2781. 旅の四百五十二日目~東の治癒場の『空の城』・始祖の龍から三代目へ・その鱗、健在
夕方、ティエメンカダに呼ばれて出かけたイーアンは、翌朝が来るまで東の治癒場にいた。
ここには始祖の龍の思い出と、ティエメンカダが空の城と呼ぶ―― 白い遺跡がある(※2659話参照)。
大精霊が呼んだ用事は『東の治癒場』のことで・・・淘汰の話で振り回されるイーアンは、またその関係だろうなとうまく行かない経験則からぐったりしかけたが、ティエメンカダの話を聞き、淘汰云々ではなく相談のために自分を呼んだと分かった。
「動いている?」
『動いているのだ。龍のお前が来たからではない。マハレ(※番人)が言うに、あの大陸が』
眉根を寄せて不安な表情を浮かべるイーアンに、ティエメンカダも『あれが動くかも』と白い遺跡の懸念を伝えた。遺跡が動いて治癒場が壊れる可能性あり。これは空の城の問題なので、大精霊は龍に相談。原因は、幻の大陸につられている。
すぐさまどうにも出来ないので、ティエメンカダに一晩待ってほしいとお願いし、龍気抑えめで空の城に入ったのだが・・・・・
ここは、始祖の龍とティエメンカダの思い出がたくさん詰まった、個人的な空間。この前まではそうだった。でもさすがは始祖の龍で、それで終わりはしない。
始祖の龍が、仲の良い大精霊に頼んだ想い―――『仮に人間に存在の道が開かれたら、可能性を守ってもらえるか。存続に値する判断を下された時くらい、一人も死なずに次へ進めるよう、守ってほしい(※2661話参照)』――― それは、この場所にしっかりと刻みつけられていた。
遺跡に入って部屋の中央まで進んだイーアンが、いつもの癖で独り言をぽつりぽつり始めると、それは起きた。・・・ここへまた来た理由はこうで、今、こんなことになっていて。ここを飛ばすかも知れないし、他の手を打つかもしれませんが。
胸の内を声にして話していたら、突然、カーッと白い光が壁を走り、天井がバッと開いた。開いた?と目を丸くするが、そう見えているだけで大空が映し出されていた。
他の誰が知ることもないこの場所に、いつか、同じ悩みを抱えたイーアンが来ると知っていたように。
来た時にこの問題に触れるところまで、分かっていたかのように。
始祖の龍は『女龍として』可能な範囲で、人間の守り方を考えてあった。女龍だから出来ないことも多い。どうやっても制限される立場にいて、悩むのは同じと伝わるイーアンは胸が焦がされるくらい熱くなる。
そこからは凄かった。始祖の龍が天井の空に現れ、大地を見渡す彼女を下から見上げている状態。
彼女の引き締まった顔つきと、大きく長い角に太陽の輝きが当たり、金色の刺青が陽光より眩しく光を放つ。堂々とした初代女龍が突き抜ける青を背景に、四枚の広く長い翼を広げ、龍の尾そのものの棘を並べる尾で雲を絡ませながら、右手を前に伸ばした。
『中間の地。人が取られる日』
ハッとしたイーアンは早鐘のように打つ心臓を押さえ、始祖の龍の言葉に縋る。彼女は何が理由で、どのような流れになるとそれが生じるのかを、話し続ける。
イーアンがうっかり質問を声にしてしまうと、フッと映像が動いて別の場面が現れ、その質問の答えを含む話に移った。始祖の龍と会話しているのではないが、なぜかこちらの質問の返答に合わせた場面が現れ、内容が変わると移る前に場面が戻る。
イーアンは何度も何度もそれを見て、疑問や質問に戻る映像の返事を頭に刷り込んだ。
アイエラダハッドの治癒場で、タンクラッドと二人、予告を見たあの映像と同じ(※2308話参照)、ここでも何が起きるか、何をするとどうなるか、別の場合など・・・ アイエラダハッド南の治癒場よりもさらに詳しく、更に気遣われた内容に没頭した。
