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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2780/2955

2780. 『原初の悪』と二番手の死霊・『原初の悪』とオリチェルザム、悪鬼の一件

 

 この日。古木の椅子に座る『原初の悪』の前に、あの日を境に交代したアソーネメシーの遣いがいた。


『ヨライデは準備が良さそうだな』


 紺色の僧服を着た精霊が、まぁまぁといった具合で頷くのを、死霊の長は黙って見つめる。

 ここでは筋肉がついた姿で、手に黒い面を持ち、剣帯と剣、崩れかけたクローク、古い古い革長靴を、むき出しの筋肉の男が纏う。報告を全て聞いた『原初の悪』は、相手に指を向ける。それが注意かと思えば。



『お前、骨は嫌なのか』


 全然報告と関係ない質問に、死霊は面食らう。余計な口を利いて処分された一番手のようにはなりたくないので、雑談傾向の意図に注意しつつ返答。


『いいえ。骨でも()()()()。ただ、面をお借りしているので、肉があった方が良いかと考えました』


 フフッと笑った精霊が首を傾げ、そうかと片手で扇ぎ、気にしないよう合図する。


『龍はどうだった。会ったんだろ?』


『挨拶後は、とても攻撃的で会話にならず、情報も何も』


『そういう相手だ。とりあえず覚えている会話を教えろ』


 精霊には筒抜けであれ、裏を取る。二番手の死霊の長は、『記憶が悪いですが』と抜けもある可能性を先に伝え、一通り思い出せることを伝えた。『自分がこう言うと龍はこう言った・・・』を繰り返す単純な報告だが、精霊の目から見ると、死霊(この系統)にしては良く出来ている方に思う。


『そのまんま、か。で、お前はあれをどう思う』


『龍が女の姿とは思わなかったです(※2743話参照)』


『女だ。最強の龍はいつでも』


『勇ましいですね。龍の最強が女』


『気に入ったように聞こえる』


 まさかと笑った死霊の長が目を逸らし、少し置いて『気に入ったというより』と呟く。『原初の悪』が面白そうに続きを待っていると、死霊の長は筋肉の頬を掻いて『昔の癖です』と続けた。



『お前は人間だった時代がないだろうに。昔と言うのか』


『随分前に吸い込んだ未練の霊が、()()()()()()らしく。その霊の癖が、今も名残で。強い女を見ると疼きます』


『どんな癖だ』


『勝気な女を怖がらせるまで追う、猟犬みたいな癖です』


 ハハハと精霊に笑われ、死霊の長は黙って俯くが自分でも可笑しくて首を傾げる。もう少し話せ、と興味を持ったらしき精霊が促し、癖を残した霊について教えた。


『痩せこけた貧相な男の霊です。売りの女にすら払われるような姿で、陰湿に追い回して最後に手に入れると』


『殺してからか』


『大体はそうだったようです。命乞いされると満足が行く』


 精霊は一笑に付したが、『それがお前と相性良くて未だに?』と話を長引かせ、そうらしいことを正直に答える死霊にまた笑った。


『龍じゃ、消されるのがオチだぞ。俺に迷惑でもある』


『弁えています』


『そうだな・・・最初のやつは弁えなかったが、お前は使える。それで、龍はやめろ。お前の肉の姿は全く貧相でもないし、癖を出すまでもない』


 無駄話に付き合う精霊は、何が機嫌良いのか。下手なことを言わないと決めている死霊は、頷くだけ。その肉の姿はなぜ貧相じゃないのかを訊かれ、『これは最初に手に入れた印象』と短く答えると、精霊も『骨よりお前らしいぞ』と褒めて雑談を〆る。


『追い回すなよ、もう一度注意しておこう。次からは龍を見たら下がれ』


『そうします』


『あの龍は、俺の()()()()だ』


 会話が切れ、紺色のフードから見える顔が薄ら笑いを浮かべた。死霊の長は返答できずに黙り、少しの沈黙後『原初の悪』は次の指示を下す。



『ヨライデで魔物の王が待ってるだろうが、ヨライデの魔物にくれてやる分は一先ず終了だ。ティヤーで集めた宗教の人間、それはヨライデ用に回しておけ。()()()()関係なく、好きに使わせろ。

 それ以外のティヤー人死者は、残り僅かの魔物に埋め込んでいい。まだ時間はあるが、地震と津波が合図だ。乗せて撒け』


『分かりました。魔物はもう』


『そうだ。魔物より、お前の出す死霊の方が多いぐらいだ。ハハッ、カッカッカ・・・馬鹿々々しいな!千切った魔物で()()()持たせて、実際は死霊とサブパメントゥで場繋ぎしているんだぜ。

 今回は魔物が呆気ない。異界の精霊やら龍の多さやら、三度目はあっさりしたもんだ!』


 今回?と分からずに呟いた死霊に、精霊が『お前は知りもしないか』と頭を振る。


『この世界で三度、魔物が中間の地を襲う。今回が三度目だ。初回と二回目はまずまずの手こずり方だったが、今回はまぁ茶番みたいなことばかりだ。俺みたいのが手伝ってやらなければ、魔物などあっという間に終わっただろう』


