表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2747/2956

2747. 三十日間 ~⑱道具か武器か『旱魃のヤムの土』・イオライの剣に得る制作の午後

 

 民間の使う道具が、今日、完成する。


 そうタンクラッドに聞いて、この後イングを呼んだイーアンは、作業の重要を話して『今日は休んでいい』と上から目線で了解されたため、タンクラッドの部屋で準備。


 自室に隠した『危険箱』を持って来て、タンクラッドが隣のミレイオの部屋から机を運び、イーアンは工具他を自分と親方用に分ける。



「お前に昨日、大体は話しているだろう?お前が馬車から持って行けと、意見をくれたから」


 一つでは作業には足りない机を二つ並べながら、剣職人は話す。イーアンを椅子に座らせて、作業する高さが丁度良いか見ると、少し肘が上がると知って座布団を用意してくれた。


「量産するとは言え、最初が肝心だ。制作時間は長引く」


 何度か座り直させて、座り込み作業に苦労がない姿勢を確認した親方は、自分も隣りの机の椅子を引いて座る。


「量産、沢山ですね」 「じゃないと意味がない」


「その前に魔物に試す」 「無論だ」


 親方と弟子は、目を見合って頷く。これから、配合別で試作を複数制作する。



 ―――タンクラッドは昨日、知り合いの工房を借り、試作完成一歩手前まで作業を進めていた。


 作業途中、イーアンにこの状態を見せたら、何か足し引きを思いつくだろうかと考え、キリの良いところで止めて、船に持ち帰ってきた次第。元よりイーアンに昨日の朝、意見をもらったことで、道具の目的も少し広がりが出たわけで、もう一度見せたら、また違う発想と展開がある気がした。


 昨日。馬車の荷箱から工具他を引っ張り出す際、イーアンに、『かくかくしかじかな目的で使う道具を作る』と話したところ、時間もなかったので詳しい説明は省いたが、イーアンは『それなら、これこれこうしては如何ですか』と意見を出した。


 タンクラッドの予定より、少し作業時間を増すことになるが、もしかするとその方が目当てを適えやすいかも、とイーアンは言う。聞いて若干、驚いたものの。言われて、その手も使えるかと―――



「イオライセオダの剣を、こんな場面で話に出すとは。思いがけない上に、何とも嬉しかった」


「私はタンクラッドが工房で剣を作るのを、最初から最後まで通して見たことがありませんが、ずっと気になっていたのです。

 イオライの土もですが、製法も特徴的な土の性質を引き出す気がして(※32話参照)。これは、ティヤーに来て初めの方でも思い出したことでした(※2485話参照)。とは言え、確認の使用がありません。私の知る世界の情報と全てが合致するわけもないし、工房でじっくり調べるなど出来ない船移動では、思うだけで終わり。

 でも、サンキーさんがルオロフの剣を作った時、剣の質と大まかな材料を聞いて、イオライセオダと同じ効果が出たと感じました(※2504話参照)。そうでなければ」


()()()()()にならない、からか」



 ルオロフの剣を作ったサンキーは、魔物材料とうまい具合に合わせたことで、表面に被膜が落ち着く状態を生み出した。イーアンが思うに、イオライセオダと同じ剣の作り方だと。


 昨日初めて、そう思っていたことを伝え、説明されたタンクラッドは意外な話に面白く思った。



「でも。タンクラッドも、イオライセオダの経験をサンキーさんに伝えていたのですね」


 昨日の会話で、ルオロフ剣を作る前の話題も少し出た。『黒い物質だけでは、剣が脆い』とサンキーに結果を聞いたタンクラッドは、経験から魔物の素材を併せる方法を彼に教えた(※2504話参照)。サンキーはそれをきちんとメモに取って実行し、晴れて『脆さを克服した強い剣』が完成したのだ。


 だからあの剣の状態になったのですねと褒めるイーアンに、親方は満足そうに微笑む。


「だが、お前と俺が同じような想像をし、気づいた点が一緒だったと知ったのは、昨日だな。ここまで進めて、また手を止めた俺の勘は正しい。お前が更に、これを()()()()案を見つけていた。試作を作り終わっていたら、二度手間だった。さ、話してくれ。どう使うんだ?」



 早く作り上げれば、今日中に試せる。ワーシンクーの工房で調整済みの品を前に、今度はイーアンの説明。異界の精霊『ヤム』にもらった、『危険物』の箱の蓋をずらし、イーアンは中身をそっと取り出す。


