2768. 三十日間 ~㊴位置確認・レムネアクという人物・『人型確認』
「それで。籠の男には、どこで場所を聞くんだ」
イングは爪に引っかけた小さい籠を揺らし、イーアンは頷く。地図を見せて、人型製造所を押さえてから現場を回るつもり。手に持ったままの、雷遮断具に視線を落とした。
「人型の防御力を上げるために、サブパメントゥがこれを作らせていた理由。私はよく分からないのです。私たちやコルステイン相手に、この程度で防御になるわけもない。でも、作業できそうな僧兵を探してまで、何がしたいのか」
「想像していても埒は明かない。答えを知るのは、直に関わったらかもな」
イングに促され、イーアンは彼と移動する。
船に戻った時、何事かあったかと心配するルオロフは手伝いを申し出たが、イーアンは彼の手伝いを遠慮した。理由をイーアンも話さなかったし、その質問を皆もしなかった。
イーアンは急いでいて、クフムに地図を貸してもらう。私の地図ですかと戸惑うクフムに、借りたすぐ、また外へ出て行った。
動力関係だから、神殿関係の地図が良かったのだろうが、クフムの持つ地図もティヤーで入手したわけではなく、アイエラダハッド僧院にいた頃にもらったティヤーの地図で、普通の地図と大した違いはない。
だけど何となく。抜け目ないイーアンなので、他に理由があるような・・・クフムはそんな気がした。
*****
「仲間に、人型が動き出すのが今日か明日、と知らせないのか」
表で待っていたイングが、船の傍らにいる銀色のトゥを少し気にしてイーアンに尋ねる。『場所を確認してから』とイーアンは短く答えて、とりあえず船を離れた。
もし即断が必要な事態になれば、真っ先にトゥが気づく。彼はそれをタンクラッドたちに教えてくれる。
「トゥは、お前に気を遣って、話しかけなかったような」
「どうでしょうね・・・でも、そうかもしれません。私がしようとすることも読んでいそう。僧兵を捕まえたのも、気づいていておかしくありません」
「僧兵の一件に触れるとややこしいから、余計なことは言わなかったのか」
「はい。僧兵、の言葉に皆は敏感です。ラサンで散々でしたので」
手伝おうとするルオロフを遠慮したのもそこで、この大変な時に他の心配や問題を考えさせたくなかったから。
船から離れ、アマウィコロィア・チョリアからも離れ、イーアンとイングは本島から近い無人島へ降りた。
雨はどこでも降っていて、島の崖元にあった廃屋の漁師小屋へ入る。長年放置されている状態で、壁板は壊れてずれたり折れたりだが、がらんどうで雨が掛からない屋根はあるから、ここで地図を見せる。
籠を覆った赤い布を外し、籠の中の僧兵を出す。出さないと地図を示してもらえないので、これは仕方なし。ただイーアンは、この男はさほど危険がないと思い始めていた。
なんとなく、だが。決して本人には言えないけれど、少し、『ミレイオ』を思うからで。
「ここは・・・ 先ほど話していた地図ですか?」
僧兵は暗い廃屋を一度見回し、向かい合う全身青紫色の大きな男と、白い角の光るイーアンに視線を戻して、彼女の手にある紙に理解する。地図を用意したのかと分かって、『良いですよ、思い出せる限り教えます』と、地図を広げるよう手真似で示した。
イングはこの男を観察。俺を見ても驚かない人間もいるんだなと少し意外。イーアンも同じ。ドラゴン状態で現れたイングにも驚かず、姿を人に似せている今も驚かない僧兵。
「彼に驚かないのね」
「え?あ・・・はい。さっき見た、龍と似た方ですよね」
色で判別したか、それだけで済んでしまっている。頷いたものの、目を見合わせるイングとイーアンを交互に見た僧兵は、地図は良いのかな~と思いつつ、『朝も似た方を見ているので』と驚かない理由を足した。
「黒い姿で、ガラスみたいな鱗の。初めて見たのでびっくりしましたが・・・その、お仲間と知ったので、もう特に驚かないです」
「ふーん」
最初は驚いたんだな(※スヴァウティヤッシュ)とまた頷いて、イーアンも業務へ進む。が、その前に。畳んだ地図をカサカサ開き、僧兵に見えるよう向きを変えたイーアンは、頭一つ分背の高い相手に尋ねた。
