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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2757/2958

2757. 三十日間 ~㉘十日目朝、ダルナから女龍へ一部始終を・双頭のダルナ前身の記憶

 

 スヴァウティヤッシュが明け方に訪れたところ、黒い船にトゥの姿はもうなかった。


「出かけたのか。イーアンはいるのかな・・・しかし、この船もよく一つ所に留まってるもんだ。馬車と同じ感覚なんだろうが」


 黒いダルナは、この船の乗員が全員、強気なのかと思う。この大きさ(※船が)で一ヶ所から動かないなら、敵は()()()()()()()()場所の人間を荒らすものだろう。


「統治する領主の目の届かない所で、賊が悪さを増やすくらい分かりそうなもんだ。出かけて行って倒しているとはいえ」


 トゥのいない船の帆柱上、夜明けの近づく空を背景に呟いていたが、ふと、黙る。下を見たら、丁度小さな扉が開いて、白い角が見えた。あっちもこちらを見上げて手を振る。


 スヴァウティヤッシュがイーアンに会う回数は減ったが、イーアンの笑顔はいつ見ても好ましい。分け隔てない性格が滲む。この前会った時は怒らせたなと、少し笑ったダルナは彼女の側へ行った。



「あなたがいると思った」


 下りてすぐ、イーアンが笑顔でそう言い、ダルナも微笑んで頷く。


「俺に気づいて出て来たのか。嬉しいね。あのさ、ちょっと思ったんだけど」


 はい、なあに?と笑みそのままのイーアンに、ダルナは『この船。ここから動かないと分かったら、他が襲われやすくならない?』の意見を提供。女龍の笑みが心なしか強張った気がしたが、イーアンは笑顔を崩さず答えを伝える。


「動くわけに行きません。ここから離れられない事情があります」


「そうなの?でも一ヶ所から動きがないと、魔物もサブパメントゥも」


「離れられない事情、()()()


 どことなく重みを増した女龍の声が低くなり、スヴァウティヤッシュは頷いた(※怒ってるの気づく)。女龍は笑顔で、頷き返し(※許す)彼の来訪を尋ねる。



「誰に用事でしたか?私か、他の」


「トゥにも、イーアンにも」


 トゥは出かけちゃいましたね、と明け方の空に鳶色の瞳を向け、ダルナも『一歩遅かった』と先ほど来たことを伝え、でもイーアンにすぐ会えて良かったと挨拶すると、女龍の表情はやや緊張する。


「コルステインから、ですか」


「いや。違うんだ。ついでに、ニダの話とも違う。ちょっと時間ある?」


「あります。少し待っていて下さい、私、朝食作りがお手伝い出来ないとミレイオに伝えてきますので」


 ワルイねと送り出し、女龍がそそくさ船内に戻る背中を見送り『女龍が、朝食づくり』と可笑しそうに首を傾げた。


 イーアンはホントに何と言うか。自分たちを解除した龍が彼女で良かったと、誰もが言うが(※異界の精霊の間で)彼女でなければ、こうまで寄り添えなかっただろうと感じる。


 こんなことをイーアンに言っても、『食事の習慣は抜けない』と答えそうだけれど、そういう意味ではなく、()()()()()誰かを大事にし、出来ることをしようとする、そんな頂点が貴重だよ、と・・・ 思っていたら、女龍が小走りに戻ってきて、一緒に空へ上がった。


「私、何か変ですか?先ほどから、楽しそうですが」


「いや・・・俺はイーアンが好きだな、と」


「有難うございます。私もスヴァウティヤッシュが好きですよ」


 この返答も面白いけれど。何か面白がられている、と眉根を寄せる女龍に答えず、雲の上まで連れて行った。下は雲が多いから、雲の上の方が明るくて良い。


「降るかな。大雨が」


「雨が来ると困る?」


「雨はただの予報だ(※ダルナ予報)。笑顔のイーアンのままで見ていたいが、そうも行かない。かと言って、重荷を増やすつもりでもない。今から俺が集めた情報で、コルステインにも許可を取ってあることを話す。()()()だ」


『燻り』の名は口にしないが、この前、イーアンは『煙臭いサブパメントゥ』の存在を知っていたので、名を出さないまま、情報を伝えることにする。女龍の目つきは優しさを消し、顎を引く。


「お話し下さい。言える範囲で」


「煙の奴が知っていること。まだまだありそうだが、イーアンに教えておいた方が良さそうでね」



 ―――スヴァウティヤッシュは、操りながら『燻り』の記憶を引き出して、『燻り』が精霊とした約束や、勇者をおびき出そうとする動きで、剣を作ろうとしている現状、その理由に人型動力の防御があることを話す。