「お札とか除霊の類ではないんだな?」


「違います。全然、現実的。って言っても、異界の精霊を経由している時点で、現実的って言わないのか」


 異界の精霊から貰っているものを現実的、と呼ぶようになった慣れに、自分で突っ込む(※この世界がファンタジー)。タンクラッドはよく分からないので首を傾げたが、気にしないでと、イーアンは話を進める。


「触る時は、慎重に。注意して下さい。保護として、私の翼の膜で包んでいますから、タンクラッドも扱う際はこれを・・・そう、布巾みたいに・・・直接触れず、これを合間に持って下さい」


 こうね、とイーアンが試しに見せる。自分の翼の膜をちょびっと剥がした、ハンカチくらいの大きさを手に、工具で物体を触るにしても、膜越しに扱うよう持ち方を教える。どんな影響が出るか分からないが、顔を近づけて呼吸をするなども避けて、とお願いした。


 タンクラッドは箱の中に納まる()()()をじっと見て、これがそんなに危険だとは、と不思議そうに呟いたが、イーアンの念を押す警戒に従う。箱の内側にもイーアンの翼の膜が敷かれ、それに包んだ乾いた土は、どこにでもありそうな土でしかない。



「まず、性質をお話します。それから、使う目的。そして、加工方法。加工方法は、私一人の知識で話していますから、タンクラッドがより良い方法を知っていたら、そちらにしましょう」


 私は触れても大丈夫だけれどと、『大変危険だから、被膜必須』使うタンクラッド(人間)に合わせ、イーアンはハンカチ大の白い翼の膜を土くれの上に乗せる。

 その上から、先端に長方形の板がついた鑷子(せっし)(※ピンセット)で土をつまんだ。力を籠めないようにつまむと、カサカサに乾いた土は1㎝に満たない塊で持ち上がる。


 こうやって、こうでしょ・・・ 食器皿にも翼被膜を被せ、その中心に置き、イーアンは水差しから水を土へ垂らした。ちっぽけな塊は、1リットル以上入っている水の半分を、染み出させることもなく吸い込む。


「なんだこれは」


「こういうものなの。まだ吸い込みますよ」


 どれくらい吸水するんだと目を丸くした親方に、『水差し一本じゃ足りないかもです』とイーアンは小首傾げてトクトク注ぐ。上にも横にも膨らんでゆく土は、水差しを逆さに向けた最後の一滴が染みても、まだ表面が乾いていた。その膨らんだ変化たるや、吸い込んだ()()()()と思しき大きさになった。


「これを・・・お前は使う気か。確かに、直に触れる気にはならんな。近くで息をしても危険だ」


「はい。恐らく体の水分を奪われます。あっさり」


 あっさり、と軽く頷く女龍に怪訝な目を向け、タンクラッドはとりあえず、恐ろしい土の性質を理解する。


「私について来て下さった異界の精霊の一人に、旱魃(かんばつ)を引き起こす方がいます」



 ―――祝宴で会った、乾きの存在。


 自身でさえ、力のコントロールが利かないゆえに、補佐が必要なこの精霊にお願いして・・・危険な土の集め方も扱い方も教えてもらったイーアンは、民間の使用する道具に、これを利用しようと思い立った。


 以前の世界で、旱魃のヤムが現れた後に恐れられた『乾きの大地』。


 次の大雨に満たされるまで乾き続け、水を奪う涸れた土。

 水不足の自然災害を捉えた『厄神の仕業』は、この世界で神話の域を出て、現物として形を成す。異界の精霊は、魔法の質が違うために、物体化された痕跡も残ると確認した―――



「乾きの大地か・・・ 」


「大変、強烈な存在です為、ご本人も動きは控えています。本()って、人間じゃないけど」


 細かいところは良いから先を続けろと注意され、次に土の性質をイーアンは簡単に説明。


「見て頂いたように、こんなにわずかな量ですら水を引き込み、なお吸収すると思われます。吸収した水は、吸い込んだ土自体を傷つけても出てきません。二度と水に戻らないからです。壊れるのは限界量に達した時で、限界まで吸い込むと消滅します」


「消滅。仮に、石ころや木の残骸が土に混じっていてもか?木の根や石も、土は含んでいるだろう」


「一緒に消滅します。見ましたので、間違いありません」


「どこかで試してきたのか」


「島が一つ無くなっていました」


 淡々と返す女龍に、親方の口が半開き。島を消しちまったかと顔を引きつらせるタンクラッドに、『アイエラダハッドで解除後に、そうした事件(?)が起きたため、彼は今、補佐によって力の制御をしている』とイーアンは教えてあげる。


