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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2758/2959

2758. 三十日間 ~㉙十日~十七日、剣職人『本当の仕事』・勇者へ半月間の報告・勇者からの助言

 

 記憶外を探るため、魂の道を調べたトゥが意識を戻したところで、下方から声が幾つか響き、主が建物から出てくるのを見つける。



 タンクラッドも今のところ、魂の道を外れずに進む。その自覚がないにせよ―――


 この男が付き合いやすい性質で何よりと、銀色のダルナは慣れた人間を見つめ、彼が警備隊数人と分かれたので迎えに行った。


「トゥ。次は北西の」


 警備隊に渡して、続く行先を押さえたタンクラッドが、『これから狼煙で報せが入るから』その後に行けばああでこうで、と喋っているのを聞き流し、とりあえず次の場所を把握するために向かう。


「使い切りと分かっていて、魔物材料やら貴重な廃棄物質(※神様の)やらで作ったこれは、強力な武器だし文句はないにしろ。女子供老人病人、赤ん坊はさておき、誰でも使える対抗の武器を増やしたくなるな」


 タンクラッドは、道具を配りながら『アオファの鱗』も配った方が併せて良いかと考え始めていた。


 イーアンは定期的に配るし、行く先々でも渡す。今はドルドレンが留守だからだが、いつもはこれをドルドレンが(おこな)っていた。


「馬車にこの前、積んでいたかな」


 ふと、イーアンが空へ行って貰ってきたのを思い出す。確か、4島襲撃の日、ルオロフがアマウィコロィア・チョリア島に配って使い切ったから・・・・・


「アオファの鱗も使い切りだが、()()()気持ちはもっと違うだろううし」


「タンクラッド」


 溜息混じりに振り返った、銀色の頭。剣職人が目を合わせると、『()()()()方が良い』とダルナは忠告した。怪訝そうに表情を変えたタンクラッドが返答をしないので、トゥはきちっと教えてやる。


「それは、お前の思い遣りかも知れない。だが、道具は何のために作った」


「武器の代わりだ。アオファの鱗も武器になるが・・・ 同じだと思うが。寧ろ、今まですっかり忘れていたのが迂闊で」


 そうじゃない、とダルナの低い声が遮る。


「お前の()()()()()を一つ前に進めるための、道具だ。人間を守る目的はあれ、『時の剣を持つ男』の仕事で進めた出来事。お前は、意味が分かっていない」


「俺は、人間が淘汰前も極力、死なずに済むよう」


「それは()()()()()()()()()


 がつっと切られてタンクラッドは眉根を寄せる。ここまで何も言わなかったのに何を言い出すんだと尋ねると、トゥは二つの首を後ろに向ける。巨大な頭二つと向き合う、主の小ささは、まるで存在の比率のよう。



「種族を超える、武器を作る。お前の仕事は、時の剣そのもの。時の剣は、正邪を握る手に託される。タンクラッド、道々通り過ぎる風景に心を砕くための制作じゃない。

 様々な要素を使い、お前が生む武器は、全てが剣のようなものだ。お前は多くの種族を()()に通用する剣を、作り出すのが仕事。

 時の剣が、双頭の龍を倒した()()()()()()生まれたように。知恵を使い、正邪を裁き、あらゆる種族に切っ先が食い込む剣を生むため、お前は選ばれた。

 これがお前の『今回の道具作り』の意味だ。

 もう一つ、ついでに教えてやる。空の龍アオファの鱗まで配り出したら、人間は足りなくなるたびに欲しがるだろう。それは、ルオロフを遣いにする『神』が、古代剣材料を使うのはやめろ、と注意した行為そのものだ」


 二つの理由を息つく間もなく説教され、タンクラッドはぐうの音も出ない。打ちのめされた感覚に近かった。



 選ばれた仕事(そんなつもり)で作っていたわけではなかった・・・が、確かに『この道具を、ティヤーの民に渡すのが自分の仕事』と大まかに捉えていた。


 行き過ぎる思いを止められ、我に返る。

 イーアンもそうだが、あれもこれもと親のように世話を焼くと、大概、最後に詰まる。今の自分は彼女を外から見ていた時の感覚ではなく、渦中に入った世話焼きの思考だと気づいた。ティヤーに今、何が必要か、理解していたはずなのに。


 タンクラッドは目を逸らさないが、戸惑ったのはひしひしと伝わるので、トゥは静かに諌言する。



「人間を甘やかしてどうする。言われるのが見えるぞ。『なぜもっと早くこうしなかったんだ』と、誰からともなく文句が飛ぶだろう。危機に陥らない内は、突っぱねていたやつらでも、だ。

 人間消滅まで、秒読み。降ってくる『思いやり』は何でも、いくらでも腕を伸ばすだろう。藁をも掴むあれだ。何本と言わず、束で藁があったって満足などしない。望みを叶えたら、やっと足元に落とすかもしれんが。その望みは、お前が今あれこれ藁束を投げてやったところで、()()()()()()()叶わないものだ」


