2787. 『念』と『レーダー』・深夜のホットドッグ
※少し長くて6500文字あります。お時間のある時にでも。
夜更けに引き留められたイーアンとエサイは、何か嗅ぎ付けた魔導士の話を聞くため、適当な場所に座る。
外にリリューが来ていたが、魔導士は彼女に『イーアンがいる』と伝え、窓越しにイーアンがちょっと手を振ると、リリューも手を振り返してニコッと笑ってから消えた。
「毎日、来てくれているのですね」
「そうだ。いつでも心配してくれるよ」
ラファルも彼女がいてくれることで、心を保っていると分かる。リリューの思い遣りと愛情の深さに微笑むイーアンは、リリューのためにも、彼が危険な目に遭わないようしっかり守り通そうと思った。
魔導士が魔法陣を出して、魔導士と三人の間にテーブルのように広がる金の輪。
金の糸を縒る、緩い螺旋を描きながら動く魔法陣の線は、幾重にも複雑に絡まって、見知らぬ文字と記号を作り、金糸の升目にそれらを囲う。
「異界の思念が混じり込む・・・思念というよりも、もっと単純な千切れ雲みたいなもんだが」
「危なっかしい印象だったな」
魔法陣に手をかざした魔導士が話し始め、印象を伝えたラファルに彼は頷き『怨念とも違う』と、一ヶ所に指を置いた。金の文字の輝く美しさに、もわっと薄黒い塵が浮く。
「さっき、葬ったやつだ」
座る三人の胸の高さで浮く魔法陣に、ちっぽけな塵がちらつく。指を添えている間はそこにあったが、手を遠ざけると消えた。
「憑りつかれた誰かごとか」
エサイの質問に『そうだ』と魔導士は咳払いし、魔法陣の縁をくるっと回して大陸の影を浮かばせた。大陸は形状を保ちながらもホログラムのようで、消えかけては引き留められる画像となって三人の目に移る。
「どこから出たなんて当てにならんが、とりあえず俺たちが見た位置はこの辺り。引っ張りこまれた念の共通は、悪さする方に傾いている。まともなやつは、来ないと思っておいた方が良さそうだ」
腕組みした魔導士は、ラファルの通訳二件と、自分が片づけた一件、そして以前の僧兵ラサン、どれもが悪意を持つと話す。
「念が入り込んだ人間も、似ているんだろう。俺が即断で片づけたのは」
一度、ここで切る。嫌な続きかなと過ったイーアンは、漆黒の目と目が合い頷かれた。
「廃墟で、死体といる男だったからだ」
うわ・・・顔をしかめる女龍に、表情一つ動かさないラファル、首を傾けて鳴らした狼男が、息をふーっと吐いた。
「なんか、作ってたか?」
エサイの質問は別の視点で、魔導士は『液体の瓶が幾つか』とそれも察した上での対処。何の液体か、血液か体液か、何に使うか、見当をつけて。
「あれはヨライデの死霊術だ。死体と膏薬、抜き取りの道具、術式が揃っていた」
ヨライデと聞いてイーアンはドキッとしたが、廃墟の男はティヤー人と情報が付け足されたので、少しホッとした。ホッとした・・・自分に微妙ではあるが、レムネアクじゃなくて良かったと思う。ヨライデに送ったばかりで、こっちにいるわけがないのだけれど、なぜか心配してしまう。
そんなイーアンの心の動きは気取られず、魔導士は『念』と『入り込む体』の話を続ける。
「大昔の話だ。俺の旅路でも似たような人間と会ったことがある。だがそいつが、幻の大陸から飛んだ念に『似ていた』かは知らない。その男は、前世を覚えていると言い、この世界ではない話を頻りに口にした。二度目の女龍に近づき、『世界を繋げるのは可能だ』と誘っていた」
「二度目の女龍」
すぐ話の腰を折るエサイにはイーアンから『彼女は私たちと同じ、やはり地球から来た人』とだけ教え、魔導士に話を促す。以前、この話を直接バニザットから教えてもらったイーアンは(※2551話参照)、エサイとラファルに話していると分かり、エサイに静かに聞くよう注意。
「その男の見た目は、普通。この世界の人間だ。だが喋る内容は、異世界の王族、戦争や武器、隊を組む話ばかり。目指す思想も、平和じゃない。聞くだけ聞いて、相手にするのをやめたら消えた。行方は知れず、だ。今思えば、あいつもこの類かとな」
