2789. 別行動:ヨライデ人・黒い祠と無縁墓、死体の扱い・白灰ダルナの人の姿・城下町へ
☆前回までの流れ
幻の大陸から出る、異世界の誰かの『念』に、イーアンたちが警戒した翌日。テイワグナ発、シャンガマックはダルナ・フェルルフィヨバルと共に、ヨライデへ飛びました。彼の仕事である『呪い巡り』と『檻探し』諸々は、ヨライデで四ヵ国目。魔物退治で最後に残された国というのもあり、緊張する地に降りたシャンガマックは、ダルナに社会見学を勧められました。
今回は町の様子から始まります。
テイワグナで館長と初めて話した日に、ヨライデのことを少し教えてもらった(※934話参照)。
変わった国民で、男と女の別が曖昧、精霊信仰が強いから性別無い精霊に倣う印象、目的別で体に絵を描く保護術・・・だから刺青のように消せない方法は取らないのでは、と館長が話していたが。
「なるほど」
町に入ったシャンガマックは、通りにいる人々、店屋や民家に見える人の姿に納得する。
ここまでで、ヨライデ人を見かける機会も少ないが、直近だとティヤーにいた教祖デオプソロがヨライデ人。彼女は全身に刺青を施していた。あれはティヤーの宗教上だったかもしれない。弟は、体に何も描いていなかった。
人の目に映らない安心もあり、足は、店内、路地、人混みと好きに向く。
すぐ近くで観察する、彼らの体の絵。指先まで絵がある人もいれば、足の甲まで描く人もいる。
ヨライデも南のここは暖かく、夏より涼しいが衣服は軽め。前腕・膝下が出る服装の彼らは、手首や足首の関節まで描くのが普通なのか、8割はそうだった。
絵は、記号などではなくて、本当に絵。左右非対称が目につく。絵に変えた象徴的な生き物や現象が基本で、描く人が違っても、共通の形・共通の条件で統一されている。
顔面はそう細かく描かれてなく、額・目元・頬に、絵と異なる意味深な模様を帯びる。
髪型はあまり関係ない様子で、テイワグナのように頭布を掛ける人、結んでいる人、そのままの人、様々。でも染色や髪飾りは多いので、これも絵と同じ効果かもしれない。頭からつま先まで、言ってみれば絵や飾りは、鎧兜のような役割なのか。
汗をかいて滲まないのも、長い文化で定着した絵の具だろうと、荷積みする労働者の肌に浮く汗から思う。よく擦れば落ちるとか・・・専用の洗剤があるとか。
ふーん、と興味深くあちこち振り向いて観察を続ける騎士は、知りたかった『ヨライデ人の特徴』と、『そうでもないヨライデ人』も見つけた。
テイワグナの混血だと気づいたのは数人見かけた後で、体の骨格がティヤー人っぽい。頭部でも分かりそうなものだけど、ぱっと見で顔の違いが分からない。少し、鼻の付け根にティヤー人と近いものを感じる程度。
血が入っていると思われる人は、一様に肩幅が広く、横から見ると肋骨が厚い。衣服や肥満とは違う、肩辺りから胸の厚さがある。
背も低い印象で、手足は広く大きく、肌の日焼け具合もこの骨格の人共通で深い茶色。細身の骨格の人たちは日焼けしても赤みある茶だが、がっしりした体躯の人たちは濃い茶。頭髪の色は、全体的に染色率が高くて参考にならない。
これだけだと、注意してみない限りは血を引いているかどうか問題にならなさそうだ、と周囲を見回す。混血で差別がある国は、アイエラダハッドがそうだったが。ティヤーは普通に馴染んでいる。
「アイエラダハッドは、瞳の色が薄く、肌が白くなければ、相手を見下す連中がいたからな。あからさまなあれに比べてしまうと、仮にヨライデで差別意識があっても、そう強くはなさそうに思う」
貴族制度のアイエラダハッドは、部族や外国人を格下に扱っていた。ルオロフはそんな非道徳的な感覚もないが、彼のような貴族は珍しいだろうと思う。
ヨライデ人の印象は――― 確かに、男女の別が分かりにくく、体中に絵があって、飾りも沢山で、そして色が。
「魔性の色ばかりに見える」
血に力を持つと思っていそうな、毒々しい赤がそこかしこ。国民の見た目も印象強いが、背景も然り。町に入って真っ先に目が行ったのは、町中を包む『色』の雰囲気である。
赤、黒が多く、濁ったような緑も目につく。黄色はどこか汚れた暗さを含み、橙色は確実にけばけばしい。青と白の少なさに、悪霊の印象が強まった。
