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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2755/2956

2755. 三十日間 ~㉖太陽の手綱、十番目の歌の最後を

※今回は短めです。3000文字くらいなので、豆情報程度で読んで頂けたら。

 

『 ―――もしも幻の大陸へ。尊い風を受けたなら、入らなくても大丈夫。風を知らない足が行く。太陽、月も星もない、眠る籠は草の上。窓が開いて、続きは二つ。太陽探しの馬車が動く。終わりの入り口、次の道。後ろの民は、続きを二つ。草に座るか、馬車に乗るか。それでもだめなら、やり直し――― (※2712話参照)』



「ホラティ。地震だ」


「よく聞こえない、アタナ、もう少しこっちで言え」


「地震だよ、気づかないかい?」


 午後終わりの風が涼しくなった外に立っていた、60後半のアタナは、兄のホラティがいる荷台に乗り込むと、荷台の棚から落ちた布巾を拾い上げて『地震だったんだ』と70代の兄に少し大きめの声で教えた。


「そうか。でも、何も壊れていない」


「布巾と・・・ああ、こんな大切なものまで落ちている」


 これはダメ、とアタナは椅子の脇に転がっていた、銀細工の小さな入れ物を両手で救い上げる。煙草を吸おうとして体を捻った兄は、目を細くして『落ちたのか』と困った顔。その顔に、弟も別の意味で困った視線を向け『()()()()()』と見て分かる返事をした。


 銀細工の繊細な彫刻が前面に施された、その蓋を慎重に開ける。収まった白い小石のような骨は、どこも壊れていない・・・安心してまた蓋を閉じる。


「ドルドレンが()()()()()()から、落ち着いて眠れるようになったよ」


 ホラティは煙草の先を少し指でほぐして、皺の深い頬に笑みを浮かべ、弟も『()()が戻ったらそういうものだ』と視線を入れ物に向けて、逸らす。


 実際には、まだ・・・ドルドレンから返されていないのだが。


 ドルドレンは、出来るだけ早く返そうと言った。だがこちらもどうなるか分からない。

 万が一時を思うと、老人二人の自分たちが持つより、強そうな、そして()()()()()として、立派に魔物に立ち向かう彼が持っていてくれた方が、馬車歌を守るには良いだろうと、自分は思った。


 だから自分は『返す日を気にしないで良い』と一言添えたのだが。

 兄は横で聞いていたはずなのに、暫くしてから『ドルドレンは返しに来ないな』と入れ物を開けては、空っぽの状態にぼやき始めた。

『あれは従兄の形見だ』と口にするようになってから、勇者はいつの時代も怪しいものだと、愚痴も出てきて、その度『ドルドレンは魔物を倒して駆け回って忙しいんだよ』と宥めたが、他の家族にも話しているのを知って、仕方ないので代用の骨―― ではなく、石だけれど ――を磨いて入れ物に仕舞った。


 それでようやく兄は落ち着き、『いつ返しに来たのか。()()()()()()()()のに』と、形見が戻れば満足そうなので、これでやり過ごしている。



「精霊の・・・ポルトカリフティグは?」


 ホラティは、煙草に火をつけて吸い込み、暮れてゆく濃い桃色の空に煙を緩く吐いて尋ねる。欠伸をしたアタナは、すぐに話が変わるようになった、少々ボケ気味の兄に『しばらく留守だよ』と今日の何度目か、同じ返答をする。


 ホラティが、分かったようなそうでもないような声で返し、アタナは話を地震に戻した。

 さっき、歌を歌っていたから気づかなかったんだね?と言うと、ホラティの白濁した片目がちらと見て『地震が増えたら、自分たちの出番だ』と誇らしげに話を変える。



「そうだったな・・・ホラティは歌の序盤には、昔から興味がない。後半だけ覚えたのは、僕らの時代に起こると信じているからか」


「おお、アタナ。お前はそう思っていなかったみたいに聞こえるよ。まだ先だと、他人事だったんだろう」


「そんなことはない。ただ、この状態だ。僕たちは無力だし。精霊が守ってくれなければ、疾うに殺されて」


「守られているじゃないか。少なくとも、『死んだ家族の続き』で・『まだ』・『俺とお前は生き残っている』。勇者に救われ、精霊の守護の場所に生きているのは、偶然じゃないぞ」


 この話になると、息を吹き返すように生命力が漲る兄を見つめ、アタナは相槌を打って同意を示す。反対はしないが、兄ほど()()()()()()()()自分は、何度も誤解された自分たちの秘密の馬車歌を、もう、誰かに言う気になどなれなかった。


