2767. 三十日間 ~㊳僧兵レムネアクの情報、ラサン、人型動力の製造所、確保・『籠』と『絵』と間違い
『どっちが、サブパメントゥとつるんだ』―――
浮いたまま近づいてくる白い光に放心状態のレムネアクは、半開きの口で『私が』と呟いた。
光は側で止まり、明度を下げてゆく。現れた正体を、レムネアクの目が食い入るように見つめる。光に輪郭を縁取られたやんわり透明がかる肌、淡く白い粒子が煌めく顔は、口調が荒っぽいけれど。
「お前さんか。サブパメントゥと手を組んだのは」
「はい・・・ 」
迂闊にも正直に答え続けていることを、思いっきり忘れているレムネアクだが、地べたに転がる自分を見下ろす女に余計なことを考えられない。
頭に大きな白い角。黒い巻き毛。金色にも白にも見える、柔らかい紫がかる肌。黒い羽織ものに、黒い衣服、背中に真っ白な翼が6枚。鳶色の目は温度を含まず、自分に注がれている。鳥肌が全身を包み、レムネアクは賛美に震える。なんだこの美しさは。精霊か妖精か。俺を助けた力は。
意識が明後日に飛ぶレムネアクに、白い女は怪訝そうで眉根を寄せ、倒れた僧兵に顎をしゃくる。
「あっちは何。仲間?」
「違います。殺されかけていました(※正直に)」
「ん?話が飛んでる。仲間かを聞いたんだよ。お前さんが殺されかけた、ってこと?」
普通に喋ってくれる中性的な声も親しみが沸く。憑かれたように見つめるレムネアクが頷くと、女はちょっと考え込んでから『あいつは何者だ』と尋ねた。同じ質問、二回目。
「助けてくれて・・・有難うございました」
「偶然だから。あ・い・つ・は?」
少し苛立ち気味の口調に押され、はたと我に返ったレムネアクは慌てて『あの男は』と言いかけ、隠しても意味がないと思い、起きた出来事を伝える。
サブパメントゥとつるんでいたのを知る、この相手の目的は分からないにせよ。今朝のダルナと関連した気がして、万事休すの続き、腹を括った。
それにしても。見下ろす鳶色の目に吸い込まれそうな。感覚で彼女が凄まじく強いと分かる。男のような女のような、どちらにも見える体つき、顔つき(※イーアンに言ってはいけない言葉)。女と分かるのは雰囲気であり・・・・・
「聞いてる?」
機嫌が悪くなった顔を寄せられ、またも我に返るレムネアク。急いで『すみません。見惚れていました』とこれまた正直に答え、めいっぱい呆れられた。
「見惚れる、ねぇ。お前さん、手を組む組まないで揉めて、殺されかけてたんでしょ」
「はい。揉めるほど話し合っていませんが」
「細かいとこ気にしないで。じゃ、あの男は、お前さんの持つ知識はないわけ」
「初見だから知らないですけど、そういう感じではないです」
「そらそうか。会って即行、決裂で殺されかけてるなら」
あっさり納得する女は、ふーっと息を吐いて『どうしようかな』と独り言。倒れたきりで若い僧兵は動かない。
地べたについた腰を起こして立ち上がったレムネアクも、雨に打たれる若い僧兵を見て、生きているのかを尋ねた。ピクリともしないが、死んでいない感じから。女は腕組みした姿勢で、何てことなさそうに首をゴキッと鳴らす。
「生きてるでしょ。龍気に打たれて、気絶しているだけで」
「龍・・・あなたは龍ですか」
「私は、龍のイーアン」
並んだ肩は、レムネアクより低い。小柄な女なのに、威風堂々の迫力。これが龍か!とまじまじ見つめ、はたと思い出した。見惚れる感動で一々、要領が悪い。
「もしかして、『魔物資源活用機構』の。ウィハニの」
「知ってるの?そう。でもティヤーを守ったウィハニの女は、別の存在だけど(※どこでも言っておく)」
「あ。あ、もしかして!デネアティン・サーラ総本山を」
壊滅させたのは龍、と聞いていることも思い出して口にしたら、この言葉に龍は眇める。『そうだけど』さらっと肯定された。
壊滅させた本人がここに居る・・・が、そんなことはどうでも良い。レムネアクの感動は、絶頂に至った。ウィハニの女が違うとか、宗教壊滅させられたとか、問題にもならない。
万事休すから、今日が命日と覚悟した結末は、龍のイーアンと名乗った女に助けられ、まさかの魔物資源活用機構在籍者。これが感動以外の何だろう!
