2759. 三十日間 ~㉚十日~十七日、ラサンの信者・ヨライデ人僧兵と道具・『燻り』忌避
海を泳いで、僧兵が持ち帰った『水に触れると危険』な魔物対抗道具。
殺害した三人の衣服の一つは自分で着用し、服一枚分に道具5つを包み、それを上から包んだ服の袖を頭に縛り付けて泳いで戻った。看護の女性に聞いた使い方と注意事項を、教会跡の僧侶に伝えて、僧兵は去った。
「目的が見つかったのは、良いことだ。僧兵収集でもするか」
ふざけた告知を二度も。耳障りな邪宗だとしか思えない内容に加えて、改めなければ人間を世界から排除すると脅した。
「ラサン。あなたはもう、出口を見つけたか?」
有名人だよなと可笑しそうに呟く顔は笑っておらず、僧兵は『武器・銃』を生み出した親の名を嚙みしめる。
「消された可能性もあるし。どこかで生き延びている可能性もある。あなたはデネアティン・サーラで唯一、『殺す存在と生かす存在』の別を探求していた。馴れ合いでもなく、鵜吞みの信仰でもなく、真実を知りたがっていた。
殺す存在は、変化のない怠惰な者だけ。生かす存在は、変化を生みながら挑む者だけ」
銃を渡された日。ラサンが立ち寄った教会で、次の命令待ちだった。受け取った銃の使い方を、到着したばかりの僧兵が教えると言われて、中庭で会った。誰にでも話していたことを、ラサンは俺にも話したのだろう。
神話の続きは本当にあると静かに口にした彼は、全く疑っていなかった。だがそれ以外の話は、どうでも良さそうで、司祭や僧侶たちに投げる視線が冷たかった。
『動こうとしない怠惰な人間は、それ以上がない。これで減らして良い』
俺が両手で持った銃の上に、ポンと手を乗せて『知識と知恵を惜しまずに動く人間がいたら、それは撃つな』と言い、まずはその知恵を確認してからと忠告した顔が印象にある。
「土着信仰に戻れと命じた誰かは、退化した思考なんだろう。それの言うことを聞くやつらも」
世界は、限られた人間だけが扉を潜る―――
フフッと笑った僧兵が、眼下の丘に広がる町を眺める。すっと息を吸い込んで、アノーシクマから出る船着き場へ降りた。
「限られた人間は、土着の古びた精霊か。それともデネアティン・サーラの新解釈か」
俺は、後者に賭ける。新解釈の示唆を与え、火薬と銃を生み出したラサンについて行く。
*****
場所は変わって、北西の修道院跡地――
『燻り』に度々操られながら、知らない間に製作が進んでいる不思議に悩む、ヨライデ人僧兵。
「頭が痛い。でもぼうっとしている間に、手が動いているから進んでいるし」
休むのもな・・・ 頭痛と息苦しさは、体調不良だ。サブパメントゥが数日来ないから、その間に出来るだけ結果を出す。全然、来なくなったけれど、いきなり呼ばれないとも限らない。
「でも。もう最後に会った日から五日?六日?うう、頭痛い」
右こめかみがズキズキ痛む。手で押さえたところで治りはしないので、僧兵は一度休むことにした。急に来られて『終わったか完成したか』の鉢合わせになれば、もう諦めるしかないが。
幾らなんでも、この頭痛では無理ですよ・・・ 頭を押さえて僧兵は垂れる汗を手の甲で拭うと、庵の中をちょっと見て『食料』これも無いなと面倒気に呟く。
「ああ。まずい、本当に厳しい痛みだ。食べ物を探すのもキツイ。近い民家で分けてもらうか」
余りの頭痛に弱音が出る。自分で食べ物を入手するのが常だが、今は息切れするくらい痛みが酷い。空腹も悩む。ぼんやりしていると手だけは作業を進めているため、いつ食事をしたか忘れている最近。
「サブパメントゥに『消す』なんて聞いたからかな」
よろけながら庵を出て、必死に作っているらしい自覚のない時間を、一先ず切り上げた。僧兵は、傍から見たら、衣服を着ている分にはただの僧侶。
僧兵たちの凶悪行為で、僧侶は肩身が狭くなったが、何度か焚き火用に魔物を倒していることで、見られた住人に『有難う』の感謝は受けている。一頭倒せば、地域に手伝ったことになるのか。僧衣の自分でも、礼を言った人間はいた。
「できれば、薬も欲しい」
薬は高価だから言うに言えないため、とにかく食べ物だけ、少し分けてもらおうと、道へ出て町外れの民家まで歩いた。頭痛は辛くて目もろくに開けられないほど。
キツイ―― どうにか民家まで辿り着いたら、表に出ていた老人がこちらを先に見つけ、『どうした』と声を掛けた。頭が痛すぎて呂律が回らない声で、食べるものを下さいと、その場に膝を着いたら、老人は水と主食を持って来た。
「具合が悪いのか。どこから来た」
