2773. 三十日間 ~㊹加害者側・十八日目朝、コアリーヂニー死亡報告
※お休みを頂く日付を間違えていました。申し訳ありません。
電池切れ。イーアンは、人型動力が止まったのはそれが原因ではと思った。
確認する時間はなく、地図に記された島を回りながら、放置の倒れた人型を見つけては、消し続けた。
イーアン、タンクラッド、オーリン、ミレイオ、ルオロフ、そしてシュンディーン。
シュンディーンは唯一、『人型を倒す行為』を取らなかったことと、彼は見た目が特別な印象―― 精霊の子 ――を与えることで、非難の矛先にはならなかったものの、彼以外はそうもいかなかった。
ダルナは近くに常にいたけれど、ダルナも姿を見せずに攻撃をするため、民間の非難対象を外れた・・・イーアンからすれば、それだけでもホッとする。自分たちを支えてくれる異界の精霊は、非難されてはいけないと、強く思うから。
でも。自分たちがそうなっていい、とそうではないのだが。
「思っていたより、嫌われ者になりそうね」
全員で合流した後、船に戻った夜明け近く。ダルナにお礼を言って甲板に降りた皆の中で、開口一番にミレイオがざっくり感想を言う。
「そりゃそうだ。待ったの声も無視して倒すんだ」
タンクラッドが欠伸を押さえて即答。剣職人にやりきれなさはない。ルオロフは沈鬱だった。シュンディーンがミレイオの側に行き、昇降口の扉を開ける。片腕を少し伸ばしたミレイオは『あんたも戻んなさい』と彼を促し、頷いたシュンディーンは赤ん坊に姿を変えた。
ミレイオは、心配そうに見上げる赤ちゃんを抱っこする。赤ん坊を抱っこしている方が落ち着くのか、いつものようにシュンディーンの背中をポンポン叩きながら『私はちょっと寝るわ』と真っ直ぐ部屋へ向かった。
オーリンは無口で感情を表に出すこともなく、通路を食堂の方へ一人すたすたと進み、タンクラッドも『俺は寝る』の短い挨拶で部屋へ戻る。イーアンも話すほど気力がないけれど・・・食堂と部屋へ分かれる通路角で、並んで歩いていたルオロフが足を止めたので、彼を見た。
「今日。私が取った行為は正しかった、と私は思っています」
口を開いたと思いきや、上げた片腕の肘を壁について寄りかかり、ふーっと息を吐いて赤毛の頭を下げる。言ってることと、心境が逆・・・イーアンにはそう見える。
「イーアン。私はまだ心が弱いのかも知れません」
二人になったからか、強い大人たちが側を離れたからか。ルオロフが本音を呟く。『人殺しと呼ばれた』仕方ないとは思うけれど辛いと、解消できない気持ちを吐露した。
「タンクラッドも言いましたが、説明する時間もないしそうなるでしょう」
感情抜きで答えたイーアンも、彼に心配を増やさないよう逸らす目には、言葉と裏腹、押しつぶされそうな気持ちを宿す。逸らした視線を少し戻すと薄緑色の瞳と目が合い、ルオロフが下げていた片手をふと浮かし、またすぐに下ろした。
その仕草。誰かに触れていたいのかもなと、小さな頼りを感じ取る。イーアンは彼に一歩近づき、下げた腕を取ってぎゅっと掴む。
「大丈夫ですよ」
「イーアンも、辛いですよね」
「そう見えますか?」
「はい。あなたはいつも、優しいから。強くあろうとする」
「少ししか一緒にいないのに、分かったような事を言うんだから」
遣り切れなさそうな女龍は苦笑も短く、注意されたと思ったルオロフは、『そんなつもりでは』と掴まれた腕を引こうとしたが、イーアンの力強さに腕はびくともせず戸惑う。
イーアンが今度は溜息を落とし、腕を離した手で赤毛を撫でた。
よしよし。よしよし。・・・何度か撫でて、その薄緑の真っ直ぐな瞳を見つめ、疲れで理解が追いつかなさそうなルオロフに少し微笑む。ルオロフも百戦錬磨の相手から、子供のように労われて恥ずかしくなる。
