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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2784/2955

2784. 引かない苦悩・魔導士提供『予想大陸疑似体験』①

 

 イーアンの一日は、『タムズとティヤー初・白い筒の対処』『始祖の龍の教えを行う』『僧兵レムネアクをヨライデに帰した』ことで終わった。


 前日から船に戻っていなかったので、夜はアネィヨーハンへ戻り、クフムに借りた地図を返す。

 受けとりながらちらっと向いた彼の目に問いを感じ、『()()終わりましたよ』と曖昧に答え、その想像を肯定した。

 クフムが少し不安気に眉を動かしたので、『その不安は不要で、誰にも言わないで』と、控えめに釘を刺してイーアンは離れる。



 レムネアクのことを知るのは、イーアンとイング、だけ。キーニティはイングから話を聞いたかもしれないが、私からは伝えていない。


 いつかヨライデに――― レムネアクは最後にそう頼んだが、ティヤーが終わってヨライデに入国する日、彼はいない。幻の大陸行きで、この世界に戻れる可能性も不明で・・・・・


「レムネアクはさておき。ハイザンジェルで仲良くなった、沢山の人たちもいなくなるのが辛い。これだけ大きな世界の動きにあって、死に直結ではないのが救い、と言えばそうなのだろうけれど」


 騎士修道会の皆さんはもちろん、宿屋のモイラ、鎧職人のオークロイ親子、イオライセオダのボジェナとラグス、真っ先に浮かんだのは彼らのことで、彼らを思い出した側からどんどん、懐かしい人たちの顔が浮かび、皆さんがいなくなることを痛烈に思う。


「何で三度目の旅は・・・ と思うけれど。魔導士の話だと二度目の旅路はもっと凄惨だったし、魔物が現れる時代は確実に重いリスクを」


 食堂へ行く前に自室に入って、気持ちを落ち着けたいイーアンは、机に両手をついて大きな溜息を吐く。



 どうにか。どうにか、せめて。どうやっても世界から離されるなら、せめて次へ向かう道だけでも。そう思って動いたのが今日だった。


 この世界に残したいだけで、モイラたちに会いに行って、一人一人祝福するのは簡単だろう。


 でもその後は?ビルガメスが話したように、大多数の人間が連れ出され、まだ魔物も終わらないこの世界にポツンと残されたら、彼らはどうなる?魔物どころか死霊もサブパメントゥも増える地上で、果たして―――


 ふと、警備隊のオンタスナが脳裏を掠める。彼は・・・私の祝福を、直に受けたんだっけ。


 はー、とまた息を吐いて、オンタスナはこの世界に残ることを、良いのか悪いのか分からなくなった。海賊のサネーティもそう。彼も私が傷を治したから、きっと彼も残る。アティットピンリーに足を与えられたサッツァークワンも・・・でも、彼のお母さんは分からない。引き離されるのかもしれない。


 これまで各地で祝福を渡した人々は残る。彼らの無事を守らねばと、目を強く瞑った。少しそのまま動かず、暗い部屋で深呼吸し、窓の外から差し込む月明りに顔を向ける。月自体は見えない角度でも、月の光を受けた海面は、白い道を引いて揺れる。


 自分が引く道も、こうであれば。ふーっと息をまた吐いて、ピタッと止まった。後ろを振り向くと影が動いて、金茶色の獅子が影から出てきた。


「ホーミット」


「何やってんだお前は」


「私の部屋ですよ」


 いきなり入ってきた獅子に眉を寄せたが、獅子はそっぽを向いて『ラファルに会いに行け』と言った。何かあったの?と焦りかけたイーアンに、獅子の右腕が前に出される。右腕には、狼面の手甲。


「エサイとお前とラファル。下準備だ」



 *****



 下準備と聞いて驚く女龍に説明せず、獅子は『来い』と最後に捨てて闇に消え、ちょっと待てと腕を伸ばすも空しく、イーアンは休む間もない次の展開に合わせる。


 食堂へ行き、ミレイオにまた出かけると伝えて送り出され、甲板へ上がった。トゥはまだ戻っていないようで、異界の精霊が船の側にいる。いつも守ってくれるお礼を一声かけたイーアンは、慌ただしく空へ上がった。


