2753. 三十日間 ~㉔三種類の人間・お祈りの変化・アノーシクマ小島廃墟の教会とある僧兵
※明日の投稿をお休みします。度々お休みしてご迷惑をおかけします。どうぞ宜しくお願い致します。
シャンガマックが、バサンダの最初の面『ウースリコゼ・オケアーニャ』を確認後にまた仕事へ出かけ・・・
タンクラッドが北の出入国管理局と、打ち合わせして各地に道具を配った日。
途中、道具の数を増やしに戻った親方と、少し会話したイーアンは、彼が出かけてからまた『お祈り』に向き合って過ごし、朝も昼も夕方も・・・『お祈り』で終わる。
ものすごい数が来るわけで、本当は一日だって休む暇もないのだが、この前の道具作りなどで間隔があいたことから、さらに山積みの『お祈り』聞く時間をこなすことになり、全部にしっかり耳を傾けるのもあって、夕方が来る頃にはくったくただった。
「イーアン」
「はい」
「今日は終わりにしろ」
「ええ」
イングは付き合うが、時々イングも魔力の補充で抜けるので、今は戻ってきたところ。イーアンはお祈り箱(※自動で溜まったのが出てくる)に両腕をかけて凭れ、ぐたーッとした姿で迎え、これはもう帰そうとイングは思った。
「断ったやつはいるのか」
「・・・いません。断りかけたのはありましたが」
目を閉じたまま答える女龍に、イングは箱の動きを止めてやり、『問題は』と遠回しに意見を言わせる。疲れ切ったイーアンの鳶色の目は、何もない湖を見つめ『約束できない事です』と呟いた。
「断りかけた人は、『絶対に助けてほしい。頼みます』と。会話で理解を促すことも出来ず、通じるか分からないけれど、約束できないと念じながら、やはり許可しました。
私は皆さんに、『信じていますよ、頑張って』と返事をします。だからと言って、助かる約束ではありません。人間以外の種族に契約、じゃないや・・・認めてもらうことで、その人は難を逃れるかもしれないけれど」
「逃れないんだろ?」
さっと返すダルナの一言に、イーアンがちらっと見て『そうなのです。それが問題』と頷く。
「私も最初は、よく理解していませんでした。私たちの仲間に、人間がいます。彼らは龍や精霊、サブパメントゥの祝福を受けていますから、大精霊に『お前の仲間の人間は消えない』と言われています。
それと同じように・・・が目的で、こうした『お祈り』を認められる流れにしたわけですが」
「ふーむ。『全く、可能性のない人間たち』と。『祈りが通じて可能性を得た人間たち』と。そしてイーアンの仲間の『確実に免除される人間たち』の違いか」
イングが三種類に分け、女龍は『そのとおりで』と座った場所で膝を抱えた。
「免除確定の人間は、私の仲間だけではないと思います。これまでに、直に祝福を受けたことがある人間なら、きっと免除枠でしょう。
例えますとね。今は留守にしていますけれど、仲間のフォラヴ、妖精の彼は、度々人間の額に口づけをして『祝福』と言いました。彼の愛情と希望と癒しを籠めた祝福は、間違いなくその人物を守ります。
龍族の祝福もです。ドルドレンとタンクラッドは、男龍に直に祝福を受けています。シャンガマックは彼の父親ホーミットからサブパメントゥの祝福を、ロゼールは家族となったコルステインたちの、家族の証を受け取りました。
直接、その種族からの祝福を得た人たちなら、淘汰の渦に巻き込まれないと、精霊ティエメンカダはそう言ったのだと思います。でも」
でも、と歯切れ悪く残して、先が続かない。イーアンが今、龍気を送り続ける民たちは、直に会っているのではない。
会ったつもりで対応しても、やはり真っ向から話し合って、顔を見てその為人を判断した祝福に比べ、一歩手前の状態・・・・・
「紛らわしいな」
