2749. 三十日間 ~⑳八日目朝、別行動:呪い地巡り、ハイザンジェル入り・民間用道具増量と配布
イーアンたちが試作を完成させた日までの、この間。
他の者は魔物を退治か、サブパメントゥ退治で過ぎた。
サブパメントゥ退治は、コルステインとヨーマイテス、スヴァウティヤッシュ。
スヴァウティヤッシュに『端切れ布』を握られた、煙のサブパメントゥ『燻り』は、初・自分が操られる状況を知らずに繰り返し、その結果は・・・どんどんサブパメントゥが減るという、望まぬ偶然が頻発。
そのため、僅かに残っている僧兵でサブパメントゥに使われている者も、三日四日は関わられる事なくひっそりと過ごし・・・この話については、また後で。
一方、同じ数日間の後、テイワグナ出張の騎士は、というと。
「あと一日で、バサンダは最初の面を作り上げる」
彼に会った日と翌日は自分の仕事、その次の日に様子を見に行き、ニーファが『毎日気を付けています』と見張る時間を増やした話から、バサンダに会わずに引き返し・・・・・
宣言した『六日後に完成する』の言葉通りであれば、あの日から五日経過したので、明日が完成予定日である。
これで二ヶ月もかからずに12の面を揃える、と彼は豪語した。豪語の似合わない柔和なバサンダだが、彼の目は人知を超える光を抱えており、本当にこなしそうだとシャンガマックは思う。
「明日、行くか」
フェルルフィヨバルが首に跨る騎士に尋ね、シャンガマックも頷いて『朝に』と答えた。バサンダのこともだけれど、言い遣った仕事、呪いの地は放れないので、朝一番でバサンダに会って、その後は仕事にする。
首都でバイラに貰った情報を辿り、見つけた『原初の悪』とサブパメントゥの繋がりは、バイラの言うように、どこも近い雰囲気と特徴を持っていた。
調べに行くだけではあれ、呪いがかる土地に近づいたことにより、面倒が起こらねばいいがと、それは懸念した。
だが今のところ杞憂で―― もしかしたら、こちらが気づいていないだけかもしれないが―― 特に何も起きてはいない。
シャンガマックの側に、常にフェルルフィヨバルがいるし、交代でアジャンヴァルティヤも来てくれる。彼らダルナが気づかないとは思い難いので、恐らく大丈夫、と判断している。
「傾いた魂か(※2719話参照)。あの場に閉ざされた過去の人里は、未だに異時空にある」
あの場、とは『原初の悪』が原因で引き起こされ、精霊と人間の軋轢が生じた場所、全てを指す。
バイラの地図を見ながら出かけた先は、今も尚、異時空を封じる祠に加えて、祠付近は危険な視線がある。
視線の主は、精霊ではなくて、閉ざされた人間の名残と表現するべきか・・・ その場から離れられない、遥か昔の人々が一時的に現れる。
「そろそろ、テイワグナ以外も、出かけて良さそうかな」
テイワグナで調べた各目的地は広く点在しているけれど、ダルナが感知してくれるので、順調に見つけて回ること一週間足らず。結果、『殆ど調べた』とフェルルフィヨバルは言う。
広く未開の地も多い国だけに、これだけでは回った数が少ないと、最初シャンガマックは思ったが、ダルナが教えてくれた見解を聞いて、目から鱗だった。
―――テイワグナがヨライデに侵攻された場所及び、大きな天災が起きた地域付近。
ダルナ曰く・・・ヨライデ軍が入って来た方角の、山沿いから海。そして、海の災害他、山脈の噴火、大地震による地盤沈下、地崩れ、大河氾濫などの自然災害が影響した土地、その付近に『呪いの地』はあるよう。
これはダルナが地形から判断した観察もあり、また、祠近くから感じる声でも分かったこと。
思っていたより、現実的な観察をするフェルルフィヨバルに驚き、シャンガマックは彼を誉め、ダルナはそれくらい当然と・・・嬉しそうに称賛を受け入れた―――