答えにくい質問だが、嘘を言っても仕方ないので、そこの修道院で料理番をしていたことや、出張から戻ったら修道院がなくなったこと、行く場所もないし寝起きはその近くでと打ち明けた。普段は近くの浜に出る魔物を退治したり、食事は作物をわずかに育てていると、ここまで話すと、老人は初っ端から『僧侶』相手と分かった苦そうな顔を、やや、和らげた。
魔物を退治しているのか。薪を集める時に出くわしたら倒します。倒せるのか。死にたくないので。
短いやり取りも、頭痛は厳しい。喋るのも辛いが、食べたらちょっと痛みは薄れる。こめかみに手を当てていると、老人は薬を取りに行き、民間薬を飲ませてくれた。
「すみません。お金はないので」
「お前、ヨライデ人だな?料理で呼ばれて、出張して戻ったら修道院がなくなったと」
そうです、と答える。老人は短縮して捉えたらしく、僧兵の顔をまじまじ見てから、宗教を信じているのかも尋ね、あんまり・・・と肩を竦めた若造に真顔で頷いた。
ヨライデから来たのは、知り合いが町に居たからで、帰りの船賃を稼ぐために雇われた先へ入った、と教えたら、老人は訝しそうであれ、信じた。でも嘘でもなくて、事実からそう遠くない理由ではある。
身寄りのない外国人の若造―― 老人はそう決定した様子で、魔物にこれが利くと思うかと、何やら打ち解けた態度に変わり、縁側に置いてあった奇妙な代物を持って来て見せた。
「何かの罠ですか」
「魔物用の道具らしい」
話を詳しく聞いてみれば、昨日、各戸を回った警備隊に一人一つで支給された物品。神殿関係に海賊連中が世話をするなどは皆無、と端から期待もないので、そこはどうでも良かった。
間違いなく『魔物資源活用機構』の製品・・・ これが分かった瞬間、目の前の『道具』が欲しくて仕方なくなる。
老人が受けた説明では、龍の皮も使った・水に触れると危険な精霊の土もある・魔物を地面に突き伏せる・・・など、仰々しい材料が並ぶが、全て本物と思うと、どうしても欲しくなった。が、海賊連中にのこのこ出向いて『下さい』など言えない。
「お前、僧侶だからもらえないんだな」
「そうですね」
「でも、魔物を倒せるなら必要ないか」
「まぁ、そうですけれど。でも興味あります。ホントに龍の皮?精霊の土なんて聞いたら」
老人は若造をじっと見て、『お前は僧兵を知っているか』と急に質問を変えた。ギクッとはしたが、頭を振って『知らない』と即答。
「僧兵は表立たないが、神殿に都合悪い人間を殺す奴らだ。俺は二回か、殺人の現場を遠目で見たことがある。そいつらには気を付けろよ」
あっさり信じられて、老人は『お前の分も、道具を貰ってやる』と言った。
「え」
「今は何が敵になっても変じゃない。危ないだろ。俺の息子が警備隊にいる。壊れていたって言っとくから」
「あ・・・りがとうござい・・・いや、その。でも、おじいさんが疑われたら困るので、いいですよ」
「そうか」
これもあっさり受け入れられて、僧兵はちょっと拍子抜けする。変に善良さで断らなければ良かったと後悔したが、老人は道具を持つ若造に提案した。
「それ、お前が使っていいや」
「はぁ?ダメですよ、おじいさんのですから」
「俺はもうさ。良いんだよ、ある程度生きたし。告知も聞いたら、もういいやと思える」
「そういう問題じゃなくて、私は自分で倒せますから」
「お前見てると、お前は生きてた方が良い気がするんだ。ヨライデに帰れないんだろ?魔物が増えっ放しで、仕事もなくなって、家もねえし」
いや、だけど、と僧兵が遠慮すると、老人はよっこらせと立ち上がり、『使い方は水に気を付けて、魔物に投げるんだ』と言い残し、家に入ってしまった。
これどうするんですかと最後まで尋ねたが、老人は扉も閉めてしまったので、僧兵はすまなく思う。
地面に指で『魔物が出たら、倒しに来ます』と書き、道具を手に自分も修道院址へ戻った。
人が優しいと思ったことは、殆どない。関心もなかったし、特に重要でもなかった。
でも、今日。 頭痛が消えたなと、激痛の引いたこめかみに指の腹を当てる。左手には貰ってしまった道具一つ。
「じいさん。『生きたから、もういい』って」
ダメだろ、と呟く。命かかってるのに、諦めてるし。病気そうでもないし、息子も警備隊にいるし、まだ生きてたいと思うんじゃ・・・なんて言ったところで。
凶悪そうな鋸刃をくっつけた、黒い魔物対抗道具を両手で持ち直し、見ず知らずの外人の自分へ向けられた思い遣りを、僧兵は暫く感じていた。
「物欲しそうな顔してたんだろうな。魔物製品、手に入れてみたかったから、そういう顔になったかも。ごめんな、じいさん。食べ物と薬くれたのに、命を守る道具までくれて」
