2774. 三十日間 ~㊺ダク・ケパの知人、ダルナから主への警告・黒いダルナの操作により・苦痛の祈り
食堂を出たタンクラッドは、今日も『魔物対抗道具』を配りに回るつもり。
昨日、助けきれなかった知り合いは他にもいたが、それは伏せた。今日巡る先で、昨日の一件から非難轟々の現場も訪問すると分かったので、今はそちらへ意識を向ける。対抗道具を受け取らない、と言われそうな気もするし――
銀色のダルナは、準備しておいた荷物と『王冠』共に、主を現地へ連れて行った。
だがいつものように地面に降りず、浮いた空中で、『俺はお前の命令に不服がある』といきなり伝える。藪から棒に言われた『不服』、タンクラッドは何が不服かと聞き返した。
「昨日のことだ。俺に『姿を見せるな』と、お前は言った。龍気の面を使って一人で倒しに向かった、主よ」
「姿を出さずに、製造所を壊してくれ、と言ったんだ俺は。俺はその間に人型を倒していただけだ。何が不服だ」
「お前が憎まれる状況を、俺が防げない命令だ」
上から目線で、叱るように、文句にも聞こえる、主思いの忠実なダルナに面食らう剣職人。ただでさえ頭が痛いのに、また面倒な・・・と額に手を置くと、銀色の首が二本揃って向かい合う。
四つの目に睨まれるタンクラッドは『トゥの姿を敵として認識されては困る』それが理由だろと、正当に返したが。
「お前の姿も、人目につかないようにはしないのか?」
「・・・あのな。どこから攻撃されているかも分からない状態で、自分の知人が犠牲になったら」
人型動力に取り込まれた知人が、何もないのに倒れて死んだら、と言いかけて『それが何だ』と遮られる。
「お前が殺す、誰かが攻撃して殺される顛末が、納得に一番と聞こえる」
「そうかもしれないと俺は思う」
「思い込みだ。隠れて殺すのは後ろめたいか、タンクラッド」
「それもあるな」
「だが、お前が何百何千の、もしくは何万の犠牲を両肩に乗せる理由には足りない」
「俺が決めるんだ、トゥ」
「いいや、反論しよう。俺の主は、行き過ぎる狭い良心と思い込みで、わざわざ人目に触れながら罪の渦中に立つ必要がない。罪の渦に立つのはお前じゃなくたって出来る。姿を隠しても、同じだ」
タンクラッドは、トゥの言いたいことを理解するが、頷く気もない。
「人間は、憎む相手がいれば違う。憎しみは重く疲れるが、憎んでいれば生き抜く気にもなる。トゥには無駄に映るかも知れないが」
「無駄だな。不毛の地にしか映らん。昨日、お前は知り合いに詰られて、逃げるように戻った。理由を伝えることもなく」
「あれは・・・あれは言っても解らない相手だ。倒した方が知り合いってだけで」
―――昨日。タンクラッドは、ダク・ケパ(※625~626話参照)のある東部を担当。
ティヤーに来てから何度か気になっていたが、昨日は偶然そこを回されて、人型を倒しに行った先。
壊れた神殿近くにいた人型・・・取り込まれた人間が動くそれを倒したら、皮肉にもあの日、店へ案内してくれた換金所の息子だった。
人型の開いた口から見えた顔が、見覚えあると思った瞬間、思い出したタンクラッドは少なからず驚いたが、後ろで見ていた女性が叫び、泣いて怒った。
女性には面識がなく、年齢的に息子の男性と近いから女房か何かと判断。ティヤー語で絶叫して詰る女が走って来たので、タンクラッドは急いでそこから離れた―――
知り合いだが、会話は僅かしか交わしていない。ただ、あの息子の両親に俺が殺したと知られたら。
それは仕方なかったことではあっても、良心が痛んだ。単に『知人を切った』だけの感傷的な心の動きで、これが見知らぬ相手なら『仕方ない』と片づけた割り切りを、後ろめたさが邪魔する。
アイエラダハッドでも、土地の邪にやられた人間たちを殺してきたが(※2385話参照)、また違う痛みをティヤーでも背負う始まりに、引き受けなければいけないなら、せめて意味を求め・・・憎まれ役になる覚悟を持たねばと。
「半端な覚悟は、身を亡ぼすだけだ」
容赦ないダルナの忠告に、イラっとしたタンクラッドが言い返す。
「黙ってろ。人間をぎりぎりまで死なせたくないと俺が動いているのを知っていて、お前が余計な気を回すな」