「戦歴の多いあなたに。私はつい分かっているかのように。失礼しました」
「いいえ。そうではなくて。うーん。気づいてくれているから、私は弱音を吐きそうになります」
「あ・・・ 」
『弱音じゃなくて、本音かな』とイーアンは巻き毛をかき上げて『あー、気持ちがキツイ』と普通に根を上げて苦笑した。
本音―― 少々驚いたルオロフだが、自分にさらけ出してくれた女龍の気遣いに、唇を噛んで『ごめんなさい』と謝り、ん?と苦笑のまま見たイーアンは首を傾げる。
「なぜ謝りますか」
「あなたも辛いのに、私の弱さに付き合って下さって、堪えた頑張りを口にさせてしまいました」
「ルオロフ。辛さとは、皆それぞれにいろいろあります。非難されるのも、叶えられない望みも、『助けられない最強の座』にいることも、話せず言えないことも」
「イーアン・・・ 私より何十倍もの重荷の下で、あなたは」
「辛さに、大きさも上も下もありませんよ。さ、寝ましょう。今日はいつもと違う疲れです」
ね、と遮った微笑みの女龍に、ルオロフはすまなくなって頷く。
イーアンは彼が、倒さねばならなかった行為に対し、言い訳をつけた殺し、と捉えていそうに感じた。正義の成敗で剣を使う教育の貴族・騎士でありながら、ルオロフは過ちを負う前世を戒めに、剣を帯びることすら長く避けていた人。
タンクラッドたちは乗り越えられるが・・・ルオロフは『乗り越える乗り越えない』の話ではなく、苦痛を伴うだけかもしれない。彼を外した方が良い気がして、明日は皆にそう伝えようと思った。
貴族の背中をそっと押して、部屋まで一緒に歩き、おやすみなさいの挨拶を交わしたルオロフは部屋に入り、イーアンも先の自室へ入った。
オーリンは、食堂で水でも飲んでいるのか。彼は普段の状態をあまり崩さない。倒している間、ニダのことを考えていたと思う。一度決意したら滅多なことで曲がらないオーリンだから、倒すに徹しただろう。
ミレイオも・・・シュンディーンの様子から、シュンディーンに見せたくない一面を貫いた気がした。
タンクラッドはトゥと一緒だし、そこまで心の重さに悩むことはないような。トゥはいつも、彼の上を行く。人の心や感覚でつまづきがちな所を、俯瞰と結論で導く。主を根底から支えて、励まし、諭すトゥがいるタンクラッドは大丈夫・・・・・
「それを言ったら、私もイングがいてくれたから。大丈夫なはずなんだけど」
こういう時、ドルドレンに頼りたい。ドルドレン、辛いです。呟いて、クロークと靴を外し、水差しの水を手拭きに染ませて顔を拭き、ベッドにばふっと倒れる。
「私は祈りを聞く立場に居ながら。今日を境に、民には恐ろしい力の印象が生まれただろうな。祈っていた相手、龍が、自分たちを裏切る行為を取ったように見えたはず。人口の多い島々で、私たちの動きはどれくらいの人の目に焼き付いたか」
考えたくないと目を瞑り、イーアンは残り僅かな夜を、無理やり仮眠して心を休めた。イヌァエル・テレンへ行って休んだら、地上に戻るのを躊躇う気がして―――
*****
アマウィコロィア・チョリアでは、人型が出なかった。少し前に、トゥがサブパメントゥの井戸を潰したことなどもあって(※2704話参照))、運び込まれる候補地にはならなかった様子。
翌朝、いつもより若干遅れて、食堂に集まる。
黒い船から出るのも、人目が痛くて嫌だと思っていたルオロフは、異界の精霊から報告を貰ったイーアンに、昨晩の状況を聞いて安堵した。
ミレイオは朝食を適当に作って、とりあえず平常を維持するが、覇気のない顔は塞いでいるように見え、イーアンはミレイオにも無理はさせたくないなと思う。