始祖の龍は偉大だと、こんなに思ったことはない。そうだと認めていたけれど、本当になんてすごい人だったんだ、と驚きが止まらなかった。
強さも度胸も覚悟も桁外れだった龍だが、頭の良さも賢さも、そして決してズレない芯の強さと、本当の愛情を彼女は持っていた。
人間がここで淘汰対象になることを、始祖の龍がなぜ知っていたのかなんて、分からないけれど。
場所がどこの国とか、どんな人々の状態でなど、そうした細かい部分は触れないが、大まかでも現状を示していると伝わる。人が片づけられる、その意味を。そこに付随する懸念と隠される意図を。
イーアンが求めて悩んでいた答えを、彼女は教えてくれている。
きっとそうなるだろうと・・・もしそうであれば女龍に出来る動きがあると、三代目の女龍を導く――― 時を超えたメッセージは、遥か昔にこの世界を去った、偉大な魂の置き土産だった。
遺跡の中の壁一面、天井から四方の壁までに映し出される、考察から出す予想と、可能性の高い未来の予告。その量もイーアンとは比べ物にならない。半端ない視野の広さをベースに、鋭く無駄のない焦点を絞る。
イーアンは、一晩ここに籠って考えたいと思っただけだったが、とんでもない贈り物で一晩を使い切った。
世界から移動する人々と、世界に残される人々。
残る人を守るには、まず世界中の治癒場の安全。これは、思っていたよりも重要と分かった。しかしヨライデは、まだ踏み込んでいない国だし、魔物最後の場もあって手を出せないかも知れない。
『動き出した空の城』を、ティエメンカダに早く教えてもらって良かった。
幻の大陸の影響で揺れるということは、白い遺跡は飛ぶだろう。つまり、龍族の対処決定。破壊せずに抜き取る方法を急いでビルガメスに相談せねば。治癒場の重要さが分かった側から、壊れては大変である。
行こう、と決めてイーアンは外へ出た。夜は明けており、遺跡から出て砂浜を歩いた数歩でマハレに会った。
「いかがですか」
マハレの言葉は意味深で、イーアンは入り口を振り向いて『多くを教わりました』と短く答える。頷いたマハレに、私は今から龍族の同胞に相談しますと空を見上げて伝え、彼が微笑んだので翼を出した。
「ここは、壊れるのでしょうか」
「マハレさん。私たちが動くと壊れる方が多いです。だからこそ、相談して壊さずに済む手を探します」
「イーアン、もしもそれが無理であっても、あなたが悲しみを背負いませんように。私もティエメンカダも、龍を知ります。龍は世界の最も強い愛を実行する」
クラッと来る優しい言葉に目を瞑って、イーアンは呻いた。すみません~・・・(※愛=壊す前提)でも、私だってここを残したい!ご理解に感謝して、説得と回避を頑張りますねと拳を握ったイーアンに、マハレは『頑張れ』と送り出した(※できれば壊されたくない)。
イーアンはこの時、忘れていたけれど。強い味方が既にイーアンに備わっていて―――
*****
何より先に、いつ発動するか分からない怖れを持つ白い遺跡を優先した女龍は、イヌァエル・テレンで朝一番にビルガメスを訪ね、家に上げてもらって事情を話した。
思ったとおり、ビルガメスは苦笑し・・・毎度の『お前は』で始まる。イーアンは何度言っても分からない、とそうした出だし。イーアンもこれくらいは慣れた。
「俺たちが対処する以上は」
「だから相談に来たのです」
「母が遺した想いを、お前が守ろうとするのは分かる。だが母も、あれが壊れるくらいは分かっていて」
「私はっ。守りたいのです!」
全くもう、と笑う男龍に食い下がる。どうにか治癒場を守りたい、何とか壊さずに、一緒に考えてほしいと頼む女龍は、一つだけ伏せていることがある。それは白い遺跡に、人間を守る教えが遺されていること。
