2772. 三十日間 ~㊸人型分解・センダラの報せ・人型の役割
※4/3の投稿をお休みします。何度も休み申し訳ありません。事情を後書きに追記します。
雨の夜、龍気の結界の白い内側で―――
運び込んだ人型動力の胴体を前に、イーアンとレムネアクは分解開始。イングは後ろから眺める。
ナイフで切ろうとしたレムネアクの手を止め、イーアンは龍の爪を出して木製の胴体を切り分けた。
驚かれて褒められるが、咳払い二度目。慌てて説明に入る僧兵から、人型動力の仕組みと、作らされた雷遮断具とやらについて聞いた。大方は理解していても、レムネアクは人型製造に関わっていないため、遮断する道具との接点も予想でしかない。
煙のサブパメントゥは、雷が通用しない防御を求めていたそうだが。僧兵も何が正解か知らぬまま、『雷を弾くもの』を作っていた。
最後にいた修道院がこれを目指しており、完成せずに破壊されたので、レムネアクが続きを作った。でも本人曰く、『もう一度作れと言われたら難しい』。記憶のない状態で製作したのが理由だろうと話す。
保護カバーみたいに覆う形かと思いきや、製作物は扁平で突起が幾つかあり、この中身が重要。
何がどうなるとそうなるのか・・・『仮に人型に取り付けるなら、心臓部と配線の繋がる箇所に挟んで固定し、外部から届く電気を弾いて、取り付けた方の電気を守るのでは』と説明された。
雷と聞いて、相当な衝撃を想像していたイーアンだが、何となく意味合いが違う気がしてくる。雷が通用しない=動きを邪魔をされない、の意味かもと。
「消耗は?容量が持つ時間は、どれくらい?」
「長くて、一時間だと思います。改良している可能性はあります。でも、本山壊滅前にも『何者かの仕業』と思いますが、原因不明の破壊が各地で連続しまして・・・つまり人型を作るのに、そこまで材料が揃っていなかったかと」
何者かの仕業は『=ホーミット』とイーアンは頷く。改良したにしても、人型の数を増やせる状況ではなかったことを聞き、ちらっと僧兵を見る。本当に、本当のこと喋ってる・・・ カーンソウリーといい、製造所破壊といい。魂胆怪しいが今は聞くのみ。
「人型が動かなくなるまで、せいぜい一時間。なのね?」
「だと思います。大きいですから。でも動いても、走ったり殴ったりなどはきっと無理です。『突っ立っているだけではない』・『近くで動くものを感知すると、向きを変える』くらいしか出来ないと思いました」
「・・・何のために人型を作ったか、知ってる?」
「噂ですが、囮に近い役目です。人目を逸らすとか」
イーアンも最初にそれを思ったので頷く。サブパメントゥが操らなければ、ろくに歩けもしない姿。人型を切ったルオロフは、『大きいため、せいぜい倒れるのが攻撃』と話していた。僧兵は『遮断具を使う目的は、もしかすると』と人型の動力を指差す。
「私が関わった最後の製造も『雷を弾く』目的でしたが、実のところは動力の容量減少対策という、地味な用途です。雷、としか呼びようがないので、言い方は仰々しいですが」
レムネアクの説明がピンと来ないので、よくよく聞いてみると、『雷を弾く』状態は漏電が理由のようだった。
漏電も感電も、僧侶たちは分かっていないと思う。動力の漏電で感電し、何かで巻いたら少しマシになったことから、そう捉えている。
感電を『外部から雷が来た』と思ったのだ。そして、そうなると容量の減りが早いのも気づき、『(外からの雷を)弾いて、容量減少を回避する』感じである。
漏電は、避けられない気がする。ゴム樹脂系の材料を見つけたところで、電気の登場さえ、遡ったって十年あるかないかのティヤー。完全絶縁の対応など、すぐには無理に思う。膜の均等を維持できないと、ピンホールから破壊されてしまう。