 緑の風を呼び出すこと、一分。月夜でも緑色に透ける一陣の風が吹き、女龍は風の尾についてゆく。眼下に広がる夜の島々に、また切なさを思うものの、浸るほどの暇は与えられない。気づけば魔導士の小屋がある島に着いた。あっさり着いた気がしたが、数分は飛んでいたのかもと思う。


「気もそぞろ、だな」


 砂地に降りた緋色の魔導士が振り返り、イーアンは彼を見つめて無言で頷いた。二度目の旅路で散々だった、と怒った魔導士に、今の心境を伝える気になれない。だから何だと、言われるのがオチである。


 元気の失せた女龍の逸らす視線、その意味は尋ねず、魔導士はさっさと小屋へ歩き、イーアンも黙って砂浜を進み小屋に入った。


「ホーミットが来て、私に」


「俺が呼べと言った。お前とエサイとラファルに()()()()してやる」


 予行練習って?と通路終わりで聞き返すイーアンは、彼の答えの代わりに、部屋の奥に座るラファルとエサイから挨拶を受けた。


「ラファル。あれから会いに来なくて申し訳なかったです。お体は」


「大丈夫だ。忙しいのは分かってるよ。会えて嬉しい」


 短い挨拶を交わし、イーアンの肩にラファルがちょっと手を乗せる。触れられる実感、二度目。イーアンと微笑み合って、良かったと話に花が咲きかけたところで、魔導士が止めた。


「獅子は席を外した。俺は、お前らに教えるから同席。良いな?」


「予行練習は、どこ行くの」


 移動するのかと聞かれた魔導士が、左腕を天井に向け『ここだ』と答えるなり、部屋は丸ごと屋外に変わる。瞬きより早く外に立たされ、イーアンとラファルは目を丸くしたが、エサイは驚かない。



「器用だよね。いつも思うが」


 エサイの目には変化が見えていたらしく、魔導士は『狼男は真実を見抜くわけだ』と鼻を鳴らした。


「だが俺の魔法は小手先の器用さじゃない。そんじょそこらのまやかしと比べるなよ」


「比べてないよ。何したかは俺に分からない。変化を目で捉えても」


 魔法自体は未だに不思議だしねとエサイがイーアンに振り、イーアンは狼男に頷いた(※自分たちも不思議存在だけど)。可笑しそうなラファルは話しに加わらず、広い岩場に変った海辺をちらと見て『あれか』と魔導士に沖の影を尋ね、魔導士もその影を眺める。


「ここで見るだけだがな。眺めは良い方だ。あれがお前たちの行く、幻の大陸。ティヤー、アイエラダハッドとヨライデの中間くらいに今は在る」


 そう言って緋色の魔導士は右手を浮かし、ふっと現れた金色の細い線で組まれる魔法陣に、視線を落とした。魔法陣が地図代わりで、『この変だ』と一ヶ所を指差す。円盤の左端にやんわり輝く緑色の点が、この小屋。大陸までの距離はかなりある。


「動く大陸か。地震が最近増えたが、あのデカさで動いているわりに静かな地震だ」


 ラファルがぼそっと感想を伝え、魔導士も頷いて煙草を出してやる。二人で煙草を吸い始め、夜空の下に黒々とした影を広げる陸地に『あそこに直接入るのか』『何か、迎えに来るだろう』と話し出す。


 ラファルと魔導士は常に一緒にいるからか自然体の会話が続いており、ちょっと待っていたが、放置される狼男と女龍は顔を見合わせ、魔導士に早くやるよう促した。魔導士は煙草片手に振り返る。


「俺もあの大陸に触れたことがない。足を踏み入れることも出来ん。精霊が動くとなれば、迎えが来そうなもんだが・・・仮に、お前たちがはぐれたら。その可能性も精霊相手にはある以上、いくつか先に知っておいた方が良い」


