2748. 三十日間 ~⑲試作機能と改良の要・五日目の朝~八日目『+リョーセの鱗』
アネィヨーハンの午後は過ぎ、日が暮れ、夕食材料が足りないため買い出しに行ったミレイオとルオロフが戻り、今日は屋台料理で・・・と、皿に分けた後。
「私が運びましょう」
イーアンとタンクラッドが出てこないので、ルオロフが二人の食事を盆に乗せた。ミレイオが盆をちらりと見て、『ちょっと多いかもね』と揚げ物を三分の二、戻す。ごそっと減って、驚くルオロフと目が合う。
「でも・・・頑張っているなら、お腹が減るのでは。タンクラッドさんは沢山食べるし」
「いいの。あいつもイーアンも、多分、口に入れて一個二個よ」
「ええ?」
「私もだけど、夢中になってる時は、口突っ込んでも噛むの忘れるくらいになっちゃうから。終わったら食べると思うわ」
口に咥えたまま作業かと驚く貴族に笑い、『職人誰もがそうじゃないけど』少なくともこの船に居る職人の共通点だ、とミレイオは教えてやり、信じ難そうな表情のルオロフを行かせる。
もし足りなかったら、すぐに追加を持ってくればいいかと、廊下を歩きながらルオロフも思い直し、タンクラッドの部屋の扉を叩く。中で音は静かに響くが、反応なし。夢中なのだと聞いたばかり、もう一回ノックして出てこないので、そっと取っ手を動かすと扉は開いた。
「イーアン、タンクラッドさん」
邪魔しないよう小さい声を掛けて室内を見ると、二人は扉に背を向ける姿勢で作業を続けている。気づいていない様子で、ルオロフは机の・・・そこしかないから恐縮ではあれ、作業している机の端に盆を置いたら、ハッとした二人が目を上げて驚いた。
「ルオロフ、いつ」 「今です。無断で入って申し訳ありません」
イーアンがびっくりして、タンクラッドも、うーんと伸びをする。謝らないで、ありがとうと微笑む女龍に、ルオロフも微笑み返すが・・・本当にこんななのかと、ミレイオの言った意味を感じた。
今夜は食材が足りず時間も時間で、と屋台の料理を購入した理由を伝えて、盆を少しだけ前へ押すと、イーアンはタンクラッドの分を取って彼に渡し、タンクラッドがそれを齧ると自分の分も口に運ぶ。
そしてミレイオ予告通り、『もうちょっとだから』『俺もだ』とそれぞれ一言ずつ発して黙り、もぐもぐしながら手が作業し始め、ルオロフは自分への挨拶が消えたと分かったので、静かに退室した。
台所でオーリンに料理を渡していたミレイオに、『どう?』と可笑しそうに聞かれて苦笑する。ちっとも気づかなくて驚いた、と報告すると、オーリンも面白そうに口端を釣り上げ『このまま試作を使いに出かけるかも』と彼らの次の行動を教えた。
「イーアンは間違いなく行くわね」 「タンクラッドも待たない方だから」
出来たと分かれば、休む間もなく出かけ、完成するまではこっちと会話もない。
「それだけ、人々に渡す道具を真剣に考えているということですよね」
「それもあるけど、何を作ってもそうなるのよ。私も一週間くらい、食事しないもの」
「俺もそうだね。ずっとやってるから気が付いて朝になってても、何日目の朝か分からない」
アハハと笑うミレイオとオーリンに魂消るルオロフ。のめり込むと集中力が高過ぎて他を考えなくなるものだと、二人に言われ、ルオロフも台所で立ったまま屋台料理を食べつつ、職人が夢中状態になる変わった話を聞いた。
そうしている間に、イーアンとタンクラッドは試作品を作り終え、どちらともなく目を向ける。手にした工具が置かれ、目が合い、『行きますか』『行くか』と頷き合う。
いそいそ試しに行く準備に切り替わり、荷物をまとめながら制作中に少し考えたことや、疑問を互いに話し、試作品を荷袋に入れ、作業していた近くに置きっ放しだった食いかけの揚げ物を頬張り、まだ盆に残っている分を、二人の目がちらっと見て『あとで』と同時に頷いて、親方と弟子は部屋を出る。
バタバタと通路を走る音を残し、甲板へ上がった二人はトゥに乗せてもらって、忙しく魔物退治に出発した―――
*****
魔物を探し発見するまでもなく。
トゥは、移動の次の一瞬で魔物の群れの上にいた。これから民家を襲うように、砂浜から左右へ広がっている。砂浜は段がついて、段を上がると浜に添う道、道の反対側は民家の列で、時間が夜に入ったから人が外にいない。
「この状況で試作を確認するのは悠長です」
「そうだな。まず倒すか」
イーアンは親方の荷袋から試作品を両手で3つ取り、タンクラッドも一つ手にする。イーアンの攻撃は龍の首だから、手は使わない。タンクラッドは剣を片手に持つので、もう片手に試作品付き。
