279. 南の蝙蝠軍・前半準備
イーアンは南へ戻って、迎えに走り出てきたドルドレンに抱きかかえられ、ミンティンから降りた。実際に龍から乗り降りする姿を見た、南の支部の騎士たちは、かなり大きな興奮状態に包まれていた。
「本当に龍がいる」 「凄い大きさだな」 「いや。もう伝説みたいだ」 「それに乗れるって」
信じられないと、そうした一般的な言葉が多い中、イーアンは何も言わずに笑顔でいた。質問が来たら答えるつもりだったが、直に質問はされなかった。
「どうだった」
ドルドレンがイーアンを抱えながら訊ねる。イオライセオダの魔物は既に灰に変わっていたこと、アティクに南の魔物を確認したことを伝える。アティクの話で、この世界にもいる生き物だとは知ったが、数が少ないことも話した。
「そうか。でもイーアンはどう対処するべきか。それはもう決まっているだろう?」
「いつも同様ですが。やるだけやります。外れる可能性も」
「イーアン。一度も外れていない。大丈夫だ」
抱きかかえられたままのイーアンと総長が話している、その、凄くいちゃいちゃしてる状態に、南の騎士は何も言えずに見つめる。しかし。いちゃいちゃ・・・なはずなのだが、自然体過ぎて、普通過ぎる会話の流れに、この人たちの日常はと思わずにいられない南の支部の騎士たち。
北西陣は見慣れてるので、ちらっと見ただけで毎度のことのように流していた。
「イーアン。保存食がとても美味しくて」
抱きかかえられたイーアンにシャンガマックが話しかける。歩いてる人に話すように普通。イーアンも普通に『良かったです。また作りましょうね』とか何とか笑顔で答えている。総長は少し目が据わっている。
「俺も食べた。美味しいとは思う。だが、なぜ俺が最後だったのか謎だ」
ぼそっと文句を言うドルドレンに、イーアンが笑って『いつも一緒にいろいろ食べてるのに』と胸を叩いた。シャンガマックも苦笑い。横を歩くヨドクスも笑ってる。他の騎士も『いつもは菓子だが、あれも面白いな』『美味しかったな』と話し合う。抱きかかえられているイーアンと、イーアンを抱きかかえ歩く総長の図に、誰一人何も違和感を持たない。その。妙に普通な会話の流れに、やはり南の支部の騎士たちは戸惑っていた。
イーアンはシャンガマックの鎧を暫く見ていた。そして良く似合っていることと、遠征から戻ったら脛当も完成することを伝えた。
「ありがとう。とても嬉しい。この鎧の強さが楽しみだ」
それは大丈夫ですとイーアンは微笑む。自分の腰の剣を指差して、『シャンガマックの鎧の皮と同じ革で、仕立ててもらった剣です』と、昨日これを使った話を少しした。素晴らしい切れ味だったことを。
シャンガマックも、それを聞いたドルドレン以外の面々は驚いていた。シャンガマックの鎧の目立ち方は、それまで誰も見たことのない鎧というのもあって、南に着いてからずっと話題にされていた。
その鎧と同じ材料で作った強烈な剣を持つ、とイーアンが言うので、南の騎士たちは盛り上がっていた。弓部隊も知りたそうにしていた。
ドルドレンは不愉快ではあるものの、仕方なしイーアンを抱えたまま(※エスカレーター状態)周囲とイーアンの会話を聞き流し続けた。広間へ戻ってイーアンを降ろすと、ドルドレンの役目は済んだとばかりに、他の騎士が剣を見せてもらいたがってイーアンに群がっていた。
気分の悪いドルドレンは、ささっと適当に害虫を追い払って、咳払いしてからイーアンが魔物に何を思うかを訊ねた。
「昼間の生き物のようですから。夜を襲いましょうか」
「夜。どこを」
ベレンがイーアンの話を引っ張る。何か気がついた、と知って、面白そうにジゴロの微笑を浮かべる。イーアンはちょっとベレンを見てから、窓の外を見た。
「今から見てきます。お待ちになって」
またぁ?大声で一言、ドルドレンが子供のように嫌がる。全員が目をむいて驚くが、ドルドレンは気にしない(パパ似)。『帰ってきたと思ったら、すぐどこか行く』と。本当に小さい子供のように駄々を捏ねる。イヤだイヤだと煩い総長を、困ったように笑うイーアンが撫でてやる。
「すぐです。あなたも来ますか」
誘われると機嫌が直るらしく、駄々はどこへ行ったのやら。ニコッと笑って『一緒に行く』と言う。灰色の瞳を無邪気に輝かせる大の男に、シャンガマックは苦笑いしながら頷いた。
「待っていますから。交代までに戻ってきて下さい」
