2769. 三十日間 ~㊵地下出入り口・人型退治イーアン、ミレイオ、シュンディーン
イーアンとイングがいる島は、アネィヨーハンから遠くない、南部の北に位置する。
アマウィコロィア・チョリア一帯は、南西でも端。北上しても大きな島はなく、東に戻る方向で北へ進むと、中くらいの島があり、ピンレーレー島とアネィヨーハンの丁度間辺りで、三角線で繋がる上の部分に当たる。
岩礁や浅瀬で広く遮られたアマウィコロィア・チョリア群島。海運局のあるピンレーレー列島。
どちらも、部品を各地から集める人型製造所に不向きな条件から、この合間に製造所が作られた。
人型動力を消したすぐ、イーアンはイングと共に神殿へ向かう。地図に付けられた位置でイーアンが思ったのは、比較的大きめな島・環境的に邪魔が少ないなら、人型動力に関係している印象。
ホーミットはずっと、ティヤーに入国する前から動力を潰して回っていた。殆んど潰したような話だが、あちこちで部品を回し、掻き集めるなどして、僧侶の作業は細々と続いていたのかもしれない。
辺りは雨で、水の匂いときな臭さが立ち込める。雨脚は強くないが、そこそこ降る雨の隙間、火のない煙の臭いだけが付きまとう。
神殿跡の瓦礫脇、地下へ延びる階段を見つけ出し、階段を下りたイーアンたちは、地下礼拝堂に横付けされた製造所に入る。扉は壊れており、室内に人型の図形と・・・サブパメントゥの操り紋が描かれた作業台。
礼拝堂の反対側に封じられた、岩の扉もあった。岩戸が開いた気配はないけれど、サブパメントゥは闇があればすり抜けるので、これは象徴的なものに感じた。
が、人型を移動するに使う、アイエラダハッドの『剣鍵遺跡』と同じらしいし、イーアンは丸ごと消し切った。果たして扉の向こうに、人が想像するような路があったのかもわからないが、龍の力でそこは何もない土くれのみに変わる。製造室も消し、地下にはぽかっと穴が残った。
「イング。他でも、もう」
「行くか」
ここはこれだけだろうと、レムネアクの地図を広げた二人は次の場所を押さえ、イングが女龍を抱えて瞬間移動する。
次の場所ではまだ出ておらず、イーアンは地下道を見つけ、そこで人型を放す準備の状況も知った。
無人でも・・・これらは、放たれる。誰かが綱を切るのではなく、始動がセットされていると分かり、他もそうかと焦りが増す。
「急がねば。ここも、時間が来たら動き出す予約済みだった」
まずは、消す。思うところはあるし、その要求は、最初の島から頭を擡げているが、今はそれどころではない。
イングと三つめの製造所跡へ行ったら、人型が町を混乱に陥らせる場に出くわし、イーアンはイングに頼んで極力・・・取り込まれた人を―― 解放に間に合わない方が多かったけれど ――対処してから人型を消した。
人型を何体か連続で消した背後で、『待って』『やめて』と叫ばれた。ティヤー語だったが、言い直した共通語で耳に入った時、イーアンは辛かったが消す方を優先した。
親しい誰かが化け物に取り込まれた人たちは、助けもせずに消した私を無情だと思うだろう。
叫び声で瞬時に過ったのは、この行為が龍や大いなる力への恨みに繋がるかもしれないこと。無情で力を振るう・・・化け物を倒す私たちもまた、同じ憎しみの目を向けられる対象に。ドルドレンが注意した、『人が最も戦いにくい(※2758話参照)』を思い出す。
でも、説明している暇もなく―――
「応援を頼みます!イングも、異界の精霊のみなさんに」
イングに声を掛け、イーアンは連絡珠で船に待機する仲間を呼ぶ。
ダルナを集めたイングは、トゥのいるタンクラッドを除き、イーアンの仲間それぞれにダルナをあてがうことにして、船へ迎えに行ったら瞬間移動で現地へ連れるよう、手を打った。
ティヤー全土、人型が動き出した夜は、深夜を待たず、犠牲を出し始める。
レムネアクの地図は、動力製造所と部材加工所が大きい島に集中し、それらは警備隊の港から遠くばかりで―――
*****
船を守ってと、異界の精霊に預かりをお願いしたミレイオとシュンディーンも出る。ダルナはどの種族にも影響しないため、精霊の子シュンディーンも青年の姿に変わって一緒に行った。
「クフムが留守番なの、大丈夫かな」
イヤだけど、あの人間だけは動きようがない(※戦闘力除外)から船に残った。暁色のダルナが迎えに来て、ミレイオと現地へ移動したシュンディーンは、そこが心配で尋ねる。ミレイオは現地が先。