魔導士の思い出話で、エサイとラファルは頷き、『思想』とそこを繰り返す。
「何かが入り込んだのか・・・確認には至っていない。とりあえず、大昔にも似た奴は出ていた豆情報だ」
で、と魔導士は次へ進む。ラサンにせよ、大昔の自称王族にせよ、他人の記憶と知識・他人の念が、強く影響した人間の行動はどう転がるか分からない。
「だから。見つけ次第、倒せ。殺したくないなら、それに等しい方法で止めろ。さっき出かけて三件、ついこの前から『念』が出始めたとして、どれくらい散らばっているか。憑りつかれた人間が増え続けているのは厄介だ。碌でもない面倒を引き起こす」
「もう、人間を攻撃する方向になったんだね」
諦めるように呟いたエサイの言葉に、イーアンも胸が苦しくなる。人型動力で苦痛を味わったばかりなのに、今度は人そのものを殺さないといけない。
僧兵を倒すのだって、殺人直前の場面に鉢合わせたら倒すとは思うけれど、ここからは・・・念が入ったと分かり次第、『誰でも』殺さないとならないとは。仕向けられている矛先、その矛を持つ腕に、なぜですかと訴えたくなる。
くらっと眩暈がしたイーアンは額を押さえ、深い溜息を吐いた。
「それとな。ラファル。お前が言い出したから連れて行ったが、こうなることも世界の計画だったのかと思わざるを得ない」
女龍の溜息を横目に、魔導士がラファルに寂し気な目を向ける。ん?と微笑んだ男を見つめ、黒髪をかき上げた魔導士は彼に立つよう言い、椅子から腰を上げたラファルに魔法陣を覗き込ませた。
「ラファル、何かを感じ取れるか」
「俺が?ここからか・・・そうだな。見えないが、この辺に変な感じが」
この辺と、ラファルの指が一ヶ所を示し、魔導士は当たったことに嬉しくなさそう。頷いて、彼の指が示した場所を拡大した。そこには挙動不審に見える人物が映し出され、うろうろとある一室を歩き回っている。ラファルは少し背を屈めて、手のひら大に拡大された映像に目を凝らして尋ねた。
「誰だ、これは」
「さぁ。『念の入った人間』としか」
場所はティヤーだなと、家屋の雰囲気から魔導士が伝え、ラファルは彼の言いたいことを理解する。
「俺は、もしかして。念も、念を受け取った誰かも、感じ取ると」
「そうらしい。そこまで性能が良くなくても良かった。お前の仕事が決まったようなもんだ」
危ない橋に背中を押すような気分で、魔導士はこれを皮肉だと言う。ラファルは、魔法陣越しでも念を感じ取れると分かった上で、『声は聴こえるか』と確認したところ、首を横に振った。『ティヤー語だと分からない。念は混じっているかもしれないが』の返事に、これで決定だと魔導士は目を瞑る。
「バニザットの消沈した顔なんか、まず見ないな」
「この前、お前が死にかけた時もこうだった」
「死にかけてたら、それは見れないな」
そうじゃないだろと嫌そうに目を向けた魔導士に、苦笑するラファルは謝って魔法陣に目を戻す。
「そうか・・・俺は『現場で探査』した方が良いわけだ」
彼が自分を認めた発言を否定するように、魔導士は思いっきり息を吐き出した。エサイも、イーアンも、ラファルの役目が変わったのを理解したが・・・彼はなぜいつも、こんな綱渡りのような立場に置かれるのだろうと、魔導士の胸中さながら、世界の理不尽を感じていた。
当の本人は、地雷状態のサブパメントゥ道具に比べればと、呟いて終わる。自分が見つけ出す『念』は、殺される対象になるのだが―― ラファルは吹っ切れたようにこう言った。
「同じような思考だから、憑りつかれるんだろう?善人や平和な人間が餌食になるなら、それは俺も抵抗はあるが。悪人が悪人に対して鼻が利くのは世の常だし、軽犯罪ですまない目論見を実行しかねないなら、まぁ。そういうやつは、死んでも仕方ないと思えるんだ」
冷たいようだけどと、肩を竦めたラファル。自分がそうした人生を敷かれて生きてきたから、の言葉を伝え、見つめる三人の顔を順々に眺めた。