トゥに荷袋を乗せて近くにいるよう頼み、イーアンは下へ滑空、タンクラッドも魔物が迫る砂の段へ飛び降りた。
ばさっと砂を散らした親方に、魔物は即、反応。海から見て右側へ進んでいた魔物の前に立ったことで、一斉に襲い掛かる。
幾つもの足を忙しく動かし、蛇腹のような体をうねらせる魔物は、頭から背中にかけてボコボコ突起が出ており、それらは人間の体だった。一体の大きさが3~4m、そこらにいる小さな虫の巨大化状態に見える。
壊れた人体は魔物の背中に突き刺したような見た目で、夜の浜辺に明かりがなくても、その影が判別出来た。
居た堪れないなと、金色の大剣を真横に払い、タンクラッドは突っ込んできた魔物に剣を唸らせる。切って薙ぎ払うと、水が落ちる。
外見は硬そうでも、切ると破けた袋に似て、ばしゃーっと水が出るので、かからないように避けながら、次々に切り続け、少し隙間が出来たところで、金の鎌のような光に攻撃を変えた。
ある程度、散らしてから・・・試作用の一体を定め、それを孤立させるため、他の魔物をどんどん切る。
水が出てしまうと酷い悪臭を放つが、魔物の動きが極端に鈍く変わり、切られた体にもつれて倒れ、そのまま動かなくなった。ただ、水をもし被ったらと思うと、それだけで負傷しかねない。
「もういいか」
左を見ると、イーアンが呆気なく魔物を消し去った後で、白い光が砂浜の波打ち際に留まる。波打ち際にはいくつか大きな影があり、その近く。彼女はもう試しているとみて、タンクラッドも濡れた砂地を極力踏まないよう飛び跳ねながら、目当ての一頭へ試作を投げた。
逃げはしない魔物なので、方向を変えて向かってくる頭にぶつかる。
試作の道具がぶつかる寸前でパカッと開き、並んだ鋸歯が頭に噛みつく具合で刺さった。魔物の動きが一瞬鈍ると、道具はまるで意思を持って押し付けるように、その頭を砂地に頭をめり込ませ、魔物を止めた。
この大きさの魔物の頭に食い込んだ道具は、幅30㎝もない。それが文字通り食い止めて砂にめり込ませるとは。
確かにあの黒い物質の名残は、『吸着して下がる』引き込む質のため、それで地面に押す形になるだろうとは思ったが。
あっという間に押さえつける予想外の力を発揮し、驚くも・・・すぐに理由がそこにあるわけではないと知る。
ヤムの土が急激に膨らむ影を表し、魔物に刺さった時から土が水分を取り始めたためか、と気づいた。
「刺さったことで中に土が入ったのか。魔物が二体分に見える」
見る見るうちに頭は縮み、それとは逆に、道具がとんでもない勢いで膨らみ続ける。すでに道具がどこにあるかも分からない。暗い夜に、水を吸ったヤムの土があっという間の大岩を作り出した。
「見た目、岩だな」
先ほど見たイーアンの近くに会った影はこれ、とタンクラッドは理解する。魔物かと思ったが、使用後の道具が岩の大きさに変化したものだと見当がついた。
魔物はくしゃくしゃの紙と同じ状態になり、含んでいた人間の体もまた骨と、貼り付く皮だけ。圧縮されるのと似ているらしく、それすら・・・吸水を止めない力によって、孔が開き始め、孔は繋がって骨が割れ、ぺりっぺりになった皮は脆く破れて、タンクラッドの前には大岩と変形して干上がったヘビのようなものだけが残った。
「一体につき、一個か・・・この岩、触れたらどうなるやら」
「そこが改良点か」
ぼうっとしたタンクラッドの呟きに、トゥの声が掛かる。見上げると銀色の双頭が薄っすら夜に溶け込んで見下ろしており、『魔物は倒した』と一言。タンクラッドが試作を観察している間に、他の魔物を消してくれていた。
「あ。そうだったな、すまん」
「まぁいい。この岩がまだ水を吸うか、確かめろ」
上から目線の助言に、タンクラッドも『そうだな』と威力の凄さを考える。
これで終わりと判断する方法も必要だし、終わらなかった場合、岩は放置だろう。倒すたび、常に大岩が出現するのも問題で、触ったら危険となれば、それは『役立つ道具』ではない。別の危険を持っている。
うーん、と唸った剣職人に、左の空からイーアンが近づき、やはり同じような顔をしていた。試作機能を確認し、難点を見せつけられた顔・・・お互いに察して、船へ戻ることにする。イーアンはとりあえず全部を消し去り、ヤムの土で出来た大岩も消した。
魔物を倒していた間、民家で気づいた人たちもいたが被害はなく、襲撃以前で倒してくれた誰かを見送るのみ。砂浜には魔物の死骸一つなかった。無論、大岩の影も。
この日から三日間――― イーアンは『お祈り』と『改良』に毎日を費やす。
一回だけ、イヌァエル・テレンへ出かけてアオファの鱗をもらい、龍気の補充をしたが、それくらい。