 気を回す人と分かっているが、イーアンは彼の言葉にちょっと不思議。ラファルのためかなと、思ったところで、魔導士は小さい魔法陣の外周に指を乗せ、くるっと回した。魔法陣の動きに合わせ、岩場ごと回る。三人も左回りに揺れ、イーアンは思わず翼を出して飛び、よろけたラファルは魔導士が袖を掴んで、エサイはちょっと腰を落として安定。


「外見を見ておくということ?上陸したら広いから、海岸だけ見ても意味ないんじゃないの?」


 突っ込む女龍に、魔導士は煙草の煙を口から上らせ『お前は、空から見られるだろ』と真上を指差す。


「ここから距離を縮めることは無理だが、垂直に上がるのは可能だ。上限は雲まで」


 行って来いと魔導士の髭面をしゃくられ、そういうことならとイーアンは空へ飛んだ。バニザットも見たということか。雲の高さで止まって、45度の角度から見下ろすと・・・・・


「夜だし」


 遠目の利かないイーアンは顔をしかめ、見えないよとぼやいて戻った。ただ、ひたすら広い上に、手前は崖や谷が多そうな深い影が、その奥は起伏も少なそうな平らな地、と大雑把な印象は受けた。見上げていた魔導士の横に降り、暗くて見えないと伝える。苦笑されるかと思いきや。


「暗くなくても、見えなかったのかもな。龍のお前にも()()()()()()か」


「どういう意味」


 少し残念そうな魔導士は、聞き返した女龍に答えず、顎に手を当てる。ラファルの横を抜けたエサイがイーアンの側に来て、自分と一緒に上がるか?と胸に向けた指を空に向ける仕草をしたが、イーアンが返事をする前に魔導士が遮った。


「イーアンでも()()()()()、紹介を拒まれたようだ。だが、女龍はあの大陸への道を通す、はず」


 自信無さそうな言い方だが、イーアンも、何となくそうかなと思うだけ。

 テイワグナ決戦時、コルステインが守ったあの大陸。地上絵と大陸の関りを思うと、種族の頂点なら道を通す役目もありそうだが、一筋縄でいかないのがこの世界。バニザットの力を以てしても入れない大地とは。


 魔導士曰く、あの大陸に手出し無用であっても、因んで遺った情報はそこそこあるらしく、それらを基に想像する状況を、今から体験させてくれるそうな。


「体験。だって、知らないんでしょ?的外れになりかねなくない?」


 遠慮ない女龍にエサイが笑って、ラファルも苦笑する。魔導士は女龍の角を一本掴んでグッと押し、強制的に上を向かされ睨んだ顔に言い聞かせた。


「的外れでも、()()()()()()だと思え。お前は何があっても死なないだろうが、ラファルはそうもいかん。ラファルのために教えてやるんだ」


「角、放せよ!そういうの最初に言えばいいじゃん」


 握られた角を嫌がるイーアンに、気の毒で手を伸べたラファルが、緋色の魔導士からイーアンを引き取る。舌打ちする魔導士に舌打ちを返すイーアンを少し笑って、『俺が弱いから気にしてくれるんだ』とラファルは控えめに伝えた。


「強い弱いじゃないと言ってるだろ、ラファル。まぁいい。分かったか、エサイもイーアンもラファルを放置するなよ」


 屈折した愛情にも思える、魔導士の気遣い・・・狼男は『そういうこと』と頷いて了解し、イーアンもラファルを見上げて『頼まれなくたってそうしますよ』と約束した。



「疑似体験、開始だ」


 ぱきっと指を鳴らした魔導士の合図で、夜は急に明るくなり、大陸の影を遠くにぼんやり映す草原が広がる。追い風が背中を押し、三人と向かい合う緋色の魔導士は『恐らく、こんな感じだ』と視線を左から右へ流した。


「収集した情報で一番多かった風景は、草原だ。しかしこの草原はどこにも繋がらない。今はこれが魔法の産物だから、向こうっ方に大陸の影が残るが、実際はその大陸に立つわけで目印もない」


