、引っ張られて同化する」
「なんだって?ラサンのような」
「そう。ラサンだ、あの僧兵みたいのが現在、増えている最新情報を得た。それを知ったすぐ、お前の話で死霊術の遺体道具と死霊拡散を聞いて、片づけた方が良さそうだと俺は言った」
瞬き数回、シャンガマックが言葉を失っている後ろで、ダルナが先に質問する。
「『片付けるに最初は複雑』その意味は?」
「フェルルフィヨバル。お前は分かっていて俺に言わせたいわけだ。バニザットに聞かせるために」
不審気に振り返った褐色の騎士の視線を受け、ダルナは獅子に『答えを』と流す。向き直った息子の表情は硬く、獅子はきちんと伝えた。
「まだ俺たちは、ヨライデ入りじゃないだろ?」
*****
単純で、簡単な事情。魔物が始まっていない国で、先に手を出す動きが良いのかどうか。
シャンガマックは『ヨライデが加担する魔物はティヤーに送り込まれているのに?』と即行言い返し、獅子の前で大振りに首を振る。
「おかしい。なぜ魔物の王がヨライデを利用してティヤーに魔物を増やしているのに、俺たちがそれを片付けられないんだ?ティヤー領域に入ってからでなければ倒せないなんて」
「バニザット、よく考えてみろ。お前は今、何故にヨライデに来ている。そして死霊は、魔物の王が使うのではなく」
言葉を切った獅子から目を逸らした騎士は、気づいて嫌そうに頭を掻く。乱暴にガシガシと淡茶の髪を掻く姿は、怒りのやり場がない気持ちを率直に伝える。
「バニザット」
「死霊は・・・黒い精霊の手の内で」
「そうだ。だから手を出すなら複雑だと、言った」
くそっ、と顔を手で擦ったシャンガマックを、ダルナは仕方なさそうに見つめる。正義感で冷静さを見失う彼は、常にヨーマイテスが側にいる方が良い気がした。
そのダルナの心境を薄っすら理解している獅子もまた、同じように感じてはいる。
―――感情に囚われると、盲目なほど正義感に駆られるバニザット。
彼の気持ちに合わせて罪を選んだ結果、俺たちは禁忌に触れた。
そこから始まって・・・今。ファニバスクワンから提供された拘束期間短縮条件に乗り、こうして別行動している状態を、息子は理解しているだろうか?
目の前で、遣り切れない苛立ちをどうにか振り払おうと固く目を瞑り俯く姿に、多分彼は忘れているのではと思う(※当)。
「辛い。ヨーマイテス。非道な連中に望みもしない使い道で、遺体すら蹂躙されるティヤー人を救うことも出来ないとは」
「バニザット。この前も似たような話をしたが(※2752話参照)」
「ヨーマイテスは片付けると言ってくれたが、すぐさまではないだろう?そうしているうちに、ティヤーの亡骸は」
「お前の真っ直ぐな性質は好きだと、先に言っておく。そして、俺が『片付ける』ことに賛成したのも、もう一度伝えておく。その上で聞け」
何?と辛さに歪む顔を向けた騎士を、獅子はじっと見て『俺たちが拘束された経緯』ぼそっと、言いたくなかった一言を呟く。ハッとした息子に頷いて、獅子は目を逸らした。
「あ・・・うぐ。うむ、そうだ。俺はまた・・・!別行動の理由は『呪い巡り』と『檻』の仕事、死霊は魔物の王が直接ではないこと、これ以前の認識にあるべきは、俺の性格が」
「そこまでにしておけ。気づいたならそれでいい」
俺は~と項垂れるシャンガマックの背中を、大きな肉球でポンポンしながら『もういいから』と獅子は慰め、同情視線のダルナを見ずに、息子に『踏まえた上で』と続ける。顔を上げた情けなさそうな息子に、感情抜きの合理的な観点から説明。
「アイエラダハッドのように、魔物戦が終了してからティヤーの危険物を消すなら、精霊に咎められることはないだろう。だが現実、この状況で加速に上乗せする種を知りながら、指をくわえて見過ごすのは、俺も別の意味で気になる。
厄介な思考の人間が増えると、こっちが殺し役に仕向けられる。お前たちは人間を殺すこと自体に抵抗を持つし、相手にどう思われるかも気にするが、重要なのはそこじゃない。