「・・・そう言えなくもありません。祈りの返答で許可している状況でも、その数が多ければ淘汰を免れるかもしれない、というだけの話です。確実に免れるわけではないのを、民に誤解で伝わっているのもすまなくて」
「タンクラッドが来た時に話していたが。同じ人物が毎日祈っている場合も(※局長)」
「はい。知人です。何回も来るとは思っていたのですが、答える度に、期待を上塗りするような後ろめたさ」
そこで話を一旦切ったので、イングは沈む日を気にし、箱を消して女龍を抱える。ドラゴンの左腕に乗せてもらうイーアンは、告知二度目の祈りでも別のタイプの疲労をしていた。
「二回の告知後。俺も聴いているが、お前の感想はどうだ」
「うーん・・・依然として変わらない感覚の人も、中にはいらっしゃいますが、半数以上が『石板の歴史』を真剣に受け止めた上での、祈りに感じます。やはり、見ると違うのですよね、人って。
目に見える形は、耳で聞くよりも現実味を想像するもの、と私も思ってでしたが、石板の『首を取られ、森に雷が落とされ、島すら消えた絵』は、『人間の全滅』を多くの人に刷り込みました。
一度目の告知による『何が悪いか知らないけれど許してくれ・・・』の祈り方は変わり、二度目からは『離れて過ごした歳月を後悔する』内容が生まれました。人と別の種族との、開いた距離を振り返っているのです。
私が龍だから、龍に対しては彼らも信仰が強いのですけれど、私に伝える祈りでも『龍の他にもいる強い存在を考える・大切にする』と約束しています。
もう一回、やり直す機会を与えてほしい、と。生き延びたら、次は忘れないように」
「無理だ。人間は。常に薄れる」
イングのぶった切りで、疲労イーアンは黙り、まぁねと無言で頷いてイングの言いたいことも受け入れる。イングは散々だったから、おいそれとは塗り替えられないほど認識に染みついた『人間の質』を知っている。
「・・・イーアン。祈りを聞き届けた、の返事。それだけで良いと思え。お前が裁くわけじゃない」
青紫色のドラゴンは黙りこくったイーアンに、抱え込まないよう助言する。
一瞬で移動しても良いのだけれど―― 水平線を赤く映す、真っ赤な夕焼けの空を少しゆっくり飛んで、会話のない静かな沈黙の時間を与えてから、ダルナは女龍をアネィヨーハンに降ろした。
*****
この先、どうなるんだろうなと、僧侶は溜息を吐いた。
教会の瓦礫横に集めた薪を置き、生き残った僧侶と僧兵は、天井が気持ちばかり残る、崩れた廃墟に入る。
他にも僧侶及び信者が、共に生活している。彼らは日中、物乞いに出かけるため、まだ戻らない。
夕暮れの残照が水面から引き始める時間。壊れた壁の角で火を熾し、海に黒い小さな影を引いて港へ戻る巡視船を眺める僧侶が、『何か配り始めたようだけど』と呟く。僧兵は『そうか』とだけ。安定しない火に枝を寄せた。
――ここは、ティヤー北部の、タジャンセ出入国管理局の近く。
同島ではなく、すぐ横の付け根に位置する小島の教会跡地。アノーシクマに在った『教会』は、借り上げた建物で支部活動のみだったため、建物として住人がいた教会はこちら・・・だが、現在は見る影もない。死霊に壊され、殺されて、早一ヶ月が経つ。
小島一つを敷地として使用していたため、襲われた日に誰が助けに来ることもなかったし、後日も放置で現在に至る。巡視船は当然、島の近くを通過しているが、無視だった――
「配ってるのは何か、そこまで知らないんだが・・・大がかりに感じる。船がいつもより多いし」
「どこで聞いたんだ」
自分と留守番で残っている僧侶に、僧兵は少し会話の相手をしてやる。手分けして焚き火用の枝を集めるだけの午後、こいつが噂を聞ける範囲に移動しないので、せいぜい近くまで来た漁師に聞くとか、そんな程度の見当をつけるがそれは当たる。
