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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2765/2956

2765. 三十日間 ~㊱魔導士のサブパメントゥ『言伝』対処・センダラ視点と妖精エンエルス

 

 雨が降る午後。濡れない体を雨に晒し、風が強くなる一方の空からティヤーを見渡す魔導士。


 魔物を倒す手伝いもあるが、サブパメントゥの井戸―― 通路を潰す方が優先で、アイエラダハッドでも取っていた行動をティヤーでも続けている。


 ラファルに関わった『言伝』の石・絵模様のある井戸・壁・大木諸々は、どこでも見つかる。ティヤーは島が多いため、こちらに移ってから潰していても、まだ手付かずが多い。全てを潰すのは難しいにせよ、しかし魔導士はこれが半分消失するだけでも、()()の有利不利が左右されると考える。



「イーアンたちは、相変わらず。これに関心がないのか、忘れやすいのか。忘れているのかもな・・・俺の時代は、サブパメントゥも魔物同様の多さで、ひたすら倒すのが普通だったが。三度目の旅路でも、サブパメントゥは出てくる率が頻繁になったんだから、もっと警戒してもよさそうだが」


 手伝いの範囲、と決めているが、専ら自分ともう一人しか、この仕事を行っている様子はない。()()()()の視点が、自分と近いことを『まともだ』と思うバニザット。


「センダラ。お前は単独行動を貫く。お前の立ち位置は、それが一番正しいのかも知れん。アレハミィのように、自分の好きな時にしか動かない妖精と違って、お前には必要と重要の違いが見えているんだな」


 瞼を開けない盲目、と聞いているが、その目は余計を削ぎ落して、世界の求める方向だけを捉えている。


 ラファルから少し手を放せるようになって、リリューに守りを任せる魔導士は、ティヤー開始から今日まで、イーアンたちが手を付けない側の『ティヤーの面倒』をただただ片付け、今日もそれを続ける。


 これに付き合うのは、妖精のセンダラのみ。センダラと鉢合わせはないが、互いに同じ行動を取っているのは通じていた。


 言伝消滅には、センダラが『光の渦』(※2050話参照)を使うと呆気なく終わる。

 元々、そこにサブパメントゥの存在もないので、カスを消すだけの行為に特別は要らないのだが、サブパメントゥ対応が利く力でしか、外れないのも確か。


 魔導士は精霊の魔法で『時の礫』を使うことにより、禍々しい残りカスを消し去る。一番簡単なのは、イーアンや龍族が近くで吼えることで、『龍の声』は響いた範囲にある全てを片付ける。これは天敵だからなせる業。そう、天敵だから『言伝』に限らず有効。



「ズィーリーと違うのに。早々、その力をものにし、どんどん強力になる。地上で龍になり、戦うため、ズィーリーが最後まで龍の民を伴い、ミンティンを側に付けていたのに比べたら。

 お前はいつでも一人で龍に変わり、一部的にも大きさにも自由自在、放出する力の強弱すら、呼吸のように操る。伝説の、始祖の龍を彷彿とさせる女龍。

 お前が動き回れば、サブパメントゥの()()なんざ、もっと大量にもっと早く片付くってもんだ」


 こう言えば、イーアンは動き回るかも知れないけれど―― 魔導士はそこまではしない。まだ、自分とセンダラが出来ている状態なら。


 イーアンはティヤーで、古代の重鎮扱い(※12の面の儀式)に懸命に対処中・・・それが始まる前も、問題を見つける側から動き回っている様子を知っていて、言うに言えない。



