表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2756/2956

2756. 三十日間 ~㉗深夜の報告―『船へ、仮面と母国事情』・『煙と音から』黒いダルナへ

 

 この夜―――


 テイワグナにいるシャンガマックは、やって来た獅子にあれこれ相談した末に、『やはり船にも伝えてほしい』と報告を頼んだ。


 12の面の一つが完成し、最終の12個目までは早いこと。二ヶ月、とは言わなくても。それと、ハイザンジェルのこと。


 獅子は『急ぎでもなさそうなもんだ』のぼやきが先に出たが、『早く共有した方が』とじっと見つめられ、渋々、黒い船アネィヨーハンへ行った。



「なんで()()()なのよ」


 ミレイオが機嫌悪そうに首をぼりぼり掻き、部屋の扉に顎をしゃくり『皆を集めて話せばいいじゃないの』と・・・押し付けられる伝言を回避しようとするが、獅子は無表情で『お前から言え』と命令。


 早く息子の元(※かわいい方)に帰りたい獅子は、面倒がるミレイオ(※かわいくない実の息子)に耳を貸さず、一方的に喋った。


 ――『バサンダの進捗諸々』と『ハイザンジェルの実態と推測』これを端的に教えると、ミレイオの顔に驚きと複雑な感情がないまぜに浮かぶ。



()()なの?」


「何がだ。間違えて伝えるなよ。二度手間だ」


「どっちもちゃんと聞いてたわよ!もうっ」


 ここで、ハッとしてミレイオはベッドを振り返る。獅子はミレイオの部屋の影から出て、ミレイオはベッド横に立ったまま話を聞いていたので、寝ていたシュンディーンが起きた。ぱちっと大きな目を開けた精霊の子は、獅子の気配に気づく。


 目が合って、まだこいつは俺に()()()()気かと、獅子は飛び付かれる前にさっさと逃げた。


「んんー」


「仕方ないわ、シュンディーン」


 無念そうな唸りの赤ん坊を抱っこして、ミレイオはちょっと笑う。『あんた、青年にもなるのに。やっぱあいつが来ればそれはそれで、抱っこしてほしいのね』と黄色い頬を突くと、不満げなシュンディーンは頷いた(※精神的には赤ちゃん)。


 あんな奴に貼り付かなくたって、最近は回復するようになったじゃないのさ・・・ 起こしてゴメン、とミレイオは片腕に赤ん坊を抱っこしたまま、水差しの水を容器に注ぎ、一口飲む。


「さーて。今は何時?明日の朝は、また皆バラバラに動きそうだから、可哀相だけど起こすか」


 厄介ねとぼやくものの。ミレイオはシャンガマックが集めた情報の重要さを、後回しにすることはなく、各自の部屋を深夜の呼び出しで回った。起きないのは毎度クフムがそうだが、他は皆、二回もノックをすれば起きてくれ、通路で簡易報告。


 緊急ではないんだけど、でも揃っている時に話しておきたい。ミレイオの出だしは、眠気混じりに起きたそれぞれが『緊急ではないが必要』と理解するに充分だった。


「さっき、ホーミットが来て――― 」



 一つは、バサンダの制作は順調で、一つめの面が完成したこと。

 それから、バサンダが『12の面が早く仕上がる可能性』を告げた事。獅子は、いつ、とは言わなかった。


 もう一つは、ハイザンジェルは()()()()()()()()こと。

 呪いの地はハイザンジェルを囲み、情報の遮断だけではなく、世界についての知識も遮り、それは今も尚続いている様子だとか。



 タンクラッドとイーアンが、最初に目を見合わせる。それからルオロフが『ハイザンジェルに呪い?』と訊き、なぜか合点がいったようなイーアンに『何の話ですか』と続けて質問した。


「イーアン、結界を」 「そうですね」


 タンクラッドがぼそっと思い出して呟き、イーアンもはたと我に返って龍気の結界を弱め設定で出す。シュンディーンが嫌がらない程度に抑えた龍気の結界の内側で、イーアンは『ハイザンジェルは』とルオロフに簡単な説明を聞かせる。


