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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2775/2959

2775. 三十日間 ~㊻人型利用案・ビルガメスの教え『淘汰の解釈』補正

 

「少し休むか」


 小さい湖のある島でお祈りを止めたイングは、項垂れた女龍の見上げた顔に同情する。涙が流れる、まではいかないが。


『(お祈りを)聞かないと』そう呟く弱々しいイーアンに腕を伸ばし、イングはそのまま彼女の両脇に手を入れて、顔の高さに持ち上げる。大人しい女龍の目は潤み、目が合ってもすぐ逸らす。


「どうしていいか、分からないです」


 俯くイーアンを可哀相に思う。彼女が悪いわけではないが、その立ち位置から罪を背負う。かつての自分を重ねたダルナが思うことは、彼女と出会った頃に話した、苦しみの分かち合い(※1932話参照)。


 イーアンをぶらーんとぶら下げたまま考え、早目に提案することに決めた。こう、休む暇もないのでは、心労が重なりそうでそれも心配だが。


「お前に、どう思うか聞きたい」


「・・・はい。何でしょうか」


「人型動力とやら。そのことで」


「付き添ってくれた時間で、何か気になることがありましたか」


「いや。気になるわけじゃない。使()()()か、と思っただけだ」


「え」


 出だしの会話が、温度差で止まる。悲しみの摩擦で脳までくらくらしていたイーアンは、ぼうっとして困惑する。向かい合う男の姿のイングは、冷たい目つきそのままに、温度を必要としない単調さで頷く。


「使うんだ。あれを」


「あの・・・意味が」


「俺は、お前が悲しむ状況を見過ごす気がない。お前に従う以上、俺はお前を支える」


「イング、それは感謝しています。でも、その、使う?人型を使うというのは、どういう」


「お前たちが罪を被る役目を減らす。イーアンを守れたら俺はそれで良いが、お前はそうも行かないはずだ」


「えー・・・まぁ、そうですね。私だけ楽になっても。タンクラッドたちも楽にならない内は、気が休まりません」


 話は核心へ飛ばず、イングの忠誠心を前置きにされて、イーアンは戸惑いながらも頷きつつ先を促す。彼は私の辛い様子を緩和しようと手伝いたいのだ。それは分かる。でも私だけ救われても、皆が辛いのは困る。一体、人型動力を何に使うと、私及び仲間から、()()()()()()と言うのだろう。


 いつもなら、回りくどくない話し方のイングが、前置きに『お前が大事』を使う時は、大体・・・私に否定される内容。イーアンの思うところは顔に出て、ダルナは『そうだな』と一言(※読む)。


「人型動力には、お前たちではなく、同じ人型が応じる。というのは、どうだ」



 この突拍子もない提案に、心がすり減っているイーアンはとりあえず説明してもらい、何度も聞き直して確認し、提案にすぐ許可は出せず、合意にも至らずで、返事は少し待ってもらった。


 お祈りについては、イング曰く『似た内容が多い』そうで、イーアンは瞼が痙攣する。受け容れなければと解っていても、精神的に辛くて体に来る。疲れを感じない龍でありながら、心労にはやられるのが情けない。


 もう一つ、届くお祈りの数は減った。


 告知に沿って大いなる存在へ話しかければ生き残れる可能性がある、とか・・・胡散臭くなったのだろうと、イーアンは察する。


 悲しいけれど認める。だって、その祈った相手が、人間を殺した現場を見せつけたのだもの。届いたお祈りは、非難轟々もある。現実には人間が助かる見込みもないのでは、と疑る声もある。



 ただただ、責められ続けることを。受け身で捉えている、空の最強―― 自分。



 人によっては、罪の意識がないのか?と言う。それだけの力があっても?と罵られる。

 こちらも受け身なんてうっかり言おうものなら、どうなるか。でも、お祈りを聞いて、龍気を流さねば。否定しかない祈りでも、事実のない罵声でも、龍にぶつけているわけではなく、苦しみの訴えを祈りにした声に対し、私は受け止めないと―――



『やめろ』


 ふと、声が聴こえた。イングを前に唇をかみしめて俯き、肩で息するイーアンは、強く閉じていた目を開けた。


 声は、いつもこんな時。掬い上げる、あの響き。


「イーアン。イヌァエル・テレンへ来い」


「ビルガメス」


 声だけが聴こえる。さっと空を見上げたイーアンの目に、傍らのイングが映る。戸惑いがちに女龍の視線を追うダルナは、空を見て『呼ばれたなら行け』と止めなかった。イングにビルガメスの声は聞こえていないはずだが、イングは察してくれた。


「ごめんなさい。ちょっと、行ってきます」


 ちょっと、と言った女龍の目から滝のように涙が溢れたのを、何も言わずに頷いたイングは片腕を軽く振って送り出した。逃げるように空へ飛ぶ白い6枚の翼は、あっという間に見えなくなる。



「俺じゃ、お前の心を守れないのか」


 イングは種族の差を越えない忠誠に呟き・・・トゥが間もなくして訪れ、配布道具を増やしてやってから、自分も魔力補充のため、湖を後にした。湖には、留守の間、イーアンが一人でも祈りを聞けるように箱を置いて行くのだが、今日はやめた。


