2777. 三十日間 ~㊽十九日目、女龍代行の小石・『人型対人型』・別行動:三つめの面『紫』
※申し訳ないのですが、ストックが追い付かず、書くためのお休みを明日いただきます。明日一日で足りなかったらまたこちらでご連絡します。宜しくお願いいたします。
夜更けが来る前にと思ったが、気が付けば日付も変わっていた。
祈りに反応し、龍気を流す役目を小石に任せる。それだけの話だが、なかなかうまく行かない。手こずってやり直し、出来たと安心しても長く持たず、を繰り返した。
鍛冶屋サンキー宅の保護のように、『自分の鱗を使って龍気を維持する・命じて攻撃も仕掛ける』ものだとイーアンは思っていたが、『維持』と『移す』のは違う。『命じて攻撃』も、龍が攻撃する質を高めたので難なく応じるけれど、他の動作はそうも行かないと初めて理解した。
攻撃特性が強いのが、龍の鱗や魔法。鱗を使う『白い風』や『頭だけの龍が襲う』魔法は、性質に合っていたからで、穏やかな『何者かの話が終わったら、龍気を小石から流す』のは、向いていなかった。
「祈りが途切れても、終わったと反応するかもな」
イングの言葉に唸るイーアン。祈り途中で龍気が流れても、害はない。『流したら祈りは終了』予定なので、途中で追い返す具合になるが、反応する合図が難しい。一人終わったら次の人、を設定したいのに、次の人に反応がない。
そんなことで四苦八苦して、魔法のかけ方をいじって工夫したものの、イーアンは安心な状態まで運べず、側で見守っていたイングが結局『俺が触ると流れるようにしろ』と言い出した。でもそれも・・・引き受けてくれるのは有難いけれど、そうなるとイングに丸投げだからと断った。
「これまでと変わらない。俺が先に聞いて、集めている。祈りを届ける鳥は毎日だ。その場で捌けばいいわけで、俺が小石を」
「それすらあなたにやらせるって。私はちょっと」
肩代わりがイングとなると、これ以上はさすがにすまなくて頼めない。気持ちが疲れているイーアンは魔法完成を宿題とし、数日かけて整えられるよう頑張ることにした。有難いことに小石が手元にある分には、魔法をせっせと使っても龍気の消耗はない。
代行で小石が働き始めたら、龍気の補充も地上で行える・・・
ふと、小石同様の役割が広範囲に渡る『ロデュフォルデン』を思い出したが、精神疲労の女龍はそこ止まり。イングが『人型のことを』と話し出したので、船へ戻る前に決めた。
人型を増やすのだ。のっけから賛成し難いアイデアだが、こちらの道具にする人型用に一体捕まえ、これにレムネアクが作った雷遮断具の見かけだけを装着。そして、イングの魔法で増やす。心臓部に当たるところは空洞で、勝手に動くことはない。増やした一体ずつに、イーアンの魔法記号のみを目立たない所につけ、サブパメントゥの操りを無効にする。
レムネアクの道具を装着し、イーアンの防御魔法で操りを阻止し、異界の精霊の技でこれを動かす。
「異界の精霊、沢山いますが、どなた?」
「お前も会ったことはある。堕天使の一人で、雲や砂から大勢の兵士を生み、狙う国を亡ぼす」
また凄まじい技を・・・と呆気に取られるイーアンはちょっと頷く。その技、どこで使ったんですか、と聞きたいような聞きたくないような。堕天使でも、本に載る名の知れた御方ばかりではないのが、こちらの世界。元の世界との違いを、毎回改めて思う。
「お名前は?その方に直接私がお話しないと」
「名前はないだろう。奪われたから」
「あ・・・そうでしたね。では、お会いしてから」
「お前が呼び名を考えると良い。ブラフスもまそらも、お前が好きだ。その堕天使も、お前について来た一人」
はい、と苦しい胸に手を当てて了解し、今日はここまで。
―――堕天使の技で動く人型は、サブパメントゥの操る人型を攻撃し、相打ちにする予定。