 死霊の長は世界の流れに疎いので、話された内容があまり理解出来ない。ただ、魔物が少ないと都合がつかない、それは分かる。そのために死霊で撒き散らして増やしている。


『次のヨライデでは、お前の楽しみも減るだろう。()()()()()()()()と、な。たまに呼ぶこともあろうが、不貞腐れてくれるなよ』


『人間が減っても、死霊の扱いが本業ですから』


 それもそうかと頷いた『原初の悪』は死霊の長に、地震が来るまで魔物に付けた死霊を持たせろと命じ、死霊の長はこの場を離れた。

 黒い精霊も、肘掛けに置いた指をとんとん打って・・・ぬかるみの床に、椅子ごとゆっくり沈んで消える。移動したのは、嵐の海と暴風雨。



 *****



『久しぶりでもないな。あれから(※2464話参照)』


『余裕なやつだ。疾うに魔物は引き上げ時だというのに』


 片やなれなれしい挨拶、片や嫌味のせせら笑いが、吹き荒ぶ嵐を交差する。


『俺に用。どこまで頼る気だ』


 黒い精霊は宙に浮かぶ古木の椅子で頬杖を突き、相手の返答に顎をしゃくった。

 暴風が藍色の僧服を翻し、フードは外れて捩れた角が雷光に光る。そこに在るかのような存在感でも、精霊を濡らすことはできない雨が風に巻かれて横に飛び、ひっきりなしに視界に線を描く中、向かい合う魔物の王は、少し間を置いてから『ヨライデが本番だ』と耳障りな声で伝えた。


『だから?』


『アイエラダハッドでは根付いた古の邪を、ティヤーでは死霊を魔物に加えた。ヨライデは、死霊も悪鬼も現役だ』


『それを俺に動かしてほしいわけだ。死霊はヨライデにも分けてやってるぞ?悪鬼は大した使い道もないだろう。あれは獣の死骸の成れの果て。土の恨みを吸った獣の死骸。あんなものも使うのか』


『この世界の混沌を掴む、その手よ。いつの時代も、どの土の上も、水の奥も、全て知っているだろうに。初代の旅で潰滅しかけた悪鬼が、二度目の旅の時代で増え、三度目の旅の今は』


 フッと笑った『原初の悪』が頬杖から顔を離して、宙を片手で払う。


『魔物に移すくらい、自分で出来そうなもんだ』


『人間が減る。二度と戻れない場所を用意してやろうと思わないか?』


 徹底的に、のつもりなのか。矛先が下がった印象に、黒い精霊の首が傾げられる。俺にはどうでも良いことだと呟いたが―――



『俺の匙加減で良いなら、動かしてやってもいい』


 思い付きはいつも、そこそこ楽しめる。

 悪鬼は、動物の成れの果て。駆けずり回り飛び回る後に残るのは、撒き散らす恨みの数々。大して力もないもので、魔法使いでも浄化できるが、放っておけば土も水も壊して留まる。生きるものを食うとは、襲う意味だけではなく、痕跡から蝕む。


 魔物の王に理由など話す気もなし、聞かれることもない。せいぜいヨライデは踏ん張れよ・・・横殴りの風に笑い声を残し、『原初の悪』は宙に消えた。オリチェルザムも交渉要らずで終わったので、孤島へ戻る。


 黒い精霊は、混沌を何に向けるかを伝えなかったので、魔物の王は思いこむだけ。

 旅の仲間がヨライデで苦戦し、サブパメントゥの攻撃も併せて、魔物があの者たちの上を行くことを予想する。

 世界の流れで人間をすっかり減らされるとは、好都合他ならない。運はこちらに傾いたと・・・思い込みの強いオリチェルザムは、統一の時を視野に入れた。のだが。



 ぬかるみの床に上がった黒い精霊は、椅子を立って緩慢に歩く。


『魔物の王か。お前の存在すら、茶番に思う』


 胸の前で組んだ腕、左右に体を揺らしながら、一歩ずつを楽しむように黒い精霊はぬかるみに触れない足を進めて独り言。


『オリチェルザム・・・お前は、俺の()()になりかけているのに気付かないよな。馬鹿の一つ覚えも良いところ。退屈な道化だから、何度も手を貸してやる気も失せていたところだが。

 俺が死霊を許可してやったから、四ヵ国目でここまで粘れたのも分かっていないお前に、俺がしてやれることなんか』


 ククッと笑いだす精霊。顔を片手で擦り、笑い声が高くなる。遠慮ない大笑いで、くすんだ空間が揺れるほど笑ってから、捩れ角の頭を大振りに上げた。


『死霊と悪鬼を使ってやろう。お前の手の内の魔物が底をつく前に、番狂わせの舞台に引っ張り出してお前を吊るし上げたら、旅のやつらはさぞ喜ぶだろう。俺の()()()()がどうなるか。中間の地への侵入を許された魔物の王、どこまで粘れるか見物だ!』


 ハッハッハ、と意地悪い高笑いを響かせて、これも俺の領域と可笑しがる精霊。

 翻弄と混乱と混沌を許される『原初の悪』は、血肉のある命に手は付けない。異界の精霊も枠外。だが、世界からはみ出ている塵は彼のもの―――



『分かってないよな。お前すら、俺の領域にあることを!』


 馬鹿で良かったと、ゲラゲラ笑う黒い精霊。矛先定めた女龍の顔を闇の内に見つけ、虚空の目が突き刺すように定めた。

お読み頂き有難うございます。

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