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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
276/2944

276. ダビの心境・ボジェナの心境

 

 支部に戻った、ダビの心境。


 剣職人への道が開いた気がした今日。でも、なんでこんな次々にいろんなことが起こるんだろう。ダビは一日がてんこ盛り過ぎて、溜め息をついた。


「親父さんの工房で・・・転職しても、剣を作らせてもらえそうな。そんな雰囲気だったよな」


 ダビは寝室にいて、ベッドの上で寝っ転がって天井を見ていた。そうだといいなと思っていたことが、突然やって来て、まさしくその通りの展開を迎えた日。

 自分が『騎士業で、何して年取ってくのかな』と思いながら過ごしていた日々に、終止符の選択肢が現れた。


 別に騎士業でも良いんだけど、剣とか弓とか作って生きていければ最高なのに、と。休日に武器を加工するといつも感じていた。30過ぎて職人なんかなれないだろうな、と思っていた。ボジェナさんは子供の頃から、と話していて、それを聞いても『だよな』と納得しただけだった。


 ボジェナの提案(※目論見とも)でダビは昨日、幸運なことに剣を作る職人の現場に立ち会った。午前も昼も、午後も最高に楽しかった。


「お昼。美味しかったな」


 料理が上手くて、気立ての良いボジェナ(※策略)に、ダビは好感を持っていた。剣に詳しいし、自分に一生懸命話しかけてくれるのが思いの外、楽しく、いつになく対人場面で気分が良かった。


 本来、殆ど仕事上は、女性と接点のない騎士修道会。ここの支部にイーアンがいるから、女性の存在もやんわり浸透しているけれど。何となくいつも、そのたった一人の女性の、イーアンと比べがちになる自分がいる。


 イーアンの遠征の料理や、お菓子をもらった時の味と、ボジェナの料理を比べる自分が変な気がした。個人個人、違うんだから比べる必要ないのに。イーアンの料理のことを思い出したら、傷だらけで戦ったイーアンのイメージが出てきた。



「あんな怪我して。あの人はまた」


血が顔に垂れていて、口から血を吐き出すなんて。顔中切り傷だらけ。


「とんでもない剣、手に入れちゃったしな。早速使って倒したし・・・・・ 龍と一緒だからって、何であんな魔物に一人で突っ込んで行けるんだ、あの人は」



 総長が言っていた、イーアンの責任感。無駄に責任感が強い、とダビも思う。町を守らなければと思ったんだろう。龍で立ち向かう以外、空を飛ぶ魔物に応戦できないと総長にも話していた。


 だからって自分で。女なのに。騎士でもないし、普段工房で綺麗な服着て、何か作ったりお茶淹れたりしてるだけなのに。


 綺麗な服で思い出す。新年夜会の白いドレス。今日の血に染まったブラウスの肩。勇ましいと言って良いのか。無謀と言って良いのか。彼女は何か、使命でもあるんだろうか――


 ダビは大きな溜め息をついた。タンクラッドの剣を見た時、もう自分は必要ないんだろうと思った。鎧工房にも入った。次は弓工房へ行くはず。ハイザンジェルの腕利きが、イーアンの協力をする。


 でも自分には親父さんの剣工房で大好きな仕事を出来る機会が訪れて、そこに居場所があるって分かって・・・・・


「剣職人になりたい。でもイーアンの仕事も続けたい」



 どうするのが良いのか。ダビは思いつかなかった。傷だらけのイーアン。戦うイーアン。いつも笑ってて、理解が深くて、頭が良くて、丁寧に喋って、気を遣って、すぐ誰かに触られて(※語弊)、総長のお気に入りで(※その他諸々同様)。


 でも、魔物が相手だと豹変する。男より男らしい。目の前の魔物がどんな怖くても、どんな大きくても、例え総長の幻を見せても、魔物相手となれば真っ先に突っ込んでって、無情に叩き潰す。今日の怒号の吼え声に、心底ビビッて漏らしそうになった(※ダビ33歳・人には言えない)。あの人、昔絶対、道踏み違えていた人だ(※ビンゴ!)。やたら場馴れしてる、ホントは血の気が多い気がする(※当)。


「怪我しても、血が顔に流れても、それでも倒しに行くって。女なのに、何なんだよ」


 倒れても立ち上がる(※リング)気の強さが半端ない人。終われば笑ってる。血を吐き出してもケロッとして笑ってる(※男らしい)。『いてえ』とか言うし、何だよ。訳わかんないよ。何であの人――



「イーアン、カッコイイな」



 カッコイイ、イーアンの側にいたい。それがダビの辿り着いた結論だった。


 ダビは気が付いた。認めた。自分はイーアンが女性としてじゃなくて、その人間の在り方が好きだということ。自分もああやって、夢中になって、一生懸命になって、誰かのためにとことん立ち向かう熱い人間になりたかったんだ、と分かった。