「お前さん、名は何だ。私は名乗った」
「レムネアクです。聞かれたら名乗ろうと思っていました」
「そう。サブパメントゥにも名乗ったの」
「いいえ。朝のダルナには聞かれたので教えました」
ダルナ、と種族名は知っているらしき僧兵。スヴァウティヤッシュが名乗らなかったのは普通だから、それは置いて。サブパメントゥに名乗ると操られることを教えてやったら、レムネアクは視線を斜め下に向けた。
「操られていたのかな。名乗っていないはずですが、記憶が飛んでいる時間が、最近は多かったので」
「・・・名乗っていなくても、少し操る程度なら出来る奴もいるから」
イーアンが教えたことを、レムネアクは少し嬉しく感じた。はい、と答えて、広げられた地図をよく見てから、島をいくつか指差すと、『書くものは要りますか』印をつけた方が良いかを確認。イーアンは覚えられないタイプなので、そうねーと答えようとしたが、イングがイーアンの肩に手を置き、首を横に振る。
「レムネアク。もう一度、製造所と関係施設の位置に指を当てろ」
僧兵の倍くらいある背の男に命じられ、見上げたレムネアクは頷く。
この青紫も神秘的だ、素晴らしく芳しい香りはこのダルナからだろうか、と余計な関心に心を奪われかけたが、相手の眉間に皺が寄ったので、慌てて地図に目を戻した。
レムネアクがイングに見惚れたのを気づいたイーアンは、目が合ったイングに『この人そういう感じ』の意味で頷くと、イングは迷惑そうに首を傾げた。
こちらを怖がらず、暴露も憚らず、言うことは聞くし、反応も正確で協力的―― な、殺人者レムネアク。
腹に一物ある、と思うべきかもだが。
イーアンは調子の狂うこの男に、記憶を読み込むスヴァウティヤッシュが抱いた印象『悪いやつではない』その意味が遠からず合っていそうで微妙な心境。微妙、とは即ち、人殺し業なのに許してしまいそうな・・・
レムネアクは、『ここと、こっちと、これとあれと』としっかり島々を分けて指差し、指先の触れた紙に光の雫が浮く様子を、楽しんでいる。ぷわっと地図から染み出すように浮く、小さな雫。
イングの魔法で消えない印を付けられる不思議を見た男は、一つめの雫が浮いた時、地図から上げた顔がパッと明るかった。純粋に、素敵なことを楽しんでいる・・・この状況で?
冷めたこちらに急いで目を伏せ、また地図を指差し始めたけれど、天然さんなのかもしれないと、イーアンが戸惑うに十分な要素を持つ。
人型動力の主な製造場所及び、部品を担当した修道院を覚えている限り示した指先が、地図から離れた。屈めた背を立てたレムネアクが二人を見て『製造所については以上です』と〆る。
「私が知るのはこれで全部ですが、それ以降に移動や増減で、管理が変更した可能性もあると思って下さい」
ティヤー全土で配置された製造所は、イーアンが思っていたよりも多かった。部品は、船の動力を造る修道院がほとんど担当で、大体は大きい島が選ばれている。
「あと、サブパメントゥの出入り口があると聞いている施設は」
こちらはそう大きな島にはなく、中位の島のあちこちに在る様子。これに関してレムネアクは『私が実際に確認したのではなく、人の話で聞いた限り』の前提で、確実ではないと少し悩んでいた。
「あるとしたら、地下道です。地下道の一部にサブパメントゥの・・・独特な色と柄が」
口ごもって、片手で口を覆ったレムネアクは地図を見つめ、『もし、ですが』と別の話を持ち出す。
「人型動力と関係ない施設でも、情報としてあった方が良ければ、私が見たところは、この島のと」
ここと、これも・・・ 記憶を手繰りながら、目を細める男は各地で覚えている出入口も教え、浮かび上がる雫の色が変わる。
こうして、レムネアクが渡せる限りの情報を与えた後。イーアンは地図を引き取り、仄白い光に照らされた小さな雫の関係を考えた。地図から目を動かさない女龍に、僧兵は『嘘は言っていないが、万が一、間違えていたら先に謝る』と遠慮がちに話しかけ、目が合ったイーアンに違う返事をされる。