屋台は海のものを出しており、料理は美味しそう。良い匂いだし、腹もつられるし、値段も高くない。揚げ物は特に美味しそうで、すぐそこが海だけに鮮度も良いだろう。が、料理の並ぶ台は禍々しく毒々しい橙色と黒に塗られ、屋台壁は真っ赤。とぐろを巻く蛇のような文字が赤い壁に這い(※読めば無害と分かるけど)、なぜ食事処にこの色を用いるのか疑問だった。
どこも似ている、色彩感覚。散髪屋、食事処、衣料店、道具屋、食材屋、八百屋、肉・・・肉屋は極めつけだなと、騎士の眉根が寄る。真っ黒。そこに赤い不安定な線で、店を囲む如くイヤな螺旋が描かれて落ち着かない。看板の絵の家畜も妙に生々しい顔で、食べることに罪悪感を抱かせる気がした。
この流れで病院や葬儀屋は見たくない(※酷い予想)と、褐色の騎士は路地を縫って階段と坂の古通りへ入った。店は少なくなり、人々の暮らしが見える影の位置。壁は暗い緑色と濁った黄色に塗られ、赤や黒の横線が引かれる。
家々の感覚は狭く、壁を共有しているところが圧倒的に多い。坂道に合わせた町は、横切る道のための通路が壁を抜き、通路に入ってみると、次の出口まで左右に扉があった。これも家の裏口。そして、裏口の扉には確実に絵もある。
道沿いの壁にはそれらしいものが見当たらなかったが、こうしていくつかの壁抜き通路に足を運んで知ったのは、この通路から入れる・・・祈祷師、占い屋、薬屋、薬材料、それと死霊関係の仕事の存在。
死霊関係の仕事と分かったのは、半開きの扉奥に、骸骨や乾燥した人の手指が当然とばかりに置かれていたから。横には薬材料店、向かいにはヨライデ土着の宗教会館・・・小さいものだが、壁に刻まれた言葉はそう書いてある。
ヨライデ初の町巡りで、シャンガマックはちょっと頭を掻いて『次へ行くか』と踵を返した。
ここは端っこの町。手始めの認識を得るために、フェルルフィヨバルが送り出してくれた意味を理解する。社のあの肉も、黒い色も、町を見たら納得した。社の面と地面の溝に『原初の悪』の影響や、色合いも重なり、戦争を好んだヨライデ自体が『原初の悪』に昔から染まっているかもと思う。
町を出て林に戻るまで、たっぷり一時間かけた帰り道は、聞こえてくる会話も注意した。
意外と言っては失礼かもしれないが、強烈な印象がついた後での会話は普通の人々のそれであり、ティヤーの魔物が終わったらヨライデが襲われる、そんな話題も含む。
多くは雑談、家族、職業的な内容だが、魔物の心配もしていると気づいた時、シャンガマックは何となく・・・申し訳ないけれど、それは嘘っぽいと思った。
ミレイオも話していたが(※2569話参照)、悪魔信仰とは違っても、守る意味が誰かを潰す発想に直結するヨライデ人は、死霊の扱いも身近、呪いと守護も道義で、これはもう精霊信仰ではない。
この感覚がここの一般常識なら、魔物襲来に怯えているとしても・・・魔物並びに害を及ぼす存在を使えるかどうかの視点で見ている。
林の上で待っていたダルナは、帰ってきた褐色の騎士を迎え、彼を乗せてヨライデの小山沿いで移動。どうだったかを尋ね、騎士の社会見学内容に耳を傾けた。彼は良い生徒(?)で、送り出した意味もちゃんと理解した。
ヨライデは『原初の悪』の遺した様々を色濃く、繋ぐ―――
「フェルルフィヨバルは感じ取っているのだろう?相当細かなことまで把握している風に、いつも思う。俺の見聞きした町の様子も見えていたのか」
「それなりに。だが忘れてはいけないのは、シャンガマックと私の見方が違う点だ。ダルナの観取をそのまま耳に入れても誤解がある。特にこの国の人間は、全体の質がおかしそうだし」
「うーん・・・そうか。フェルルフィヨバルは『全体の質がおかしい』と思うんだね?」
「もう少し加えるなら、『悪気ない背徳に浸る人々』と」
こう言うなら道徳についても確認の必要が、とダルナはちょっと笑い、シャンガマックも頷いて笑う。
「嘘のないダルナが語る本質は、見てきたことにピタリとはまる。あなたの懸念も分かった。最初に強い言葉を聞いたら、俺は構えたかも知れない」
「そう・・・構えると真実を遠くする。ヨーマイテスも、お前に教える時は先入観を好まない」
賢いダルナの導きに礼を言いながら、シャンガマックは今も諭されていると思った。
次の目的地は遠目に城が見える場所で、あれがヨライデ王城かと気を引き締める。魔物の濃度が普通ではなく、空気にまで滲む。
ダルナはそこには触れず、午前の薄白い空気にぼやけた城影のずっと前で止まり、下の森に呪いの地があると教えて彼を降ろした。
森は深く、傾斜して山脈の麓へ続く。