 そして、剣の材料を手に入れた場所も、スヴァウティヤッシュに流れ込んだ風景を説明し、『グィードの海』から、あいつが水を持ち出したことも教えた―――



 女龍は薄っすらと口を開いたまま固まっている。目は驚きと苛立ちで見開かれ、分かっていたこともありそうだが、ちょっと信じられないといった反応でもある。


「今のところ、ここまで」


 黒いダルナが話を切ると、イーアンは息をスッと吸い込んで『有難う』と最初に礼を言い、『その煙のサブパメントゥ一人で、それほどの動きがあるとは』意外な事実で驚いたと視線を逸らした。


「侮れないですね。数がいるだけに、そんな奴がうようよしているのかと思うと」


「だから、俺とコルステインで駆けずり回っている」


「ふー・・・ 私はお手伝い出来なくて申し訳ない。とても感謝しています」


「それぞれ分担だから気にするなよ。それで、質問はある?」


「はい。コルステインはどう思われていらっしゃいますか」


「即行、消したがってるよ。でもちょっとね、今消すとまだ」


「うん。私もスヴァウティヤッシュに賛成かも。あなたがそいつを操れる状態で、これだけの量の情報が入ってくると、まだあるのかと思います」


「俺もそう思って・・・あ、そうだ。『グィードの海』だけどな。龍の範囲なんだろ?」


「一応そうです。グィードはサブパメントゥに住んでいますが、彼はサブパメントゥと関わりません。私のこの服は、彼の皮で作られていて、私や男龍(※タンクラッドもだけど伏せる)が呼び出すと現れます」


「そう。ならやっぱ、話しておいた方が良さそうだ。()()()()()が、その海の効果を教えたみたいだ」


「親」


 ピンとくる、イーアンだが。

 始祖の龍が与えた、空を飛ぶ方舟に勇者と一緒に乗り、イヌァエル・テレンで彼女を怒らせた、あいつが親だろうとは思っていたけれど、グィードの海のことを知っていた?・・・グィードは時代が後じゃないの? 


 またこの問題―― 創世の時間差 ――が理解の邪魔をするが、とりあえずダルナに頷く。


 一瞬、戸惑う間合いを置いたイーアンに、スヴァウティヤッシュが気づいて『何か知ってるのか』と尋ねたが、イーアンは『知らない何かが邪魔をしている』とだけ答えた。


 伏せたり隠しているのでもない、イーアンの困った感じから、ダルナも彼女にそれ以上は聞かず、報告を終えたので『これが用事だった』とさよならを切り出す。


「有難うございました。この話は、私の判断で他のお方にも伝えて大丈夫ですか?」


「いいんじゃない?イーアンが話そうとする相手なら」


 信頼してくれるダルナに頭を下げると、黒いダルナは『またね』と風に紛れてあっさり消えた。生まれたばかりの眩い光の空で、イーアンは少し考えてから、更に遠い空を見上げる。


「ドルドレンに教えよう」


 狙われているのは彼であり、地上に降りたら即始まる危険が口を開けて待っている。一つでも情報が多い方が良いと、イーアンはイヌァエル・テレンへ飛んだ。



 *****



 一方、女龍と分かれたダルナは、あの独特な存在の()()()を辿りながら、ティヤー西北西へ出た。銀色のデカいのは見当たらないが、ここにいるのは伝わる。


 そこそこ大きな島があり、周辺はその半分にも満たない緑豊かな・・・要は、人も少なそうな島がつかず離れずで点在する。この大きめの島を中心に成り立っていそうで、少し距離を開けた先に似たような大きさの島が見えた。



「俺に用か」


 スヴァウティヤッシュが眺めていた後ろから声が掛かり、黒いダルナは振り返る。『そう』と返事をすると、大きな銀の巨体が、曇り空の重たい色に輝きを見せた。


「出てくると、相変わらず派手だな」


()()に来たわけじゃないだろ?」


「あんたが歌を聴いたかどうか、って知りたくなってね」


「無理やり歌われたことはあったな(※2737話参照)」


 じっと見た黒いダルナに、二つの首が真っ向から覗き込む。『手間を省く。読んでみろ』と思考を読むよう促し、スヴァウティヤッシュは『どっちの』と二つの頭に視線を走らせた。


「どちらでも同じだ」


 冗談みたいな会話で、ダルナ同士は了承し合う。読ませてやるのも、読むのも、()()()()()こと。トゥが警戒していないのではなく、託そうとしているのを理解したので、黒いダルナは『お邪魔するよ』と右の頭に決定。が。


「でもあんた、()()()()()()ことあるか?」


「・・・ない」


 たまにあるくらいでと言われ、スヴァウティヤッシュの眇めた目が向けられる。()()()()と分かり、トゥは可笑しくて少し笑った。不満げな黒い方が、笑われながら確認。