乾燥した木の実や果実、発酵乳を混ぜた朝食は、簡素でも栄養がある。どんな時でも細かい配慮を皆に与えるミレイオ。ここぞという時以外、船で穏やかに過ごして、お母さんみたいな役割をしてもらった方が良いようなと・・・小鉢に匙を入れたまま、じーっとしていたら、ミレイオと目が合った。
「今日、どうするの?まだ出ると思うんだけどさ。あれで終わりじゃないでしょ?」
「私が確認します。人型が動いている間、魔物も減るわけではなかったし、ダルナたちと調べながら魔物退治に行きます」
「お祈りもあるのに。あんただって心境は苦しいんだから、無理しないのよ」
止めるに止められない事態でも、ミレイオは『嫌なら表立たないように』と遠回しに回避を促し、イーアンは微笑んだ。
「俺はニダを見に行くよ。昨日、カーンソウリーも行ったんだ。人型がやっぱりまた出されていたから、修道院ごとガルホブラフで焼き切った」
「ニダは?訓練所の職人は?」
どこでどう対応したかの詳細まで報告し合っていないので、イーアンが続きを尋ねると、オーリンは表情一つ変えず。
「訓練所の職人は海賊だから、何人か立ち向かって取り込まれていた。訓練所に人型が来たわけじゃなくて、修道院近くまで移動していた数人だ。ニダは無事だと思う。捕まった職人をどうしたか聞きたそうだな・・・俺は人型を倒したよ。職人には悪いけど」
食事の最後の一口を匙で掬って、パクッと食べる弓職人は、あっけらかんとした口調でそう伝えると『一応、言っといたけどな』と付け足す。
「取り込まれたら、二度と元に戻れない。会話しようが声が同じだろうが、絶対に不可能だって」
「それで、通じましたか?」
ルオロフは食いつくように身を乗り出し、オーリンは小首を傾げた。
「さぁ。愕然としていたよ。でも仕方ない。野放しにしたら、確実に人を殺して同じ目に遭わせるだろう、と言っておいた。チャンゼはそうなってしまった。ニダは殺されかけたのも、昨日教えた」
「オーリン・・・ 」
呟くイーアンは、これもタイミングかと思う。
スヴァウティヤッシュがニダを起こさなかった理由が、まだ人型について騒がないでほしかったから。全国で出てきたとなれば、誰かが話す機会だった。でもそれを、仲良くなった人たちに、仲良かった職人かも知れない相手を殺したオーリンは。
「イーアン、そんな目で見るなよ。俺は平気だ。イーアンの方が大変だろ?」
「だって。オーリン・・・あなた、皆さんと仲良くて」
「知り合いが取り込まれていたね。勇敢だったから、率先して倒そうとしたんだろう。俺の依頼で、偽の弾を作ってくれた男だった」
「コアリーヂニーですか?!」
驚いて叫んだルオロフの並びで、ミレイオも『あの人?』と目を見開く。オーリンはちょっと頷いて『だから』と一呼吸置く。
「俺がコアリーヂニーを殺した理由を、皆は分かってくれた。俺が本当は殺すことを望んでいないのも、彼を殺戮の道具にしたくなくて動いたのも、そして、皆には出来ないことを俺が引き受けたのも、理解したんだ」
うわーと目を瞑るイーアンは、胸が潰れそう。オーリンは、空になった食器を手に『退治に出る』と先に席を離れた。
オーリンの離れて行く背中に、誰も声を掛けられなかった。ルオロフは、自分に優しくしてくれた職人の死を心で弔う。
日焼けした顔に薬を付けてくれた、錘職人の・・・差別しない言葉が、心を何度も行き交う(※2548話参照)。父親が魔物に殺されても、感情が薄かった自分なのに、温かく接してくれた人を惜しく思う、何とも言えない悲しさが胸を覆った。
ミレイオも、顔を合わせて相談し合った人(※2572話参照)。オーリンはコアリーヂニーを殺さなければいけないと知った瞬間、どんな思いだったか。短い付き合いとは言え、人付き合いの良いオーリンに苦しくないわけがない。