 憧れている、ぜんぜん自分の真反対。『無駄すぎて好き』な、そんなのが羨ましかったんだ。感情と勢いと賢さと目的と力と。イーアンは男のロマンだ(※語弊)。


 ダビは決心する。剣職人になれるように頑張ろうと。休日は通って、作れるようになって、騎士業辞めても食ってけるようにして(←石橋叩くタイプ)。でも出来るだけ、今はイーアンの側で一緒に作ろう。彼女がどこかへ行ってしまう時が来ても、戻ってきた時にもっと凄い自分になっていよう、と決めた。



 ボジェナのことを忘れてるダビ。今後、少しずつボジェナ比率が増えていくかもしれない、自分とボジェナの関係を、ダビが気が付くこともない、てんこ盛りの一日の夜。



 *****



 緊迫した一日。仕事場を後にして、家に戻ったボジェナ。夕食をお母さんと食べて、今日一日の出来事を話し合う。お父さんはまだ工房で、残りの仕事を片付けている。


 父の再婚した相手のお母さんは、若くて綺麗で、ボジェナの本当のお母さんより7~8歳若いらしい。そういう部分もあってか、年の離れた姉みたいな感覚で、ボジェナはお母さんと良い関係を保っている。



「ボジェナ。今日怖くなかった?表に石が降ってきたけど」


 夕食を食べながら、お母さんが心配そうに娘を見る。町が魔物に襲われかけてもすぐに戻らず、いつもと同じ夕方に帰宅したボジェナ。工房でどうして過ごしていたのかとお母さんは思う。


「怖くないことはないけれど。ほら、今日はダビも来ていたし・・・・・ 」


「ああ。昨日言っていたわね。その人、騎士なんでしょう?魔物が来た時、大丈夫だったの?戦いに出たんではなくて?」


「ダビは。魔物が来た時、工房には居たんだけど。戦えるような大きさじゃなかったし」


「でも誰ですっけ。倒したじゃない。騎士修道会の人が、って皆が騒いでるから、それは知ってるのよ。私は怖くて家に閉じこもってたから見てないけど。それはダビじゃなかったの?」


 お母さんの問いに、ボジェナは元気なく項垂れて、最後の一口をぱくっと口に入れた。娘の様子が変なので、お母さんは黙って様子を見ていた。ちらっと娘がお母さんを見て、机の上の皿を端に寄せて肘を着く。



「お母さんだったら。弱くて守れる人と、強くて頼もしい人。どっちが好き」


「はい?」


 ボジェナは金髪をかき上げて、机にべとっとくっ付く。何か悩んでるのは分かる。お母さんはボジェナの頭をちょっと撫でて、こっちを向かせて質問することにした。


「何それ。どういう意味なの?男の人の話してるの?ダビは弱かったという意味かしら」


 戦ったのはどうやら、娘の目当ての騎士・ダビではないみたい。別の騎士が来ていて、その人が戦って倒したのかしら、とお母さんは想像する。娘はそっちの人の方に傾いたのかもしれない。


 ボジェナはじっとお母さんを見つめ、首を振る。『じゃなくて』うーんと唸って、机の横の果物篭から、小さい果物を一つ掴む。


「あのね。違うの、イーアンだったの。魔物を倒した人は。騎士じゃなくて、イーアン」


「え。イーアンって、騎士修道会の何か作ってる人よね、女性でしょ」


「そう。うちとタンクラッドさんの剣工房に委託して、これから魔物の素材でいろいろ作るのよ。イーアンは、今日、タンクラッドさんの所で契約の話していたらしいの。

 で、それ本当は、私とダビをくっつけようとしてくれてるからなんだけど。それでダビをうちに置いてって、時間作ってくれたのよ」


「良かったじゃない。で?魔物を倒したのがイーアン?何で」


「イーアン。龍に乗るのよ。最近、ハイザンジェルで龍が飛ぶってよく噂になってたでしょ。あれ、イーアンらしいのよ。イーアンは龍に乗れるから、それで今日魔物をね」


「龍?それもちょっと、だけど。だからって魔物なんか女が倒せるの?すごい大きさだったんでしょ」


「私も怖くて工房の中にいたから見てないけど。ダビはもう外に出っ放しよ。心配でしょうがなかったみたいで、イーアンの名前叫んでたもの。多分、皆彼女が倒せるなんて思ってなかった。だけど魔物ぶった切って倒しちゃったのよ。1時間くらいだったかなぁ」



 うっそ~・・・・・ お母さん仰天。


 そんなおっかない女の人いるんだ~と驚き、ボジェナに『そりゃインパクト凄いかも』と本音を漏らす。


「だからね。そう、それで。魔物が空から落ちた後、龍が戻ってきたのよ、タンクラッドさんの所だと思うんだけど。そしたら、ダビが走ってっちゃって。ダビって呼んだのよ、私。でも無視。無視よ。完全な無視で聞こえてないみたいに、ダビがタンクラッドさんの工房に行っちゃって。もう・・・・・ 」