恨みを持つどころか、目が輝く僧兵に、調子が狂うイーアン。サネーティが過る。この僧兵、自分の宗教ぶっ壊した相手に・・・・
で――― 話を聞くのは簡単そうだけど(※崇拝されてる感)話し終わった後に、この場で放置するのも心配がある。サブパメントゥが来る、他の僧兵も来た。うーん、と唸って、こいつを連れ出そうと決める。
あっちの倒れている僧兵を、離れたところに落としても良いのだが、こっちの僧兵を連れる方が手間は一度で済む。あっちはあっちで、後で対処。人間の行動範囲など高が知れている。どうせそう遠くには行けないわけで。
「ちょっと、移動する」
僧兵が『え?』と聞き返すのを待たず、イーアンはこの男の背中に回り、焦る男を背中から抱え、浮上。レムネアクは白い龍の腕が胴体を抱えるのも驚いたが、この女に貼り付かれ(※抱えてるだけ)あっという間に宙に浮いた感動で今なら死んでもいい、と本気で思えた。
「お前さんに話がある」
「何でも。何でも聞いて下さいっ」
スヴァウティヤッシュ曰く『変な人間だ。悪いやつじゃなさそう』の意味が分かってきたイーアンは、眉間に皺を寄せながら、レムネアクを少し先の島へ下ろし、雨のない岩の内側で質問開始。
やや浮かれていたレムネアクは、イーアンに答えている内に・・・段々と、何を求められているのか、感じ始める。
イーアンは、レムネアクが作った黒い道具を持っており、『ダルナが引き取ったもの』と見せ、レムネアクはその使い道を、ここで初めて教えられた。
「私が作ったそれは、人型動力の防御を高めるため、ということですか?」
「そう思ったから、私はお前さんに確かめに来た。他に作れる奴はいると思う?」
「僧兵で作れる、となると。どうだろう。僧兵の多くは単独で行動して、修道院や神殿でも話すのはもっぱら僧侶、司祭、神官相手です。たまに僧兵同士で同じ場所に居合わせると、情報交換があるくらいで。俺は動きが少ない僧兵でしたから、開発の場に顔を出すことが多かったですが、このことを知っている僧兵も、ほぼいないと思います。ある僧兵は、私と何度か顔を合わせましたけれど、それもかなり前で、以降何年も他の僧兵とは」
「ある僧兵?そいつは作れる可能性がある?」
聞き捨てならない怪しさ。勘が動いたイーアンが話を止めると、『死んだ噂もあります』の即答。
え、まさか。え、でも。ラサンしか、その系統の僧兵を知らないイーアンは、他の僧兵の可能性を聞いたつもりなのだが、暴露するこの男は、度々顔を合わせた相手のことも話し、少し驚きながらも納得した。
「僧兵で噂になるなんて、滅多にないんですが。その人だけは格別というか有名でした。神官や司教にも一目置かれていました。私は顔を合わせた程度で、会話を持ったことはないですけれど、魂胆が分かりにくい人物の印象があります。
銃・・・きっとご存じですよね。飛び道具の武器ですが、最初に提案したのがその人物で、他にも船を動かす動力とか」
「そいつは、今どこに」
「はぁ。死んだ噂、だけしか。しぶとそうだったし、事実か分かりません」
「・・・船を動かす動力も、銃も」
「あ、でも。設計図は描けなかったような。開発部の僧侶に説明しながら描いてもらっていたので。自分で理解しているはずが、図には描けないんだと。丁度、私が居合わせた場に来た用事がそれだったから」
自分では設計のノウハウがなかった『ラサン』―― 意外ではないが、間違いなくラサンの話だと、イーアンは確信する。向かい合う僧兵は、『他に作れそうな僧兵は、ラサンくらいしか知らない』と話し、もし別にいても会ったことがないから、と添えた。
「嘘じゃなさそう・・・だね」
「嘘を言う気はないので」
「全く、もう」
腕組みしたイーアンは、顔を逸らす。何が『全くもう』なのか分からないレムネアクだが、最後の最後で、龍と会話できる時間に感謝する。
ダルナもだが、龍と話すのに嘘なんて野暮なことはしたくない。言うだけ言って、始末に及ぶとしても―――
「ここで、私は消されるんですか」
これで死ぬのかと、ちょっと首を掻いて聞いてみた。龍の視線は僧兵をちらっと掠め、『さぁ』とかわす。
「龍に殺されるなら本望です。他の死に方は、可能な限り回避しても」
「ああ?私に殺せっていうの?バカ言ってんじゃないわよ」
斜めな願いに機嫌を悪くしたイーアンだが、とりあえず・・・この僧兵がまた『煙サブパメントゥ』に使われても困るので、どこかに隠しておいた方が良い。その前に、他に知っていることは喋らせる。
人型動力について・製造所の場所について、情報を持っているのか。
ラサンは先駆者で動き回り、あれこれ知っていた。こいつはどうだかと思ったら。
「製造所ですか?開発部門と懇意だったから、人型の製造をあてがわれた島は把握しています。後から取り入れた意見だったようで、製造所自体は多くありませんが、部品は他の修道院でも増やしていたはずです。地図上での要所は覚えていますよ」
「・・・ふーん。『カーンソウリー島』は、そう?」