「お前さんはなぜ、宗教を裏切るほどの情報を出した?壊滅したから?」
レムネアクは間を置かず、首を横に振った。イーアンと、横の青紫の男を順番に見て『違います』と否定。イーアンは連続で質問。
「助かりたいから?」
「それも違います」
「寝返るのが僧兵?」
「信じてもらえないのを分かっていますが、俺は神秘な存在に嘘を言いたくないからです」
「人殺しの仕事でも」
「はい。仕事がただの事務でも召使でも関係ありません」
「何で人殺しを選んだ?」
「抵抗が少なかったからです。母国では、死は存在の力を強めるもの、と」
母国?呟いて繰り返した女龍の眉根が寄り、レムネアクは両腕の内側を合わせて前に出して見せ、手描き文様を看板のように『ヨライデです』とはっきり答えた。
「ヨライデの」
「はい。派遣で来ました。母国の死霊使いの延長で、この仕事を斡旋されました」
*****
ガタンと、音を立てて跳ね橋が下がったような―――
イーアンが『ミレイオ』を思い出していたのは勘違いではなく。
そしてレムネアクが、悪人の類に感じなかったのも、悪魔信仰や死霊使いがいるヨライデ出身だったからかと分かった瞬間、次の道が現れた感覚だった。
「イーアン。どう入るんだ」
「あ、はい」
あの後、レムネアクを籠に入れ、イーアンとイングは船にまた戻り、夕食後に各部屋へ戻りがけの皆に『人型の襲来が起こるかも』と地図を広げて簡潔に説明し、緊張する皆を見渡して、呼びかけたら応じて下さいと頼んだ。まず、自分とイングで場所確認をしてくるから、と。
レムネアクについてはまだ話さない。今は『情報を得た』止まり―――
ニダを襲われたオーリンの目が冷たく光り、イーアンは彼に『連絡珠で教えるまでは動かないで』とも念を押した。
皆に了解してもらってすぐ、女龍とダルナはアネィヨーハンから近い製造所へ向かい、雨の降りしきる夜闇に大きな跡地へ降りた。イーアンが気を取られている感じなので、イングが話しかけ、ハッとした女龍は自分が確かめてくると答えたが。
「サブパメントゥがいないか」
イングの指摘に、イーアンも分かっている。いる。近くに感じ取る、残党サブパメントゥの気配。
「俺が探っても」
言いかけたダルナは口を閉じる。ピタッと止まった視線は神殿跡から動かず、イーアンは人の姿のイングに『異変ですか』と声を潜めた。
自分たちのいる場所は、跡地の丘から数百m先の川沿い。イングは前方の崩れた影から目を逸らさず『あれは』とイーアンに見えるよう、指差した。女龍は彼の教えた影に目を凝らす。動いているものが。
「人、型?」
遠目には、大きい人間がゆらゆらと揺れながら動いているように映る。腕と胴が長く、頭はバケツ型。二足歩行だから『人間的』な影でも、体型自体は杜撰でそのために動きが不安定で遅い。
まだ影しか見えないが・・・気になるのはぼうっと明かりが見えるところ。首元だと思うが、首か胸の中心辺りがくすんだ明かりを伴っている。
「あの明るい部分、イングはどう思いますか」
「あれがサブパメントゥの技だ」
見下ろしたイングに、イーアンは明かりを二度見する。明かりって・・・サブパメントゥには問題なのでは。口にしない疑問だが、ダルナは察したようで『曇る程度なら抵抗のないやつもいるんだろう?』と逆に質問。
そうかも、と頷きながら、何だか嫌な予感が膨れ上がるイーアン。早いところ消そうと一歩前に出たところで、イングが腕を前に出して止めた。
「消します」 「機能を」
同時に被った意見それぞれ。イーアンは心配で人型の進む方に顔を向け、丘を下りた続きを埋める民家に胸騒ぎが起きる。
「間に合わなかったら、犠牲が出ます。民家が近いし、機能を見るということは人が取り込まれるのを見送るわけで」
「再現する。取り込まれた瞬間で俺が再現、イーアンが倒せ。同時だ」
はたと返事に詰まるイーアンの脳裏に、リテンベグの記憶が過った。あの日、センダラが力を貸してくれた一瞬の完璧(※2264話参照)。