 跡形もなく消えた島に案内してもらい、周辺の状態で確かにここに島が在ったと、イーアンが理解したのも話した。これを聞いてもタンクラッドは安心せず、眉根を寄せていた。


「彼が動くと、空気中の水分も消えます。お会いした時、からっからでした」


「分かった。もういい。で?限界量が来たら抱え込んだ全てと一緒に消滅するが、それまでは水を吸い続ける土を、お前はどうやって使う気なんだ。使うのは民間人だぞ」


「私が一度だって、無責任に道具を作ったことがありましたか」


 ないが、と胡乱な目を向ける親方に、イーアンも胡乱な視線を流す。

 強力な素材に信頼が薄れたとは心外だとぼやきながら、『ここからが、イオライの剣制作と同じような事をする』と、専用の桶を引っ張り寄せた。



「タンクラッドが考案した道具の形。その内側にこれを仕込みます。勿論、水分抜きですよ。それから私の翼の被膜も使います。ヤムの土を広げた被膜の片側半分に薄く均したら、これを畳みます。端から土が漏れないよう、3辺を金属の薄片に挟んで、ぐっと押し付けて固定。

 で、この状態でタンクラッドが途中まで仕上げた『罠』の刃が当たる位置に、これを」


「ははぁ、黒い素材(※神様のあれ)と魔物製金属の隙間に、それを入れるわけだ」


「そうです。このまま低融点合金の加工をして下さい。私の翼の被膜は高温にも耐えるは・・・ずですが、そこは私が先に試します。黒い素材と魔物材料の金属を重ねるでしょ。熱して叩いて、イオライの剣のように」


「桶で冷やしたすぐ、もう一度熱をかけて叩いて、表面に()()()のか」


 はい、と頷く女龍に、タンクラッドは感心と呆れが同時に出て少し笑い、『よくそんなことを思いつく』と褒めた。



 ―――タンクラッドが道具として使えるよう考えたのは、バネ仕掛けの罠と同じ仕組み。


 ハエトリソウみたいなもので、捕獲する部分に鋸歯を作り、全体は魔物製の金属を熔かして通した、加工済みの黒い素材。


 サイズは小さいものだが、敵をちょびっと挟むのではなく、()()()()()()()()固定する形状に作られていた。これが、『魔物相手に吸着する性質』の利用で、なるほどねとイーアンも思う。


 魔物に投げて、ちょこっと挟んだだけで何が期待できるわけもない。タンクラッドも別にそんなことは考えない。

 道具は敵がいる地面に向けて投げ、開いた状態の道具が敵と接触すると、引っ張る作用で食い込み、そのまま地面に突き刺さる。


 投げる角度などで、道具の歯の向きも違いそうだが、そこは調整して『下に向く』ようにしたらしい。どう投げても確実にある一面が真下を向く玩具があったのをイーアンは思い出し、それと似ていると見当をつける。


 これで魔物の動きを止めている間に、逃げるなり、戦って倒すなり・・・タンクラッドは少しでも簡単に使用できる、逃げ道の手段を想像した。



 イーアンはこの話を聞いて、()()()()とダメージ増大を考えたのが、異界の精霊の一人が物体的に残す『厄害の土』の利用だった。

 確か神話ではそうした話も残っていたようなと、うろ覚えでヤムに会い、相談を持ち掛けたところ、ヤムはこの世界に於いて、損害を与える土が実物化すると教えてくれた。


 タンクラッド製の道具の内側、『ヤムの土』を封じた龍の翼の被膜を当てて、低融点金属で薄っすらカバーする。

 バネと鋸歯が噛む衝撃に、柔らかく薄い金属板が破け、被膜も当然切れ、封じた土が落ちる。


 魔物に死霊の何かが加わり、海や土から上がって来る魔物は、人の身体を溶かした見た目で、見るからに水分が多い。


 膨潤する高吸水性樹脂に近い土は、道具が貼り付き、固定すると同時、水分を取る作用を見せるだろう。

 これによる魔物の変化はえげつない姿が予想されるが、あの臭いも押さえられる可能性はあるし、そして本体が収縮すれば、剣や矢の攻撃も通用しやすいはず。

 仕込む土は、崩壊の限度にあたりを付けた量で仕込めば―――



「作るか。お前が土と被膜を扱った方が良さそうだ」


 そうしましょう、と女龍はタンクラッドに制作後半用の工具を回す。タンクラッドの側においた前半用の諸々を引き取り、二人は作業を始めた。ダルナに頼んで量産するけれど、先に魔物に試すための分もいくつか作る。


 時々、確認する・見てもらう以外、会話も消えた静かな作業の午後は、あっという間に過ぎて行った―――

お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