 厳しいけれど、トゥの言葉は事実。タンクラッドは少しだけ頷いて、そこからは終始無言だった。



 次の島を確認後、一旦イングのいる湖へ戻り、必要数、道具の増量をして『王冠』で運ぶ。タンクラッドがこの日、口を利いたのは警備隊での挨拶と説明に絞られ、トゥとは会話がなく過ぎた。


 トゥも話しかけない。頭の中で主が思うことを読み続け、彼の自尊心に触れないよう余計な発言は控えた。タンクラッドは少なからず、自分を省みていたし、『情が厚くなる繰り返しの期間』に一歩引いた視線を心がけようとしていた。


 そして、一番突き刺さった言葉、『時の剣を持つ男の仕事』について、理解が全く追いついていなかったことに、タンクラッドの誇り高い精神は傷ついており、言われるまで、『選ばれた理由』に向き合ったことすらない浅慮を恥じた。



 タンクラッドと彼のダルナは、次の日も、その次の日も、毎日、道具を増やして配る行動を繰り返す。


 この間、殆ど喋らなくなった剣職人は、船で仲間に気づかれていたが、皆、心配はしても『喋れない内容かも』の思いやりで、遠巻きに見守っていた。



 トゥにガツンと食らった、『選ばれた仕事の意味』を―― タンクラッドは毎日考え続ける。


『すべき動き』を教えてもらう機会もなく、急に運命が動き出し、乗ったこの旅。

 かと言って、教わっていないことを人のせいにするほど若くもない。漠然としか受け止めていなかったし、模索が幅を広げなかったのは、分かるまで内観しなかったせいだと思う。


 随分前。魔導士に、二度目の旅路のヘルレンドフと比べられたのを思い出す。彼は俺よりも年嵩が行っていた。それでも俺より動き回り、俺よりも自分の仕事を知っていた。


『過去の人物と、現在の俺は同一ではない』この意識は変わらないが、世界が選んだ自分は、これまで()()()()()()を、ヘルレンドフと比べてしまう。

 それは、認識不足を正すのは今、と・・・心の内側が、時を告げているからだった。



 *****



 スヴァウティヤッシュに『煙いサブパメントゥ』情報を貰ったイーアンは、暫くぶりにドルドレンに会い、喜ぶのも束の間で流し、新たな情報を伴侶に教えた。


「君はいつもどんどん進んでいく。今回も」


「はい。覚えておいて下さい。私も忘れないように気を付けますが」


「うむ。イーアンは安定の業務思考である」


「何言ってるの。あなたが心配だから伝えに来たのでしょうが」


 んまー、と眉根を寄せるイーアンにちょっと笑ったが、受け取った話は全く以て笑えない。煙臭いあのサブパメントゥは、予想以上に厄介と分かったため、これは確かにおいそれと一人で動き回れないぞ・・・の懸念を持つ。


「俺を誘き出すために。それも『原初の悪』まで加わっているらしき様子。俺はそんなに重要なのか」


「今更気づいたような言い方されて。勇者なんですよ、あなた。しっかり」


「大丈夫だ。自覚はあるが、どうも俺の想像と、日々の現実が合わないから」


 ひたすらイヌァエル・テレンで、弟と朗らかに過ごす天上の人状態なので、ドルドレンも『こんな勇者で良いのか』と悩んでいるのだが、イーアンは『重要人物ほど狙い目だから、隠伏も仕事の内』と諭し、ドルドレンはまだここに居るよう伝えた。


「うむー・・・そうか。龍族にそう言われては」


 男龍もそんな感じなのだと、ひそっとイーアンに耳打ちすると、イーアンは『彼らは何でも感じ取っているし、先見の明が非常に優れているから、きっとあなたが餌になると分かっているのでしょう』と理解する。


「ところでイーアン。最新情報に感謝するが、人間淘汰はどうなったのだ。何も変わっていないことはないと思うが、君とラファルとエサイの三人は無事で、とそれが最後で続きを知ることもない」


「あ、そうですよ。そうでした。現状、あれから動きがあったかを聞かれますと、ほぼ変わっていません。人の淘汰に関しては、どうにかこうにか『免除して頂けるよう頑張る』流れを作りましたが、確実ではありませんし」


 イーアンは、今日までに自分が把握していることを伴侶に伝え、飛ばすところはドルドレンに質問されて答えて・・・ドルドレンは奥さんの話癖を掴んでいるので、大体の事情を得た。



