2763. 三十日間 ~㉞僧兵ニアバートゥテの二択・僧兵ロナチェワの応用案
☆前回までの流れ
一週間の間に起きた、それぞれの出来事。タンクラッドは選ばれた自覚を、ドルドレンは空待機延長、動き出す僧兵ラサンの信者、ヨライデ人僧兵と『燻り』の離れ、テイワグナではバサンダが二つ目の面を作り、シャンガマックは調べ物が増え、狼男エサイとラファルが情報共有・・・諸々。
今回もこの流れから、二人の僧兵の話です。
ティヤー南東の神殿廃墟にいる僧兵―― 海賊上がりの50代(※2726話参照) ――は、馬を連れるサブパメントゥに命じられるまま、動力の修理を行い、調整と試しも終えていた。
試しは、一度外へ出して動きを確認。4体が無事に目的を適え、2体は不具合で途中退場。もう2体は、やり過ぎた。
だが、真っ黒なサブパメントゥは『やり過ぎ』の動きが気に入ったようで、僧兵に『本当はああして動くものか』を尋ね、あんなに大振りな動きは取らない予定であるのを教えると、他も全て同じようにしろと命じた。そのため―――
「今夜までに仕上げないといけない。あれが大きな動きになったのは、接触の問題だったんだよなぁ」
これにばかり付き合っている内、僧兵もすっかり作業に慣れて、暗い地下室に籠る。
準備万端なら生じなかっただろう不具合の一つではあるが、限られた制作で少し無理をしたことが、派手な動きに繋がった。
「だけど。これは消費が激しい。それも話した上で・・・納得してくれたけれど。動く時間が短いと、それは彼らの目的に添わないかも知れない」
船などを動かす大掛かりな源は、支える本体がしっかりしていないと使えないし、提案もしたくない。
『源』の仕組みと作りは、簡単な説明で知った知識のみで、作れと言われても、関わったことが皆無の『源』は自分に手を出せないから。
「僕の精一杯ならね・・・ここまでだ。しかし、良かったな。海賊時代に面白いものを幾つも見つけておいて」
―――神殿の知恵の存在を知らなかったら、ただの『面白いもの』止まりだった。
一つは、狼煙で使う大鉢の金属。
大鉢は、狼煙以外で海賊が使うことはない。ただ、独特な狼煙の色を出せるのは、あの鉢以外ではなかった。あれは・・・付着したものが出した結果だが、鉢がその金属以外では起きない(※2589話参照)。
もう一つは、ティヤーの乾いた風しか吹かない島で見つけた、柔らかい金属。
『大昔に龍が壊した魔物の塊』が砂岩から突き出ていた。やけに大きな塊だから、記念に少し砂岩を削った。すると、金になりそうな銀色の塊・・・とはいえナイフで取れる柔らかさ、これで何が作れるもんでもないなと思ったが―――
「こんな形で使える」
神殿の僧侶も、違う地域で同じような金属を発見していたと知った時、使い道があるのかと聞いてみたら、それこそ動力には丁度良い品だと教えてもらった。神殿は、一つの島を丸ごと買い上げるくらい普通だから、買い取った島で見つけ出したらしい。
「それが・・・僕の知っている無人島にもあったわけだ。神殿の領地じゃなくてもあるから、まだまだ作れる。ここから先は、勉強が必要だ。僕一人では無理だな」
せいぜい、人型動力を支えるくらいの知識と技術しかない・・・ 手を動かしながら、低くしゃがれた声は独り言を続ける。
話し方は穏やか。相手も気遣う。丁寧な呼び方(※僕)を自分に当てる僧兵は、見た目と大きな差があり、黒い馬を伴うサブパメントゥはこの男の使い道を、ただの動力修理以外に考えていた。
『夜に出せるか』
地下の部屋は、ランタン一つ。棚と出っ張る柱の隙、濃い影から声が響き、僧兵は作業していた顔を上げる。『はい』とすぐに答え、台に置いた人型の一部を傾けて見せた。
『作り変えているので、時間は掛かっていますが、深夜より前には』
『良いだろう。お前もそれになるか?』
サブパメントゥの質問は不意打ちで、僧兵は瞬き一回。