これまで感電した事故も聞いてみると、この雷引き込みの知恵(※電気)を開始した最初は、倒れた人が続いたため、暫く休止にして解決を練ったらしかった。
もしかして・・・それが、放置された製造所の実情か。イーアンたちが上陸して間もない頃、製造放置が目立った。
動力の容量を守る方法は、非常に簡素な絶縁対策。効果は薄く、解決していない。配線を包むカバーすら、何かの木の樹脂を塗布した布である。樹種は知らない、と僧兵は首を傾げたので、これも知識で終わらせる。
配線の材料は、思うに銅ではないかと色から見当をつける。銅は海賊の狼煙のお盆で使われているし、神殿側もどこかで採掘していたかもしれない。
また、『亜鉛かも』と思う板状の金属も使用されているが、この辺はイーアン、微妙。全く詳しくないのだ。銀が産出するティヤーなので灰吹法の技術はあるし、いくらか金属の用途別で分けているのかも。だけど。とは言え。
「このデカさが動き回る。電圧どれくらいあるんだろう・・・ 」
口元を手で覆って呟いた女龍の独り言に、レムネアクは『でんあつって何ですか』と聞き返したが、イーアンは何でもないと流す。
「この木炭。特別に作ったり、手間かけたりしている?」
「えーと。煮炊きの木炭ですよ、長く使っている炭で。そうじゃないと反応しないので」
僧兵の返事に、高温焼成の炭で電池と理解・・・備長炭状態?昔、テレビで見た科学番組の夏休み特集を思い出す。見た目はまさに同じである。細かくした木炭を詰めた箱が重なり、上下に薄い金属板、一方に濡れた布付き。
首腰と手足の関節は、細々した配線をはんだ付けの要領でつけた部品で、これらはそこまで重くないらしい。でも、ぶら下がる腕や、足を動かせるだろうか。
体を倒す際に曲げた腰が、また持ち上がるのも見たが、本体は木製。壊してみて軽い木材だと感じたがそれにしても。大きさ2~3m、胴体は筒状。手足も中身のないカバー状態ではあったが、この程度の電池―― 人型の胴体に収容された炭の量で、小一時間も動くとは。
「炭にかぶせてある濡れた布だけど。この液体は、何か知ってる?」
「強烈に酸っぱい野菜ですが、食用部分は葉で、果実は酸味が強過ぎて食べないのです。その果汁が使われています。一番効率が良くて」
「酸味。果汁の使用」
「あの。これは私が。何かないかを聞かれたから・・・開発部で」
酸っぱい果実知っていたので、と伏せた表情が、少し申し訳なさそうなレムネアクに、イーアンは髪をかき上げて『あ、そう』で済ませる。聞かれて答えた知識の範囲、特に狙ったわけではないと解釈。
「海がこれだけあっても、酸味の果汁を使うわけ」
「え?」
ぼそっと落とした女龍の一言に、レムネアクがじっと見る。イーアンは視線を無視。
塩水を使いたい放題なのに、レモン電池みたいなことをする。木炭もあるのに。ここに長持ちのポイントがあるの?いや、そうでもないか・・・・・
イーアンもこの程度でしか分かっていないこと。学校行ってないんだよなーと、こういう場面で毎回うんざりする。だれか科学に強い人が側にいてほしい。
『異様に酸味の強い果汁』が、電池長持ちの秘訣には思い難い。異世界だから、いろいろ違うのかもだけれど、それを言ったら何でもありなのだ。
せめて、私の知識の範囲で手が打てたら良かったのにと、イーアンは溜息をつく。私に出来るのは、部材になるものを見つけ出して、ごっそり消し去るくらいかもしれない。
大雑把だが・・・思えば、硝石もそうだった(※2474話参照)。ミンティンと力を合わせて、消すに等しい変化を地質に起こしたのだ。
早々お手上げなので、他にないか、念のために質問はしておく。
「あと、これ。お前さんたちの呼び方で『雷。その動きで、こう・・・脆くなったんだろうけど。この元々の金属って、どこにあるもの?どこかの島で大量に採れるわけ?」
「え?動いて脆く?」