相打ちで倒れたら、サブパメントゥが調べに来るだろう。止めようとして止められなかった、おかしな人型を。
そして倒されたこちら側の人型から、レムネアクの道具を見つけ、それを持ち帰るかも知れない・・・ 持ち帰り、まだまだいるというストックの人型に付ける可能性は高い。怪しみながらも、装着し始めたら、もうこちらのもの―――
「こんな回りくどいことをしなくても良さそうだが、あの手この手だな」
「いろんな懸念と、多くの問題により、です」
欠伸が出たイーアンを腕に乗せ、イングは彼女を船に返す。
明日からは、祈りを聞かない。イングは祈りを運ぶ鳥の声をまとめるが、それは特に苦労もないので集め続けるだけのこと。イーアンの魔法で『自動龍気流し』が整ったら、イングも『お祈り』からほぼ手が離れる。
黒い船に女龍を送った後、イングはトゥをちらと見て、何を話すでもなく自分も戻った。トゥの目が、ほんの少し瞼を上げた仕草は、恐らくタンクラッドも・・・道具配りを止めるのではないかと思わせた。
「あの手この手が、何かによって一斉に止まる時。変化があるよな」
塒から空を見上げ、大きな青紫のドラゴンは目を閉じた。何がしたいのか分からないこの世界の流れに、せいぜい咎められない程度で済まそうと思うのみ。
*****
アイエラダハッドで各地を巡るシャンガマックは、この朝、テイワグナから始まる。
今日はバサンダが、三つめの面を仕上げる日。だが、もう終わっているかもしれない。白灰のフェルルフィヨバルと明けたばかりの朝の空を飛び、カロッカンの山で降ろしてもらい、林道を抜けて町へ。坂を下って左側にある、伝統面の店の扉を叩くのは何度目だろう・・・そんなことを思いながらノックして待つ。今日は意外な迎えで、バサンダ本人が扉を開けた。
「珍しい!」
「おはようございます、シャンガマック」
フフッと笑った初老の面師は、来客を中へ通し、目を丸くして『工房を離れることもあるのか』と驚く騎士を奥へ通す。
「たまたまですよ。食事をニーファと食べていました。ニーファが席を立とうとしたので、私が代わりに」
いつも彼にお願いしているし、と話すバサンダは調子が良さそうで、くたびれた感じもなく、健康的な笑顔に安心する。工房の脇の出入り口を覗くと、中でニーファが頭を下げた。朝食は終わったところなのか、食卓に食器はなく、水場も片付いている。
「おはよう、ニーファ。俺は、食事の邪魔をしなかったか?」
「いいえ。もう食べ終わる頃でしたから。おはようございます」
「バサンダが迎えに出てくれて驚いたよ。元気そうで何よりだ」
「シャンガマックは一昨日も来たじゃないですか」
ええ?と可笑し気に聞き返したニーファに、褐色の騎士も少し笑って『心配だから』とかわし、微笑む面師に報告を頼む。二日に一度は来よう、と決めた理由はニーファに話していない。
伝統面を作るニーファだが、彼はバサンダが使う面の秘密に気づいていない様子。その面は時間を歪ませるから、シャンガマックは気遣っているのだけど。
バサンダは、シャンガマックが気づいたのも、来訪頻度が増したことも、微笑んで受け入れた。ニーファは『心配し過ぎ』と言っているので、やはり、分かっていないのだろう。
それはさておき。バサンダは工房に面を取りに行って戻り、三つめの面を見せてくれた。
最初は白い面、ウースリコゼ・オケアーニャ。
二個目は赤い面で、エグズキ・ルーマガリアという。太陽の赤い羽根と、絵には名があった。
三個目は紫の面で・・・・・ シャンガマックは手に取って、じっと見つめる。誰かを思い出す。全く人間的な要素はないのだが。
「名前は、イッサ・リールバナラ・エゴアです。意味は、明け方の星と、沈む太陽、二つの翼」
