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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2761/2958

2761. 三十日間 ~㉜十日~十七日、エサイとラファル再会

 

 人間に近い状態で目を覚ました以降、ラファルは順調に体力をつけていた。イーアンはあれ以来、顔を見ていないが、魔導士は『今は自分のことだけ考えろ』と取り合わないので、呼んでもらうことも出来ず。


 話がしたいけれど、イーアンは忙しくしているのも聞いたから、それは待つ。



 リリューは『欲しいもの』を聞かれてから、懸命に考えて、とうとうバニザットに相談し(※一人で分からなかった)『思いつくまで無理するな』と助言を受け、今は大人しい。


 毎日会いに来る、それが一番嬉しそうに見えるし、リリューを困らせるのも可哀相なので、その話は触れないでいる。


 イーアン、リリュー、バニザット。自分を心配し、自分を守ろうとする彼らの存在に、ラファルは時々・・・不思議な感覚を持った。なぜ、俺にそうしてくれるのか。同情や憐憫は最初にあっただろうが、俺に関わったとしても何の得もない。


 損得が全てとは思わないが、そこまで熱の入った感情を持つこともなく生きてきた男にとって、自分がこの世界に来た意味を、再び思い巡らせる。


 出かけていた魔導士が早く戻ってきて、そのきっかけを探る機会を得る。



「ラファル。客だ」


 誰が来たんだ、と居間に入ってきたバニザットの後ろを見る。いつもは昼前になど戻らない彼が、面倒そうに顎を後ろへしゃくると、のそっと・・・大抵のことは反応が薄いラファルでも、さすがに少し口が開いた。


「ライオン?」


「この野郎。どこかの動物の呼び名だろ、それ」


「ライオンが喋る」


 淡々と地味に驚く男の前で唸るヨーマイテスに、魔導士が苦笑して『お前の姿が二つあると、彼は知っているのか』尋ねる。ちらっと見た碧の目はそれに気づいたようで、バニザットは頷いた。


「ラファル。お前が塔の地下で、ドルドレンに救出された時。もう一人、男がいただろう」


「いた。彼はシャンガマック・・・もう一人、やたらガタイの良い大男もいたが(※1960話参照)」


「そのガタイの良い大男が、こいつだ」


 ライオンを指差されて、ラファルはじっと動物を見る。このライオンもデカいよなと(※そこで納得)受け入れ・・・ふと思い出す。

 シャンガマックと一緒にいたライオン(※2200話参照)あれだ、と。



 ヨーマイテスからすれば気分が悪い再会だが、ヨーマイテスの用事ではないので、くさくさするし、とっとと退出する。ほらよ、と右腕を前に出し、向かい合う男と自分の間に灰色の煙がしゅうっと挟まった。


 煙の灰色はそのまま、(たてがみ)をもつ狼男に変わる。ラファルは手に持っていた煙草の火種を灰皿で潰し、大きな狼男を見上げ『お前は、エサイ』と名を思い出した。


「そうだ。ラファル。話があって来た。」


「俺と?」


「目の前にいるんだからそうだろ?あんた、反応が変だよ」


 よく言われるなと頷いた真顔のラファルに、エサイは可笑しそうに首を傾げて『イーアンの仕事の手伝いだ』と言った。イーアンの名が出て、ラファルは狼男の背後の一人と一頭(※獅子)を見る。


「席を外す。終わったら呼んでくれ」


 バニザットが緋色の袖を一振りして部屋を出ると、でかい獅子も一瞥して踵を返し『余計なこと喋るなよ』とエサイに注意して通路へ消えた。



「さて。久しぶりだな、ラファル。まだ話が行ってなさそうだから、俺から解説だ」


「イーアンの仕事?俺に話すことが、か」


「あんたの新しい業務、って感じだな。あんただけじゃなくて、俺とイーアンも」


 ラファルは興味がないことに関しては、全くと言っていいほど探らないが・・・何となく意識が揺れる。


「地球から来た・・・?」


「そう、これがキーワードだ」


 狼男は長椅子に座り、長い尻尾を横から出すと、立っている男に『とりあえず座れよ』と住人のように椅子を指差した。



 *****



『あんた、反応が変だよ』―――


 ラファルは小さいことを、普段は殆ど気にもかけずに過ごすが、狼男の口調が変わった印象を持った。前はもっと、猜疑心が強く、攻撃的なイメージだった。久しぶりに会ったら、態度が砕けている。



