278. 南の援護遠征・魔物確認
どうにかイーアンの機嫌を取って、ドルドレンはほっと一安心。朝から全力で神経を使った疲労で、頭がくらくらする。
渋々だが、料理は認めることになった。
剣の費用以上の作品を作ってくれたし、謎解きの時間ももらってるということで(←『好きでやってるんだから良いんじゃないの』と言うと感謝が足りないと怒られた)お礼みたいなものでしょ、と。
イーアンの感覚では、多分、男が女性の荷物を持つとか、力仕事で困ってる時に手伝ってやる、それと。女性が出来る料理とか何たら(※適当)で手伝うことは同等らしいと分かる。
男の人が出来ることをお任せして、女の人が得意なことを引き受けて。適材適所じゃないけれど、そういうことではないのか、とイーアンは言う。それなのに、女の人が食事作ったら、男性に勘違いされるなんて言うんだとすれば、男性の誰かが女の人を助けてあげるたびに、勘違いさせてるって言うようなものですよ・・・と。まあ、こんな感じで。
『ドルドレンは女の人、助けたことないのですか』
『意識してはいないが、あるだろう』
『それで勘違いされましたか。あなたは、お顔が良いからあるかしれませんが』
『あっても助ける必要があれば、助けるだけだ。手伝ったり、何なり。必要なら』
イーアンはじっとドルドレンを見る。ドルドレンは鳶色の瞳から視線を反らす。『手助けしただけで勘違いされたら、もうしませんか』と聞かれ、『手助けは連続するものではない』と返答すると、『連続する場合は』と畳み込まれる。『必要なら、まあ』小声になるドルドレン。
『私もタンクラッドに、料理で勘違いまで引き起こしたとなれば、それはもうしません』静かな声でイーアンは言う。
『でも。私はあなたに助けてもらって。ずっと助けてもらって、勘違いしたのかしら』少し間をおいて、寂しそうに続けたイーアンに、ドルドレンは急いで『違う。俺はそんなつもりじゃ』と言いかける。振り向いたイーアンは『これから気をつけます』とドルドレンに微笑んだ。
こんな問答で、結局勝てず。ドルドレンは承知した。保存食は、あとですぐに食べさせてもらうことになった。
南の支部まで、普通に行けば半日はかかるが、そこはやはり龍だからあっさり到着する。龍も疲れているのか、それともイーアンのためなのか。ゆっくり飛んだらしいが、それでも30分。以前はこの道のりを、もっとゆっくり飛んだらしい。ただ。30分で到着する時点で、馬との差をひしひし感じる。
南の支部に龍を降ろすと、中から騎士が出てきて迎えてくれた。龍の荷物を下ろして、龍を空に戻してから、ドルドレンとイーアンは迎えの騎士と南支部の中へ入った。
「イーアン。何て傷だ」
二人が来たのを見て、先に到着したシャンガマックが迎えに出たが、びっくりしてイーアンに駆け寄る。『どうしたんだ。何があった』肩を掴もうとして、ドルドレンが咄嗟にイーアンの右の肩を守る。
「右はダメだ。怪我をしていて触ると大変だ(←『いてえ』連呼)。イーアンは昨日」
言いかけてすぐ、ベレンやラジャンニが迎えに来て、同じように驚く。『イーアンは来るたびに怪我してる』と困ったように呟かれ、イーアンもその通りだと頷いた。
広間へ通されて、シャンガマック、ヨドクス他、北西の支部から援護で来た騎士8名と、イーアン、ドルドレンが揃い、南のベレンとラジャンニ、アマドゥ・サコ――弓部隊長の一人。黒髪に黒い瞳、褐色の肌。背は低いが、がっちりした53歳――と、ブーバカル・バリー――剣隊長の一人。赤茶けた縮れ髪、薄碧色の瞳、焦げ茶色の肌。長身で筋肉質48歳――16名が、一つの机に集まる。
「今、南東の支部からも12名参加してもらってるが、範囲が広いから班に分かれて動いている」
聞けば彼らは、朝から現地に出ていて、他の南支部の弓部隊と一緒に魔物退治中だという。夜は戻って、日中だけ。理由は夜に被害がないから。
「昼間だけなのか」
「被害はな。なぜか夜は動かないと分かったので、明るいうちだけだ」
総長の言葉にベレンが答える。ベレンが言うには、数はすでに130頭くらいは倒しているらしいのだが、それでも・・・と溜め息をつく。