「怒らせるな。タンクラッド」
ざっと薙ぎ払うように撥ねつけた主を、四つの目が凄んだ。タンクラッドもこのしつこさに、目が据わる。
意見の合わないトゥを睨んで『俺に従うんじゃないのか?』と嫌味を吐くと、トゥの口がゆっくり開いた。喉から舌先まで絡まりながら動く炎が、銀の牙と口を洩れてタンクラッドに熱を近づける。
「それで俺を威嚇している気か。反論ではなく、反発だな」
「不服だと最初に断ったぞ、剣職人。俺が従う主を、何が真実かも知らない連中の憎悪に与える気はない」
「そうか。断ったらどうする気だ。俺を焼くか?お前を怒らせると」
「いや。俺がお前の代わりに焼く。お前の背中に罪を塗る全てをだ」
「やめろ。トゥ」
「ダルナの不服を軽く見るな。盲従だと決めつけるなよ。ダルナを従わせることは、主がダルナに認められている状態で、生きなければならない」
挑戦を超えた、警告。タンクラッドは睨みながら――― かつての世界で、ダルナを従えた人間たちの末路を過らせる。
主従関係で、嘘は言わない忠実さとはいえ、圧倒的な強さと能力を備えたダルナが、その性質から主を戒める時・・・ 何をしたのか。俺は今、その場面を見ているわけだと大きく息を吐き出す。
主の思考を読む銀のダルナは、少し瞼を下げて訂正。
「違うな。見ているんじゃない。正解を求められている」
「主相手に脅すな」
「まだ脅しだと思っているのなら、現実を見るよりないぞ。人型対処で次に行く町は」
「よせ」
冷たい水色と炎の赤を揺らす眼差しは、タンクラッドから逸らされることはなく、タンクラッドは気分が悪いものの、やりかねないトゥを押さえるために『姿を消す方を選べば満足か』と妥協した。
「そうだ。タンクラッドの返答は、『姿を消して倒す』。合っているな?」
「・・・お前がやりにくいやつだと最初から思っていたが、今日ほど思ったことはない」
「俺はお前が、付き合いやすい人間だと思っている」
減らず口めと、剣職人が頭の中でボヤくと、トゥは二つの頭を下へ向けて降り始める。
その姿はタンクラッドに見えているのだが、向こうが透け・・・気づけば横に並ぶ『王冠』も殆ど透明。もしや、と自分を見ると、薄れた腕や足を透かした風景が目に入った。
「ここでもう、姿を消しているのか?道具を渡すんだぞ?」
「道具は見せればいい。姿を消したまま、『お告げ状態』で会話しろ。狼煙で連絡は届いているはずだ。『お告げ』なら無駄に言い訳しなくて済む」
安全策を即行実施するダルナに、タンクラッドはもう一度『減らず口』と思う。トゥは振り返らずに頭を一つ揺らす。
「俺の減らず口に、せいぜい感謝しろよ、剣職人。放っておいたら、欺瞞の末に血祭で死ぬだけだ」
「何とかならんのか、お前のその言い方はっ」
ならないな、とあっさり返され、イライラするタンクラッドはもう喋らない。
施設の裏庭に荷物だけ降ろしたすぐ、突然現れた不思議物体に騒がれて、気分は良くないが『お告げ状態』開始。
話しかけて手短に説明すると、側にいた隊員は会話に応じ、何も見えない辺りをキョロキョロしながら、上司も呼んで、使い方・配り方を確認する内に、いつものように話は最後まで運ぶ。
タンクラッドに必要な、次の配り先情報は得られ、見えない相手に隊員も『精霊に分かるかなぁ?』と地図を広げて場所を的確に伝えた。
精霊だと思われていることを否定も出来ず、認めもせずで、モヤモヤするタンクラッドは『頼んだ』と後を任せ、この一言でダルナはとっとと浮上する。
「この程度で満足か、トゥ」
「この程度で俺が満足するか、本気で聞いているのか?」
嫌味を言ったつもりが嫌味で返され、タンクラッドは疲れるやり取りを止めた。
*****
お祈りを聞くのも後回しに出来ないが―― 出かけたイーアンは、イングに会う前に、人型の現状について一番情報を握っているスヴァウティヤッシュを探し、昨晩の報告少し伝えてから・・・ダルナの返事に驚いた。
「あれは、では。電池切れじゃなかったの」
「『でんちぎれ』が何だか分からないが、俺が目を逸らさせた」
人型が倒れた真相は『持って一時間』の目途、エネルギー切れではなく、スヴァウティヤッシュが止めるために動いたからだった。