「お前の困るところは、要領の悪さだ。イーアン」


 何でも抱え込んでしまう性格。センダラの半分くらいで良いから、要不要を見据えて行動を取れるようになってほしいと思う(※老人目線)。


 雨の降る島の一つに降りた魔導士は、この島の住民を祈りで弔う。間に合わなかった島で、近くまで来たから今日は祈りだけでも。



 ―――少し前、サブパメントゥの『言伝』を探して来たら、魔物ではない者に住民が全滅させられていた。


 サブパメントゥを示した詩が遺る井戸、その側に、奇妙な絵模様付きの岩が立つ村は、この時代になって湧いて出たサブパメントゥに殺された。


 全滅と分かったのは、転がる死体を見たのではなく、どこにでも血の跡が残っていたから。

 死体は持ち去られたらしく、一体もなかった。人体を取り込んだ魔物が多いので、あれに使われているのだろうと見当をつけた―――




 思い出すのは、サブパメントゥが人間同士を操り、殺し合わせる場面。何度も見た。何度も止め、何度も間に合わなかった。

 殺し合いをさせられると、その場一帯が血の海になる。サブパメントゥが直に殺すのではなく、人が人を見つけては殺しにかかるので、あちこち血が流れる現場が共通。

 あの時も自分は、サブパメントゥ殲滅の勢いで倒し続けたが、皮肉にも三度目の旅路でも繰り返されている。


 緋色の魔導士が、雨の落ちる井戸脇の柱に手を置く。

 井戸の真横は乾いた血がべったり垂れて、石組みの基部から地面に流れた血は、今日の雨に馴染み、水溜まりに少しずつ溶けてゆく。柱に刻まれた詩を読んで、何とも言えない空しさを感じた。



『ここに痛みの終わりを置く。土の下に向かう道を埋める。水を湛えた井戸に涙は落ちない。術師の祈願と安寧に感謝』



 術師、の部分でなぞった手を止める。魔導士は昔、この島に来たかどうかを覚えていない。

 祈祷師や呪術師が多いこの国で、耳を貸す者にはサブパメントゥを封じる技・方法を伝えたことがあった。

 彼らは、各地でサブパメントゥ除けを実行したと思う。行く先々で教えるのは、行った先で食事をするのと変わらないくらい、()()()()()だった。


 効果が切れたのか、それとも、打ち破られたのか、知る由もない。無残にも殺し合いをさせられて全滅した村に、冥福の祈りを捧げながら、魔導士は水溜まりをはねることのない足で歩く。



「こんなところだらけだ。イーアン。ドルドレン。タンクラッド。お前たちが夜に眠ることを悪いとは言わん。異界の精霊が7割率で魔物を退治してくれる、()()()()を僻みはしないが。

 まだまだ・・・お前たちが手つかずの内に、死んでいく民は山のようにいるんだ。せめてその理由だけでも目を向けろよ」


 気づかれずに死んでいく民を想う。

 告知だ、淘汰だ、仰々しいデカい流れは、黙っていても『動け』と尻を叩かれるが。尻を叩かれるほどの出来事でなければ、知らない間に水面下で、民はいくらでも命を落としている。


「サブパメントゥ退治に、コルステインとダルナが取り組んでいるものの。俺が言いたいのは、『知る』大切さと、矛先だ」



 二度目の旅路で散々、地獄を見てきた魔導士の無念な気持ちは、現在の旅の仲間に届かない。届けない、と言った方が近い。


 ()()()()()()のが、選ばれた旅人じゃないのかと、これまでも遠回しに伝えている。伝えたその場は気づいても、目の前の雑事と慌ただしさで忘れてしまう彼らに・・・ 溜息一つ。



「まぁ。な。あいつら、進みが早い分、状況について行くので必死なのも分からんでもない。長引いただけ、俺たちの状態と比べるのも違うのか」


 淘汰にしたって――― イーアンにもつい苛立ったが、二度目の旅路は最初から最後までその状態、と言っても大袈裟ではなかった。今、危急存亡の報せに俺が驚くわけがない。


 過ごした時代の差かと諦めに似た呟きを残し、緑の風は雨の空に消えた。



 *****



「早く帰りたいわ」


 盲目の妖精は、面倒臭さを顔に出す。降り注ぐ雨が強くなり、雲の下は夕方よりも早い時間に暗くなった。真下に広がる海は荒れ、波頭が高く上がっては落ちる。


 見えない目の奥で、多くの幻像を捉えるセンダラは、この海の上で光の球体に包まれたまま、正直な気持ち、『どうでも良いこと』を前に、着手すべきかを考える。


 この雨だとミルトバンが冷えるじゃないのと、気持ちはそっちに向いているので、他は注意散漫。とはいえ。 



「でも。片付けるなら()()()が良いのよ。ミルトバンは寒かったら地下に戻るかも知れないし・・・だけど、私を地上で待っている時も多いわ。結界をもう少し、暖かいやつにすれば良かった」