「風ににおいもない?」


 エサイが狼の吻をひくつかせ、魔導士は『入ったこともないのに、においを知ると思うか』と苦笑する。


「場所によって特徴のある臭いも記録にあるだが、草原はどうだか。大量の人間が運ばれるとなれば、だだっ広さが候補でも変じゃないから、真っ先に見せたのがここだ」


「人が少なかったら・・・別の風景の記録が多いのか」


 エサイの返しに、多分なとバニザットは右手で草を薙ぐように振り、それと共に、辺りは崖が包む谷に変った。


「アドベンチャーパークだ」


 冗談を呟いた狼男に、ラファルとイーアンが少し笑う。魔導士は通じないので(※何か知らない)余計なこと喋ってないで覚えろと流し、乾いた広い谷をぐるっと回した。自分たちが動かず、周囲の風景画が流れる違和感で、笑っていた三人も顔が戻る。

 足場を中心に回転して止まった次の風景には、大きな彫りものが立っていた。10m上までずらっと彫られた象形文字。柱状の天然岩が並ぶ壮観な風景に、意味深な緊張を生む。


「これ、本当にあるわけでは」


 じっと前を見て呟く女龍に、魔導士は腕を組んで『そうとも言えない』と返す。


「あっても変じゃない。イーアン、あの大陸に入って戻った人間の内、少数は同じ光景を見た。こういった素朴な彫りの岩が幾つかあったと。この文字は、大陸に関する情報を刻む、石碑や壁画に残されたものを使っている。現物は()()()()()()かもな。それで、この系統の記録では、近くに」


 魔導士の指が宙を横に引っ掻くと、その向こうに小川と茂みが現れる。花が点々と咲く茂みだが、何かおかしい。魔導士は小川と茂みに頭を傾け、目を細くして先を見る女龍に教えてやる。


「こういう具合で、害のなさそうな自然もある。お前は何となく分かっていそうだな。あれは『求め』だ。入った人間の『求め』が形を変えている」


「花に?茂みに?」


「持ち帰る、が普通の行動だろ?とすれば、花」


 一瞬、求めを渡すヂクチホスを思い浮かべたイーアンだが、魔導士が調べた記録によると『草原ではない場所の多くが、訪れた者の求めを満たす要素を持つ』そうで、対象はささやかなものから生き物までと幅広い話。


「生き物?」


「人とかな。人に似て人じゃない相手を持ち帰った話もあった。ただその場合、持ち帰ったと思いこんでいるだけで、相手がついて来ただけかも知れん。翼が生えている相手もいたようだし」


 翼、の一言で男三人が女龍を見る。イーアンも、テイワグナを巡った始め―― フィギやブガドゥムの石『翼のある人』を思い出す。


「求めを持ち帰ったと思って、相手がついて来ただけ・・・その相手は、送ったつもりだったとかね」


 エサイがありそうな解釈を口にし、イーアンも同意。魔導士は『とにかく気を付けておけ』と頬を掻いた。


「欲しいものが出ても、気を取られるなよ。そのために教えてんだ」


「ものを持ち帰った人間は、何か困る目に遭ったのか?」


 重なる忠告にラファルが詳細を訊くと、『何を試されているか分からんし、厄介が増えても困るだろ』と魔導士がやんわり教え、ラファルも『そりゃそうだな』と納得。彼には優しい魔導士を、イーアンとエサイは無表情で眺める。


 この後、『想像可能な風景と、記録に沿った情報』を何ヶ所か三人に見せて、方角は曖昧と思えとか、場所の位置が変わることもあるだろうとか、難題を忘れないように魔導士は口酸っぱく聞かせた。


 ラファルは淡々と聞いているだけだが、イーアンとエサイは『これは自分たちに言っている』と受け止め、どんな状況であってもラファルは連れて帰らないと、魔導士に何されるか分からないと思った。



「で、ここ最近。()()()()()()()が大陸から出ている。イーアン、気づいたか」


 話は急に変わる。

 イーアンの鳶色の瞳を捉えたバニザットは、『外界から流れてくる』と続けた。

お読み頂き有難うございます。

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