これをビルガメスや他の男龍が聞いたら、いろいろ言われて止められるかもと思うと隠したかった。私は・・・女龍は、人間上がりだから思う。
想像が甘くて、却って間抜けな行為を選んでしまったとしても。でも、始祖の龍も同じ気持ちでいてくれた。もう一回チャンスがあると知ったら、これは何も言われたくない。
白い遺跡は空に戻っても治癒場が無事なら、私もあの場所へ行って思い出しやすい。純粋な始祖の龍の想いを、行くたびに記憶に呼び出せるだろう。
「イーアン。無茶を言うな」
動いていないならいざ知らず・・・ビルガメスが困って微笑み、首を横に振った時。イーアンの腰袋がクワッと光を放ち、閃光はビルガメスの家の屋根を貫く。驚く二人が鋭い閃光に目を奪われたも束の間、さっと視線をイーアンの腰に戻した男龍は眉根を寄せた。イーアンもびっくりして腰袋を見る。
「母の」 「始祖の龍の鱗」
焼けた腰袋の被せにも凝視したが(←容赦なく焼けた)、覆いを取っ払って燦然と輝く、白地に金の線を引く鱗の迫力たるや、凄まじき。イーアンは仰け反った。腰のベルトにあるから逃れようがないが、袋の内側で強烈な光量を見せた鱗は威圧している。紛れもなくこれは威圧だと慄く三代目に、ビルガメスが『なんてしぶとい』と呟いた。
「母がお前を守っている」
「今、あなた、しぶといって言いませんでした?」
「しぶといだろう、どれくらい前に母が死んだと思うんだ。鱗で、これだぞ」
これと指差す息子ビルガメスは、本気で驚く顔。ビルガメスの戸惑う表情は滅多に見ないな、と思いつつ。確かに鱗だけでここまで威力がある強さにイーアンも舌を巻く。
煙(※香炉)でタンクラッドを引き込もうとしたのは穏やかな方だったなと、ビルガメスは頭を振る。
「煙ですらしつこいと思ったのに、本体の残り(←鱗)が主張するとは」
呆然とした男龍は信じ難そう。で、どうなるのかな~と、イーアンがビルガメスの反応をじっと見ていたら、大きな男龍は眉根を寄せたまま唸る。
「鱗に意思があるとは思えないが、お前の味方として反応したのは確かだ。このイヌァエル・テレンの異変でも、男龍の衰退の危機でも、時の剣を持つ男の話が出ても(※恋話)、母に関する何を知ることはなかったが、中間の地から持ち戻った鱗一枚で、その力を目にするとは思わなった。イーアン、俺に話していないことがあるな?」
急に戻ったブーメランに、そこ聞くのとイーアンはたじろいだが、ビルガメスが問い質そうとすると、ビシッと音立てる光の剣が飛び、鱗は更に天井を壊した。
・・・もう、ビルガメスも開いた口が塞がらない。呆れたように壊れた天井を見てから、瞬き一つ、唖然とするイーアンを見下ろし『何も言うな』と言い直した。
イーアンも黙って頷く。有難いが、口封じが強烈過ぎる。鱗が話を理解していると思うと、これまでいろいろ聞いていたのかもと、変な不安も沸く。でもそうではなく、ティエメンカダの思い出が詰まったあの島で、そして人間を出来る限り救いたいと想い籠った遺跡の場所だから、反応している気もした。
どちらにせよ、ビルガメスは理解した。この鱗に逆らってはいけないことを。
たかが鱗一枚だが、始祖の龍の威力は今も尚、影を落とすことはなかった。当時、どれくらい凄まじかったかを、まざまざ想像する。
長い髪をかき上げ、美しく大きな男龍は眉間に皺を寄せたまま、腰袋で威圧を放ち続ける輝く鱗を睨みつつ、『今日。タムズとお前がどうにかすると良い』と・・・早い話が、タムズに放った。
こうしてタムズが呼ばれ、物質置換を行う彼と、それに近い技を使えるイーアンが、ティヤー初の白い筒対処で地上へ降りる。のだが―――
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