 怪訝そうに眉根を寄せた赤毛の貴族は、この場にいる自分以外を見回して『皆さんは、いろんな知識をお持ちですが』と信じられなさそう。頷いたイーアンがそれも解説。


「バサンダの制作進行状況は、『良かった』ということで。遅い時間ですし、長引かせる話でもないけれど、今しか話す時間もないでしょうから。

 私はこの世界に来た最初が、ハイザンジェルでした。初めて来た時の感想は『私のいた世界の過去の状態』だな、です。数百年前の歴史を、地で見ている感じ」


「そ、そんなに進んだ世界だったのですか?」


「そこはさておき。とにかく歴史ではそれくらい前の環境や人々の暮らしが、私の目の前にありました。しかし、違うところもありました。それは()()がいた事です」


 イーアンは、前置き短めで『魔物を退治するにあたり、覚えている知識を応用して倒し始めた』当初、動いている内に出会って繋がった、タンクラッドやミレイオ、オーリン、また他の職人たちの知識は、いつも不思議だったと本音を伝える。


「彼らは仕事として理解し、その賢さや挑戦心、探求心から一歩踏み込んだ知恵を得ています。でも、誰もが知っている訳ではない矛盾に、なぜだろうと常に疑問がありました。

 また、遥か昔にアイエラダハッドと貿易していた過去の道、山脈の終わりに添う川の遺跡には、それこそ信じられない物があり、私はその差に驚いたのです。遺跡には、私が使う知識と似た情報が書かれていたからです(※ディアンタ僧院)」


「アイエラダハッドへ来て・・・どうでしたか?」


「ええとね。これがまた複雑なのですが。閉ざされた知恵、あれね。あれがまさにこの疑問の中心ではあるのだけれど、ハイザンジェルの場合は、国民の多くが『もっと知らない状態』なのです。

 テイワグナもアイエラダハッドもティヤーも、()()()()()()()は似たり寄ったりなのだけど、ハイザンジェルに至っては、今、ミレイオがホーミットからの伝言で話してくれたように、精霊信仰も極めて少なく、龍すら童話の世界の生き物」


「知恵、だけではなく。精霊も」


「そうなのよね。私は信じている方だったけど」


 ミレイオが口を挟み、『でも私はヨライデから来ているからね』と元が違うことも添える。タンクラッドは信じないこともないが、信仰云々はそこまで関心がなかった。オーリンは性格上、大体のものを受け入れるので、これもちょっと違う感覚。


「この三人は、目安にならないと思って」


 ミレイオが自分を含めて指差し、職人たちが苦笑する。ルオロフもちょっと笑ったが、すぐ真顔に戻り『ハイザンジェルでは、全く信じないのですか』と国民に関心を寄せた。イーアンは頷いて『そういう人が多い』と答える。


「勇者の存在も、子供の頃に聞いたお話、程度。龍はね、最初『龍』ではなかったの。『魔封師』として絵物語に出て来た女の人が、実は龍なのだけど、『龍になる』なんて一言も書いていませんでした」


「え・・・ 」


 それほど懐疑的だとイーアン大変でしたね、と労う若者に、イーアンはしっかり大きめに頷いて『自分が関わっていたから、手探りで確信を増やした』と答えた。


「でも龍を直接見れば、皆さん素直に信じました。『あ、龍だ』ってなるのですね。この受け入れの速さも意外でしたが」


「呪いはまだ、続いているんだろ?」


 オーリンはそこを気にする。呪いが続いているのに、信じるのは早い。それはなぜだと首を傾げ、タンクラッドが『外からの情報を落として入国した、って意味じゃないのか?』と解釈を広げた。


「古い時代から居た先住民、要はバニザット(※シャンガマック)の部族とかな。フォラヴのように元が違う妖精は、その呪いに掛かることもなかっただろう。

 だが、比較的新しい時代に入ってきた入植者が作った国だ。国が傾くほど魔物に壊されて、国外逃亡は洒落にならない人口減少に繋がった。今・・・もしかすると、避難した人々が戻って来る際、やはり忘れてしまうのかもしれない」