「大変である。君も大忙しだ。ちゃんと寝るんだよ」


「眠い時は寝てますが、まー、やること三昧です。って、今回ばかりはいつ決戦が始まるか、本当に洒落にならない速さで起きそうなので、毎日巻いていますよ」


「ラファルは?イーアンが触れても大丈夫になった体とは?人間なの」


「厳密には違うと思いますよ・・・私もそれきりで会っていません。忙し過ぎて」


「エサイはどうなの。エサイはお父さんと一緒(※ホーミット)だから、まず危険はないと思うが」


「私もその認識で、全然確認に至らずです。でも何かあれば、お父さんが言うでしょう」


「シャンガマックのところに出入りして、すっ飛ばしていそうだ」


「でもシャンガマックがまともですから(※癖はあるにせよ)。テイワグナ出張報告以外も、お父さん持ち込みの情報は急ぎで船に教えるよう、急かしてくれています」


「・・・オーリンが、これまでにないほど取り乱した、教会のニダの話は強烈だ。お父さんは自分が強いから余裕なのか、その情報を後回しにした印象だが、『人型動力』が実はもっといそうだし重視しないと」


「死霊もですよ。二番手が出てきましたし。もうヨライデが関わっている時点で、何でもありだなと思いました。ヨライデから魔物、ではなく、ヨライデの死霊使いが加担しているのだと思うけれど」



 さながら中継状態でイーアンからの報告を受け、ドルドレンは考える。


 馬車の民はポルトカリフティグが守っているから、多くの危機から守られる。だが、ティヤーの民は、何から守られるものでもない。

 聞いていると、敵は魔物どころから、種類が増えっ放し。

 死霊の使い手は新しいのが出て来たし、ヨライデも加担、動力は片っ端から潰していたはずが、なぜか危険な人型が始動して、それをサブパメントゥが操っているのだ。さらに、ドルドレンが懸念する部分は、『人間』が今回の主題である以上―――



「俺の勘だ。僧侶、僧兵は生き残っている者もいるだろう。彼らが結託したら、数は少ないとしても、殺人がまた増えるかもしれない。追い込まれて数が減ると、賊というのは巻き返しを図るものだ。魔物や死霊のことは俺が推測できないが、人間同士の歪みなら腐るほど見て来た」


 ドルドレンは、自分を見上げる女龍の頭を撫でて、その力強い鳶色の瞳に囁く。


「人間も気を付けなさい。アイエラダハッドを思い出す。決戦の前に、『原初の悪』の使う邪な存在が、人間を侵食した。彼らはサブパメントゥに操られやすく、個人の意識が薄くなる。フォラヴは危険な気配を帯びない人間の集落で、サブパメントゥが操る相手を攻撃するに迷い、倒れたのだ(※2367話参照)。

 今回もそれが起きかねない。一気に巻き返される手段が、生きた人間を取り込む『人型動力』とあれば、各地で実行されては()()()()()()だろう」


「手が打てないとは。人が人相手に」


「そうだ。相手が魔物だ、死体だと、目で見て分かるなら、人は剣も振るえる。だが同じ人間相手に剣を突き立てるには、民間人は心が邪魔する」


 総長として見てきた過去と、アイエラダハッドで憑かれた人々を斬り続けた話を出し、『人間相手が最も戦いにくいこと・その躊躇いは死を増やす』とよくよく注意した。

 イーアンもそう思う。伴侶が言いたい点をしっかり肝に銘じて頷き、『また来ます』と数十分の会話を終えて分かれた。 



 イーアンはドルドレンの言葉を反芻する。当たり前、だけど、当たり前であってもそこまでダメージに捉えていないこと。


「人が、人に襲われる時。立ち向かって攻撃できる数が、例えば10人中、半数を超えるとしても。その人たちが、相手を殺すまで行くかは別です。これが近所の人だったり、自分の家族だったら、絶対に迷う」


 迷っている間に殺される。伴侶はそれを注意した。確実にやられるのだ。相手は()()()()()のだから。


「そうなのよ、ドルドレン。私は魔族の首を取った日(※1352話参照)。魔族の首と共に野外で眠る夜、私は以前の世界のゲームや映画を思い出した。既に人間ではなかったけれど・・・誰かを殺して、簡単に次へ進める心など、そうないことを、身を以て感じたのです。

 基本的な感情の欠落や支障や未熟で、人を殺しても鈍い人間だっているけれど、多くはそんなこともない。人を倒さねばならない時、戸惑うのは普通だから・・・あなたの忠告が、もしかすると()()()()()部分の予想かも」


 もしかすると、人型動力に取り込まれた家族や友人を、何とか助けようとするかもしれない。

 もしかすると、取り込まれた家族友人に、言葉で理解を求めようとするかもしれない。


『もしかすると』の可能性がいくらでもある。魔物相手なら走って逃げ出す場面が、相手が変われば、答えも変わる。



「何とかしなければ」


 各地で死者が増える時。それは人型動力がティヤー中に現れる日。ないとは言えない可能性に、イーアンは心を引き締める。


 残酷としか思えない、広がり続ける、人を翻弄するティヤーの渦を、女龍はどうにか対処したくて・・・ しかし良策が一つも出てこないまま、一週間が過ぎた。

お読み頂き有難うございます。

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