ということで、まだテイワグナを調べるにしても、違う国の調査も開始して良い頃と考え、シャンガマックが『外国行き』を呟くと、灰白のダルナはゆったり首を後ろに向ける。
「昨日、ハイザンジェルに入ったが、お前は気付かなかった」
「あれ?そうなのか。山脈だらけだと境目が・・・ そうか」
『ハイザンジェルが母国』と聞いていたダルナは、テイワグナ寄りのハイザンジェルに目的地がある、と感じて動いたのだが。騎士の反応が薄いと思っていたら、気づいていなかったと聞いて少し笑った。
「昨日行った山々は、多分テイワグナではないだろう。聞こえてくる人間の声がそう話していた」
ダルナに言われて、シャンガマックは少し照れくさそうに『山は見分けがつかなくて』と口ごもり、それなら今日からハイザンジェルを調べようと決まる。
母国に『原初の悪』が起因する、呪いの地があるかどうか。母国にいた頃は、そんなこと考えもしなかったので、ピンとこないが。
決めてすぐ向きを変えたダルナに連れられて、褐色の騎士は二ヵ国を分ける山脈に入る。
意外なのか、意外ではないのか。
ハイザンジェルがなぜ、他の国とああも違う認識しかなかったのか―― 精霊への意識も薄く、龍もお伽噺でしかなかった理由 ――を知ることに。
*****
八日目の朝。アネィヨーハンは、慌ただしかった。
イーアンとタンクラッドは、昨夜しっかり食べて、即就寝し、夜明けまで眠って、朝陽が照らした光で起きると、台所で朝食を作るミレイオに『今から出かける』と断って、去った。
「食事は要らないってことよね」
昨日の夜、食い荒らしたみたいだし、と嫌味をぼやいたミレイオは、減った主食と油漬け魚の空瓶を見る。漬け油まで飲み切った(※タンクラッドが)らしき空っぽの瓶が、きれいになって床に置かれていた(※龍気で清浄)。
一回に料理で使う量以上を食べた二人は、ミレイオに嫌味を言われているなんて考えない。が、イーアンは昨日食べ過ぎたかもと思っていて、帰りに食材を購入しようと、道中で親方に話した。
道中は、空の道。トゥで一瞬、の方法ではなく、今日のタンクラッドはミンティンに乗り、イーアンは普通に飛んで移動する。行先も決まっていて、イングと『お祈り』を聞く、湖の島へ。
道具を増量したら、イーアンは残って『お祈り』を聞くのだが、配布するのはタンクラッド。配布は一日で済むわけもないので地道に配るのだが。
「こういうのは、トゥだな」
「トゥが戻ったら、すぐ出かけられるのですよね?クフムを連れて行きますか?(←通訳)」
「ルオロフで良いだろう。彼は動きたがるから(※クフム基本動き少なめ)。まぁでも、通訳の必要がありそうな場所に差し掛かったら、だ。それまでは俺だけで。しかし、何日かかるやら」
瞬間移動を繰り返して、あちこちの警備隊に渡し、そこから民間へ道具を配ってもらう大変さ。
使い方も当然伝えるので、急いでも一ヶ所につき時間はかかる。それでも、海賊の連携は想像以上に正確で早いのも知っている分、彼らに頼んでおけば―― 決戦までには、全体に配れるだろうと思う。
「一回使い切りだがな。配った側から使う事態になれば、『もうないのか、次はどうする』となるもんだろうが」
「受け取れない人も出そうです。僻地に住んでいると、受け取るまでにかなり期間が必要とか」
「心配は尽きないし、中途半端と言われたらそうかもしれん。ただ、何もないよりはマシで、一回でも生き延びる機会を得られる、そう捉えると違うよな」
「そう・・・捉える人が、増えてくれていることを願って」
『告知二度目』の後。対抗道具一個で何しろって言うんだと、逆切れする人がいない、とも限らない。