「そうだったな。紫色は時を報せると聞いている。二つの翼、か。これもまた神秘的だ、左右の顔が異なる」
「そう見えるのですが、形状は同じです。塗料と飾りの付け方を変えて、二つの翼を示します」
素晴らしい、とシャンガマックは匠の技に唸る。紫基調ではあるが、紫色を塗るのではなく、透ける赤や青や橙を重ねて、光の調子で紫に様々な変化をつけている。説明の要素である、朝と夜の始まりは飾り模様にあり、点々と並ぶ盛り上がった塗料が、星と翼の先端を表現していた。
豊かな技術と飛び抜けた美術が、顔半分を覆う面にふんだんに使われる迫力は、面を持つ手にも痺れを感じるほど伝わる。何度も褒めるシャンガマックだが、褒めている間ずっと―― 『どこかで見た気がする』 ――不思議を感じ続けた。
バサンダに聖なる水を少し渡し、また明後日に来ると伝えて、シャンガマックは長居せずに早々と工房を後にした。今日、仕上がる予定が・・・すでに仕上がっていた。
「彼が予告した二ヶ月以内も、縮まりそうな勢いだ。無理をしていなければ良いが。聖なる水で回復しているから、無理も何もないか。うーん、ちょっと気が散っているな、あの紫の面のせいだ」
坂道を上がり、誰にも会うことなく朝の林道を進んで、待っていたダルナに乗せてもらう。シャンガマックは早速報告し、そして不思議を感じた面についても話した。
アイエラダハッド行きの道々、瞬間移動を分割して少しゆっくり進むダルナは、乗り手の話に相槌を打ちながら『それは仲間なのではないか』と言った。
「え?俺の仲間」
「シャンガマックは不思議だと言う。問いかけとするなら、私が答えられるのは、その紫色の面は仲間を想起させた、と教える」
「・・・フェルルフィヨバルは、俺の仲間全員を見たことはないよな?」
「ないな」
「でも、そう思うのか」
「知恵のダルナだから」
可笑しそうに答えるダルナに、褐色の騎士も笑って『そうだった、失礼した』と謝ってから、納得。
「なぁ、フェルルフィヨバル。あなたのおかげで合点がいった。言われてみれば、俺の仲間に似ていることに気づいた。だが、俺は彼のことをほとんど知らないんだ。ちょっと見かけたくらいで」
「その者が、紫を司る」
「納得してしまう。彼なら不思議ではない。外見は人間だと思ったが、その能力は人間では無理なことばかり。そして滅多に俺たちに接触しない」
「シャンガマックに教える。その者が接触し出すと、それは死が近づくのと同じ」
「あ・・・ああ、そうか。そうだった。彼は、二度の魂を与える男」
ヤロペウクにあの面は似ていたんだと分かり、シャンガマックは呟いて頷く。顔や雰囲気は全く違うのに、なぜか彷彿としたのは、通う魂―― バサンダはヤロペウクを見たことはないだろうが、彼は司る大きな力を想像で面に引き込み、宿す。それはヤロペウクに通じて・・・・・
「話を聞く限りだと、バサンダの腕前は相当だ」
フフッと笑うダルナに同感。彼は本当にすごいよと、シャンガマックは面の芸術性を褒め始める。
話している間にアイエラダハッドへ入り、シャンガマックと白灰のダルナは、今日も大切な調査に時間をかける。
粘土板の秘密は少しずつ姿を現しており、夜になると来るヨーマイテスにも一緒に考えてもらいながら、真実へ近づいてゆく。
最初に館長から聞いた使い道『身代わり』ではなく、別の世界へ行って戻る道標ではないかと。
お読み頂き有難うございます。
休みが続いて申し訳ないです。少ししか文章を書けない状態が増えてしまい、ご迷惑をおかけします。
3月末から私生活で問題が同時に二つ生じ、不安定な精神状態も影響しています。こんなことばかりですまなく思います。
いつも来て下さることに感謝しています。気持ちばかり焦って、ちゃんと書けないことが心苦しいです。
申し訳ないです。