それ・・・とは、これかと、人型に視線が落ちる。自分が排除されると気づき、僧兵は『別の返答が可能か』を訊き返した。
『死ぬのがイヤなんだな』
『僕はこの体で続けたいことがあります』
『人型の次は、この前見せた。サブパメントゥの操りで長く動く。他の人間を取り込み続けている間、お前の動きも意識も途絶えない。体は人型の模造状態だが、最初の作り物とは違う。サブパメントゥの一部だ』
『サブパメントゥに・・・なるのでは、無いのですよね?』
『こっちの操りの保護下、と捉えろ』
濁された返事は、サブパメントゥになるのではなく、道具扱いと解釈。僧兵は、粘るのもここまでかと理解した。自分も犠牲になると思わなかった。使える奴でいれば。
この考えは真っ直ぐ、残念なくらいしっかりと相手に伝わり、濃い影の声・・・頭に響く音に笑われた。
『使える奴だ。自信を持て。だから言ってやったんだ。お前は放っておいたら、世界中から人間が消えるまで取り込むだろう。残酷で、戸惑いもなく、利己に生きる感覚が、血を奪う』
認められての意見と言われても、僧兵からすれば、自分の体を失うことは死に直結しているわけで、頷きにくい誘いに変わりはない。しかし、逃げるのも不可能。サブパメントゥ相手に人間が逃げ切れるとは思えない。
呼吸が乱れることもなければ、拍動が早まることもないが、僧兵はこの申し出を辞退する最善を急いで考える。で、考える側から全て筒抜けなのも、笑われてハッとする。
『嫌なんだな』
『願わない、と言い直します』
『それなら、サブパメントゥになるか?』
『え・・・ 』
『お前を作り替えてやってもいい。俺の下働きだ。体は変わるが、お前の意識も知識も心も、そのまま残る。お前は人間の体で、どこまで生きられると思う。サブパメントゥなら何百年も可能な時間を、わずか数十年で終える人間よ』
思いもよらない、提案。そうそう簡単に動揺しない経験は培ってきたが、相手が異種族だと言い出すことも行為も歯が立たない。
『人間でも・・・種族の異なるサブパメントゥに、今から成れるのですか』
『成った奴もいる。こっちが受け入れるならば、の貴重な例だ』
『本当に、死なずに。僕が体を変えるだけで、心も残って』
『教えていなかったな。サブパメントゥは、嘘を言わない。お前たち人間は嘘まみれで、自覚もせずに自己解釈だけの嘘を言う。身を守るため、都合のため、欺瞞のため。持って生まれた弱さのために、嘘を衣服にする種族だ。弱さと無縁のサブパメントゥには、嘘など不要』
急に訪れた正念場・・・僧兵の直感が、一か八かを告げる。説得されているのか、操られ始めているのか、それはどうでも良かった。
この体で生きる時間を終える日が来た。それは確実。
人型動力で駒になるか、サブパメントゥになるかの、二択―――
『いい返事だ。お前は駒を選ばない』
じっと影を見たまま固まる僧兵の心に、二択の決心を読み取るサブパメントゥ。僧兵はランタンに視線を動かし、『これを夜中までに作り上げてから』と力の籠らない返事をした。
『名前はあるのか』
聞いていなかった、と影の内側が言う。僧兵は一呼吸置いて、『ニアバートゥテ』と教えた。
神殿で付けられた聖人名ではなく。海賊として生きていた時の名。夜に漕ぎ出す櫂を意味する名前。皮肉にも、今日のために付けられた名に感じた。
『ニアバートゥテ。人型を外へ出したら、仲間に後を任せる。お前は俺と闇の国へ戻る』
僧兵が頷くより早く、馬が鼻を鳴らす音が遠ざかり、僧兵ニアバートゥテは一人になった。
「これを完成させたら、僕は人生が終わる。人間で生きている時間に未練など。ないかな」
再び、やるべき仕事に取り掛かる僧兵は、持ち前の冷静さを取り戻し、決めた以上は切り替える。死ぬわけではない。
使い捨てで死ぬのはごめんだが、別の姿で生き続ける、それなら―――
*****
ティヤー東部の、神殿と修道院が並ぶ敷地には、手の痙攣が日常になった若い僧兵一人(※2725話参照)。
「今夜だったな」