 自分たちが、世界にあてがわれるであろう次の仕事。

 又聞きの内容を説明する狼男をぼんやりと眺め、ラファルは彼がなぜ前と違って、こんなに・・・生き生きしているのか少し気になった。


 最後に別れた日(※2165話参照)。狼男のままでは嫌そうだった彼は、今はあのライオンに連れられて満足しているんだろうか。


 先ほど感じていた、不鮮明な自問自答の続き―― 自分がこの世界に来た意味 ――を、狼男と会話しながら、感覚で手繰る。


「聞いてる?」


「聞いている」


「なんか答えないと」


 話を聞いていそうに見えないとぼやかれ、ラファルは椅子の横の机を指差し『吸っていいか』と喫煙の許可を問う。勝手に吸えよと困った顔をしたエサイに、そうだなとちょっと笑って煙草に手を伸ばすと、エサイから思わぬ質問を受けた。


「あんた、笑うんだな」


「・・・変か」


「いや、俺はあんたが笑うところを見た記憶がないから」


 そうだったかなと興味なさそうに返事をしながら、火打石とナイフを使って箱に立てかけた煙草の先に火花を落とし、反対を口に咥えて吸い込む。一連の動作が素早く正確で、エサイはそれも『ライターなくてももう大丈夫そうだ』と茶化す。


「ライター?ああ、そうだな」


 懐かしいなと少し笑う横顔に、エサイが話しかけようとして、ラファルは思い出したことを呟いた。


「イーアンが龍の爪で、煙草に火をつけてくれた(※2164話参照)。ライターは要らないが、またあんな風に火をつけたい」


「火?イーアンが?」


「俺が・・・まぁ。少し話し込んだ時、彼女が気を遣って、こう・・・片手を白い龍の爪に変えてな。何でも切れるから加減が難しい話だったが、火打石が切れなくて良かったと」


 思い出し笑いするラファルに、エサイも想像してクスッと笑う。イーアンは優しいからねと答えた狼男に、ラファルの薄茶色の目が留まり、『エサイもイーアンが気に入ってる』と言った。狼男は軽く相手の視線を流して顔を窓へ向け、『別に』と即答する。


「俺と似てるから話が通じやすい。あっちは最強、俺は狼男だけど」


「そうか」


「雑談で来たわけじゃない。()()()()はその頭に届いたな?」


「俺とエサイとイーアンの三人。地球から来た俺たちが、別の世界と繋がる大陸に行くと、橋渡しみたいになる内容。合ってるか?」


「すごい端折られてるけど、要点は押さえてる」


 俺はもっと喋ったよなと疑り深そうな狼の目に、ラファルは煙を口から零しながら灰皿に灰を落とし『喋っていた』と認める。


「この世界の人間が、片づけられるか、逃げ道があるか。避難する方に決定したら、幻の大陸に俺たちが出かけると開く、と。また俺は『鍵の役目』だな」


「・・・あんた、今は」


 サブパメントゥの痛みに縛られていたラファルの『鍵』を、エサイは同情ではなく確認する。


 今も、そうなのか。魔導士は何も言っていなかったので、会話の流れで尋ねると、ラファルは『外せたようだ』と簡潔に教えた。


「もう、サブパメントゥの操りはないってことか」


「そうらしい。少し前に、いろいろあった。俺に課せられた『鍵』の質が変わったのかもな」



 どのみち、『鍵』扱い――― 


 そう聞こえるが、ラファルは常に諦めが板についた男で、抵抗もしなければ嫌がりもしない。何があっても、『そうか』と受け入れる男は、続く仕事・・・幻の大陸を開く鍵として向かうことも、『そうか』で終わらせる。


 エサイは、彼がなぜこの世界に呼ばれたのか、何となくわかる気がした。


「ラファル。帰る前に余計な話をもう一つ、序でにしておく」


「何だ」


「あんたがここに呼ばれたのは、その悠然と物事を受ける『自分』に終止符を打つためかもな」


「・・・終止符って?」


「俺の話になるが、俺はこの姿、二度目の狼男を自分で選んだんだ。もう一人、ビーファライって、いただろ?あいつは赤の他人で生まれ変わることを選んで、狼男をやめた。今、イーアンたちと一緒に動いている人間が、そうだ」


「ビーファライ。彼はイーアンと一緒に?生まれ変わって、とは」


「関心出て来たか。掻い摘むけど、俺もあいつも『この先どうしたい』か、精霊に判断を訊かれた。元の人間には戻れない。条件は、狼男と別の姿、それか、全く違う人間として生まれ変わるか」


