277. 南援護遠征出発
イーアンの朝は早かった。寝返りを右に打とうとして激痛で叫んで起きた。
慌てたドルドレン(←横のベッド)が目を覚まし、苦痛に呻くイーアンを擦る。『いてえっ、て・・・どうした。大丈夫か。打ったか』うんうん呻く奥さん(※未婚)を撫でながら、心配するドルドレン。
「ごめんなさい。ちょっと。うっかり右側に身体を」
ぜーはーぜーはー言う愛妻の額にキスをして慰める。ドルドレンは代わってあげたい気持ちで一杯だが、どうにも出来ない。
実は、『ディアンタの怪我が治る場所へ行ったら?』と昨日提案してみたが、そうやって使うのは良くないとイーアンが躊躇った。痛みを恐れるから人は繰り返さないように生きる、と言われれば、なるほどそうかとも思い、受け入れたのだが。
「こんなに痛くて、今日から南に行けるのか」
そっちが心配。龍から落下はしないだろうが、痛みが酷くなって傷に触るようなことがあったらと思うと休んでいてほしいところ。
「だって。いつまでも魔物がワサワサいたら、皆さん、落ち着かないんだし。違う視点で見たら、何か手が打てるかもしれませんでしょう」
愛妻(※未婚)は意地でも行くつもり。どうしてこんなに意地っ張りなのやら・・・・・
やれやれと思うものの。無理してはいけない、と懇々と言い聞かせ、一緒に行ってドルドレンがダメと判断したら、すぐに支部に戻ると約束させた。
二人は起きて着替え、朝食を取りに行った。イーアンが、口が痛いと悲しがりつつ食事を終えるまで、ゆっくり時間をかけて、手伝いながら食べさせてやるドルドレンは、この前もこんなだったなと思い出していた。
――俺の奥さん(※未婚)は。早く平和な世の中にしないと、戦闘専門になってしまう。これは一大事だ。
素が出ると異常に怖いし、こんな状況が続いていたら、もしかしたら素のほうが普段になりかねん。いやいや、それはムリだ。そんな恐ろしいイーアンは、常に、平伏してご機嫌を取らなければいけないではないか。ご機嫌とっても怒られるかもしれない。平伏しても許してくれない可能性だってある。憔悴して俺が寝込みかねんぞ。
てめえふざけてんのか、とか言われたら。おお、恐ろしいっ。すみませんふざけました、と逆方向で謝りそうだ。いかん。そんなイーアンにしてはいけない。それは魔物より大変だ。倒すわけにも行かないし、怯えながら生活する1択しかない。
ぬっ。そうすると、夜も危うい。下手すると引っ叩かれるかもしれない。もしかすると鞭で引っ叩かれるか。この人、自分で鞭作れるし。
げっ。それは、ちょっと。ちょっと。それは。ダメだ、俺が持たない。危険すぎる方向へ、怒涛の勢いで流れてしまうではないか。
夜に旦那を鞭で引っ叩く勢いで、騎士修道会総長に成り上がるかもしれない。ある意味、もう無敵な気がするが、それでは俺の『愛溢れる新婚生活』が、『後悔と恐怖の隷従部下生活』に変わってしまう。
絶対ダメだ。こんなに可愛い顔してるのだ。いつも可愛い前掛け&台所セットでいさせなければ。俺の務めはそこだ。俺は彼女の、大事な愛する旦那さんなんだから、俺の仕事は奥さんの豹変を防ぐことだ――
真顔で悩むドルドレンに、食べさせてもらっているイーアンは心配する。
「どうしましたか。自分でも食べれますから、あまり心配なようでしたら、私の傷を見ないほうが」
「いや違う。そうではない。心配・・・そりゃ心配だが、そっちの意味ではない。さあお食べ」
どうしたんだろうと思うイーアンの鳶色の瞳を見つめ、ドルドレンは不安な面持ちで食べさせてやるだけだった。
食事を終えてからは、イーアンが断るのも聞かず、せっせと手を出しては優しくする。可愛がって、可愛がられるのが一番であることを摺り込むのが最善のような気がしたが、あんまり世話を焼きすぎて、『自分で出来ます』と無下に断られた。仕方ないので荷造りは見守る・・・・・
タンクラッドも喜んでくれたとかで、シャンガマックのお願いである保存食を荷物に詰め込むイーアン。俺はその存在を知らないと言うと、『後であげます』と言われた。タンクラッドとシャンガマックが先で、なぜ俺が後。
「シャンガマックは、なんでそれを食べたの」
「作ったときに偶々、廊下にいました。食べさせたら気に入っていました」
いま。たべさせたといっていた。 つい棒読みで思ってしまったが、食べさせたとは、どういうことかと聞くと『切って、いつもみたいに』と答えが返ってきた。 ・・・・・それは食べるだろう。シャンガマックは純愛組だから、さほど危険はないが(※少し慣れてきた)きっと惚れ込みが増したはずだ。ここはきちんと注意する。
「そうやって食べさせてはいけない」
「でも、これを作った際にいた料理担当の皆さんも、タンクラッドもそうでした」
何ぃぃぃぃぃぃっっっ??!!皆ぁ?皆にそれやってるの??うちの奥さんはサービスが美味しすぎるよっ。おかしいって気がつけ、おかしいだろう、それ。おかしいんだよ、分かる?