 魔力の補充から戻った後、イングはまた、僧兵レムネアクを籠から出し、彼を相手に可能な手を練り上げる。



 こんな地道なことをしなくてもいい、ダルナだろうに。

 話し相手になりながら不思議に思いもしたけれど、レムネアクは青紫のダルナがイーアンのために、無理のない手段で、力になろうとしているのも薄々感じた。



 *****



 イヌァエル・テレンへ飛んだ女龍は、境目の空で待っていた男龍が広げた両腕に飛び込んで、泣いた。


 何を、何が、どうして、よりも泣く方が先だった。わんわん泣いて、泣き止まない女龍を、ビルガメスは優しく抱きしめ、立派な白い角を撫でてやった。



「お前を見ていると、母もこうして苦しんだのかもしれない、と思わされる」


 低く落ち着いた声が、イーアンの涙に染みる。返事を求めていない男龍は、遥か昔にたった一人ですべてを背負った始祖の龍が、イーアンと同じように辛かったのかもと、今思う。


「ここで泣かせ続けるのもな。家に行く」


「はい・・・・・ 」


 女龍は男龍の胸に顔を付けたまま運ばれ、ビルガメスも移動中は話しかけなかった。



「ニヌルタがな。人間の転機が起きるのも未来にないわけではない、と言うから」


 お前がそれほど心を痛めるくらいなら、人間を()()()()()()()()()と俺は思うが・・・と、ビルガメスは元も子もない発言を真っ先に出したが、困る女龍を片腕に抱いたまま長椅子に腰を下ろして、ちょっと笑った。


「そうもいかん」


「消され、るのを、全力で、回避した、くて、私、努力して、ます」


 しゃくりあげながら、涙の止まらないイーアンは、男龍のざっくりした観念を止める。本末転倒の感覚は会話にならないが、見上げたビルガメスの金色の瞳は、涙に滲んで視界まで金色を広げ、それは心を慈しみで満たしてくれた。


 ビルガメスが真上から見下ろす。彼の腕の内側に入っている時、その長い長い髪が左右に垂れて、朝の海に似た光のカーテンになる。額から伸びた一本角は力強く、オパール色の体の神々しさに守られ、得も言われぬ安心を覚えるのだ。


 泣き止みかける女龍を、静かな眼差しで見守る男龍は、大きな二本の角に手を添えて頷いた。


「守りたい、です。でも、逆、ばっかりで」


 しゃっくりで上手く喋れないイーアンに微笑み、ビルガメスは『続けないことを選べ』と助言。戸惑って眉を寄せるイーアンは小さく首を振り『そんなことをしたら、もっと信用がなくなります。私が実行したことです』と無責任には放れない事情を話した。


 何を話そうが、よほど重要な点でもない限り、全体を俯瞰する男龍は()()をずれないものだけれど、経緯を聞いてもらって、つい先ほどイングが提案した『人型利用案』まで伝えると、ビルガメスは少し首を傾けた。



「母と仲の良かった精霊は、もう手を放しているのか」


「手放すというよりも、ティエメンカダは『もう人間次第』と」


「俺もそう思う。お前について来た異界の精霊も、同じような意見だな」


「・・・でも、手伝って下さっています」


「それはその者たちの慕う理由が、お前への尽くしにあるからだろう」


 スヴァドに言われたこと。他の異界の精霊も頷いて、イングも念を押したことを、ビルガメスも理解している。鼻をすすり上げて頷くイーアンが目を伏せると、男龍は小さな背中を撫でながら『お前は放っておくと』と仕方なさそうに表を見た。つられたイーアンも、家の柱の合間から覗く、澄み切った青空と輝く雲の美しさを見つめる。


 イヌァエル・テレンはいつも晴天で、眩く明るさに満ち、風も煌めく。

 痛いくらい・・・清く聖なる光が包み込む龍の世界。ここにドルドレンもいる今。彼にも話したいと少し思った途端、ビルガメスの腕が揺れて目が合う。


「ドルドレンに言うことではない」


「なぜですか」


「彼を中間の地に降ろすことになる。それはお前たちを窮地に追い込むだろう」


 強い否定の意味は、ドルドレンが禍を作ると決定した言い方。コルステインの懸念と、彼を空へ保護した出来事が、今ドルドレンを下に降ろしたらぶり返す・・・ビルガメスの視線は少し前と違って厳しく、理解しろと目で伝える。イーアンは引き下がって頷いた。


 ごめんなさいと謝る。男龍はイーアンの顔を撫でて『そこかしこで、お前を引きずり込む面倒が散らばっている状況。更に心を壊す未来を作るな』と注意した。


「私の選ぶことは全て間違いですね」


 自信喪失なんて悠長な事態ではないが、良かれと願って絞り出した選択も裏目に出る。自虐ではなく、これが事実であることに後悔も遅すぎる。弱々しく呟いて、拭いた目元にまた涙が浮かぶイーアンだが、ビルガメスは彼女を片腕に抱えたまま、慰めるより、励ますより、彼女がすべきことを教える。