アイエラダハッドの一番南から続く国境は、地図だとこの辺りに出るのではなかったか、と思い出しながら、木々の間隔が狭い森を歩いて二三分。人の住まいから、うんと離れた森だと言うのに、十数そこらの墓石に囲まれた祠を見つけた。
今度は祠。でも最初に見た黒い社のそれと似ており、塗料ではないが焦がして黒くした木材が用いられている。黒い祠は人間と同じくらいの丈に片腕分の幅、これも高床で四本の柱上に箱型が乗る形。点々と周りにある細長い質素な墓石は、等間隔ではなく適当に見える。
背を屈めて角度の強い切妻屋根の内を覗くと、面はなかったが、目と模様の絵があった。やはり、柱の内側、床の真下に溝を持ち、溝はシャンガマックが近づくと黒い水が湧いて出る。古い精霊の警告を見て、騎士は数歩下がった。
同じ・・・一個目の社と同系列の精霊で、黒となればあの精霊だけだろうと思う。サブパメントゥの関りはここに見られず、とりあえず確認したのでダルナの元へ戻った。気になったのは、傾いた墓石の土の抉れで、いつそうなったか。最近の雰囲気ではないが、古そうでもなかった。
「ここは墓から死体が出てくるのも、珍しくなさそうだ」
白灰のダルナに跨って、見てきた祠のことを伝えると、フェルルフィヨバルの大きな頭が振り向いて『そのとおり』と肯定する。何か見える?と尋ねた騎士に、ダルナは頷いた。
「霊が飛んでいる」
「近くにいる?」
「今はいない。浮遊しているが、自分の体の近くにいるようだ。死体は加工されて残っている」
「あ・・・死体が腐らない加工か」
「そのようだが。丁重に葬られたわけではない場合。例えば犠牲として人身御供、また別の例えでは孤独の末で倒れた者か。それらは最低限の処理で墓に入れられた。シャンガマックの見た墓の住人は、思うに腐って失った部分もあるだろう」
フェルルフィヨバルの言葉は洞察ではなく、視えた考察。首に跨って記録をつけるシャンガマックは、彼の話も書き留めて、『それでも一応、加工を施すんだね』と放置ではない不思議を口にしたが、ダルナが言うに『使えるからではないか』の理由を聞いて、然もありなんと思った。
「使う、か。そうだった。この国は」
「死体を恐れない国だ。死を嫌わない、とした方が正確か」
「やっぱり『原初の悪』の影響が濃いのかな。行った二ヶ所とも真っ黒だった。アイエラダハッドにいた精霊なのに、影響力が強過ぎて、未だに土地の精霊の呪いに及んでいるような」
「影響とは、受けやすい地で蔓延するもの。この国は遠く離れた黒い指先にも、敏感に反応する」
そうだねとシャンガマックは頷いて、ゆっくり飛んだ先、下方を見渡す。話している間に先ほどの城影の地域へ入っており、遠目でも城の禍々しさが目に見えるようだった。
「あれがヨライデ城か。あそこだけ雲が動かない。死体を恐れないとはいえ、あの下の町に、人が住んでいるとは信じがたいな。精神に来そうだ」
「あの城の向こうに、もう一つ城がある。そちらの城下町は人間も多い。お前の言う通り、こっちの城の足元は・・・住んでいる人間も異常者だけだ。多くは隣へ移っただろう」
向こうの城下町へ行ってみるかと誘ったダルナに連れられて、シャンガマックは手前のおぞましい気配で包まれた城を遠回りに通過し、奥に見えた別の城へ向かう。
二つの城は城壁で辛うじて繋がりがあるものの、上に広がる天気も違い、雰囲気も大きく違った。褐色の騎士は姿を見えなくしてもらい、人口の多い城下町の外れで降り・・・ あれ?と横を見上げる。
「私も側にいる」
「初めて見た。あなたは人の姿も取るのか」
滅多にないと少し笑った、全身が白灰色の大男は、『誰にも自分たちは見えないから一緒に』と並んで歩き始めた。
フェルルフィヨバルの男の姿は悠々として、逞しい顎や顔つきに聡明で深い性格が表れる。短い鬣のような白い髪、顎に沿う髭、つり上がった目に広い鷲鼻、太い首から筋肉質な大型の体を包む、白灰色のきちっとした前合わせの長丈の上着は・・・イングが着る服と似ている。独特な統一色の服は、彼らダルナに実によく似合っていた。
とてもかっこいいと褒める騎士に、フェルルフィヨバルは笑って『着替えがない』と冗談めかす。
呪い巡りの仕事は、確認だけなのだが。
シャンガマックは国土全体が蝕まれたようなヨライデに、丸ごと呪いの地のような印象を受け、関与なく立ち去るにしても、調査自体がどこぞの精霊には『関与』と見られていそうにも思った。
お読み頂き有難うございます。