その後で人間が淘汰されるにせよ、俺たちが選んだ行為は、世界の記録に残るだろう。理由さておき、な。
どう考えても、俺たちを落とし穴へ入れたがっているようにしか思えん。これを正当な理由で回避する策が必要だ。世界の記録に、自分たちの泥を塗らないために。その泥のせいで、俺たちが排除されるなんてまっぴらごめんだ。
だから・・・バニザット。『正当な理由の良策』を、俺が組むまで待て。ヨライデの魔物が始まる前に動いても、咎められない方法を探す」
獅子の観点は違う。問題の続く先がどこにあるかを彼は教え、シャンガマックは聞いている内に心も落ち着いた。目先の感情に揺すぶられた自分とは全く違うヨーマイテスの説明で、冷静に事態を考える。
うん、と言葉少なく返事をすると、獅子は彼を抱き寄せて『見聞きしたことは船に伝えるな』と注意し、その理由に『お前と同じように感じるだろうから』と付け足した。
獅子はこの後、用事で戻って行き、シャンガマックはダルナに謝って、ヨライデの『呪い巡り』『檻探し』を再開する。
フェルルフィヨバルは気を遣い、『バサンダの様子を見に、早目に戻ろう』と促したので、シャンガマックも同意した。
面師の速度は舌を巻く勢い。あと二日で6個目の面が終わると思っていたのが、この夕方に『仕上げ』と言われ、明日から7個目の面に入る話だった。
「早い。無理をしていないのか?大丈夫か、体は」
「特別な水のおかげで平気です。それより」
座っていた椅子を立ち、ニーファに『ちょっと出ます』と外を指差したバサンダは、工房に来訪した客と共に表へ出て褐色の騎士に小声で打ち明けた。
「仮眠時に、夢を見ました。私の制作した面が砂浜に並ぶ時は、もうすぐでしょう」
これは、ニーファに言うと余計な心配をかけそうだから、と初老の面師は俯く。
ニーファは人間の淘汰でいなくなるかもしれない。自分は残るかも知れないけれど。静かな声は止まり、バサンダの横顔は寂しそうだった。
*****
時間を夜明け前に戻して、片や、イーアン―――
あの人魂もどき『念』が、類友の誰かに入り込んでラサン状態になると知ったところで、ラファルか魔導士でもなければ阻止できない歯痒さに、自分は『人と同化した念』を殺すしかないのかと、気持ちは沈む。
夜明け前に船へ戻り、物質置換でそっと部屋に入ってから、今日も始祖の龍の教えを実行する予定で仮眠を取り、差し込んだ朝陽に顔を照らされて目覚めた。
寝た気がしないまま、数分、ぼうっとして思うのは、やはりラサンのことだった。
違う世界に於いて生きている念が千切れて、こちらの世界に紛れ込み、人に憑りついた場合・・・それまで全く記憶にも知識にもない者すら、我がことのように馴染んでしまう恐ろしさ。
「怖がる人に、幽霊は見える。昔、子供の頃にそんな話を聞いた。それと同じなんだろうな。波長みたいのがダブって引き寄せてしまう。
ラファルが教えてくれた内容は、『誰かを殺した人間の念』だった。自分も死んだ言い方らしいけど、幽体離脱のようにして生きているかもしれないし。異世界で危険と犯罪に手を染めた誰かが、この世界でも似たり寄ったりの感覚を放つ相手に憑く」
ふー・・・重い。肺を軽くしたいように溜息を吐いた女龍は、のろのろ起き上がる。
丸窓の向こうは眩く、現状の危機感の微塵も感じられない美しい自然。アマウィコロィア・チョリアの海は十二色で、この島の海は龍の青―― 深く澄んだ青に、朝陽の金が網をかけるよう。
きれい、と呟いたイーアンの脳裏、不意に掠めたもう一人のウィハニ。
彼女はどうしているだろう・・・ サネーティの側で動いているのだろうか。この広大な海を守り続けた混合種の精霊に、ぼんやりと寝起きの意識が向いた側から、先ほどの連想でラサンに戻った。
あいつは、『ウィハニの女が神託に現れて、神話の道を拓く指示を出した(※2533話参照)』と話していた――