「龍も、精霊も、妖精も。ですか?サブパメントゥや、大きな力の種族のことを」


「知恵も、だ。どこかで原理や仕組みや応用を学ぶなり、生活で慣れたなりしても、母国ハイザンジェルへ足を踏み入れたら、その経験の記憶が消えるのかもしれない」


「私たちは平気だったのにね」


 若かりし頃に旅に出て戻ったミレイオやタンクラッドは、なぜ大丈夫だったのか、そこに話が飛ぶ。


「意外と、気づいていないだけで忘れているんじゃないの」


 オーリンがそう言うと、ミレイオは困惑。『でもミレイオは、そもそもサブパメントゥだから』そういうの通じないでしょと、イーアンが突っ込み、それもそうだと思い出しミレイオは安心した(※たまに自分の種族忘れる)。



 夜更けの通路で、思ったより話は長引き、ああだこうだと意見と疑問を井戸端会議のように交わし合っている内に、ルオロフが欠伸をかみ殺したのを見て、イーアンがお開きを言い渡す。


 クフムには明日私が伝えておく、とミレイオが〆て、それぞれは部屋に戻った。



 *****



 船の乗員が、再び眠りに就いた頃。


 姿を見せずに、時間関係なく動く異界の精霊が、夜中の魔物退治で勤しむ中、眠ることのないダルナの一頭も、日中から引き続き仕事中―――



 コルステインは、いつ『燻り』を消すのかとやきもきしているけれど、スヴァウティヤッシュはまだその予定がない。

 あまり我慢させたくはないが、この煙の相手は思ったよりも多くを知り、些か専断的な動きから察するに、解釈の誤りがあるものの、勇者と空への情報が豊富で、()()()()()()()()から消した方が良い。


 それを伝えたら、コルステインは渋々、了解してくれた。でも顔を合わせれば毎日、『まだ?』と早く片付けたがるが。相手の記憶を丸ごと読めるのに、どうして引き延ばすの?と。



「違うんだ、コルステイン。俺はこいつを使って残党を減らすのがまずは目的で、合間に、こいつが差し挟む()()()()も集めている。それは、記憶だけを読んでも拾いきれない、浮浪雲みたいな記憶」


 今、側にコルステインがいないので、普通に呟いてみる。

 コルステインは、スヴァウティヤッシュの観察を一緒に待てないので、時々、離れるようになったのだ。


「ごめんな。でも、少しコルステインも・・・肩の荷が減っただろ」


 呟きの最後は吸い込んだ息と共に静まる。長い黒い首をぐーっと傾け、地上に上がってきたサブパメントゥを確認した。


 来た来た・・・『燻り』がサブパメントゥに入る前に止めて、案の定だ。『燻り』の数日は、仲間を()()()()()()ような状況だから、疑うやつの一人二人が直に接触する頃だと思っていた。


 全く、面白いくらいに思い通り。

 黒いダルナは距離を取って、サブパメントゥ二人のやり取りを傍聴に入る―――



『お前に話が聞きたくてな』


 煙も薄い、風のない夜。空は雲が出て空気は蒸しており、月も星も明かりを落とさず、薄っすらと漂う煙は却って僅かな明度を作る。それが気になるのか、もう一人のサブパメントゥは分かりやすい頭の動かし方で左右を見ると『これは要らない』と、遠回しに煙を下げる指示をした。


 ぼんやりくすむ黄色と灰色の帯の内側、『燻り』は対する相手の言葉に返事をせず、『何かと思えば、話は煙か』と嫌味を戻す。



 スヴァウティヤッシュは、もう一人のサブパメントゥの外見を見て、これが誰か、すぐ分かる。

 人間なら巨体の大きさ。二足歩行の体形で、太く長い尾を持ち、体は鎧に似る。頭も、角か冑か、幾つもの突起が伸びる飾りを持ち、色は深い紺色と青白さの二色。


 こいつは、アイエラダハッドでもドルドレンを襲ったし、ティヤーに来てからもしょっちゅう見ている。やけに落ち着いたサブパメントゥで、見た目と裏腹、派手な動きに出ないのが特徴。こいつは言い出しそうな一人と思いきや。