薄い金属板の劣化。・・・イーアンは、オーリンが使ったアルミナ系(※2553話参照)の存在を思う。ガルホブラフと私―― 龍の攻撃で、魔物が金属変化した一つ。
それはアルミナ系?と思っただけで確認していないが、以前、テイワグナのキキ=ランガリ(※1150話参照)で古代剣再現職人キキが、金属として遺った魔物を材料に、剣を作った話もあるし、ティヤーでも『古代の龍の攻撃を受けて、魔物が金属化した名残』の可能性がないとは言えない。
もし、この金属がまとまった島が在るなら、丸ごと―――
人差し指を変質した金属に近づけ産出元を尋ねると、僧兵は少し戸惑いがちに『どこかの倉庫で管理しているくらいしか』産出元までは、と答えた。
「代用できるものは?同じ反応と効果の金属」
「いえ。無いです、多分。えーっと、反応はあっても、効果は目的に届かないような」
質問に面食らった僧兵は、不思議そうに女龍を見つめ、イーアンは眉間に皺。
「さっきから、話し方が詰まるけど、何か隠してる?」
「違いますよ、イーアンが何でそんなに、あー。龍に失礼ならすみません。なんだか、とても詳しい気がして、驚かされています」
イーアンはふと気づく。そうだった。普通に聞き過ぎた。
「龍は何でも知っている」
後ろで見ていたイングが事実を曖昧に濁し、イーアンは助けられ、レムネアクは『そうですよね』と信じた。簡単に済んだので、質問時間はこれにて終了。
「終わりですか」
「終わり。私は倒しに行かなければ」
僧兵に籠へ戻るよう言い、レムネアクは女龍の返事に足を止める。何?と目を見たイーアンに、『俺も手伝えませんか』と伺いを立てた。
「はー?」
「今、人型が出ているんですよね?あれらは動きが悪いと思ったけれど、何となく危険な状況かと」
「ティヤー全体に出た。サブパメントゥが関わると危険だね」
「俺も、もし」
「逃げられると思うな。籠に入ってろ」
顔を背けたイーアンに、レムネアクは『逃げませんよ』と言い返したが振り向いてもらえず、次の言葉で『すみませんでした』と謝って自分から籠に入った。
手を伸ばした小さな入り口に吸い込まれ、レムネアクが籠の中から見上げる。イーアンは扉を閉め、赤い布を掛ける前に呟いた。
「毒殺がお前さんの手段、って話。毒が利く相手か?」
「普通にも動けます。膝は治してもらってるので」
「犠牲が増えないために、こっちゃ、やってんだよ」
口調の悪いイーアンの吐き捨てを聞きながら、赤い布を掛けられて外が見えなくなる。
布を掛けられ、レムネアクを眠気が襲う。
僅かな意識の抵抗で、イーアンが自分を犠牲に出すことはない、それを少し嬉しく思い、また、役立たずで責任も取れないとされた不満も・・・
眠さに落ちる寸前、『俺が毒殺得意って、イーアン知っていた?』と過り、朝の黒いダルナが教えたか、それを彼女は気に留めていたのかとそこまで思い、眠った。
*****
イーアンが外へ出て、人型の胴体を消し、イングとまた次へ行こうとした時。
ふわーっと雨の中に水色の楕円を描く光が広がり、イーアンは『センダラ』と名を呼んだ。その姿は、ひっきりなしの雨さえ神々しく照らして、光の真ん中に浮かび上がる。
「探したわ。こんなところにいたの?そこら中で」
いきなり文句から始まった相手に、イーアンは『さっきまで人型動力を倒していまして!』と慌てて遮る。人型動力の対処を調べていたと・・・言い訳したところ。
子供のような顔の妖精は腕組みし『のんびりしている間に、終わったわよ』と頭を振って金髪を払った。
「え、終わった?全土ですよ、この広さで全部終わったと?」
「そうよ。勝手に倒れ始めたわ。襲われて捕らわれた人間は、地下に消えた」
指を下に向けたセンダラに、イーアンの視線が地面を見る。サブパメントゥが連れて行った・・・?