「アティットピンリーは、神託に度々応じていた。あの御方もまた、どこからかキャッチしたことを伝えていた(※2671話参照)わけだけど、ヂクチホスの世界関係はヂクチホスから・・・だったのよ、多分。
でも・・・神話の道を拓く指示って。幻の大陸のことでしょう?神託に応じたアティットピンリーは、それをどこから」
あれ?この話、私確認していただろうか。イーアンの視線が泳ぐ。暫く考えて、話題に出していない気がした。
アティットピンリーは中継点の役目も果たしていた。ヂクチホスの声を受け取り、あの世界に関わる場合はお告げとして誘導した。
でも大精霊に命じられるなどはないため、親のティエメンカダを知らなかった。
では、『神話の道を拓く=幻の大陸への衝撃や鍵』について、彼女にそれを教えたのは誰か。彼女自身の采配にしては、対象が唐突過ぎる―――
「アティットピンリー。あなたは、幻の大陸が恐れを引き起こす場所と知らずに、神殿に道を拓くよう告げた可能性が。あなたにそれを伝えたのは、誰・・・?」
金から明るい黄色に馴染む朝の部屋で、イーアンは今日、アティットピンリーに会いに行こうと決めた。
*****
朝食を少し貰って、やることが押している女龍は慌ただしく出かける。ウィハニの祠がある島で、人目に付きにくそうなところを選び、イーアンは混合種の精霊に呼びかけ続けた。
しばらくして、ウィハニの石像が応え、待っているように言われて数分。アティットピンリー自体が水中に現れた。名前も知らない離島の小島、祠と反対側に集落がおり、ここはお供えの時間以外人が来ない様子なので、イーアンは早速、彼女に事情を伝えた。
アティットピンリーに会って、あっさりと。
思いもしない相手の存在を知り、驚いたイーアンは言葉を失った。アティットピンリーも、その名を知らない。それはそうだろうなと頷く。私も知らないもの・・・私は、会ったことはあるけれど。
思ったとおり、の部分もある。彼女は、幻の大陸の危険までは知らなかった。感じ取っているのだが、上陸したことがないし、用事もないので、詳細を得るまで行かない。
分かりました・・・ イーアンは少し放心した具合で礼を言い、アティットピンリーにすぐ来て頂けて良かったと一言添えると、混合種は直に来た理由を話した。
「私が。可哀相だから?」
理由に面食らうイーアンを見つめ、アティットピンリーの感情薄い顔が頷いた。今、民の心から龍が遠のいたのを、この精霊は知っている。とても悲しいのではないかと気遣った精霊は、イーアンの力になろうと思ったそうだった。
「優しいアティットピンリー。あなたはいつもそうして、誰かを思い遣って下さいます。私は・・・辛いけれど、でも。うん、大丈夫です。でもこうして会えて嬉しかったです」
『サネーティは、イーアンを信じる』
「そうですか。良かった。アティットピンリーは大丈夫?民に良く思われていますか?」
『真実のウィハニの女』だから、大丈夫だろうなと思うのだけど。一応聞いてみると、こくりと頷かれて安心した。良かった、と笑ったイーアンを、混合種の水かきある手が撫でる。その手に手を重ね、『また会いましょう』と頼み、再会を約束してイーアンは島を離れた。
このまま、始祖の龍の教えを今日も実行する――― のだが。
「ドルドレンに会いたい。ドルドレンは、あの御方に何か言われていないだろうか」
気にしたことをすぐさま行動に移すのは浅慮、と我慢するけれど。アティットピンリーからの情報は、冗談抜きで腰が抜けそうだった。
ドルドレンのお手伝いさん―― すっかり忘れていたあの御方が、幻の大陸の開閉に関わっていたとは。
気になる。確認したい。連絡珠で聞きたい。でもドルドレンとの接触で、彼を惑わせてしまう恐れがあるから、それは出来ない。
イーアンは『空の司』に、今こそ接触したかった。