「被害状況が分からないのですが。年末年始が入ったから。一体何がどうなってるんですか」
場車隊のヨドクスが質問すると、ベレンとバリーが『見本』を持ってきた。それは人の身体くらいの鳥のような魔物で、でも鳥ではなかった。ドルドレンはじっとそれを見つめて、イーアンを見る。イーアンもドルドレンに視線を向ける。
「これは。あれかイーアン」
「そうだと、思います、が。ちょっと小さめですね。でもお昼の。今度は」
二人の知っている様子に、他の者は話を待つ。ドルドレンはここの場に、クローハルの隊の騎士がいないのを知る。
ブラスケッドの隊のグドムンド・ヒーラー、イングマル・ウークショイ、ヤルケ・ニングの3名。ヨドクスの隊のバルデマール・アラメイン、イングヴェ・マータの2名。ポドリック隊のバルグ・ライエン、ソール・ハウケ、デオン・アルバレスの3名。で、うちの隊のシャンガマック。と、ヨドクス隊長。
「この面々は。あれを知らんな」
「ええ。ご存知ありません」
報告書をちゃんと読む時間がなかったから、とドルドレンがこの魔物の説明を改めて聞いてみると。
昼間に飛んで、人も家畜も襲うという。攻撃は、飛びついて貼りつき、噛むそうだ。噛まれると血が流れ続け、最初にこの魔物が出た時、牧畜農家の3人が亡くなってしまった。いずれも老人で、振り払うまでに時間がかかってしまったという。
騎士では、噛まれてもすぐに振り払うことが出来た者が8人。血を絞り出したことと、血の巡りの先を切ったことで、助かったらしい。
「この他は、人間の被害は出ていない。家畜が16?18?だったかな。この2週間くらいでやられたな。羊や牛が。羊のほうが多い」
アティクがいれば良かったな、とイーアンはまた思った。この前の洞窟の魔物の後、なかなかその話を思い出さず、全然この『蝙蝠系』の話にならなかった。
今度は昼間となると・・・・・ 夜に奇襲するほうが良いのか。うーん、と悩むイーアン。
「これはどこからやって来るんだ」
ドルドレンが洞窟の件を思い出し、ベレンに訊ねると、ベレンと他の隊長は顔を見合わせて『どこからでもくるぞ』と曖昧な答えを出した。
「夕方になると、消えますか。どこかへまとまって、戻ったりしないでしょうか」
イーアンはもう少し訊いてみる。弓部隊長のアマドゥ・サコがイーアンを見て、少し思い出すようにゆっくり話す。
「夕方か、そうだな。気がつくと消えている様子だが、山の方へ飛んでいるのは何度か見た。だが全部が山へ行くと思ったことはない」
机の横の床に置かれた魔物の死体を見つめ、魔物の横に膝を着いたイーアンは魔物の頭を触る。
ドルドレンが慌てて『イーアンに魔物を渡して外へ出すか、今すぐに目を反らすか選べ』と全員に言うと、ベレンとラジャンニ、シャンガマックはさっと俯いた。他の騎士は何だか分からず、きょろきょろしている。
「何て号令を掛けるんですか」
笑うイーアンが振り向いて、ドルドレンに注意する。『だってイーアン』ドルドレンが困った顔で立ち上がり、『何かするなら外で』と頼む。
「イヤあね、何もしません。ちょっと見ただけです」
もう、そんなことばかり言って、と立ち上がったイーアンはドルドレンの背中をぽんと叩く。左手に魔物の死体の頭を掴んで、ぶら下げるイーアン。全員が何となく、嫌な予感。
「ドルドレン。私ちょっとアティクに用がありますので、一旦戻ります。もしかしますと、一度イオライへ行ってくるかもしれませんが」
「何で?どういうことだ」
「イオライは魔物の残骸を確認してきます。昨日は帰ってきてしまいましたから。アティクにこれを知っているか聞いてみます。それが済んだら、すぐにこちらへ来ます。もしかすると。私は夜の方が良いかも知れません」
イーアンはニコッと笑って、魔物の頭を掴んでぶらーんとさせたまま、『これをお借りしても宜しい?』とベレンに訊ねた。ベレンは何も言わず笑顔で頷いた。
「ああ。そうでした、シャンガマック。あなたの保存食を持ってきましたので、ドルドレンにも分けてあげて下さい。はいこれ」
荷物から忙しく包みを取り出すと、シャンガマックに渡すイーアン。受け取ったシャンガマックは嬉しそうに微笑んでお礼を言った。