 乗り気ではない仕事と、待たせているミルトバンの比重に偏りがかなりあるセンダラは、やりたくない『どうでも良い仕事』への文句を言う間も、ミルトバンが気になって仕方ないのだが、それでも仕事はする。



「仕方ない。手を焼かせる妖精がまさか()()()()()()なんて、冗談じゃない。勝手にその立場になったんでしょうけれど、我が物顔で妖精の面汚しをされるわけにいかないし」


 妖精の面汚しとまで吐き捨て、土砂降りの雨と荒波猛る海を背景に、センダラはエンエルスを呼び出す。


 この嵐でも鳥は飛ぶ。強い風に流されながら、必死に飛び続ける鳥の翼をまずは保護。自分を中心に、広い半径で風を鎮め、唸る雷雲の雷を上へ飛ばす。吼える音と共に立ち上がった波は、その波頭を結氷させて止めた。

 結氷した頭から、一気に走る凍りの帯。氷の結晶は、地を這う蔓の如く水面を八方へ抜け、波の形を残したまま、見渡す限りが瞬く間に氷の海に変化した。


「出てきなさい。この海の底に島を隠す妖精」


 水色に輝く球体からセンダラが海へ向けて命じる。相手は待たせる事なく、あっという間に氷の水面の下に顔を見せ、見上げて首を傾げた。センダラの閉じた目が彼に向いて、こいつがエンエルスと、力の差を感じ取る(※自分最強)。



「あなたは妖精だな。何という派手派手しい技を使われるのか」


「私はセンダラ。あなたがエンエルスね」


「私をご存じか。私はあなたを存じ上げないが、かなりの力量と見た。十二の色の海、その二つを守る私に、荒れた海を鎮めてまで呼びかけるご用を伺う」


 イーアンに聞いていた態度とは違い・・・センダラはこの妖精を見下した。相手が龍で最大の力と位置にいても、尊大に振舞った妖精。同族が相手で、自分より強いと丁重に動く。


「あなたが二つの色を任されているのね」


 氷の下に向けて尋ねると、あちらからも見上げる顔が喋って返す。『そのとおり』と彼は言い、何やら察した沈黙を挟んだ。


「単刀直入にいくわよ。あなた、女龍に会ったでしょう」


「ええ。ここへ来ました。龍があなたに何かを吹き込みましたか?」


「減らず口と自尊心は控えておきなさい。あなたは妖精の立場を下げる」


「センダラ・・・龍の言葉を信じて、同じ妖精の私をバカにするとは。あなたが言いたいことに見当が付きました。人間が許しを請いに来る日、私に」


「そうよ。あなたは人間を嫌っているけれど、その価値観で判断するのをやめさせるために来たの」


「なぜですか。人間が何をしたか、私は龍に話しましたよ。龍はあなたに隠して伝え」


 ガラッ・・・と音が響く前に、センダラをど真ん中にした雷が海を叩き割る。直前の動きも気配もなく、瞬きより早い雷撃で砕かれた氷の海は弾け、エンエルスの姿が消えた。が、センダラは逃がさない。


 消えた側から噴き出した水柱が、勢いよく凍り付き、氷の太い柱の中に閉じ込められたエンエルスと、センダラは向かい合う。目を見開いて怒りと怖れを露にするエンエルス。閉じた瞼の顔を微動だにさせないセンダラ。