二人で作った試作は数が8個で、8個全てが金属加工済みだったのもあり、タンクラッドは試作を使った翌日、再びワーシンクーの工房を訪ね、当日飛び込みを詫びながら、作業場を借りて新たに数を用意した。
一度経験した作業は早く、夕方にタンクラッドはアネィヨーハンへ戻ると、それらを前に改良すべき原因と問題を紙に書き続け、『お祈り』から戻ったイーアンに話し、相談と意見も紙に残す。日中、イーアンがいない時間はタンクラッドが全面的に引き受け、夜に戻ってくるとイーアンも一緒に部屋にこもった。
ああかこうかを繰り返し、一つ仕上げては行った作業を事細かに書き記してから、試しに出かけ、効果を確認して戻り・・・最初の試作確認から三日目の夜、女龍と剣職人は納得の出来を確保した。
夜中の磯、出てきた魔物に道具を放り、経過を見守り、想像通りの流れと結果を生んだ場面に、二人は手を握り合い『良かった』と労って笑った。
元々、自然にある材料を使った道具では無いことと、安全重視で分解できる作りを求めなかったことから、イーアンは『ヤムの土』に抑制をかける方向を選んだ。
魔物の倒れた磯で、最後の状態を目を凝らして頷く。納得の出来。
「どうだ」
ふっと姿を現した黄色と黒の縞模様のダルナが、宙に浮かびながら様子を聞き、イーアンは笑顔を向ける。
「うまく行ったんだね」
「はい。リョーセのおかげ」
リョーセ・ムンムリク―― 様々な力を持つダルナの中でも、また異質な類(※2428話参照)。
相手の時間を早送りしてしまう、とイーアンは解釈しているが、リョーセは相手を構築する成分の消費を早めるダルナで、リョーセ曰く『俺が近くに居ればそうなる』と以前、聞いたことから、リョーセの鱗を使わせてもらった。
イーアンは女龍なので、リョーセの力の範囲ではないが、最初こそ聞いた時は怖れた(※彼に触れたら一気にババアかと)。
「消費は秒で行われる、と本当に」
「良かったな。こういう使い道もあるとはね」
うまく行って良かったじゃんと、ドライなダルナは女龍の肩をちょんと突く。ハハッと笑う女龍は『異界の精霊が頼もしい』と褒め、リョーセは『また何かあれば呼んで』と帰って行った。
「よし。これで、明日は増量だ」
タンクラッドがパンと両手を打つ。
神様ことヂクチホスから頂いた、吸着する謎の黒い物質(※未だに呼び名がない)。
脆さを強化する魔物材料の金属。
女龍の翼の脱皮膜。
旱魃の蛇ヤムの土。
ダルナの鱗を使った、『民間用魔物撃道具』ここに完成―――
『思えば、ヤムの土じゃなくても、リョーセで間に合うのではないか』と元も子もないことを言う親方に、イーアンは『これで良いのです』とぶっきら棒に流す。
リョーセの鱗だけでは、困る。魔物が水分を軸に構成されている、と言い切れないのだ。
水分が多いから奪おうとイーアンが思いついたのは、あの水自体が刺激臭を放ち、危険だと気になっていたからで、土に滲みるといつまでも土を傷め続ける様子も見たためだった。
アソーネメシーの遣いが現れたので、今後はあの魔物が続くのも予想がつくし、民間がどうにかするなら、とにかく水を涸らす手は必要に思った。汚水の滲みた土は、飲料や畑にも影響する。
人間は近い内に排除されるし未来は無視、とは思えないイーアンなので。魔物汚水を取り去れるなら、そうしたかった。
ヤムの土は、くっついたら限界まで水分を吸い続ける。それもまた攻撃の一つ、と思えば、確実に倒せる保証がなくても、『対抗の道具として、汚水も消し、魔物の動きも止める』が出来るだけでも違うと思う。
そして、吸い出すだけ吸い出したヤムの土も、干上がった魔物も、リョーセの鱗効果で崩壊する。
はっきり言えるのは、『魔物は水分が体を構成する成分』かどうか知らない事・そして、『ヤムの土は水分を吸収する成分』で構築されている事の、二つ。リョーセの鱗でヤムの土を止める方が目的だったが、魔物を動かす何かしらにも影響したのは良かった。
魔物を傷つけて、時間差でリョーセの鱗が接触するよう、土が膨潤する速度を考えて、後から鱗が押し出されるようにセットしたら、これで上手くいった。
「腹が減ったな」
甲板に降り、夜の何時かも分からない時刻に、タンクラッドは腹を擦り、イーアンも『何か食べたい』と同意した。
食べなくても生きていられる体であれ、何食抜いたんだっけと意識がそちらに向くと、食べ物を求める自分がいる。
二人は台所へ入り、蝋燭を灯して、すぐに食べられるものを漁った。
明日はイングに頼んで、いざ増量へ。
お読み頂き有難うございます。