でも普通に考えたら・・・どう戦えば良いのか分からない魔物相手、一度でも助かる可能性を受け取るのは、別にキレられることではないはず。イーアンは、告知と、特殊道具の配布を、同じように思う。
ともあれ、配る。配るためにはトゥが必須。トゥに朝一で話をしたら、長時間行動を予想し、『魔力の補充に行くか』と現在お出かけ中(※行先は知らない)。
「ざっとですが、大きい島の島民の人口、15万くらいとして」
スタッキング可能な形をしている道具なので、100を1ケースにすると、1500ケース。道具の大きさは、ノートパソコンサイズに並べて二つ。幅はあるけど薄いから、見た目より袋に納まる。これは先に計って目安を付けた。木箱に入れると嵩張るので、この場合は特大布袋。1500袋要。
一回、道具を100に増やしてもらったら袋に詰めて、また増量すると布に100個入ったまま、1500袋が用意できる。
運ぶのは『王冠』任せ。トゥに乗せる訳に行かないため、ここは『王冠』貸出をイングに頼んだ。
トゥと一緒に『王冠』もついて行き、各地へ荷物を降ろす。1500袋だとして、12フィートの鉄道貨物輸送コンテナサイズ一個。この数が大きい島一つだから、とんでもない数を作り出すことになるのだが。
湖の島で待ち合わせていたイングに細かく話したら、そうでもない反応をもらった。
彼は『爆弾も大砲も何千万、数え切れない量を、人間の王に用意してやった』と・・・遥か昔のドラゴン時代の思い出を教えてくれ、辛い話に思わず謝ったイーアンだが、イングは顔の前でサッと手を一振り『問題ない』で、これを流した。
味方にダルナ。なんて心強いんだろうとイーアンは感謝する。
ティヤー全ての島は、無数、と言い切りたくなる数がある。実際にいくつあるのか知らないので、タンクラッドが最初に行く北・タジャンセ出入国管理局、タニーガヌウィーイに人口を聞く。
配って、配って、繰り返しはいつまで続くか見当もつかないけれど、タンクラッドは『これが俺のティヤーでの使命かもな』と受け入れている。
湖の島で、青紫のドラゴンが魔法を使う。二人が持参した数個の道具は、瞬く間に増えて地面に100個現れ、イーアンとタンクラッドは大きな布袋にきちっと、動かないように詰め込み、これを更に増やす―――
コンテナは、トゥが戻ったので頼んで出してもらった。イングは残りの魔力を気にし、『王冠』を呼び出してから交代で補充に出かけ、トゥがこの後を引き受ける。
「いってらっしゃい。イングが戻ってきたら、また用意できるので、タンクラッドもここへ帰って下さい」
「分かってる。じゃあ、行ってくる」
銀色の双頭にタンクラッドは跨り、トゥは『王冠』の横に並ぶ。側に置いたコンテナは、さながら平屋のような見た目。『王冠』は一頭ではないので、魔力が減っても次はある。
手を振った親方に手を振り返したイーアンは、二回振る前に止めた。ダルナも親方もコンテナも消えた湖の側に、一人立つ。
「うまく行きますように。それで、私は」
振り返ると、イングが用意していった『お祈り箱(※そうとしか言えない)』が、小さい湖に映写機の如く向けられている。イーアンが触れると、まとめられていたお祈りが始まる説明だった。
「・・・ラファルの状態も見に行っていないな。もう大丈夫だから、バニザットから連絡がないんだと思うけれど。
ニダのことも、コルステインとスヴァウティヤッシュに任せたし、多分、問題は起きていない。ホーミットもエサイについて何も言ってこないし、安全なんだろう。心配で知りたいことは幾つもある。でも、今の私はそっちじゃないのね」
不思議な模様の描かれた、古い古い箱の前に立つ。箱は膝丈くらいで、上面に手を乗せると起動するとか。
そっと手を置いたイーアンは、湖に映し出される『お祈りする民』の声を聴く時間に入った。
お読み頂き有難うございます。




