2745. 三十日間 ~⑯四日目朝:4島、魔物退治・魔物の外見・オーリンの頼み
☆前回までの流れ
『二度目の告知』を行い、オーリンが手仕事訓練所の様子を見に行った日の夜。初の人型動力が地上に出て、ニダとチャンゼを襲い、チャンゼは死亡、ニダは意識不明に。報せで駆け付けたオーリンは、現場でコルステインと話して内容を知り、ニダを訓練所へ運びました。コルステインとスヴァウティヤッシュが追う相手、『燻り』こそ、この人型の操り主で・・・
今回は、夜明けの船から始まります。
あの夜が明けた時間――― 停泊中の港の反対側を、魔物が襲った。
気づいたイーアンと異界の精霊が向かい、アマウィコロィア・チョリア島(※船がある島)の隣にも魔物が発生していると知って、分担する。
だがイーアンはすぐ、その横の島も、奥の島も魔物を見つけ、異界の精霊の応援を増やす。比較的、近い距離にある4島が、まとめて襲撃を受けた。
手伝いが増えた分、魔物を全て片付けるまで掛かった時間は短かった。それでも負傷者は、想像以上。
姿を見せずに戦うことになった、異界の精霊。
現場の人々には、魔物しか見えていない。異界の精霊が来たのを知らず、魔物を倒そうと立ち向かう人たちは、負わずに済んだかもしれない傷を負った。
ダルナが各島に一頭ずつ、海は人魚や海馬・・・人が入り込めない複雑な地形や、海や空への対処は出来ていたし、町などの細かく道が分かれる所は、馬・人・犬の姿をとる精霊が入ってくれたから、民が逃げても退治は出来た、とイーアンは思う。
退治が終わった後に、異界の精霊がちらっと姿を見せることはある。
意図的ではない偶然で、人はそれを見て『助けてくれていた』とやっと知るが、魔物応戦中で見えなければ、『避難する選択』はない。
姿の見えない援軍。魔物の攻撃を、間一髪、見えない力に守られて生き延びる。
そこで助かったら逃げてほしいのだけど、『運良く助かった』と思った人は、次の敵を倒そうと向かってしまうから、別の場所で負傷していた。魔物製の武器防具を装備した、警備隊も同じ。
彼らの場合は、装備が強力なだけに無理をした印象。異界の精霊に追い立てられて引き始めた魔物に、わざわざ向かっていく様子は何度も見られた。勿論、イーアンは見かければ彼らを止めたが、『逃がさず倒さなければ』と言い返されて、見えない味方のリスクを痛感した。
同時勃発で襲われた4島。回復技を使う異界の精霊にお願いして、イーアンが付き添い、治せる範囲の負傷者の治癒を行う。イーアンは龍気の補充必須で、途中で人里を一旦離れ、ルガルバンダに龍気を送ってもらって充填し、戻って負傷者の回復を助けた。
死者も増えた。倒そうとした魔物に負けたり、逃げ場を塞がれて殺された人もいる。魔物の強烈な刺激臭で意識混迷に陥ってしまい、そのまま亡くなった人もいた。
こうして、退治と治癒を行い、イーアンたちが引き上げたのは、午前も昼に近い時間。
「有難うございました。一人ではとても間に合わなかったです」
頭を下げた女龍は、異界の精霊にお礼を言って、戻ってもらう。ダルナは、イング、スヴァド、レイカルシ、リョーセが来ていたので、イングを残して他は帰った。
「お前も空で、力を補充しないといけないんじゃないのか」
「うーん・・・そうですね」
イングは今日も『お祈り』のまとめを聞かせる予定だが、イーアンから感じ取る龍気が弱くて気遣う。
大きく息を吐いたイーアンから戻った返事は、それと関係なく『魔物』について。青紫のダルナが相談された内容は、魔物共通の特徴をどう思うか。
「においか。あまり気にしてはいないが、最近はそうかもしれない。人体がついた魔物というのも、言われてみれば若干、以前と違うように思う。前はもっと、はっきり人間の部分が突き出ていた魔物を見た。ここのところは溶けている、と言われてみればそうだな」
倒すだけの魔物をそうそう観察せず、関心もないが、イーアンの懸念『アソーネメシーの遣い』の仕業がその特徴、と聞くと・・・ 放っておくと彼女は不安で動き回りそうなので、これは自分が手伝ってやることにする。
「俺が調べる。この世界の精霊が、魔物に協力する時点で疑問だが、精霊には触れず、魔物の状況を探るのは問題ないだろう」