 昔、学者が通って、歌を聴いたのも。

 その後で、神殿の僧侶が金と引き換えに、歌の一部を確かめたのも。

 最後に、神殿の役職持ちに、家族が連れて行かれた日。魔物が出た日も。


 ホラティは、まだ・・・誤解されずに伝えられる、と信じているが。


 馬車の荷台は扉を開けてあるけれど、『煙で喉が渇く、水をもらってくる』と弟は煙草の煙を片手で払いながら、荷台を下りた。兄のホラティは軽く頷いただけで、煙草を吸い続ける。



 兄の強い信じる気持ちは見上げたものだ。でも、危険でもある。弟のアタナは、勇者に発見されなかったら、あの地下で自分たちが終わっていた未来を過らせ、肩を竦める。


「ホラティは、怖がりなくせに。歌を信じようとする人には、思わせぶりに話してしまう。その上、自分たちは()()()とでも思いこんでいるのか。馬車歌を知らない人間が、異世界の箇所だけ聞かされたら、馬車歌が古くからあるし、馬車の家族が『混乱する世界を予言した確信犯』に思うだろう。だから捕まったのを、もう忘れて・・・あ、忘れたか?」


 最近の兄の忘れは目立っているので、それか、とげんなりして額を掻く。アタナは他の家族が集まる所へ入り、水を分けてもらい、壺を抱えて戻る。


 聖地に案内された最初の日は、とてもじゃないが、他の家族に顔向け出来なくて抵抗したけれど(※2643話参照)。


 注ぎ口の長い壺の中で、ちゃぷちゃぷ揺れる水の影に目を落とし、少し背後を振り向く。

 意外と・・・皆は気にしていなかったこと。聖地の手前で数日過ごしていたら、気が付いた向こうから話しかけてきた。

 袋叩きにされるか追い出されるか、覚悟したのも憂慮で、『生き残っていて良かった』と泣いてくれた。


 以降・・・ 僕たちは皆の馬車が集まった聖地に入れてもらって、来る日も来る日も動かず―――



 夕陽差す聖地。精霊ポルトカリフティグが守ってくれる安全な場所・・・ 誰も乾かず、飢えず。そして、魔物にも何にも襲われることがない。

 足元から長く伸びる影法師の動きをぼんやり目で追いながら、アタナは誰にも聞こえないくらい、小さな溜息を落とす。



「兄さん。兄さんは、地震が馬車の家族(ぼくら)の最後と、分かっているかい・・・?歌い手だった従兄がそう言っていたじゃないか。幻の大陸が震える。震えながら近くに来て、いろんなものを出す代わりに、この世界に合わなかった人々を、これ以上減らさないよう『次の試すところ』へ連れて行くんだ。この世界に合う人だけ残して・・・・・


 もしかしたら、そうならないかも知れない。幻の大陸が震えるのをやめたら、連れて行かれないんだから。でも、こんなに震え続けていると不安が増すよ。

『次の試すところ』は違う世界だ。僕らは彼らを導いて、()()()()()()()ならない。違う世界から戻って来れると思えない。歌の続きは・・・ヨライデの馬車の家族が知っているんじゃないかって、従兄は。『最後の国の家族の歌だろうね』と」


 従兄こそ、彼と彼の家族の馬車こそ。

 魔物が出る直前、神殿の役職たちに連れて行かれた家族―――



 自分と兄の馬車の横で、足を止めるアタナ。いつだって、馬車の家族は。


 太陽に愛された民族として、太陽のある世界を巡るのが仕事。

 幾つもの世界を渡り歩く最初の人間に、僕らは選ばれた。


「僕は・・・なぜか最後の部分を、いつもそう解釈していたんだ、ホラティ」


 次の世界じゃなくても、僕はこの世界で充分幸せだったのに。

 静かな独り言は、風に乗って夕方の空へ上がり、金と橙に染まる。


 聖地と外の境目が分からない。空には毎日、沢山の鳥が行き来し、どこかにある幻の大陸が震わす地震も、津波こそ呼ばないものの、毎日、振動で感じ取る。アタナは水の壺を抱える手に少し力を籠め、兄の待つ荷台に上がった。



 聖地の向こうで起きていることを、彼ら馬車の民は知らない。


 国中を駆け抜けた『告知』も、その後から増えた鳥の数も、再び告げられた『告知』と空に浮かんだ石板も、ホラティとアタナの兄弟を含む、聖地で守られた馬車の家族は何も知らなかった。

お読み頂き有難うございます。

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