修道院址まで緩い坂を上がり切った頃には、僧兵の心境は少し変わっていた。殺人を生業にしたが、人数どれくらいだっけと何となく思う。
―――死者は霊になって強さを増す、と信じるヨライデ出身。
死ぬことを恐れないわけではなく、続きを信じているので、人殺しもそこまで悪く思っていなかった。自分から死ぬのは、強さを減らすので良くないが―――
「俺が殺したのは・・・うーん。覚えてないな。何か、あんまり気分良くない。あのじいさんが魔物に襲われて死んだら、これ持ってきた俺のせいだ」
僧兵は、背後を向く。上がってきた道を戻り始める。この道具は返そうと思った。こっちは興味本位、あっちは命が掛かってる。今更、いいことするとか、そんな話でもない。
「でも。これは、じいさんの身を守るためにある」
一回こっきりの道具の後、魔物が出てたら倒してやるよ・・・ 呟く僧兵は、空腹も少し楽で、頭痛も取れて、すたすたと坂道を下り、そして民家へ延びる道手前で足を止めた。
黄色い煙が立ち込める。はたと、その場で立ち止まった僧兵の前に青い肌の男が現れて『何してんだよ』と友達のように脳に話しかけた。
『あの』
『庵に居ないとはね。逃げたか?俺を捨てて』
『違います、今はちょっと』
ちょっとなんだよ、と薄ら笑いの口元で、笑っていない目つきが僧兵を見下ろし、一歩近づいた。道具を手にしたまま、僧兵は今度こそ消されると知って道具を持つ手に力が籠る。
そこで、サブパメントゥは『ん』の一言。え?と目を合わせる僧兵。
『おい、それ』
『はい?あ、あのこれは道具で』
うっかり道具と伝え、僧兵は慌てて『作っていた道具ではないです』と言い直したが、サブパメントゥの顔が見る見るうちに怒りを含んで、凝視する。
『お前っ!俺を敵に回したことを後悔しろ!』
『ええ?敵って』
意味も分からず―― くそっ、と吐き捨てて大量の煙を噴き出したサブパメントゥは、あっという間に消えてしまった。何が何だか・・・ 僧兵は呆然として、薄れて行く煙を数秒見ていたが、煙がすっかり晴れてから、視線を両手に落とし、段々、理解し始める。
全く気にしていなかったこと。もしや、これは。
「黒い剣の材料と同じか?でもそれでいなくなったわけじゃないよな・・・これを見て、彼は怒った。敵に回したなんて、とんでもない誤解だ。次に会ったら殺すと宣告している。この・・・道具を俺が持っていたから?材料に秘密があるのか」
僧兵が知る由も無い。道具に入った『龍の皮』が、彼を操るサブパメントゥに大敵とは。
*****
『どこへ行くかと思いきや!ちくしょう』
サブパメントゥに戻った『燻り』は僧兵を罵る。使い込んで、そろそろ体が痛んできた様子から、甘やかしたら。
『あいつ。龍の皮なんか手に入れやがって』
あれを捨てさせれば良かったのか。ふと、我に返る。癇癪を起して戻ってきたものの、あの黒い道具は剣の材料と同じ。
『いや。違う。俺も混乱してるな。作業中の机はそのままだ。あいつが持ち出したわけじゃない。となると、他で手に入れたのか。なんだあれは。あいつが町に行ったのを放っておいたのはマズかった』
食い物入手と体調不良の改善、操りで死なれても、今は代わりを探す余裕がないから、町を頼って出て行くのを許した。放っておいて、戻ってきたと思った側から、民家に何か返す用事?そんなんでまた出かける足を止めたものが。
『あいつ、分かってないか?龍の皮・・・あれを捨てさせれば良いだけなのか。でもな。それで俺が怒った理由を探られるのも。くそ、ホントにまだるっこしい!』
黄色い煙をそこら中に撒き散らし、癇癪を起こした尻拭いを自分で始末するべきか悩む『燻り』。
そしてこれを、毎日の如く―――
なるほど、とダルナは失笑する。人間を使いこんで企みを進めているから、キリの良いところで壊すかと見ていたら。間抜けな一場面で気が抜けた。
「僧兵・・・ふうん。殺人はしているんだろうから、あいつも排除対象だろうけど。助けてくれた義理で返そうと思うとは。そんな奴もいるんだねって感じだ。
どうするかな。『燻り』がまた僧兵に近づかないとも限らないが、先に『僧兵』に教えてやるか。龍の皮はサブパメントゥに嫌われるのを」
選ぶのは自由に、だな。スヴァウティヤッシュは、ちょっとした気紛れで僧兵に入れ知恵をすることにした。
ダルナの、ちょっとした気紛れが後に・・・なんて、この時はさすがのダルナも気づかない。
土を踏んだ足から過去を全て読み取る能力は、未来に向けられはしないもので。
お読み頂き有難うございます。