「ああ~・・・・・ 」


 なーるほどね。お母さんは娘の落ち込み方にちょっと理解する。でも、それ違うんだと思う。それを言って受け入れるかなと考えるお母さん。


「ね。聞きたいんだけど。イーアンとその、ダビ?どんな関係なの。仕事って言ってなかった?」


「そうよ。ダビはイーアンの手伝いをしてて、騎士なんだけど兼任で作業員とか言ってた」


「ということはよ。付き合いが長いと言うか、そういう意味で心配なだけじゃないの?誰だって知り合いで同じ職場の人で、嫌いじゃなかったら、何事かあれば心配するじゃない。

 それに、イーアンって過保護な総長さんの彼女なんでしょ?あなたこの前、総長さんが本題に触れないって怒ってたじゃないの」


 そうなんだけどー・・・とボジェナは果物を齧る。



「だけど。分かるじゃない、何かそれだけじゃないような感じって。ダビの心配の仕方とか変だもの」


「すぐそうやって決め込むのも、勿体無い気がするけど。もしそうだったら、諦めるの?まだ話したばかりでしょうよ」



 うーん、と悩みながら、果物をむしゃむしゃ食べる娘に、お母さんは一緒に考える。


 ダビの好みにもよるけど、普通の男の人なら屈強な女性を好むかしら。魔物を退治する女性って頼もしいけど、自分が守りたいとか思う前に、守られちゃってたら。情けないとか感じて、そういう女の人の側にいようとするかなぁ?と思う。


 それを娘に話してみると、娘はお母さんに『イーアンは前も遠征で怪我してたことがあって、お風呂入れたことある』と言う。その時に、ダビに初めて会ったんだけどと言い、ダビは傷だらけでもイーアンに普通だったよと。


「普通って。そりゃ、仕事仲間だもの。おどおどすることはないでしょう。好きとは限らないじゃない。別に、あれよ?情けないって思うと距離置くとか、そうした意味じゃないわよ。恋愛対象にしないんじゃないの、って言ってるの」



 この後もお母さんは、思う所を細かく説明して、ボジェナを励ました。


 ボジェナは、うーんとか、うんとか、曖昧な返事をしながら、納得できないままだった。かなり衝撃を受けたことは見て取れる。そんな娘に、お母さんは言葉がなくなり、お父さんに聞いてみたらどうかと提案する。



 結局、父親が帰宅した時に質問すると、お父さんは即、お母さんを抱き寄せて娘に教えた。


「自分が守りたいのが一番だろう。男だから。あのイーアンに守られる男は山のようにいるだろうが、ダビはそれを望んでると思えない。ねぇ、お母さん」


 アハハハとお母さんは笑って、ほらね、とボジェナに言う。


「イーアンは総長さんがいるし、総長さんもイーアンが好きなんだから。それでダビが、イーアンに思いを寄せはしないわよ。ダビは心配しただけよ。強い女性が好きかも、なんて早合点だわ」


「そうだよ、ボジェナ。イーアンは確かに町を助けてくれた。龍に跨って向かっていって、龍の背に立って魔物を切り落とすなんて荒業をこなしたけれど、その強さじゃ、男、要らないだろう」


 ありゃ怖いとお父さんが笑った。



「お前、中にいたから知らないだろうが。凄かったぞ、イーアンの威勢は。てめえ、とか、首洗って待ってろ、とか。最後に倒した時なんか、男みたいな吼え声で剣でぶった切って。恐ろしい以外の何物でもない。あんな奥さんだったら、いつやられるやら、びくびくしながら生きなきゃいけない」


 ゲラゲラ笑う父親の話しに、お母さんも娘も目を丸くしてお互いの顔を見合わせる。


「そんなこと。イーアンが?」


「その人、幾つくらいだって言ってた?」


 イーアンはお母さんよりちょっと下じゃないの?とお父さんが思い出しながら言う。ありゃ、昔、相当荒れてたぞ(※大当たり!)とお父さんは真顔で言った。


「お母さん、だって。怒ったってそんな言葉使わないだろう」


「使わない。言えって言われても出来ないかも」


「そうだよ、だから。イーアンは怒るとおっかないんだって。ダビも引いてたから、多分大丈夫だ(?)」


「大丈夫って。好きじゃないってこと?」


「好きになったって、あれ聞いたら引くって。その上、剣で突っ込んで来るんだぞ。俺は剣職人だけど、あんな女、怖くてムリだよ」


 家族で笑い合う、朗らかな夕食時。内容はイーアンだけど、それはあり。今日、魔物から町を助けてもらったからこそだな、とお父さんはちゃんとフォローしていた。


 ボジェナもちょっと元気が出て、そうか、そうよねと思えた。

 強過ぎても頼もし過ぎても、女だもの。やっぱり守ってナンボよ。男の人からすれば、頼もしい女より守れる女の方がきっと良いと思うわっ。よしっ、頑張ろう。


 これからも果敢に恋愛に挑戦して、ダビを引きずり込む意欲を取り戻したボジェナ。


 お母さんとお父さんは顔を見合わせて、町の平和に感謝しつつ、ボジェナの恋愛を応援する夜だった。


お読み頂き有難うございます。

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