 紺と白のサブパメントゥは、嫌味な『燻り』を見下ろして、僅かに首を横に振る。残念そうな、その態度。


『いいや。()()()()に用はない』


『技じゃなくて、(これ)は、()。分かってて何言ってやがる』


『俺もお前が、こっちの用を分かっていて、なぜはぐらかすのかと、今、不思議だ』


『はぐらかすだと?ああ、俺の失敗を言ってるのか?』


『失敗か。仲間が立て続けに消されても、失敗で済むか』


『俺が、何かの手引きでもしたと決めつけているだろ。動きの偏ったお前には、何も見えていない』


『俺が見えていないなら、それはお前の煙に騙されなかったということだ』


『・・・おい。俺は短気だ。歌ってるだけのやつに』


 黄色い煙が苛立ちと共に増し、言いかけた言葉の先は、紺と白のサブパメントゥに遮られる。鎧の相手は、口を開けただけだが、煙は口へ向かって引かれるように消えてゆく。『燻り』が少し離れて睨んだ。



『歌っているだけの俺に、この煙はどうも()()らしいな。煙はお前自身、だっけ?』


 ふざけた口調は挑発と威嚇を含み、これに『燻り』は不満丸出し、頭を振って『俺は空を取る準備をしているだけだ』と憎々しげに吐き出した。


『俺が仲間を殺していると思ったお前は、愚か過ぎる。俺が勇者を出させるために、幾つもの手を打っているというのに』


『お前に勇者を任せたが、一向に進まないのも疑問だった。コルステインが追うのは、そんなに』


『いい加減にしておけよ。ザハージャングは勇者が連れてくる。気がイカレたザハージャングを正気にしてやるために、勇者を引きずり出す。()()()()()、三度目は勇者に仲間が多過ぎるんだ。龍も精霊も味方に付いて、おいそれとできると思うか?』


 ふん、と軽く鼻で笑うような表情を向け、紺と白のサブパメントゥは捲し立てる相手を見下ろすと、『無駄なこと』と呟いた。カッとした『燻り』から煙が噴き出したが、ハハッと笑った鎧の体が、長い尾を地面すれすれに振ると煙はまた落ちる。


『ザハージャングは、もう、俺が支配したも同然だ』


『何を言ってる。それでどうして、戦闘態勢にならない』


『気の毒な双頭の龍は、()()()()()()()()()。俺の親が遺した歌を、あいつはすぐに思い出して、動きを止めた』


『で?』


 言い合いの立場が、若干崩れたのを理解して、『燻り』は反応が揺れる。


『何度か繰り返せば、しっかり手懐ける。勇者は後でも良い。そういうことだ』


『精霊は(※『原初の悪』)、勇者をサブパメントゥに引き込む()()()()()()()()()()、と言った。精霊が手を貸しているのに』


『ふーむ、お前は精霊に義理でも感じていそうだ。いつから精霊の煙草になり下がった?』


 紺と白の皮肉が言い終わらない内に、辺りは真っ黄色に澱み、白熱した燃えさしが火の粉と共に飛び散った。

『燻り』が怒った瞬間、相手も消えており、話し合いは不仲な終わりで終了―――



 傍聴していたダルナは、そこら中が煙になった様子を数秒眺めてから、『燻り』をまた泳がせる。操られているなど、ちっとも掠めることのない『燻り』。そして、この場に来た、紺と白のサブパメントゥも然り。



「そう。『あのザハージャング』が、()()()・・・ ちょっと、確認しとくか。あいつは何も言わないからな。

 で、精霊が勇者に、()()()()()()()()()か。これはイーアンに言っておこう」


 黒いダルナが改めて得たことを考えていると、青い霧がフワフワ戻ってきて、『消した?』と聞く。


 ハハハハと笑ってしまったダルナに、コルステインは気を悪くしたようで、青い霧は赤や紫に色を変えていた。

お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