ええ?とミレイオは振り向いたが、すぐに前方に目を戻し『今、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ』と注意し、シュンディーンは黙る。
「クフムが嫌いで信用ないまま、それは分かるわ。でも戦闘の現場に来て、どうでも良い話よ。もう襲われているかも・・・あ、あれ?!ねぇ、ちょっとあんた(※ダルナ)あれかしら?!」
シュンディーンを流したミレイオは、夜の雨に不自然な動きを見つけてダルナの首元で怒鳴る。暁色のダルナが長い首を曲げて目を合わせ、『あれだが』と迂闊に動きが取れないことをまず教えた。
「あれは、人間を取り込んでいる。倒すのみでも、騒ぎの中心にお前が飛び込んで消せば、お前は罪を塗りつけられるだろう」
「そうね。でも私、人を殺すのは初めてじゃないの」
シュンディーンが、パッと横のミレイオを見る。ミレイオはダルナに頷いて『行ってくるわ』と真下を指差し、ダルナはゆっくり瞬き。
「度胸、じゃないか。覚悟か」
「土壇場で犠牲者が増えるより良いでしょ」
人殺しなら、テイワグナで数えきれないくらいやった。怒りに負けた自分が民間人を巻き込んだのも、助かる可能性があった人間を始末したのも、自覚はある(※1690話参照)。もう二度と嫌だと思ったのは、人を殺すことではなく、感情に負けた見境なさで(※1696話参照)―――
「シュンディーン。私も、あんたが嫌いな人殺しだわ。ちゃんと話したこと、あったかしら」
「え、わ、わからない」
「あんたはこのダルナに訊いて、精霊として動いて頂戴。私は」
背に腕を回してお皿ちゃんをベルトから抜くと、ミレイオは飛び降りて地上へ降下。あ、と腕を伸ばした精霊の子を、ちらっと見たダルナが『お前にはお前の仕事が』と指示を引き受ける。
「僕も・・・僕は」
「それぞれ、立ち位置がある。精霊の子供。俺も違う世界では、覚えていないが、この世界では『貢献』続行中だ。ミレイオがああ言ったなら、お前は俺と動け」
覚えていない・・・その意味は、と真っ青な瞳がダルナを見つめた。人間を殺し続けた異界の精霊。でも。
「わかった」
「従えとは言わない。ただ俺と動く方が、お前らしく発揮できるはずだ」
妙な説得力に圧されるシュンディーンが頷き、ダルナは彼を連れて動力の製造所へ。ミレイオの青白い光が、地上の雨に現れては消える繰り返しを・・・シュンディーンは『誰かが死んでいる・誰かを殺している光』と複雑な重い気持ちで見送った。
ダルナに連れられた、修道院廃墟での仕事は、シュンディーンにとって難しいものではなかったけれど、自分を超えるための仕事。気づいたのは、始まってすぐだった。
「あの、ダルナ。あなたは行かないの」
「お前の仕事だと言った。俺は周りを」
修道院の地下へ行くよう促され、精霊の子はそこでサブパメントゥと鉢合わせる。気配を感じた途端、アイエラダハッドでドゥージを探した夜の記憶が蘇った(※2335話参照)。
畳んでいた水色の翼をゆっくり広げる。階下の地下道は両翼を伸ばすには狭過ぎるが、サブパメントゥと対峙した今、シュンディーンは自分を力づける。
『精霊・・・サブパメントゥの臭いがするぞ?』
「そうか。勘違いだ」
『お前は喋っても声が届く。何だお前は』
話す声がまともにサブパメントゥに通じる。頭の中の会話で聞き取るものが、そうではないことに、サブパメントゥが妙な質問を持つ。シュンディーンは応じない。自分の仕事、を決行する意志を強め、『消えるか?』と先に聞いた。
『俺を消す、お前に何の得が』
「ここで人間を殺す道具を作っている。僕はそれを消しに来た」
『精霊・・・子供だろう、お前』
なぜそこに話が行くんだと、不愉快なシュンディーン。だが、ここで失敗は踏まない。ぐわッと精霊の結界を広げた瞬間、サブパメントゥの気配は瞬く間に消え失せ、遠くで罵りの音が散った。
「逃げたんだな。うん、多分、逃げた」
淡く煌めく水色と黄緑色の結界が、地下道を清める。雨の降る夜、水の精霊の子には、土に滲み渡る全ての水が味方。ふーっと大きく息を吐いて、続く通路を進み、開けっ放しの扉がある部屋を覗くと、目当てと思しきものを発見。
「これか。誰が造ったんだろう。僧侶は?逃がされたのか、殺されたのか、したのかな」
