2788. 旅の四百五十三日目 ~別行動:ヨライデ初日
※明日20日の投稿をお休みします。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。どうぞ宜しくお願い致します。
夜が明ける前―――
イーアンたちがそれぞれの場所へ戻った頃。エサイに呼ばれて、離れるのを嫌がりながらも帰った獅子を見送ったシャンガマックの朝は、いつも通り早い。
バサンダのことがあるので、拠点をテイワグナに置く騎士は、毎日ここから始まる。
「今日から、ヨライデ」
うん、と気を引き締める。今日一緒に行くのはいつものダルナ・フェルルフィヨバルで、順路も彼が決めた。
「ティヤーは最後でヨライデが先、言われてみれば」
「その方が、何かと融通が利くだろう。ティヤーは決戦時であっても回れる」
「父は反対していたね。ティヤーですぐに情報が必要な時、用意がないと手こずるからと」
「お前が心配だから、言っているだけ。そんな事態に彼が手伝わないわけがない」
どうせ手伝ってくれるんだからと笑ったダルナに、シャンガマックも同意して笑う。少し申し訳ないよ、と後ろめたそうに苦笑する騎士を乗せ、白灰のダルナは朝陽の中を、暗黒の国ヨライデへ飛んだ。
テイワグナ、ハイザンジェル、アイエラダハッドが終わり、ヨライデに入る。
シャンガマックはこの国が初めてなので、仕事もあるが興味深々。ヨーマイテスが昨晩、ダルナに地図を出して見せてやった時、シャンガマックもヨライデの位置を改めて確認し、独立した地形に思った。
ミレイオの話で聞いたヨライデは、大きくない国。山脈を背負って、向かいに海があるため、人が住む土地はそれほど多くないこと。北はアイエラダハッドから、南はテイワグナに繋がる。
どちらも山脈を隔てているが、テイワグナは山脈終わりの平地と海岸線でも繋がっているので、テイワグナへのヨライデ侵攻は歴史に度々あった。隔てる山脈が広すぎたアイエラダハッドには、過去一度も攻めていない。
大周りで海からアイエラダハッドに入国する以外、ヨライデは北の大国に足をつける方法がなかった。
海を挟んで行き来するのであれば、難しい北の国より、向かい合うティヤーが簡単。だからヨライデの侵攻回数がどこよりも多い。
ティヤーは、島だらけでまとまった国ではないことから、ヨライデはよくティヤーを攻めて領土にしていた。
これが理由で、ティヤーに海賊が生まれたのも納得する。ヨライデには海賊がいないそうだが、隣国に海賊を生むほどしつこく凄惨な攻撃を繰り返し、土地も人も奪い続けた国民性は、そう名乗らないだけで海賊のようだと、シャンガマックは思う・・・ そう、土地だけではなく、人も奪った国。
「父に聞かなかったら、分からなかっただろうな」
「古い話らしいが、ティヤー人の混血もまだ続いているだろう」
「でも顔立ちは、かなり違うようだよ。アイエラダハッドやティヤーで、ミレイオは『ヨライデ人』とすぐ見分けられている。彼は全身刺青で、ヨライデ人が体に絵を描くのと似ているのもあるんだろうけれど、顔立ちでもそう思われる。正確には、彼はサブパメントゥでも・・・ヨライデ人に似ているんだろうな。
ミレイオは、ティヤー人と肌も毛色も、骨格も違う。混血の人口が半分もいたら、ヨライデ人の印象も変わりそうなものだ」
「答えは、探しながらでも分かりそうだ」
疑問を滔々と喋る騎士を振り向き、穏やかなダルナは前方に見えてきた最初の目的地を教える。
仕事は『檻探し』と『呪い巡り』、それから自発的に増やした『白い筒の出る龍の遺跡』と『粘土板解明』。ヨライデ初の仕事は『呪いの地』で、テイワグナから近い森林にあり、遠方には水平線が見えた。
「海が近いな。地図にも思ったが、国土が細長い印象そのままだ」
「ここは海寄りの南。北上すると幅も出るかもしれないぞ。さて、私はここで待つ。行きなさい」
森林の中にぽつねんとある奇妙な積み石は、上からでも充分怪しい。気配もじわじわと上がっている。了解したシャンガマックは降ろしてもらい、人気のない森で樹木の隙間に覗く、積み石へ向かった。