詰まったイーアンを見つめ、イングは『お前なら俺の力が動く流れを正確に捉える』と励まし、イーアンは不安もあるが、ぐっと顎を引いて頷いた。
「分かりました。最初の民家まで移動しましょう」
人型は進むのが遅い。大きく前後左右に揺れているので、突き倒したら呆気なさそうだが、それをするのもまずは機能を見てから―― 倒せないのがまだるっこしい。しかし、確かに助け方も探さないとならない。
恐怖を与える人を思うと申し訳ない以外ないが、イーアンも失敗しない気持ちで挑む。確認したら即倒す。即、だ。
先回りで民家側から待つ視界に、鈍く覚束ない足取りの巨体が徐々に近づく。
背は・・・3mちょっとくらい。嫌だなと思ったのは、後続も見え、そちらは4mありそうな大きさ。
バラツキがあるにしても、メートルの違いってどれだけ適当なのかと思ってしまうが、目的が別なのかも。
人を取り込むとして、人型動力の胴体サイズに人間は収まる。これに気づいて、ハッとする。一体に一人ではなく、一体に複数人の可能性。
人型動力が近づくにつれ、サブパメントゥの気配が少しずつ低くなる。
こいつらは技で動かされているだけで、操っているサブパメントゥ―― 『煙の』 ――はここにいない。ただ、先ほどから辺りがきな臭いのは・・・煙自体はないにせよ、イーアンの印象に残る。
「始まる」
イングの低い声で緊張が高まる。雨の中、異物の巨体が民家の屋根に手を掛けた。置いた、と言った方が良いか。遠慮ない大きな音を立て、屋根の端が欠ける。屋内の光が雨粒に反射し、人型動力の動く足を照らす。窓は、この音と振動で開かれ、と同時に悲鳴が上がった。
家が騒がしくなり、すぐに扉から人が飛び出す。子連れの両親が雨の夜に見上げた化け物に足を止め、男性が子供と女性に大声で指示し、彼らが逆方向へ走る。
男性は剣を抜き、自分よりずっと大きな化け物に腕を振り上げたが、人型が倒れるように傾き、長い腕を地面についた。上から見ていると、人に覆い被さったように見える状態。
あ、と驚いたイーアンが、首だけを龍に変える。『まだだ』とイングに制され、白い龍の顔は不安気に、我慢。
剣は、人型を貫いたかどうか。
巨体の首がもわっと明るさを強めたのを、女龍は見た。黄土色の鈍い光が強くなって、男性の上を覆った後、悲鳴が響いて途絶えた。
イングはまだ動かず、イーアンは焦る。イングが『あと5秒』と早口で告げ、状況変化を待つ。
人型の頭が震える、一秒。黄土色の明かりが収縮した、二秒目。
持ち上がった影の下に人がいない三秒目。人型の背中がぬるっと溶けて、四秒。
赤い禍々しい熱を放った五秒目で、イングの力がフォッと揺れ、同時でこの瞬間、開かれていた龍の口が人型を消した。
人型だけが消滅したそこに、男性が倒れている姿。女龍は急いで首を戻し、彼の側に降りて横倒しの肩に触れる。う、と呻いた声に安堵した。彼の後ろに、何か細いものが転がっていて、剣かなと目を凝らすと焦げた木片・・・雨に打たれて細い煙を一筋上げた木片だった。
「これは」
「イーアン。次が」
矢継ぎ早の事態。人型が道のすぐそこまで近づいており、イーアンはイングに『もう倒す』と伝えて龍の首に変え、後続の数体を掻き消した。男性は意識が早く戻ったようで、振り向いたイーアンに目を上げて『ウィハニ』と掠れる声で驚く。
「あなたは勇敢です。ご家族のところへ急いで」
「あ。あの、倒したんですか。さっきのは魔物ですか?」
ウィハニ、は分かるけれど、あとはティヤー語で通じないイーアン。首を傾げ、困って少し微笑むと、ジェスチャーで道の向こうへ送り出す。
ここでやり取りは違う、と思ったか。礼を言いながら男は立ち上がり、もつれそうな足取りで走って行った。
イーアンも移動する。『地下へ』と丘に顔を向け、確認のためにイングと神殿跡へ急ぐ。
あの人は助かった。でも―――
イーアンは、あんなに都合良くいかないと思った。偶然、初回が『出てきたばかり』。『イングとタイミングを合わせられる状況』が揃ってこそ、の助けられる方法は稀のような。
女龍のこの不安は当たる。苦しくなるほど。
お読み頂き有難うございます。