「どうやっても、『祈り』と呼ぶ()()()()()を受け続ける気なら。それは止めないが、聞く耳を貸すな。お前が胸を痛めて、同じ高さに膝を曲げることはない。向こうはお前の痛みなど一秒も考えず、お前の試みの意味すらまとも理解していない。

 正しく与える立場は受け取る者たちを思うが、受け取る者たちは与えられる正しさも間違いも都合で受け取るだけだ。そうと分かっていて龍の許しを与えたいなら・・・龍気が反応して流れるよう、お前の技を使うべきだ。お前は母と同じように、俺たちが行わない技を使う。応用も工夫も操れそうだから、それでどうにかしろ」


 技、とビルガメスが言った時、ピクッとしたイーアンはそろりと視線を上げた。彼の金色の瞳は、外の風景に固定されているが、彼は魔法のことも知っているんだなと思った。魔法で、龍気が勝手に流れて対応?そんなこと出来るかなぁと考え込むと、ビルガメスの大きな溜息が降って来た。


「仕方ない。お前に従うダルナが悪用することもないだろうから、小石を持って戻れ」


「あ・・・小石を」


「あとで渡す。お前がいつもダルナと共に、愚痴を聞く場所に小石を」


 龍気をイヌァエル・テレンから引き続ける小石を使えと、ビルガメスが妥協してくれ、イーアンは目を見開く。そんなことを考えもしなかった。龍気を流す小石を置けば、イーアンがそこに居なくても・・・ それは出来るかもと過る。


「どうだ」


「はい、あの。有難うございます。でも私が聞いて判断しないのは、後ろめたいですが」


「内容がずさんであれ、傷つきながら()()()()している。放置で了承状態を維持するのと、何が違うんだ」


 言い返せないイーアンは黙り、ビルガメスはすっと息を吸い込んで次の話へ移った。


「お前がそこまでして『全力で守りたい』のは、幻の大陸に人間が向かう話を信じていないためか?」


「・・・? いえ、信じています。幻の大陸に入った後、無事かどうか確約がありません。そもそも幻の大陸へ移動せずに済み、この世界で存続を許されるために、私は」


「分かった。お前の意思を、早く確認しておく必要があったな」


 ビルガメスが何を言いたいのかピンと来なくて、イーアンは彼の言葉を待つ。しばらく沈黙。話そうかどうしようかを考えていたビルガメスが口を開いた。



「もし。幻の大陸に行く条件を満たさずに、この世界に残ったとする。お前はこの世界に人間が残る『存続』は今まで通り、と思っているから守ろうと駆けずり回る。だが多くの人間はこの先、消えるだろう」


「え」


「そうなる。存続した続きは減少だ。お前の話では、魔物の王が、魔物以外でも人間を減らしている。死霊が関り、サブパメントゥも旗揚げの準備段階。ドルドレンが最終決戦で魔物の王と向かい合うまでに、どれくらいの数が殺されるか」


「でも」


「お前の嘆きは、人間の作った物がサブパメントゥに使われて、人間の犠牲を出す。微々たる数だろうが、そこに潜むのは犠牲者云々ではなく、お前たちを人間攻撃に仕向ける流れだ」


 う、と詰まるイーアンが、顎を下げて目を逸らす。ビルガメスはその角をちょっと押して上を向かせ、目を見た状態で言い聞かせる。


「これを続けた後で、誰がお前たちを信じると思う。お前たちの行為を理解しても、心から許すと思うか?今ですら、自分たちの身を守ることしか追い付かない人間が、それ以上の心を動かすと言えるか」


「それは」


「お前たちの守る手も振り払い、聞く耳も持たず、流れる噂だけで決めつける人間の臆病が、助けの手を伸べることすら拒否するだろう。それはすなわち、人間の減少を辿る。散らばった人間が勝てる相手は、この世界にいない。弱い種族は、まとまればどうにか対抗できるだけで、生き残ってもこれまでのようにはならないだろう」


「ドルドレンが、魔物の王を倒してもですか?」


「その頃には相当消えているぞ、と俺は教えている。倒したとしても、背後を振り返ればそこに広がるのは、住む者のいない住まいと影だ」



 愕然とする女龍の見開く目に、ビルガメスがもう一つ教える。こちらが肝心。


「条件が何かも教える。人間が幻の大陸に移動する条件とは、魔物の王の勢力が増して、サブパメントゥの攻撃が熾烈になる前兆だ。人間の行動も、条件ではないが関与していると言える。俺が今話したように、助けようとする手を振り払い、孤立する方向へ進み出すのであれば」


「ま。待って下さい、それは人間を()()()()のように聞こえます」


「そう聞こえたなら、説明を足す必要もない」


「そんな・・・ だって、消されると。要らない種族は、その行いを改めないと世界に見合わないから淘汰され」


「よく、考えるんだ、イーアン。お前は『答え』の、()()()()を口にしているぞ」

お読み頂き有難うございます。

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