「ダメでしょ。全員にそんな甘くしたら勘違いされる」
「こんなことで勘違いなんてしませんよ。子供じゃあるまいし」
「大体イーアンはね。作ってあげたり、食べさせたり、それが良いことみたいになってるけれど。違うよ。男は勘違いするんだよ。分かってないだろう、そこ」
「そんなわけありません。私、タンクラッドの家でお昼とか作るけれど、美味しいとは言うけど勘違いしてると思えません(※されてるけど気づかない)」
ん。今、何て言った?タンクラッドの家でお昼?イーアンが作る? げっ!!何だとぉ?!
「ちょっと待ちなさい。今、タンクラッドの家で食事を作ると言ったのか?イーアンが作ってるのか」
そうです、だって作らせるわけに行かないでしょうと、荷造りしながら答えるイーアン。心臓が痛み始めるが、どうして何で何をどのくらい、作ったのかを質問すると。
「お邪魔してお昼になると作るので、何をと言われても覚えていません。普通の料理ですよ。お野菜煮たり、ちょっと生地練って主食作ったり。時間のかからないものを二人分です」
絶句するドルドレン。自分でさえ、殆ど食べていないと言うのに。イーアンはお邪魔したからという理由だけで、一人暮らしの男に料理を作って、二人仲良く『美味しいね』『美味しいよ』とか言い合ってるのか。しかも相手はイケメン職人だっ。やばい、やばすぎるっ。
「もう絶対に作ってはいけない。絶対に昼前に戻りなさい。昼をこっちで食べてから、せめて向こうへ行くとか」
「でもツィーレインの叔母さんとも作りました。自分がお世話になるんだから、出来ることはしたほうが良いでしょう。タンクラッドも喜んでくれています」
「そりゃ喜ぶだろう。自分で作ってたのが、いきなりイーアンが作ってくれるんだから」
「食事ですから。普通の食事。美味しがってくれるので、夕食の分も作りますけれど、それも」
「な。な、何?夕食の分も作る?イーアンはやり過ぎだ、絶対やめなさいっ。もう行ってはいけない」
行ってはいけない、とのこと。この一言で、愛妻は一気に怒り始める。ぶーぶー文句を言って、食材に金かかってない(※食費大事)とか、お礼なのにとか、それなのに行くななんてあんまりだ、と噛み付いてくる。
老人の一人暮らしの世話じゃないんだぞ、と言い返したら、タンクラッドは剣も作ってくれたのに、食事作ったくらいでお礼になりますかっ・・・と。逆切れされた。
このまま怒らせて、食事以上の何かをされたらたまったもんじゃない。少し怯んで言葉に詰まると、イーアンは、もう遠征に行きましょうとプンプン怒って立ち上がった。
急いで鎧を着け、剣を携えたドルドレンは、機嫌を損ねた愛妻(※未婚)の荷物を持ってやる。
腰に白い剣が下がってるのを見て、ムカッとしたドルドレンが『それは要らないだろう』と、ちょっときつい言い方をしたら、鞘がないんだと怒鳴られた。『鞘、あるじゃないの』と言い返すと『これは仮の鞘だから、鎧工房で作ってもらえって言われた』ときーきー怒った。
怒っている最中に口の傷が開いたらしく、裏庭に出てすぐ血をペッと吐く奥さん(※未婚)。柄が悪い。悪いこと極まりない。怒ってるから手に負えない。これはまずい、とドルドレンは宥めて宥めて、どうにか落ち着かせた。
イーアンは笛を吹いて、怒ってむしゃくしゃしてる顔で、またすぐ血をプッと地面に吐く。何も言えずに見守るドルドレン。
ミンティンがやって来て、荷物をくくりつけ、ドルドレンがイーアンを抱えて乗ろうとすると、ミンティンに『乗せて』と頼まれて、差し出した両手が空いた。
寂しくイーアンの後ろに飛び乗るドルドレン。ミンティンは器用にイーアンを首元に運んで乗せる。振り返りもしないで『行きますよ』と龍に声をかけ、プンプンしてるイーアンと宥めるドルドレンは南へ出発した。
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