時間制限をもらったイーアンは、ドルドレンに『行きましょうね』と頭を撫でて動かす。ドルドレンは満足そうに頷いて、『調べたらすぐ戻ろう』とか総長らしい発言をしていた。この駄々っ子はと・・・・・ 南の騎士も、北西の騎士も呆れて何も言わない。若干羨ましい感じもある。るんるんする総長に抱えられながら、イーアンはあれこれ調査内容を普通の顔で話していた。
二人は再び、龍を呼んで乗り、すすす~っと空へ上がり、山へ向かって飛んでいった。
「最近、一緒にいる時間が極端に減っている。引き離されている時間が長すぎて、おかしくなりそうだ」
ドルドレンが龍の背中で打ち明ける。あ、と気がつくイーアン。忙しさに追われて、急に入った魔物退治も手伝って、そう言われればその通りだと思う。
「ドルドレン。ごめんなさい。私がいけませんでした」
謝るイーアンに、ドルドレンは腕を伸ばして頬を撫でる。『そう言わせたかった訳ではない。だけど一緒にいたい』悲しそうに微笑む伴侶に、イーアンは反省。年始はずっと一緒だったから余計にそう思う。朝のことだって、きっとドルドレンの寂しさの反動だったんだわと思った。
「一緒にいましょう。私が気付かず、寂しい思いをさせてしまいました。今日、一緒に眠りましょうね。早く戻って」
「うん。そうしよう。イーアンは戦わないから、戦法だけ教えて帰ろう」
二人が見つめ合って微笑んだ後。イーアンは龍に頼んで、洞窟という洞窟を片っ端から飛んでもらった。ミンティンが知っている洞窟だけでも、と思って動いていたが、この地域は小さな洞窟が多いことを知った。
「年末の。あの魔物の2頭めも洞窟にいました。多いのですね」
「ここは山際で、支流が多いからな。山も西と違う地質で柔らかいのだろう。洞窟が多いのはそうした理由もあると思う」
洞窟の手前に、何かしらの痕跡を見つけたイーアンは、ミンティンに近くで降ろしてもらって、ドルドレンと一緒に中を調べた。
中には、いた。魔物が数頭、残っているのがいて、それらは動かずに警戒していた。二人は相談してそのまま引き返し、場所を覚えた。それをその後も何度か繰り返し、魔物がいた洞窟と、いるであろう洞窟を合わせると12箇所もの小さな洞窟が住処と分かった。
「一箇所だったら、地元の人も騎士の人たちも気がついたかもしれません。これは私たちが連続して、ミンティンに回ってもらったから、気がつけた話ですね」
龍で南支部へ戻る間に、イーアンはそう言って暫く考えていた。ドルドレンとしても、確かに一つ一つ見て回るとなれば、馬だけで行けない洞窟もあるし、これは龍ありきだなと思わざるを得なかった。
「分担しましょう。馬では夜間どころか、昼間でさえ辿り着けない岩棚もあります。私たちが飛べる以上、高い位置の洞窟は私たちが。馬で入れる場所は南の騎士たちにお願いして、倒しましょう」
帰り道、イーアンはドルドレンに相談する。ドルドレンもそうするしかなさそうに思えた。『今日やるのか』イーアンを動かすのは嫌だったし、夜じゃ危ないだろうと心配なドルドレン。
「トゥートリクスも連れてきましょうか。彼に用事がなければ。後は・・・・・ 私、すぐ戻ってダビを借りて、工房であれをもう少し作ろうかと思います。」
「あれって。あ!トゥートリクスみたいに見える集光板か!」
「実際にトゥートリクスに使ってもらっていないので、彼がどのように夜目が利くのか分からないですけれど。でも普通の人も、あれが少しは役に立つかもしれませんね」
「そうすると。パドリックのところの、弓引きもいた方が良いかも知れない。夜目で有名だから」
「ビッカーテですか。イオライ・カパスの時に手伝って下さった方」
夜目の利くトゥートリクスと、ビッカーテは龍に乗せて連れてくる話になり、イーアンは夜に向けて、スコープを作ることにした。ダビがいれば、手は二人分。破損マスクの部品はごそごそあるから、夕方前には10個くらいは作れるかもしれなかった。
「あんまり気乗りはしないが。ハイルとベルもいて良いかも」
「彼らは夜に強いのですか」
「勘が。気配を感じる動きが早いのだ。見えてなくても正確に動く。あの兄弟が揃うと闇の中で翻弄される」
そんな特殊技術の持ち主とは。ふと、ハルテッドが洞窟の大きな蝙蝠系を倒したことを思い出す。ハルテッドは魔物が洞窟から出る直前にソカを振るっていた。アジーズの魔物退治の時も、ドルドレンが危なかった時、既に彼は走り、イーアンのソカを引っ手繰って、魔物を打って助けた。