「俺もな。警備隊の何人かを倒した」
タンクラッドも食べ終わって、椅子から腰を上げながら、ぼそっと落とす。皆の視線が集まり、剣職人は受け入れている顔を向ける。
「話したことのある相手だと、その人生を奪うのは気が重い。だが、そいつが同僚を襲うなら、縁の薄い俺が倒すのが妥当だろう。切った後すぐ、非難と礼の両方を受けた。『どうして助けなかったのか』、もしくは、『すみません。ありがとうございました』とな。
後者は、俺が肩代わりしたのを理解したんだ。一人も理解しないわけじゃない。親だ、子だ、旦那だ妻だ、友達、同僚、知り合い、よしみ・・・例え、自分の命が危うくても、正気の自分の手では殺せない相手に、どこかの誰かが剣を取る。待ってくれ、と縋るやつもいるが、もう無理だと察しているやつもいる」
「悪役よね、私たち」
「そうだな。仮に戻れる手段が後から見つかった、なんてなれば、完全に悪役だ。ただ、こんなことを一斉に仕掛けてくるサブパメントゥは、逃げ道を用意してくれるような、そんなに生温い奴らじゃない。ミレイオ、お前のことじゃないぞ」
「分かってるわよ」
友達には『違うからな』と念を押し、明るい金色の瞳に少しだけ口端を上げるタンクラッドは、トン、と自分の胸に親指を付ける。その意味を、言われるより前に感づくイーアンは寂しげに見つめた。
「俺がもしも。人型動力に呑まれたら。遠慮なくやれ」
「そうするわ」
「イーアン、お前も」
「はい」
「そう答えると分かってるが、お前に即答されると地味に傷つくな」
何ですか、と眉根を寄せる女龍に、タンクラッドは笑って食堂を出て行く。
この場で黙って聞くだけのクフムは、皆の壮絶な状況に何も手伝えず、ただただ、この厳しい状況下、早く希望が生まれるように願うのみ。
そして、言い出しにくい雰囲気だから黙っていたこと。大した用事でもないし、別に使っていないから良いのだけれど。
イーアンに貸した地図のことで、クフムはちょっと気になった。
動力の問題で、クフムの持つ神殿経由の地図―― なのだとは思うが、もしかしてラサンのような誰かを、また捕まえたのでは、と。神殿関係に見せるからあの地図が必要になったのかなと考えていた。
オーリンとタンクラッドが先に出て行ってしまったが―――
イーアンは、ミレイオとルオロフに『次に人型が出るとしたら』の予測を話し、予測に沿った流れとして、二人にはアネィヨーハンを離れずにいてほしいと頼んだ。
自然体で事実に基づく視点の相談だが、ミレイオはイーアンが気遣っているのを肌で感じたし、ルオロフも女龍が引き受けようとしている気がした。
だがミレイオは、断る理由が自分に探せず・・・了承する。ルオロフは『自分は戦えるが、役回りを考える時間を少し頂きたい』と譲歩を願った。
イーアンの気遣いを立て、自分の心情を把握し、きちんと仕事をこなせる位置に収まれば良いこと。イーアンは了解し、彼の要望が明確になるまで待機とした。
*****
同じ頃。眠らされていたヨライデ人僧兵は、意外な相手に起こされていた。
『顔を上げろ』と言われ、スーッと引いて行く眠気の爽快に、瞼を開ける。香水のような空気に包まれて、なんて甘美な香りだろうと息を吸い込み、頭を上げた。
籠の柵越し、見上げたそこに青紫色の男がこちらを見下ろし、カタンとなった音と共に、扉が開けられる。
「少々、用がある」
お読み頂き有難うございます。
3日の今日がお休み、と思い込んでいて、昨日は投稿していなかったと今気が付きました。カレンダーで見ても用事を終えても、記憶と時間が繋がっておらず、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。