貰った食べ物を齧り、祈りの部屋の罅が入った窓を見る。
祈りの部屋は、神殿では装飾も多かったが、修道院は質素。僧侶が祈るだけで信者が入らないので、見た目に金を使わなかった。襲撃の衝撃で、窓は割れ、窓枠も斜めに傾いだが、薄い黄色の曇りガラスは、今の方が赴きを見せる気がした。
今日の夜。サブパメントゥが迎えに来る。
食べ物を運んだのは、サブパメントゥ・・・ 動力の応用は可能、と伝えた後で、震え続ける腕を見た相手に『そんなのでどうにかできるのか』を訊かれ、指示して他の人間にやらせる説明もした。
指示に従うだけでは、何をしているかも分からないだろう。作業させるだけなら、知識がなくても難しくない。これを話すと、サブパメントゥの評価が上がった。
評価が上がったと分かったのは、食べ物を持ってきたから。生かしておく意味がある、と思われた。
誰かの作った、総菜。誰かの食卓に在った、主食。海藻でも貝でも、雑草や未熟な野菜でもなく、人の手が作った食事を運ばれるようになり、僧兵は礼を言って受け取る日々だった。
手の震えは前より大きくなり、ものを掴んで食べるのも一苦労する。だが、匙を使って食べる・その手前で調理するなどの苦労がないのは、気持ちが楽で感謝しかない。
掴んだものを口に近づけ、頭を寄せて齧り付く。緊張しなければ顔は引き攣りを起こさないので、普段の食事で面倒臭いのは手の震えだけ。
むしゃむしゃと、有難い食事を咀嚼しながら僧兵は考える。
「応用、まだありそうだよな。人型動力の動きが遅いのは二足歩行だからだ。『源』をもっと軽い形に移して、配線も繋ぎ直せば別の形でもいい。どうして誰もそれを思わなかったか、そっちの方が不思議だ。
配線の繋ぎ直しなんて、原理や仕組みが分かってないやつでも、やり方だけ教えたら出来る。動力の維持に問題があるとすれば、それは容量だ。容量の減りが早いのは否めないし、容量が切れると木偶の坊。
容量切れは、サブパメントゥが対処するらしいから、これが解決しただけでもすごいと思うが・・・容量が減る前に、目的を果たさないとならないのが、目下の難点だ。
人間をすぐに取り込める場所。それが、人型動力を放す重要な条件なんだよな」
この神殿で進めていたのは、容量の多い動力だった。ただ増やすのでは、重さも伴う。可能な限り軽く、長時間動ける容量を詰め込みたいから、四苦八苦していたのだが。
「結果が出る前に、壊された。皆も死んだんだろう、戻ってこないし」
今、ここに戻ってもサブパメントゥにやられるかも知れない。主食の次に、冷たい総菜を口に入れて、震える両手を腰で拭くと、僧兵は組んだ井戸水の桶に顔を寄せて水を吸う。
井戸から水を汲むのも、何回も繰り返してようやく一日分を桶に溜めるため、貴重な水。さすがにサブパメントゥは水まで汲んでくれないので、これは自力である。
『ロナチェワ』
水の桶から顔を上げ、名を呼んだ方へ振り向く。台所に続く通路の凹み、影にサブパメントゥが来ており、僧兵はすぐにそこへ行った。
『はい』
『お前の応用、とやら。夜に動力の状態を見てから、場所を移して取り掛かる。使う物を夜までにまとめろ』
『移動・・・はい。俺が指導する人間も集め』
『それは、こっちでやってやる』
用事を伝えたサブパメントゥは、すぐに影に消えていなくなり、僧兵も通路を戻る。荷造りするほどの品もない。守っていた動力の幾つかを木箱に入れる程度で、準備は終わった。
「名前を呼ばれるようになった、ということは。人間の感覚だと、少し信頼があると言えるのか」
声ともつかない音で呼ばれる奇妙さは残るが、名前を教えろと言われた日、そして食べ物を運ばれるようになった日以降、少なくとも生き抜ける希望を持つ。
生に執着する自覚はないにせよ、ロナチェワは『告知』を真剣には捉えていなかったし、サブパメントゥが自分を解放する時を辛抱強く待ち、いずれは自由に生きる日をぼんやりと視野に入れていた。
お読み頂き有難うございます。