「俺は、無差別殺人は嫌だ。でもな。この仕事は悪人の始末と分かれば、それは一肌脱げる。レーダーみたいな役割ってだけだ。念の発した振動を俺は掴める。居場所と、信号の内容。魔法陣越しでも居場所は当たるみたいだし、役に立てそうじゃないか」
イーアンは彼の意志を尊重する。ラファルの薄茶の瞳に頷くと、ラファルも少し微笑んだ。エサイも受け入れる。『俺はこの世界でどれくらい、人間を殺しているか記録付けてないんだ』と彼らしい言い方で。
魔導士としては、ラファルにこれ以上、嫌な枷を付けたくなかったが、彼が受け入れたならと曖昧に頷いてこの話を終えた。
魔法陣でラファルが見つけた『念』は、この時・・・魔法陣を閉じられると同時、この世界から消える。魔導士は言わなかったし、あれはどうするのかと気にした三者も、彼の表情から汲んで、触れずに置いた。
もう、始まっている。見つけ次第、有無を言わさず殺すのも、自分たちの仕事に加わった。
*****
遣り切れなさは、追いかけなくても付いてくる。どこかで、気を紛らわさないと心がやられるのを、この場にいる四人は―― そうした生き方をしてきた経験で ――よく知っている。
お開きになる前。イーアンを呼び止めるラファルは、一緒に振り向いたエサイにも少し待ってもらい、魔導士に『もう少し話したい』と時間を貰う。
何かと思えば、イーアンに『ホットドッグ、作ったことあるか?』と彼は尋ねた。
エサイの狼の眉根が上がり、ハハッと笑う。イーアンは狼男を振り向き、『話したの(※2534話参照)』と可笑しそう。魔導士は傍観。ラファルは、自分がホットドッグをよく思い出せないことを伝え、でもそのうち一緒に食べたいと言った。
それは、エサイの会話を皮切りに跨いだ境目を、ささやかでも記憶に残したくなったから―――
ここまでラファルは話さないが、ラファルの意識に変化が起きたのを感じていたイーアンは、この日を刻むみたいな気持ちの発言かな、と理解した。きっと、エサイがホットドッグの約束をした、その話を聞いて、彼も・・・・・
『男は人間を奪われて、この世界へ着いた。男は問う者。問われても求めない者。
問いは、虚空の果てから、男を通じて届けられる。イーアンは男の存在を決めるために追う。別の世からここまで遠い道を経て、存在の続きを決める』とクシフォカルダェが話していた(※1964話参照)。
次は我慢しないと自分に誓うように呟いた、アイエラダハッドの夜のこと(※1984話参照)をイーアンは覚えていた。
あれからいろんなことがあって、ラファルは今、自ら動き出す・・・ イーアンは微笑み、『そのうちなんて待たなくても』と魔導士に振り向いて次を振る(※台所借りる・材料調達)。
「なんだ」
「今から作る。材料頂戴」
遠慮ないなお前と眉を寄せる魔導士に、時間がないから早くとイーアンは急かす。
夜更でパンを作る時間はない。アレイン(※1947話参照)=紡錘形のパンが欲しい、腸詰めと、あれとこれと材料を伝え、エサイが自分の欲しい食材も口を挟み、何も言わないラファルにも『何が良い』と聞き、ラファルの故郷では違う形だったと知り、ここは合わせてもらうことにした。
「アレインだと?お前らの言うホットドッグてのは、ハンバーガーと違うんだろ?」
「違う。似てるけど本当は」
「え、あんた。ハンバーガー知ってるの?」
以前、イーアンと食べた料理を思い出した魔導士に、イーアンが説明しようとして、エサイが割り込む。イーアンは彼に『前に似た状態で食べさせた』と話し、『今回ホットドッグバンじゃないから、形はホットドッグっぽくないかも』と序に教える。
「ソーセージは使うだろ?当たり前だと思うけど」
「それがないホットドッグは、既に別物」
良かったと笑う狼男に、そりゃそうですよと笑い返す女龍。消沈していた先ほどを押しやる笑い声が、悲しさを意識して少し長めに響く。
仲良い似た者同士の二人の横で、魔導士は注文の食材を空中から取り出して作業台に置き、面白そうに見ていたラファルは『ああ、思い出してきた』と頷いた。