「浜に、壊れた船の木材をもらいに行ったら、漁師が話していた」
「お前にじゃないだろ。船の木材をもらいに行って、手ぶらで戻って来た」
「そうだよ。アノーシクマから何隻か来ていた。人数がいると、粗暴な連中だし難癖付けられかねないから、聞き耳だけだ」
人数がいると難癖をつけられる―― 漁師一人なら、会話になるか追い払われるかの可能性が、漁師が複数で血の気の多い者が混じっていると、『陸のゴミ』の神殿関係に、暴力を振るわれる可能性もある。
僧侶は僧衣についた灰をぱんぱんと払う。焚火越しの僧兵が、煤けた壁に寄りかかり、首を横に振る。
「誰かしら、詳しく聞いてくるだろう」
「・・・あなたはいつまで、ここにいるつもり?」
「いない方が良いのか?」
「逆だ。戦うあなたがいないと困るから、移動されては悩む」
「行先も目的も、まだ、ない」
僧侶は安心して頷き、僧兵をじっと見た。破けた僧服から見える腕は太く、筋肉質で、ふくらはぎの盛り上がり方も堅そう。いつもフードを目深に被るが、無駄な肉の一片もない顎や頬は、この状況で頼もしい以外ない。
僧兵は崩れた壁の向こうを見て『戻って来た』と教え、夕闇を背に数名の影がこちらへ来た。布の袋に人数分の野菜を持ち帰り、いくつかの揚げ物を渡した四人。年齢は少年から初老まで。
少年と中年男性は、町の信者で親子。初老の二人は、アノーシクマの支部を管理していた派遣僧侶。
僧兵は20代、僧兵と喋っていた僧侶は30そこそこの年で・・・持ち帰った食料の少なさは、食べる年齢の者が多い団体に、今夜も残念だった。だが、信者を連れていると、食料は手に入れ易く、少年と中年男性は『使い道』があるから外せない。
僧兵がやり過ぎたこともあり、神殿が潰れた噂と、次々に壊されてゆく神殿や修道院の事件を境に、僧侶たちは生き残っても『厄介者』の差別も激しく変わり、人里に極力接触しないよう暮らす。
その差別は信者にも当然、影響し、親が信者であれば、子供が幼くても、どちらも良い目では見られなかった。
とはいえ、殺戮を繰り返した神殿の凶行を日常に知っていても、子供が相手では同情もあり、町や村の人々は食べ物を分ける。子供だけ引き取る、などはなくても。
食事一つ碌に回らない毎日を、どれくらい続けているのか。どこかで巻き返しが利く方法を、生き残った僧侶や信者は考えているが、今は行動を大っぴらにするのさえ憚られる。
会話の少ない夕食が、今日の一食目で、これで終わる。まだ食べたいと少年が呟く前に、僧兵はそれに被せて『海賊連中の情報で、新しいことが入ったか』を聞いた。
初老の男がすぐに反応し、暗くなった海を指差すと、『魔物対抗道具を配っているらしい』と話す。なんだそれ、と僧兵が鼻で笑うが、内容を少し聞いて首を傾けた。
「一人、一つ?」
「そうだと聞いたが、ティヤー全体は無理な話だろう。どの島に人がいるか、誰も正確に把握していないし」
「そこじゃない。こっちは来ないんだな?その話をしたのは誰だ」
「・・・八百屋だ」
「八百屋は、道具を受け取ったか、確認したか?」
言い方が。 危険を帯びる。 僧兵の少し息が上がった声に、誰もが目を見合わせるが、余計なことは口にしない。初老の男も殺気を感じて唾を飲み、『見ていない』と答えた。
「お前が僧侶だと分かってるからか」
「いや、どうだろう。物乞いだとは思っていそうだが、僧侶とは」
「質問を変える。お前は、どうやってその話を聞いたんだ」
「脇で聞いていただけだ。昨日配られた道具の話題を、八百屋が客と話していた。私は、この子が隣の店で頼んでいるのを待っていた」
「そうか。他には?」
