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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2742/2956

2742. 三十日間 ~⑬ニダの想い・『灰色の混合種』・手仕事訓練所の夢

 

 イーアンとルオロフが、『告知』続き第二弾を広め、ワーシンクー島でタンクラッドがそれを聞いた、後―――



 ティヤー北へ上がってから東へ降りたオーリンは、カーンソウリー南のピインダン地区近くまで来ていたので、()()()を気にして教会へ寄っていた。


 教会近くに人影を見つけたのでまずはそこへ降りる。

 人影は、宣教師のチャンゼ。挨拶を交わし、『ニダは訓練所』と教えてもらい、龍でそちらへ移動した。


 チャンゼが表に出ていたのは、空に巨大な石板が浮かび、改めて告知の内容を繰り返されたのを聞くためだった。


「何か聞かれるかと思ったけれど。チャンゼは何も言わなかったな。俺たちが絡んでいると思っていそうだし・・・ルオロフは、なんて喋ったんだろう」



 訓練所の午後は、人が出入りする時間。ガルホブラフの影が二度三度と地面に走り、上を見た人が叫んだので、『オーリンだ!オーリンが来たと伝えてくれ』そう大声で知らせるや、中からニダが飛び出してきた。


「オーリン!!」


「今、降りるよ」


 細い腕を振ってはじける笑顔で迎えたニダに笑い、オーリンはガルホブラフに滑空させて地面近くでひょいと降りる。龍は心得ており、そのまま空へ戻っていく。わぁ!と喜ぶニダが走り寄り、オーリンの両手を握った。


「また来てくれたの」


「近くまで来たんだ。この前も会ってるが、変わりはないか」


「うん!・・・でも、あのね。今。あの、オーリン、言葉が分からないだろうけど」


 笑顔が真顔に戻ったニダが言い淀み、両手を握られたままのオーリンは、告知かと察した。


「龍で飛んでいて、石板が空にあったのは見たでしょう?」


 ニダの握る手は温かく、細い指に力が少し籠る。オーリンはその手を一度離させ、自分が握り直して『見たよ』と答える。屋内から人が出てきて、オーリンと顔見知りの職人が数人混じっており、入るよう勧められた。


 オーリンはニダの片手を握って、見上げる不安な眼差しに『大丈夫だ』と囁き、一緒に訓練所へ入る。


 訓練所の中も、午前と午後の切り替え時でざわざわしているが・・・いつもと違うざわつきは、紛れもなく『二度目の告知』による。


 職人の知り合いがオーリンに、依頼の注文をこなしている紙を見せ、読めない文字を共通語に訳しながら、まずは()()を優先。

 説明に返事をしつつ、オーリンが黄色い目をちらと向ければ、その視線を待っていましたとばかり、職人は見つめ返し、『なぁ。お前なら知っていそうだから聞くが』と潜めた声で質問が始まる。


「あれ。()()()()だけどよ。海神の女とお前は一緒に動くから、知ってるんだろ?」


「んー。それなりにな。でも、俺も渦中じゃないし、詳しくはないよ」


「人間が死ぬのか?それとも比喩か何かか?」


「俺の意見で良いならね。俺は『死ぬ』とは思えないんだ。状況を見ていると」


 状況って、と食いつく職人のおじさんの横にも他の人たちが集まり、オーリンは困る。『よく知らないのは一緒だぜ?』と予め断ってみるが、イーアンと行動を共にする情報源、職人たちからすれば不安払拭のため、この機会を逃せない。



「オーリン、()()用があったんだよね?」


 ニダが握られていた手を持ち上げて、群がる職人に眇めた目を向けた。『仕事の話はしているだろ』とおじさんの一人が書類を置いた机端に触れるが、ニダはぎゅっとオーリンの手を引っ張り、『あっちで話をしようよ』と離れたいのを遠回しに言う。苦笑したオーリンも頷いて『そうだな』と、とりあえずニダを立てた。