「俺の国は違う形だし、特に食べる機会もなくて、元がどんな形か曖昧に覚えているだけだったが。それだな、ホットドッグ」
紡錘形のアレインはホットドッグのパンと違っても、腸詰めと一緒に並ぶと連想する。ラファルは料理や食事にもこだわりがないので、こんな一般的なものでも覚えに薄かった。
彼の反応は無関心の極みのようで・・・女龍と狼男は笑っていたのを引っ込め、『じゃ、作って』『作る』と顔を見合わせる。
アレインは小さめで柔らかいパン。対して腸詰めは結構な長さがあり、アレイン二つ分はあるのだが、エサイ曰く『はみ出てる方が得な感じ』だそうで、サイズに合わせて切るのはやめた。
あとで材料費払うからと魔導士に伝え、イーアンはチーズや野菜を切って、ソースを作る。
マスタード、ケチャップに似た味は、香辛料豊かなテイワグナや、野菜の味が豊富なティヤーの材料で近いものに仕上がった。酢漬け、塩漬けはどこも似ているため、これはこのまま使用。燻製肉はみじん切りで炒めて、ベーコンビッツの代わりにした。
こちらの世界の食材は味が濃く、風味が際立つけれど、エサイは『俺は味が薄くしか分からないから、このくらいだと助かる』と味見で気に入った。
人の味覚を取り戻したラファルには少し強いかなと思ったが、ラファルも『異国料理みたいだ。異世界だから当然か』と受け入れる。真面目な顔で冗談みたいなことを言うので、作っている間も楽しい。魔導士には、アレインを使う時点で、ハンバーガーとホットドッグの差が難しいらしく、同じじゃねぇかと呟いていた。
いろいろと違うんだけど。でも、間に合わせホットドッグは挟むとそれらしく見えた。
「バーベキューソースではありません。あそこまでは無理」
「全然気にしないよ。完璧にホットドッグじゃん。俺、こっちの世界に来てから、食べ物を口に入れたことが・・・覚えている限り、多分ないんだけどさ。すごい久しぶりに食べても、美味いって思えるのは感動だ」
大きな狼の口で小さなホットドッグを食べる嬉しそうなエサイに、イーアンも笑う。材料費くらい、なんてことない。また作ってあげたいと思える喜び方で、エサイは山盛りのホットドッグを減らしてゆく。
ラファルは野菜が多い方が良さそうで、腸詰めと野菜数種類、酢漬けと白いチーズのソースを楽しむ。前もサワークリーム代わりに使った『フィゴル(※2430話参照)』という食材は、ラファルの好きな味と覚えた。彼はケチャップも好きらしく、彼の前からケチャップの器はどかされなかった。
「店で食べたら、結構な値段がしそうだ」
「ホットドッグのつもりでしたが、材料の違いもあってかなり脱線したホットドッグですよ。お好み三昧だし」
イーアンの言い方が可笑しかったラファルは笑って、『美味いよ』と五つめに手を伸ばして齧る。以前の食事より、今日の方がずっと美味しそうに食べている気がして、イーアンは彼の肉体のある意味をひしひし感じる。
魔導士を見るとこちらもよく食べていた。大柄なので、食べ始めるとしっかり食べる癖でもあるのか、特に美味しそうでもない顔ではあれ、一つ食べ終わると次に手を伸ばす。
「どう?」
「変わらん(※ハンバーガーイメージ)」
それはそれでと笑ったイーアンも、自分の好きな組み合わせでホットドッグを食べた。
用意してもらったアレイン40個。腸詰めも40本。人数×10個(※エサイが食べるので多め)。
調理したのはソースと燻製肉炒めだけ。アレインに切り込みを入れるのも、洗い物も魔導士がやってくれたし(※一瞬で)、深夜のホットドッグ試食会は時間もかけずに始まって・・・大食らいの狼男のおかげで、あっという間に終了する。
記憶につけるタグのような、ホットドッグ。
食べている間、『でも山小屋じゃない、雪でもないし、ダーツもない、賭けもしていない』とエサイは約束の内容(※2534話参照)ではないことをイーアンに伝え、『今回は練習(?)』としたらしかったが、ラファルはとても満足そうだった。