「カーンソウリーですか?えーっと・・・いや。あれ?部材だけではなかったか。でも近くで組み立ての製造所はあったと思います。地図が見られたら」
カーンソウリーのピインダン地区、その名までは出さなかったイーアンだが、この男は本当に真実を話している。ニダの教会が襲撃されたので島名を尋ねたら、この返答。
こいつは使える、と判断し、イーアンは何回か頷いて口端を上げた。イングに籠を出してもらわないと。
僧兵も何やら察したようで、先ほどの道具との説明も併せ、想像で可能性を口にする。
「人型は、まともな動きが取れないはずですが・・・もし、サブパメントゥが使うのであれば、『地下の出入り口』と繋がっている修道院や神殿もあります」
イーアンの視線が、ピタッとレムネアクに定まる。雷遮断道具の一件+ここまでの会話から、この男の性質は臨機応変が利いて、頭が回るタイプと思った。
龍の女に射貫かれる僧兵は、頬が緩みかけて我慢し、頷いて『そこから持ち出したりするかも』と考えられる展開を真面目に伝える。
「地下の出入り口。お前さんは、それを見たことあるのか」
「出入りの目撃はないですね。でもサブパメントゥがそうしていると、話には聞いています。
僧兵の俺が言うのも、信用ないのは承知で。動力を埋め込む箇所は限られています。仮にサブパメントゥの未知の技が加わったら、どうなるか想像もつかないですけれど、動力箇所を確実に壊せば」
「人間で言う、心臓とか脳か。人型はどれも同じ位置に、動力を仕込むの?」
「外側の体は、大きさにばらつきが出ましたが、多くは配線の関係で、末端から平均距離を取った位置にあります。仮に、人型の形を取らなかった場合も・・・要は、材料不足で手足が短いとか。そうした場合も、大体は各先端から同程度の距離で、中心に置かれると思います」
喋る、喋る。よくここまでバラすもんだと、呆れるくらい。
尋問でこっちが剔抉するのと変わらない内容じゃないのと、要らぬ突っ込みをしたくなる。馬鹿正直に曝け出す理由も見えてこないから、半信半疑が拭えないものの。まぁ、とにかく。
この男は確保に値する。恐らくまだ知っていることがあり、それは使えると踏んだ。
例えば、ヨライデに帰ったデオプソロのことなども―――
「イング。これで」
「問題ない。前と同じだ」
レムネアクは、イングの用意した籠の中に入れられ、籠には赤い布を掛けられる。岩場に呼ばれたイングは、イーアンに話を聞いたその場で籠を出し、僧兵に簡単な説明をし、同意(?)の上で箱入りは完了。彼は自分から籠の縁を跨いだ。
「人型動力が動き出します。もう動きが出ているかもしれませんが、こいつに地図で場所を確認します」
「またも殺人鬼だ。仲間内で一悶着ありそうだがな」
「そこは心配ですが・・・こいつ、ちょっと質が違う僧兵らしいのです。スヴァウティヤッシュ情報で、私はまだ確認していないのだけど」
宗教内の殺人担当で、民間人に救われた義理も返すとか。又聞きをイングに伝えると、イングは『殺人は誰が相手でも変わらないと思う』とさっくり断ち切ったから、それは同意した。
「仰る通りです。変わりませんね」
「俺が預かるか」
そうして頂けると助かります、とイーアンはお願いし、それから先ほどの島を振り返って『あっちにも』と別の僧兵がいることを話す。しかしそいつはどうやら危険思考で、扱いを考え中であるのも相談すると、消せばいいと一言。
「それも俺が消してやってもいい」
「うーん。すぐ消すのはあれなんですよ、情報持っているかもしれないし」
あれ=躊躇う、の意味だと理解したイングは、『ラサン同様にするなら』と籠を吊るす輪を鉤爪に引っ掛け、『絵にしては』と提案。イーアンもそれが無難と思い、イングに続いてキーニティ・スマーラリも呼ぶ。
現れた真鍮色のダルナと現場へ行くと、僧兵が崖へ歩いている最中だった。
「・・・逃がした僧兵を探しているのかも。私の姿は見ていないと思うから」
「こんな人間、消して後腐れなさそうだが」
上から見下ろす、女龍とダルナ二頭。イングがキーニティに首を傾け、キーニティが真下に顔を向けるや、僧兵は消えた。
雨に打たれて地面に落ちた、絵が一枚。イーアンはそれを拾い、『崖を覗き込んだ男の絵』もイングに預けた。
絵にして、不要になれば消す・・・イーアンもそれが良いとは思う。
僧兵たちは誰しも殺人を繰り返しているし、仮に民間人が殺されかけている場面に出くわしたら、イーアンは間違いなく僧兵を消すのだ。でも、すぐそうする気になれないのは、まだ甘いのかもなと自覚する。
キーニティにお礼を言い、今後もたまに同じ用事で呼ぶかもと伝えて帰し、自分たちも修道院址を離れた。
絵に入った僧兵は、誰だったのか。イーアンの意識は、処分の有無で気を取られて、別の人物だった可能性など思いもしない。
籠に入れた僧兵と、倒れた僧兵以外が、現場付近にいたことを知るのは、まだまだ先で。
そして、知る時は少なからず・・・後悔を伴う羽目になるのも。
お読み頂き有難うございます。