「精霊に触れないよう、出来そうですか?」
「手を出せないなら、それはそう言う・・・イーアン、お前が会いたい『ヤム』は、もしかしてこの魔物に」
察しが良いイングの質問。イーアンの鳶色の目が海に向いて頷く。
「はい」
「そうか。今から会いに行くなら、都合は付けてある」
「行きます」
*****
移動先で『ヤム』に会ったイーアンの話は、また後で。
調べるにあたって無理はしないで下さいねと、引き受けてくれたイングに頼み・・・無事、求めの品を手に入れたイーアンは、一旦、船へ戻る。
報告の後は『お祈り』・・・昨日の『二度目の告知』後、今日は届いているだろう。
魔物の犠牲者が以前より増えているし、魔物は『アソーネメシーの遣い』がめいっぱい関わったとも知った。民への被害がまた勢いを吹き返す。しかし死霊が必要なほど、魔物は残数がいないのか、それも訝しい。
「もう・・・決戦?」
視野には入れておくが、飛ぶような状況展開に頭がついて行かない。
「今日の魔物も、東から来たのかも。どこでも、島の東が始めに襲われる感じが。魔物は、甲殻類みたいのや、スライムっぽいのや、あとは大群の虫系だった。硬い殻の見てくれでも、内側から水がじゃぶじゃぶ出ている。
そこに溶けかかった人間が混ざっている。虫の背中や頭に、人の顔や足が見えて、こんなのが大群で襲ってきたら恐怖以外の何ものでもない」
臭いも凄まじいが、見た目の影響も大きい。
海で魔物に返された船を支えた時、ドロッと長い胴体の魔物が甲板にへばりついた。その頭は深海魚のように透明なカプセルで、体の向きが変形した人間の死体が、何体も詰まっていた。
その魔物を見た水夫の一人が叫び、そのまま白目をむいて、後ろに倒れ死んでしまったのだ。
「あの人・・・ショック死でした」
イーアンは船を水平に戻した即、魔物を消したけれど、他の水夫に『行方不明になった仲間が、魔物の中にいた』と聞いて、不憫でならなかった。ショック死した水夫は、その仲間のご兄弟だった。
「行方不明者が多いと、前にドルドレンが話していた。もしや、行方不明になった人たちは」
もしも、家族や身近な人が魔物の状態で現れたら、どれくらいの人が太刀打ちできるのか。
ティヤー最初の魔物は、墓から呼び出された死霊憑きで、それは故人の顔を残していなかったけれど、『アソーネメシーの遣い』が関与したと思われる魔物は、人の体の一部が生々しく魔物に取り込まれていた。そして、今はもっと判別つきやすい、『個人』を半端に溶かした魔物に変わった。
自分の親、兄弟、子供。友達、恋人、知り合い。行方不明になった相手の体が魔物にある。
もし、結婚指輪をした腕があったら。もし、見慣れた痣や特徴を持つ体があったら。もし、自分と生活を共にした顔が、そこにあったら。
「つらい、ではすまない」
イーアンは胸が苦しい。ちらっと腕に持つ箱に目をやり、魔物を倒すために用意したこの材料も使ったら、魔物の見た目に拍車をかけるかも知れない・・・それも案じる。でも、あった方が良い。
手に入れた、異界の精霊の危険物。きちっと蓋を閉めた箱を脇に抱え、複雑な思いのイーアンは甲板に降りた。
迎えたルオロフに状況を確認し、ルオロフから『こちらも出ましたので、対処しました』の報告。
停泊するベギウディンナク港は、湾を大回りした、島の少し内側に入る。浅瀬が続くため、こっちへ来る魔物が見やすかったとルオロフは海を指差し、『イーアンたちが戦っていたところから、瀬を伝って来たのでしょう』と指先で弧を描いた。
「準備する時間があったので、私とオーリンで。あと沿岸警備隊が」
死者は出ておらず、確認したのは現時点で負傷者のみ。アオファの鱗も使ったと話すルオロフに、『あとで補充します』と了解したイーアンは、『オーリン?』と彼が船にいるかを尋ねる。ルオロフの薄緑の瞳が昇降口を見て、『話しかけにくいですね』と心配そうに呟いた。
理由は聞かない。察するだけなので、二人は目を見合わせて黙った。
とりあえず、ルオロフは今日動く用事がないので船待機にしてもらい、イーアンは、帰ったオーリンに会いに行く。オーリンの部屋の扉を叩いて、開き、彼の第一声に女龍は目を閉じた。