「では。龍で往復して皆さんを運びます。帰りはヨドクスが馬車を出しているから、そちらに乗ってもらっても良いでしょう」
ドルドレンとイーアンはそれを決めてから、どうやって魔物を退治するかを話し合った。南の支部に戻ってから、その話をするために会議室へ行って地図と絵を描いて説明した。
「イーアン。俺たちは午後も出るが、夜に動くとなるとどっちが良い?早出のやつ等が出た方が良いのか、俺たちが出た方が良いのか」
ラジャンニが、時間帯のことを少し気にしている。イーアンの案だと、襲撃は夜。午後に交代で出る自分たちが連続して動くのか、午後を休んで体力を回復した、早出の東南の騎士たち含む南の騎士が出るか。
「南の騎士の皆さんは、弓が多いと聞いています。夜目が利く弓を打つ人がいたら、その方には同行して頂きたいです。洞窟ごと攻撃する予定ですが、漏れて出てきた魔物は、射掛けてもらうことになると思うからです」
「何人かいるが。今、外に出てるやつもいるな。剣は?」
「剣の方もいて下さった方が楽でしょう。矢で落としたものが絶命していない場合は、切ってもらうと安心です」
ベレンとラジャンニが頷いて、他の隊長に何人か、夜に出られる騎士を選ぶように伝える。
ドルドレンがイーアンの話をおさらいして、夕方までに準備する状況と取り組む作戦の内容を、その場の全員に確認した。
「大まかにまとめよう。これから俺とイーアンは、一旦支部へ戻る。イーアンは必要な道具を準備する。俺は援護遠征人数増加の手続きをしてくる。
確認できた洞窟は12箇所。内2箇所は、どうやっても馬で入れる場所ではないので、龍と俺とイーアンだ。他10箇所は馬では入れるが、距離と環境は少しずつ異なる。馬の種類と道をよく考えてから、班を分けろ。
各洞窟に最低6人は必要だ。夕方、北西から4人騎士を連れてくる。北西は16人、東南が12人か?残り30人以上は南だ。各班に弓引きが4人いるのが理想とする。俺とイーアンは確実に一緒だし、龍もいるから、俺とイーアンの担当箇所に他は要らん。俺は強いし、イーアンも最高だ。龍も強力。で、後は好きにしろ」
何それ。最後の言い切りに疑問を抱く面々。彼らの冷めた視線を、全く気にしない総長は言い終わってから、うん、と頷く。
聞いていたイーアンも、最後でちょっと吹き出しそうになって俯き、パパそっくり・・・と思う。ヨドクスもシャンガマックも何も言わない。目を閉じて苦笑いするのみ。
「うむ。まあいいだろう。では、それで班が出来たら夜出発だな。イーアンの準備した材料を、言われたように置いて。水は近くで汲んだ水を使うんだな?」
「川まで距離がある洞窟は1箇所だけでした。そこも、手前の道に川はありますから、少し運ぶのに時間がかかるかもしれませんけれど、問題はないはずです。洞窟の入り口の大きさは全部見ましたので、持って行ってもらう壷の数で足りると思います」
「樽ならまだある。壷は割れると困るだろう」
「樽だと心配です。耐えられないかもしれないのです。重くて申し訳ないのですけれど、馬に壷を積んで運んで頂く方が成功の確率が高いです」
ベレンの質問に答えながら、イーアンは説明する。そういうものなのか、とイーアンの話を聞いた隊長たちは、ふーんといった感じで頷くが、把握できないから疑問そうな顔をしていた。
彼らの反応を見たドルドレンは、『イーアン。何がどうなるのか。俺にもピンと来ないから』こう前置きして、何をする気か小さい規模で見せれないか・・・と、イーアンに提案した。
「そうしましょう。でも実は、あなたは見たことがありますよ。ツィーレインの谷の奥で」
微笑むイーアンの瞳の奥に、恐ろしいあの過去が見えたドルドレン。さっと顔色が変わり、イーアンの目に捕まったまま小声で聞き返す。
「まさか。溶かすのか」
シャンガマックもびくっとして反応した。二人の反応が危険な感じだったので、周囲の騎士もつられて『え』と声を漏らした。イーアンはちょっと笑って『溶かしませんよ。ただね。あれより熱くなるの』・・・フフフフフ、と笑う。
「熱い夜ですよ。楽しみにして下さい」
傷だらけの顔のイーアンが、ドルドレンに片目をぱちっと閉じると、ドルドレンは撃ち抜かれて跪いた。イーアン、カッコイイ・・・・・もう鞭で引っ叩かれても良いかもしれない。
赤い顔でうんうん呻く総長が、ちょっと羨ましいシャンガマックだった。
お読み頂き有難うございます。
 