ここにあったのは、以前、イーアンがミレイオと説明した動力の設計図に似た紙で、作業台脇には人型を固定するためか、手足の位置に支えがある板壁が並ぶ。設計図って、確か大事なのでは、と首を捻るシュンディーン。
置きっ放しで出かけるもの?それとも不要になったの? これ・・・イーアンに渡した方が良いのかな、など考えたが、ふと『仕事』を思い出して考え直す。
「いや、違う。僕の仕事、とダルナは言ったんだもの。僕らしく、精霊らしく」
難しいことは考えない―― シュンディーンはここを浄化することに決め、両腕を広げる。彼の両腕が光の滝を落とし、床に広がり石の隙間に流れ込む。
アイエラダハッド決戦後、親(※ファニバスクワン)の指示に沿った時。死体で汚れた川を(※2400話参照)浚った日。
「これが僕の、すべき仕事だ」
そうだよねミレイオと、心で呟く。ミレイオのすべき仕事は・・・なんだか、理解するのが辛かった。でも、ミレイオは悪人じゃない。真逆の、素晴らしい存在。それでも人を殺すことを、分かるようで難しい精霊の子は、光の水に飲まれて解ける、悪しき空間をぼんやりと見守った。
精霊の子が呼んだ清い水が、地下道の石の通路にも流れ、廃墟の床へ滲みながら広がり続ける。地面に落ちる雨粒も、シュンディーンの力が宿った水を含む土に触れると、輝きを増し、廃墟は外から見て驚くほど聖なる明るさを灯す。
地下道のサブパメントゥ通路は、まだ弱い精霊の子の力で軋み、操りの力に歪が生じた。闇さえあれば、通路など要らない種族であれ、人型動力を移動させるに便利だった直通通路が機能しなくなるのは、予定に大きく関わる。
そんなこと、シュンディーンは思いつかなかったし、気づいてもいないけれど。
自分の力が、制限のある結界ではなく、きちんとした浄化で場所を変えた、この仕事。シュンディーンは感じ取れる気配に悪いものがないと判断して、その場を後にした。
サブパメントゥ相手に、ちゃんと勝った(※追い払ったとも言う)。
翻弄されず、焦って戸惑うこともなく終えた、二度目のサブパメントゥ接触は、シュンディーンの満足と自信になった。ドゥージの時に悩んだ、『自分が何をするべきか』も解らなかった未熟を一歩超えた仕事。
経験を増やした強さ。親が、それを学ぶように送り出した意味を、体験で理解する。
表へ出ると、雨に打たれる草むらが柔らかい水色と薄緑の明かりに包まれており、降りてきた暁色のダルナを照らした。
「終わったよ」
「それでいい」
「見ていたの?僕が地下に居ても、見える?」
「感じる。お前が自分を知ったのを」
ダルナの言葉は嬉しく、シュンディーンは翼を広げて浮上すると、大きなダルナの顔の前で微笑んだ。乗ってろ、と背中に首を向けられ、精霊の子は断ろうとしたが、少し考えて乗らせてもらう。
「ミレイオを迎えに行く」
嬉しかった数秒の間が途切れ、ダルナは町へ移動する。ミレイオの青白い光はもう見当たらなかったが、町では嘆く声がそこかしこから聞こえていた。
離れた空中で、雨に打たれるミレイオが白い板に乗っている姿を見つけ、ダルナは側へ行く。気づいていたように顔を向けたミレイオと目が合ったシュンディーンは、どう声を掛けていいか躊躇い、ミレイオは話しかけなかった。
ダルナは次へ移動する。移動しがてら、ミレイオに『何体倒した』と普通に尋ね、ミレイオも冷めた感じで『中心地は10体ね』と教えた。離れた所では一ヶ所につき5~6体だった、と続けた意味を、シュンディーンはあんまりよく理解できなかった。
製造所で造られた人型動力がそんなにいるとは思わなかった事と、人間を取り込んで増えるのを聞いていなかったから。シュンディーンは普段、皆の報告の場にいない。情報足らずの状態は、心の距離も開ける。何体って、それは人間のままの?人型動力に触られた人間を?
ダルナは分かっていたし、ミレイオも分かっているから、『次は時間的に増えているかもな』とダルナに言われたミレイオが『何体でも一緒よ』と流すのを・・・若干。若干だけど、遠く思った―――
ミレイオに、人型を倒す際の情報を聞くダルナは、細かな質問に余念がなく、応じるミレイオも小さなことを含めて伝える。取り込まれた人間の状態、見えた具合、話した内容。
数十分前まで人間だった、相手。ミレイオは淡々と、倒した後の状態まで正確に報告していた。
お読み頂き有難うございます。