「すごい選択肢だな」


「だろ?その場で答えるんだ。俺とビーファライはそれぞれ違う答えを出した。俺は今、あの獅子の腕についている『道具の姿』か、この『狼男』だ。で、ビーファライは、名前も何も丸ごと変わった別人で、記憶だけが残っている『若造』」


 エサイの話は強烈で、何がなのか分からなくてもラファルに響く。自分の終止符?その続き・・・この世界で与えられ、続きが全く違う、と聞いて。



「俺がそういった事態に出くわして、身の振り方を選ぶと、エサイは」


「そう思う。幻の大陸は、その機会を与えそうだ」


「狼男の、()()()()の力?」


「いや、関係なし。俺の個人的意見だ。体験に倣う、勘みたいなもんだ」


 勘と言われ、頷いたラファルは煙草にもう一度火をつけて、少し長く吸い込んでから、首の横に片手を当てると、『ここに』と狼男を見た。


「おっきく切り口を作ったんだ。それと、ここも」


 首に続けてこめかみに人差し指を置き、このナイフで・・・と煙草を挟んだ指で机のナイフを示す。


「ラファルは忘れているかもしれんが、俺は覚えている。あんたは、自殺を試した(※2165話参照)」


 目が合って、『そうだったな』とラファル。じっと見つめる狼男は、彼の言わんとする次を待ち、ラファルは間を置いて、納得した顔つきに変わった。



「死ねない体は、あの後、切り口を開けっぱなしにしただけだった。それから俺は、魔導士と精霊の許可で、別人の姿で過ごした。幻より精巧な魔法だから、現物みたいな気がしたよ。・・・それも終わった。ついこの前、サブパメントゥの打撃で倒れて」


「倒れた?」


 尋ね返した怪訝そうなエサイに、ラファルは軽く頷いて『終わりかけた』とあっさり答える。


「だが、魔導士が俺をまた救った。イーアンも手伝ってくれたと聞いた。俺はまた・・・以前の自分の姿に戻った。傷も消えて、あの()()()も消えた。サブパメントゥの縛りも解けて、ここに居る」


 あまりにも抑揚がないので、エサイはこの男の精神状態に面食らう。元からこういう性格だと思っていたが、自分のことでさえ他人事のよう。なんて返事をしたらいいか、ただ頷いた。



「今の俺は、魔導士の魔法のおかげで、人間に近いらしい。痛みも、暑さ寒さも感じる。空腹も、喉の渇きもあるし、体に取り込めば便所も行く。風呂に入らないと脂臭くなるし。味も分かるよ。煙草も酒も、こんな濃かったっけな、って」


「そう・・・つまり、あんたは準備が整った、と言いたいわけだ。俺がさっき勘で話した『終止符』じみた出来事を何度も繰り返してピンと来なかったのが、やっと存在の変化した今こそ」


「狼男に言われると、説得力があるな」


 肩を竦めたラファルに、エサイも『今更人間になろうと思わない』と合わせて、腰を上げる。


「すぐじゃないだろうけど。お呼びが掛かったら、出かける時だ」


「分かった」


「・・・ラファル、()()()()()()は食べるか?」


「ホットドッグ?」


「何でもない」


 狼の顔がちょっと可笑しそうに歪み、灰色の毛が覆う背中を向ける。終わった、と扉のない通路に向けて声を上げるエサイに、向こうからデカいライオンがのっそり来て、挨拶もなく狼は煙に変わって消えた。


 魔導士も部屋に入り、簡単な挨拶を交わして、皆が出て行くと、ラファルはまた煙草に火をつける。



「ホットドッグ・・・あれか、細長いパンに腸詰めが入った」


 食べないことはないなと独り言を落とし、今度イーアンが来たら聞いてみようと思った。彼女なら作るというかもしれない。ゆっくり深呼吸し、表の光が入る窓の部屋へ行くと、日陰から見える明るい海を眺める。



 ラファルはここから暫く―― 誰から押し付けられるわけでもなく、自らが選ぶ日が来る『選択肢』について、考え続ける。

 この世界に来て、地下に繋がれた苦痛の日々で、思ったこと(※1957話参照)が徐々に強く脳に繰り返されていた。


 麻痺してばかりの人生だった。

 次は、何も我慢しない。


 それを選択する日が来るのかもしれない。ラファルの心境に、少しずつ変化が起きる。

お読み頂き有難うございます。

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