慌しく、イーアンは魔物を引っつかんだまま、荷物は置いて行くからとドルドレンに告げると『じゃあ後でね』と左手を振って(※魔物付き)お別れする。
急すぎる展開に呆然として見送るドルドレン以下全員。ボーっとしていると笛の音が聞こえて、我に返ったドルドレンは慌てて表へ走り出した。
「ドルドレン。お昼までには戻りますよ」
上空から魔物付きの左手をぶらんぶらん振りながら、愛妻(※未婚)は行ってしまった。空を見上げて、残されたドルドレンの肩を叩くシャンガマック。振り向くと、褐色の騎士は保存食の包みを持っている。
「美味しいから。少し食べましょう」
親切なシャンガマックに誘われるままに、黙って頷き、寂しげについて行くドルドレン。何となく総長が気の毒に見えた他の騎士は、とりあえず、早出の隊との交代の時間まで待機なので、シャンガマックの保存食を味見させてもらう、お相伴に同行した。
イーアンはまず支部へ戻り、アティクに声をかけた。演習続きで裏に出ていたのですぐに来てくれた。魔物を見せ、以前の魔物と似ていること、その習性の違いを伝えてから、アティクはこの生き物を知っているか質問した。
「かなり前だ。見たことがある。だがこれほど大きくはなかったし、非常に珍しいとされていて、一つの洞窟にしかいなかった記憶がある」
やっぱりそうなのかと思うイーアン。収斂進化はあるのだろうが、絶滅寸前か、もともとこの世界に適さず、限られた場所にしか生息しなかったか、それほど数がいなかったか、と理解する。
それ以上はアティクも知らなかったので、お礼を言ってイオライへ向かう。ダビが走ってきたのを見て、ちょっとミンティンを止めて下を見ると、ダビが叫んだ。
「絶対、無茶するなっ」
おやおや。命令形ですか、とイーアンは笑った。動かさない右手をそのままに、魔物の死体を掴んだ左手でさよならの手を振る。
「ダビ。あなたの配慮に感謝しますよ」
ハハハハと笑って、イーアンはミンティンと一緒にイオライセオダへ飛んだ。ダビは下で溜め息を盛大につき、アティクに肩を叩かれた。
『イーアンは精霊が一緒だ。心配要らない』そう言ったアティクは、ダビに干物の魚を渡し、元気になるから食べろと言ってくれた。どこから出したんだろう、とダビは思ったが、アティクの親切を有難く受け取った。
イオライセオダにすぐに着いたイーアンは、ちょっと時間を食った。
ミンティンを町の壁の外に降ろしたのに、町の人が何人か走ってきて昨日のことを感謝してくれた。イーアンは崩れ落ちた魔物の残骸を調べながら、町の人のお礼に笑顔で返事をした。
魔物は。あの、憎たらしい魔物は。ドルドレンを偽った身の程知らずは、絶命して灰の塊に変わっていた。物言わぬ土くれの人形や偶像も散らばり、同じように灰の塊と化していた。
得るものは何もない、と判断したイーアンは、町の人が誘ってくれるお祝いを『今日は別の場所で遠征なので』と丁重に断り、龍に跨った。
「イーアン」
低くて優しい男の声が響き、そちらを見るとやはりそこにはタンクラッド。笑顔が温かいタンクラッドがイーアンの側に寄る。町の人が見ている中、イーアンも下手な近づき方は避けたほうが無難、と龍を降りずに微笑む。
「傷は。大丈夫なのか。龍に乗っても平気なのか」
「昨日はお世話になりました。大丈夫です。医務室でも診てもらいました。今日は魔物の確認で寄ったので、これから南へすぐに向かうのです。また近いうちに来ます」
一気にそれだけ告げて、イーアンはミンティンをそっと叩いて浮かばせる。タンクラッドはとても心配そうな顔で『頼むから。今日は戦うな』と声をかけてくれた。
その優しい気持ちにイーアンは嬉しくて、『はい。戦いません』と笑顔で答えた。
そのまま龍を浮上させて、加速して南へ向かったイーアン。タンクラッドの優しさに、思い遣りに胸を満たされて、心から感謝した。
イーアンは南へ向かう間、考えていた。
恐らく今回は、自分は出ないだろうと。だけど、付き添う必要はあることは必然だった。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方がいらっしゃいました。とても嬉しいです!!有難うございます!!
 