スヴァウティヤッシュの計画を、先に聞いているイーアンは思わないが・・・ これを知らない仲間が聞いたら、スヴァウティヤッシュに不信の目を向けられかねない。
最初からスヴァウティヤッシュが人型も押さえておけば、と捉えるだろうが、それをやってしまうと残党の数を減らせなくなる。
計画にはコルステインも慎重で、『自分は追うが、手は出していない状態』を維持することで全面対決を免れ、ここまで残党を片付けている分、下手にバレてしまう動きは取らないのだ。
こうして事情はあるけれど、仲間に言える話でもない。ニダの一件ではオーリンにも伏せた(※2746話参照)。
人型動力が動き出す次はいつなのか、目安があれば教えてほしい、とスヴァウティヤッシュに尋ねた返事で『数日は動かないと思う』と彼が答えた理由は、『煙のサブパメントゥの信頼を落とした』ことにあった。
「それがつまり」
「煙いサブパメントゥが豪語した術は、早々と効果が失せた、ってところだ」
「あなたが、止めた?」
「止めたと言うか、自分から術を解くように仕向けた感じ」
改めて、イーアンは彼がすごいことをしていると・・・半開きの口をダルナに顎を押されて閉じてもらい、ハッとする。
「増幅は思っていたよりも早かったんだ。人間が自ら身を捧げるように近づくもんだから、犠牲者があっという間に増えて、イーアンたちも追い付かなさそうだし、止めさせた。
動力なしで動ける『二番以降』はサブパメントゥに回収されたが、動力付きの元のやつらは放って行った。
でもあれだ、イーアン。レムネアクって僧兵の作った代物は、まだ用済みにならない。人型動力に各地を襲わせる手前で、製造に使う器具や部品はサブパメントゥが別へ移した。またやるだろう」
「それ。何のために取っておいたのか分かりますか?二番以降は動力もない・・・犠牲者たちが動く操りなのに、なぜまだ動力頼みの人型を確保なのか」
「うーん。ピンと来ない話だけど、煙のサブパメントゥの感覚では、イーアンたちの目を逸らすためかと思う。あいつは他国でも先に人型を増やしていた。多分だけど、『元凶がいれば、そっちを重視するもの』と思ってるんだろう」
「・・・あなたに操られている、と知らないから?」
そうだねとスヴァウティヤッシュは頷き、結論へ。
「サブパメントゥでは、今回のことをどう捉えたか、教えておく。
『人型動力は、予定より早く動かなくなった。人間の取り込みも、予想以下。龍たちの反応が早過ぎる』この三つが、煙のサブパメントゥの信頼をかなり下げたね。一番は、イーアンたちが即動いたことだ。ここでかなり疑われて、更に相当な数を壊されたし、予想の行動時間も見積もりより少ないから、煙のサブパメントゥは言及を逃げている」
「予想の行動時間、が気になる。もっと長かったのですか?動力の限界がそのくらいとレムネアクが話していたけれど」
「イーアン、忘れている。動力とサブパメントゥの操りが、今の人型を動かす力なんだ。あれば尚良いのが、操りが薄れても安心な人工の動力」
あ・・・そうか、と理解した女龍に、スヴァウティヤッシュは『そういうことだから』と空中から地上を見下ろし、すぐさま次の攻撃はないと思う、と締めくくった。
*****
そして、イーアンはスヴァウティヤッシュと分かれてイングに会い、いつもの湖でお祈りを聞く時間になったのだが。
もしやと思っていたことが、そのまま起きた。龍への訴えには、家族や大切な人を殺された非難と詰問も混じり、イーアンは懸命にそれを聴き続ける。
―――有無も言わさず命を取り上げたのは、請うように仕向けている。二度の告知では足りないから、強行に出たのか。なぜそこまでして人間を追い詰めるのか―――
違う、と言いたいのに、それが届けられない。イーアンの目にうっすら涙が浮かぶ。どうしたら良いのか分からなくて、でも人々の気持ちも痛いほど伝わるから、ひたすら聞くしかない時間。
イングは彼女が聞く前に、これらを知っていたが・・・
女龍に聴かせる方向で選んだので、彼女の苦痛の姿を見守る。朝、レムネアクにも話したことを、イーアンに了解してもらうために。
お読み頂き有難うございます。