近づけば近づくほど、積まれた石からの圧力を感じ取る。
こんなに主張する呪いの地もないな、と褐色の騎士は行ける限り側まで寄って、とうとう『ばちっ』と空気が弾けた警告で足を止める。
音を立てた警告は、足元の土にも抵抗を見せ、乾いていた土がじわっと緩んで、泥が足を包みかけたので、騎士は一歩下がった。
「結界ではなさそうだな。今も呪いと異界を繋げているか」
精霊がいる、褐色の騎士は見上げる。気配は地霊。
落ちない不思議も・・・楕円形で平らな面がない石は、大きい順に下から積まれている。接点は曲面の一部で、石は磨かれておりつるつるした見た目、積んだ高さ3mほど。揺れもせず、落ちた跡もなく。騎士と積み石の合間を、強い風が吹き抜ける。
一周は許されるかなとゆっくり、相手に分かりやすいよう、ぐるりと回ろうとしたが、数歩進んでまた音が鳴った。最初の音よりも近くで大きい音。これ以上は許さないのを理解し、元の地点に戻る。
戻る際、体の向きを変えたら、一瞬、別の風景を見た気がした。見間違いかと思ったが、シャンガマックの目を掠めた風景は、テイワグナでもアイエラダハッドでも在ったサブパメントゥの、あの色と記号のような絵。
ここは土地の精霊の呪いと・・・もしかすると、『原初の悪』の直接的関与も思い、シャンガマックはこの場所を去った。音は追いかけてこなかったが、ダルナと接触するまで、背中に誰かの視線を感じ続けた。
空へ上がり『悪いんだけれど』と騎士はダルナに次へ行く前に止まってもらう。紙と炭棒を取り出し、振り返った大きな頭に見せた。
「さっき書けなかったから。空中で書いておきたいんだ」
「そうしなさい。シャンガマックが一人だったら襲っただろう」
「え・・・襲われそうなほどだったか?」
「私にはそう感じた。私がいたから、お前に手は出さなかった」
「精霊か?」
「呪いの精霊と言えるのか。襲って取り込み、シャンガマックを使いたかったのかもしれない。私に触れるまで狙った、しつこい者だ」
フェルルフィヨバルは相手の思念が読み取れており、力の強そうな人間に反応したのも分かっていた。この場合の力とは魔力のことで、シャンガマックは先ほどの位置を紙に記しながら『何をさせようとしたんだか』と眉根を寄せた。
「警戒されたんだよ。音と土のぬかるみでね・・・奥にも行けず、外周を歩くことすら拒んだから、戻ったのだけど。二重の風景が一度見えたような。あれはサブパメントゥだと思う」
背後の森を振り向いた騎士は、下に小さく見える積み石を炭棒を持つ指で示し、でもサブパメントゥの気配はなかったと教える。あれば分かりそうなものだが、と書き終わった資料を腰袋に戻す彼に、フェルルフィヨバルは前進を再開しながら『そこにいるのがサブパメントゥではなく』と思うことを話した。
「呪いの地に、サブパメントゥと関わり、周囲に幻影が張ってあるかもしれない。シャンガマックに私にも通じなかったが、普通の人間はあの場所にも行けなかったと、そう捉えることも出来る」
「あ・・・そうか、そういうことも。だったら、俺が普通に近づいて行っただけでも」
「お前が能力持ちと分かるだろう。まやかしに目もくれずに入った人間。襲って囚われの身にして」
「『使おう』か。あなたの推測は正しい気がする。気をつけよう」
ダルナに意見を貰うシャンガマックは、先ほどの場所に『原初の悪』が関わっていたか、どう思う?とそれも聞いたところ、『古い時代にあの辺りで、大勢の人間が死んでいるだろう』と言われ、黒い精霊の影響と理解する。
「直接的ではなくても、というのがね。ヨライデ初回の呪いの地は、俺にピンと来なかった」
「次はピンと来るかもしれない」
また意味深なことをと騎士が返すと、白灰のダルナはちょっと笑って、海手前に広がる町の上空で止まる。
「私は空中待機だが、何かあれば呼びなさい。町の側を通る旧道沿い、『呪いの地』がある」