「万が一だが、ニダを消してくれないか」
オーリンの頼みは、イーアンの恐れていた想像の続き・・・・・
*****
即答出来る訳もなく。
部屋に入れてもらい、事情を聞かせてもらってから、彼が恐ろしい一言を発した意味を理解する。チャンゼさんという、ニダの親のような宣教師の死が、オーリンにそう思わせていた。
寝台に座っていたオーリンは静かで、話す時以外は床に目を向ける。
彼の隣に座って聞き終わったイーアンは、体を横に向けて彼をゆっくり抱き寄せ『私が見に行くから』これを答えにした。消す以外の道を探してみないことには。
抱き締められたオーリンの首が傾いて、白い角に凭れ掛かった。力ない仕草が、どれほど辛い心境によるものか。イーアンは伝わる悲しみを感じ取る。
ニダという子は、聞いた話では大変な運命の中を生きて来た。
オーリンはたまにニダに会いに行き、様子見を繰り返していたが、どこかで彼は自分を重ねていたのかもしれない。
ニダが操られる可能性を含んでしまったと知って、ニダを救うなら消す、と頼んだのは、女龍に消されることが、龍の民のオーリンにとって、最上の昇華だから。
こんなオーリンを見たのは初めてで、イーアンは抱き締める腕を少し強くし、喋ろうとしないオーリンに『待ってて下さい』と頼む。彼は、感情的であればあるほど、表に出さなくなる。すごく混乱している状態にあるのも分かる。
片方の角に顔を乗せたオーリンを見上げることはできないけれど、ちょっと頷いた振動を感じ、彼の背中をトントン叩いてから、イーアンはそっと立ち上がる。
「オーリン。魔物退治して下さって有難うございました。私が出かけるため、あなたは船に残って下さい。報告に戻ります」
「そうか。悪いね」
返事は普通。でも生気すら失ったような表情。
目の合った黄色い瞳に微笑み、イーアンは尾を出す。オーリンの前に揺らして『鱗を一枚あげます』と、取るように促した。ぺりっと鱗一枚剥がし、オーリンはそれを握りしめる。
「私が一緒にいます。いつでも。あなたは、私の血。私の同胞。私の兄弟」
「うん」
下手な約束はできないから、早々に状態を確認に行く。イーアンは部屋を出ると、まずは自室に寄って『危険物の箱』を見えない所にしまい、それからミレイオに会いに行き、4島退治の内容、それとオーリンの状態を掻い摘んで伝え、慌ただしく甲板へ上がった。
*****
「お」 「あ」
甲板で、親方と鉢合わせる。今、宿から戻って来たと、その方向を指差した親方は、手に大きな袋を一つ持っていた。
「お前に相談をしたいから、一度戻った」
宿に預けた馬車から、改めて必要な工具を持ち出し、相談で製作を進める段取りでいたタンクラッドは、イーアンの喜ぶ顔が出なくて、あれ?と思う。どうしたかを尋ね、昨夜の獅子の話・午前の魔物退治・そしてオーリンからの報告を大まかに知り、タンクラッドも胸が痛んだ。
「あいつがそんな状態に」
オーリンは、涙と無縁の印象。怒ることはあっても、悲しみに暮れたり、しんみりする場面をほとんど見たことがない。その男が、数える程度しか付き合いのない若者の、生死彷徨う状況に混乱している。
「分かりにくいかもだけど、オーリンはほら。喜怒哀楽が」
「他人の目に映る彼の感情と、心の動きが違うよな」
うんと頷いたイーアンに、タンクラッドも、ふーっと息を吐いて昇降口を見る。とりあえずイーアンに行かせることにして、自分は船に居るからと送り出す。
「お前も飛び回っているが、『祈り』を今日も聞く予定なんだろう」
「はい。その前に、一回戻ってきます。オーリンに報告に」
「分かった。夜は話を聞いてくれ。無理し過ぎるな」
タンクラッドの挨拶で、イーアンは了解して浮上。まずはカーンソウリーへ飛んだ・・・のだが。
手前で止められる――― 意外な相手に。
「スヴァウティヤッシュ」
「久しぶりだ。イーアン」
「どうして・・・ 」
どうしての一言は、彼がイーアンの目的を知っている気がしたから、口から零れた。黒いダルナは空の途中でイーアンを止めた理由より早く、『そう』と肯定した。
「あの人間の、若いの。俺が今、『預かって』いる」
お読み頂き有難うございます。