「龍を侮辱すると、あなた、消されるわ。助けてあげたのを感謝しなさい」


「あなたは・・・龍に丸めこま」


 ガンッと水柱が縦に割れる。最後まで言えず、凍った柱が真っ二つに割れ、エンエルスが逃げるより早く、センダラの光の槍が何本も彼を閉ざした。

 光の槍は、エンエルスの脇も股も首の両横もびしっと押さえ、バリバリと不穏な音を立てながら、最強の妖精の真ん前に浮かぶ。


 息が荒くなるエンエルスは顔面蒼白。自分の技で抵抗しようにも、指一つ満足に動かせないなど初の経験で、この強大な力の持ち主の存在を知らなかった事にも驚く。


「いい加減になさい。私まで愚弄しては、あなた本当に藻屑行きよ。なりたければ今すぐ藻屑にしてやるわ」


「なぜ・・・こんな」


「あなたのちっぽけな同情と感情で、妖精の立場を汚されたくないの。過去にそうした妖精はいたけれど、彼らは罰を受けた。知らないの?」


「私は、鳥を守って」


「それだけなら、普通の範囲ね。私も関わるつもりはない。でも聞きなさい。人間が淘汰の告知を知って、許しを請いに来る時。あなたは恨みつらみで判断してはいけないのよ。

 あなたの経験だけで嫌った相手の頼みを断るなら、我儘の延長でしかないとなぜ分からないの。世界が一つの種族を払うか払わないか、振り子が揺れる振動を感じもしない妖精なんて、人間と変わらない」


 言いたい放題のセンダラに、顔面蒼白が気色ばんだエンエルスは、大きく息を吸い込んで吐くと、睨みつけて『あなたは結局、妖精の面目だけで私を貶している』と言い返した。


 センダラは小刻みに何度か頷いて、片腕を伸ばす。指を開いた手はエンエルスの首辺りに向けられ、触れはしないが、エンエルスの息が細くなった。ぜぇぜぇ言い始める妖精の男に、センダラの手が少しずつ指を内側に曲げてゆく。



「あなたは要らない。重き裁きに理解を拒む愚かな妖精など、この重要な時期にいない方が良いわ。私が代わる」


「やめ。だ、め、だ」


「龍を侮辱したことを、私が注意した。それすら、あなたは私が個人的に丸め込まれたと思い込む。そんな狭隘の同族を放っておくほど、私は優しくないの」


「セ、ン、ダ・・・ラ」


 妖精の息は、人間と内臓の作りも仕組みも異なるものの。同じ妖精に『大気と光で生まれる力』を通す喉を潰され続けるのは、呼吸を止められるのと同じ。


「脅しだと思っているのね。あなたを潰す前に教えてあげる。私は、女王の次の強さを持つ。公言も許される。二度目の魂を与えられた、中間の地に於いて最強の妖精」


 声にならず音にも難しいほど苦しむエンエルスが、遠のく意識で許しを請う。センダラの指が緩むことはなく、じわじわ食い込んで、エンエルスは光の粒となって消えた。



「センダラ」


「はい・・・・・ 」


「あなたが代わりますか?」


「・・・ええ。はい」


「もしくは、戻しますか?」


「あの者が、私の言葉の意味を理解し、正当に判断するなら」


 頭上から届いた、聖なる声。心地良い鈴のような、穏やかで幸せを感じさせる声の主に、やんわりと()()を問われ、黒雲垂れ込む氷海との合間、センダラは振り向かずに返答(※振り向けない)。


「エンエルスは戻しましょう」


 数秒の間を挟み、優しい聖なる声はそう告げると、強張るセンダラに『自然を戻しなさい』と命じ、頷いたセンダラの手が振り払われて、嵐の海は動き出す。


 雷雲はまた音を鳴らし、雷が黒雲を縫う蛇のように動き回り、猛る海が自由を取り戻し、強風が吹き荒れる。


 最後の最後、女王に『どうする気なの』と問われたセンダラは、とりあえず自分が間違えていなかった行動を認め、二色の海を司る立場を辞退で来たことに、少し感謝した。でも注意されたのは、何となく嫌だった。



 さっさと場所を変えた妖精は、サブパメントゥの忌まわしいカスを粗方片付けると、ミルトバンの待つ島へ帰る。


 すべき仕事は完了したのに、どことなくやり過ぎを意識せざるを得ない結果に、晴れない胸の内をミルトバンに話して聞かせた夜。



 この夜更け―― 各地で人の姿を真似た木偶の坊が動き回るまで、センダラは今日の出来事にモヤモヤしていた。

お読み頂き有難うございます。

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