「町の近くに?・・・テイワグナでも、バイラさん情報の集落や村にあったから、不思議ではないか。でもすぐ先の町は割と大きいから、意外な感じだ」
「ここで『原初の悪』の影響があるかを、お前は感じ取る前に、目で見るような」
どこまでフェルルフィヨバルは分かってるの、と苦笑する騎士だが答えは貰えず、姿を消して降ろされる。行ってくるね、と旧道の林から空へ手を振り、シャンガマックは目当ての場所へ。
「外国人で、馬もなく馬車もなく。誰かに見られたら、不自然極まりないのは俺の方だ」
引き留められたり怪しい人物に思われたりしないよう、人に会わずに済むことを祈りながら、目的地到着。そこは小さな社で、道を挟んだ反対側の林の中に佇む。
お供えその他は、普通の精霊の祠なら見かけても驚かないが、ここにあるのは違和感だった。
社は黒塗り、屋根も壁も柱も、高床に上がる階段も黒一色。社の唯一の扉は閉じられていて、その前に階段と小道。
小道はよくある雑草伸び放題の状態で、木々の枝から垂れる蔓は屋根に落ちて掛かっているのだが、階段手前に立つ、腰丈の短い柱の上には、お供え・・・『肉?家畜か?』肉のお供えは初めて見た、とシャンガマックは異様さに首を傾げた。
表面の乾いた肉は、生肉のような赤だが、虫も集っていないので、何か加工をしていると分かる。少し透明度の見える肉表面と、黒塗りの社は、見るからにまともではない。
そして、不意に気づいた。柱の一本に何かある。建築物に触れるのは控え、そっと左の柱へ回ると、そこに派手な赤の塗料が記号を付け、柱の根元には、土に引かれた溝があった。
柱の埋まる土から、よく見ると細い溝が社を一周している。
テイワグナの、古い精霊を祀る祠にもあったあれが、ここにも。シャンガマックは立ち止まったが、何に反応したか、溝に黒い水が滲み出て溝を満たし、確信した。『原初の悪』の名残や因む者が、ここにはある。
数歩下がった騎士はそっと周囲の木々を見上げ、社に一番近い木の幹、高い位置に同じような記号がついているのを確認。それで終わらずもう一つ、漆黒の瞳が捉えたもの。
「あの面だ」
思わず声に出てしまって、慌てて口を閉じた。正面の屋根の、張り出した内側・・・『アソーネメシーの遣い』が所持していた黒い面――― 正確にはそれに似せたと思われる面 ――が、顔を下に向けて取り付けられている。
ここにお供えを持ってくるのは、どんな人間だろうと眉を顰めたシャンガマックは、来た時から感じ続ける冷えた空気の距離が縮まったと感じ、ここを後にした。祀られた精霊自体はいないが・・・見張る地霊はいたかもしれない。それも、常にいるのではなく、誰かが来たら見に来るような具合で。
戻ったシャンガマックを見ていたダルナは、すぐに林へ降りて彼を乗せて浮上。
こんなところで、ああだったこうだったと報告する褐色の騎士に頷き、『町へ入ってみると良いかもしれない』と促した。
「町?でも俺は旅人の姿じゃないし、馬もなく歩いていたら不自然だろう。さっきは誰にも見られなかったけれど、気になったんだ」
「姿が見えないようにしてあげるから、行ってくると良い」
フェルルフィヨバルは現地入りを勧める。賢いダルナに『見るだけだ』と社会見学を促された騎士は、人目に姿を見られないよう魔法をかけてもらって、今度は旧道の入り込んだ町に降りた。
ダルナが送り出すのだから危険はないと思うけれど、これまでの国で一度も見学などしなかった。ヨライデに来てすぐ見聞を優先されるのは、それほど複雑な国ということか。
褐色の騎士はダルナの気遣いの理由を考えつつ、町に入って納得する―――
お読み頂き有難うございます。
明日20日の投稿をお休みします。この理由を毎回お伝えするのも何だか申し訳ないのですが、皮膚が腫れてしまい、お休み頂こうと思いました。
どうぞ宜しくお願い致します。いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝しています。本当に、有難うございます。