「揶揄ってるわけじゃないよな?」


「俺が土を通さないとダメか」


 答えたくなさそうな黒い相手に、トゥは首の一つを近寄せて『()()から聞いてろ』とやり直す。会話で誤解や取りこぼしがあると困る内容であるのを先に注意し、頷いたスヴァウティヤッシュに、あの日のことを話した。


 聞くだけ聞いて、スヴァウティヤッシュがすぐに質問。


「歌を覚えていた?って言ったな」


「俺の遠い記憶だ。お前にもあるだろう、以前の世界の記憶が」


「あるね。だがあんたの思い出は、かなり不思議に感じるよ」


「そこだ。俺はそのままを伝えた。俺も『なぜだか分からない』」


 話の途中で挟んだ一言は、今も疑問。はっきり思い出せる範囲ではない記憶なのか。しかしダルナにもそんなものがあるとはと、二頭のダルナは首を捻る。今度は黒いダルナに、トゥから質問が行く。


「お前はどうして俺に、歌の話を聞いた。サブパメントゥを倒している最中に、どこかで噂でもあったか?」


「噂どころか、当事者がそう話していたからね」


「欲深そうでも他言するのか。ああいうのも」


「していたよ・・・って言ったら、少し違うな。俺が話すように仕向けたら、『歌を思い出したザハージャング』の話が出た。あいつの親が、創世で歌ったのを引き継いでいるようだが」


 ほぉ・・・ 会話していたトゥの一つの首、その横にもう一つの頭が揃い、二つの頭がスヴァウティヤッシュに向けられる。


「他には」


「それくらいだ。サブパメントゥ同士で言い合いの場面が出来たから、ボロボロ喋るように仕向けたら、歌を聴かせた方が得意げに、『ゆっくり何度も歌を聴かせる』予定を話した。ザハージャングが思い出したら、背中に乗る人間を落として自分に従う。と想像しているのは視えた」


「愚かな」


「愚かだよ。思い込みが強過ぎて、それしか見えない連中だ。間違えていても矛盾していても、気づいてないのか気にしないのか。そう思ったら()()、って感じ」


「・・・お前はバカ相手に、貴重な魔力を使って。毎日毎日そんなのを聞くのか」


 変な同情を感じ、スヴァウティヤッシュは半目になる。トゥは『早くコルステインがお前に頼らずに済むと良いな』と呟き、同情が鬱陶しくて、そう簡単じゃないと流した。


「だから、あんたに本当のところを聞いておこうと思った」


「よく分かった(※同情)。話した通り、それ以上も以外も以下もない。歌は知っていた。それがいつの、誰による歌かを思い出せなくても、だ。俺は知っていると感じたから聴いたが、それだけのことだな。操ったと思い込める能天気さは理解できない」


「歌の内容は、()()()()()()のこと・・・だよな?」


 純粋に疑問で聞いてみただけだが、トゥはここに反応。


 二つの首がぴたりと止まり、水色と赤が揺れる瞳四つが、じっと黒いダルナを見つめる。翼がゆっくりと動き出し、スヴァウティヤッシュはどうしたかと身構えたが。すぐにトゥは翼を畳んだ。



「何だ?」


「お前の質問が、俺をもう一歩、記憶へ引き込んだ」


「理由に届いたか?」


「そこまでではない。ただ、そうだな。以前の俺は・・・いや、やめておこう。探っているだけで真実の保証がない」


 適当なことが言えないダルナの性質で、嘘に繋がってしまうことを避ける。

 思い出しかけたようでも鮮明ではなさそうな様子に、スヴァウティヤッシュは『無理するな』と声を掛けて、今日は戻ることにした。



「また、何かあんたに関わることがあれば、知らせる」


「頼んだ」


 頼んだ、なんて、珍しい言葉。黒いダルナは頷いて、空気に溶けた。森の豊かな土の香りを風に残し、その風も温く吹き去って、蒸す雲の下で銀の双頭は考え込む。

 タンクラッドはまだ建物から出てこない。過去を視る時間がありそうだと、トゥは自分の魂を手繰り始めた。


「この世界の龍ではないとしたら・・・あのサブパメントゥの親は創世にいた。それはどうでも良いことだが、勇者とサブパメントゥは(しがらみ)がある。俺は、()()()()()()()この世界に来た悪竜、トゥウィー・ヘルファ・トゥ(※2530話参照)」


 あの歌は、馬車の民が()()歌った、それが元では。



 サブパメントゥは、歌詞に『自分の(ねぐら)がサブパメントゥ・・・ 』と幾つも、サブパメントゥの名を入れていた。


「そうだ。()()()()()()()も、馬車の民の言葉ではなかったか?」

お読み頂き有難うございます。

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