女龍が戸惑っているので、センダラは『作られたものは、倒れているのが多い』と現状を教え、それを壊した方が都合良いのではないの?と行動を促す。イーアンもすぐ頷く。
「そう、そうですね、今出ます」
「私は見つけ次第、片づけているけれど。あなたたちは何を躊躇っているのか、一々判断が遅い。どうしたって『壊す』のでしょ?増やされても困るんだから、あなたから皆に伝えなさい」
指導を受け、イーアンはこれも了解。センダラは大振りの息を吐いて、眉がくっつくんじゃないかと思うくらいギューッと寄せてから『早くなさい』と急かした。
「ごめんなさい、いつも怒らせて」
「怒っていないわ。まどろっこしいだけ。それと、あの妖精だけど。エンエルス」
叱られている最中、思いがけない名前に驚いたのも束の間、センダラは『もう問題ないはず』と教えて消えた。何があったか知りたかったけれど、イーアンはとりあえず『解決してくれたんだ』と思うに留める。
「あの妖精が、お前より上だとは思わない」
イングの一言には頷けず、イーアンはセンダラの指示したことを急ぐ。連絡のつく仲間に状況確認をしてから『倒れている間に人型を壊して』と伝えた。
皆も各地で人型が倒れた様子に考えていたところで、ここからは人型を壊しにかかる。イーアンとイングも然り。地図にある場所を巡り、放置の人型を消しては、近くにある部材・部品の製造所も壊した。
「人型動力をどれくらい減らせるか、ではなかったんだな」
イングが呟いて、イーアンも彼の言わんとすることを思う。
「あれは、始まり用だったのですね」
イーアンが僧兵に説明を聞いていた時間で、連れ去られた犠牲者の数はどれくらい増えたのか。
サブパメントゥの技で、増えるだけ増える人型モドキの予想を、スヴァウティヤッシュは話していた(※2746話参照)。次の駒数は揃えたので引き上げた、とも思える。
人型が一斉に出たから、ニダはもうじき起こされるだろう。
今日、ニダと同じように大切な誰かを犠牲にされた人たちを何度も見た。その人たちが泣き叫ぶ前で、私は犠牲者を消した。イングが間に合う場合は分離も叶ったが、術に馴染んでいる犠牲者には出来ない。
間に合わなかった状態で、再現魔法を使えばどうなるか。イングは『再現後、後悔しないとも限らない』と言った。
・・・リテンベグでセンダラが注意した、『元通りの保障はない』あの怖れを呼び起こし、イーアンも無理は言わなかった。イーアンはアイエラダハッド戦始め、魔物と人を融合させてしまった過ちが忘れられない(※2324話参照)。
打てる手が、減る。気が遠くなりそうで、今はただ、目の前に置かれた後始末に集中した。
雨の夜は、ティヤーを覆う。大きい島と中規模の島の多くに出た人型を――― 犠牲者諸共、壊し続けた旅の仲間は、民の目に睨まれ、怒りの罵声を聞きながら、やるべきことをこなした。
お読み頂き有難うございます。
時間が安定しない投稿で申し訳ないです。
明日は病院に行くので、また休むかも知れません。ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。
※(4/2追記)病院で処置したのですが、まだ状態に改善がなく長い文章が書けないでいます。意識が続かないため、またご迷惑をかけて申し訳ないのですが3日の投稿をお休みします。
来て下さる皆さんに、心から感謝しています。有難うございます。