普段はこれほど喋らない僧兵に、矢継ぎ早の質問を食らい、初老の男は引っ込みがつかない。蛇に睨まれた蛙のように、知ったことを全て話した。何か一つでも指摘されたら、この僧兵に殺される気がして。
話を聞くだけ聞いた僧兵は、自分の分の芋を、焚火から取って二つに割り、片割れを口に放り込むと立ち上がる。
見上げる恐れの視線が集中するが、僧兵はそれを見もせず、半分残った芋を少年に放った。転がった芋を慌てて掴んだ少年が振り返り、フードの奥の目と視線が合う。その鋭さに少年の顔が強張る。
「お、落ちました」
「食っていい」
でもと言いかけた少年の腕を握った父親は『お礼を言いなさい』と素早く注意し、怖いながらも少年は礼を言う。僧兵はそれを無視して、先に話していた僧侶に顔を向けると『俺たちにも道具が必要そうだな』と言い残し、廃墟を出た。
僧兵の影は、何かに溶けるようにすぐに闇に紛れ、暫くの間、誰も口を利かず、儚い夕食は終わる。
少年は怖いだけでしかなかったが、大人は皆、彼が今日、誰かを殺して奪ってくるのだろうと察していた。
歩きながら―― 破けて半分の長さになった袖を、僧兵は軽く捲り上げる。咀嚼した芋を飲み込んで、腕で口を拭うと、通りすがりの木の枝を、歩みを止めずにバキリと折って、余分な小枝をペキペキと取り払った。
しなる枝を振って風の音を楽しむ。ひゅっひゅっと唸る小さな風に耳を澄ませ、『もう少しか』と先端を丁寧に折って整え、腰帯に差した。
「まずは。使い方を知るべきだ」
神殿関係者は、魔物に抗う道具の提供がないなんて。神が知ったら罰されるぞ・・・ 冗談めかした僧兵の口が少し上がる。
「同じ人間じゃないか。差別は良くない」
折ったばかりの柔らかくしなる枝を武器に、僧兵は砂浜へ降り、波打ち際に止まることなく海に入り、泳ぎ出す。向かうのは、アノーシクマ湾。
*****
夜間、タジャンセの国境警備隊附属病院が襲われ、入院患者五名と看護で回っていた女性一名が殺された。患者の内、三名は衣服がはぎとられており、配られたばかりの『道具』もなくなっていた。
看護の女性が誰かと話す声を、近くの病室にいた患者が聞いているが、ほんの一分程度のことで、壁越しだったことから、内容は分からず仕舞い。魔物じゃないのかと囁き合う他の入院患者は、それが僧兵の仕業だとは思いもしなかった。
*****
「ほら」
夜明け前。僧兵は瓦礫の教会で、布の包みを床に置いた。
起こされたのは留守番役の僧侶で、眠りが浅かったのもあり、すぐに上体を起こして彼を見上げる。影になった僧兵は包みをちょっと指差して『道具だ』と頭を傾けた。
彼の頭と手足は濡れており、しかし衣服は僧衣ではなく、乾いた別の服。見下ろす顔は影になっているが、フードのない服で露になった顔の、白目だけがやけに目立っていた。
「使い方を教えてやる。俺はこのまま行く」
僧侶は彼が、ここを発つと分かり、さっと包みに視線を動かした。暗がりの中でも分かる布は、所々に黒く濡れた光を持ち、血の臭いがする。包みを引き寄せると、それが衣服であることに気づいた。
お読み頂き有難うございます。
後半の『各地の一場面』は、この先も度々あります。様々な人と立場にも焦点が当たるので、少し読みにくさもあるかも知れませんが、物語に必要なので、どうぞご了承頂けますと有難いです。
明日の投稿をお休みします。意識が飛びがちで、書くのと確認が遅くなってしまい、ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。
いつも、いいねと笑顔を有難うございます。
いつでも、応援して下さるお気持ちに励まされています。
読みに来て下さる皆さんに、心から感謝して。
Ichen.