「依頼品の引き取りは、ロゼールがまだ来ないから、こっちへ通したことにして、周辺に配ってくれ。制作費ではみ出た分は請求してくれたら、ロゼール経由で支払う」


「分かってるよ。大丈夫だ。オーリン、後でこっちも話しを聞かせてくれ」


 しっかりと予約され、オーリンは『分かった』と空いている片腕を振り、ニダに連れて行かれることにする。



「オーリンの用事は?」


「最初に言ったろ。ニダに変わりないか、見に来たんだ。魔物退治で近くに来たし」


 用を改めて尋ね、顔を見に来ただけと聞いたニダは、そっか、と前を向いたまま頷く。廊下脇から奥へ歩き、裏手に出て、川を前にすると、ニダは足を止めて弓職人を見上げた。


 片腕にくっついている細い線のニダは、男にも女にも見える。まだ子供・・・ザッカリアを重ねるオーリンは、ザッカリアの不安を抱えていた時の顔を思い出し、『不安なんだな』とニダに訊いた。


 ニダは腕から離れ、川辺にしゃがみこむ。川面に揺れる姿を見つめて喋らない。オーリンは横に並んで腰を下ろし、川面に映した顔へ話しかける。


「俺のところにも通訳がいるから、『告知』の内容は聞いている。さっきのは訳せないから分からないが、似たようなことだろ?」


「そうだね。通訳はルオロフ?」


「ん?あともう一人いて、いつもはそっちかな(※そっち=クフム)」


「シャンガマック?」


「あー、じゃなくて。ティヤー人の通訳がいるんだよ」


「ルオロフは?どうしてる?」


「なんでルオロフに話が飛ぶんだよ」


 笑ったオーリンにニダは『彼と私は似ているから』と振り向いた。

 そういや前もそう言ってたっけと(※2525話参照)、ルオロフがどう受け止めたかを教えてやった。『彼は彼で大きく構えている』気にしていなさそうだったよと。


 最初、人間を救う見込みがないと伝えられた直後のルオロフは『私は三度も生きたんだから充分だ』と笑った(※2669話参照)。あれは本心だろうと、オーリンは感じた。あの男は消される未来を告げられても、鷹揚に・・・


「ルオロフは、大人だな」


 ぼそっとニダが呟き、少し考えていたオーリンは俯くニダを見た。『なにが』と尋ねると、大きな目だけがキョロッと向いて『私は怖いから』と心境を吐露して続ける。


「祈ったよ。謝らなければいけないみたいだから、龍ばかり頼ってごめんなさいって。でも、よく分からなかったために、そう思い込んでいたことも説明した。あなた方、大きな力を大切にしますから、許してほしいって。私はこれからも生きていたいし、遠くの国にも行って、他の誰かの役に立ちたい」


 吐き出すように喋って、ぴたりと止めた言葉の後、ニダは溜息。『神殿を止めてくれたでしょ?』と小さな声が続いた。


「イーアンがな。潰したね」


「・・・私。親の仇を取るつもりでいた。あんな宗教が、許せなかったから。そのために、教会に入って探りを入れて。でも海神の女が、私の代わりに神殿を止めてくれた日。私は」


「あ、お前。もしかして目的が」


 そういう影響もあるかと推察したオーリンが口を挟むと、ニダは『そう』と当たっていることを教えた。


「目的、()()()()()わけ。そうしたらね。単純かも知れないけれど、私は他の国にも出かけてみたいと思い始めたんだ」


 神殿に親を殺されて、差別を受けたニダ。戸籍上、死んだとされているニダは、目的が消滅して、初めて自分の要求が頭を擡げた。オーリンはゆっくり頷いて『単純じゃないよ』と並ぶ頭を撫でた。


「でも、そうか。そう思った矢先、告知で人間の存続に危機が迫ると聞いて、お前」


「オーリン。まだ、私は生きていたい」


 正直な想い。生まれた時から運命に翻弄された一人の若者の、切なく小さな願い。オーリンはニダに腕を回して抱き寄せ、『当たり前だ』と答えるしか出来ない。



「オーリンは・・・祈った?龍の民だから、人間じゃないんだっけ?」


「・・・・・そう。俺は、人間じゃない。うーん」


 言い難いけれど、自分は免除枠。すまない気持ちになる弓職人は、片腕の内側で静かに首肯するニダに、なんて言って良いやら悩む。


「ニダ。お前は誰に祈った?イーアンか?」


「ううん、龍に祈ろうとしたんだけれど、私は雲や雨のように、残らない人間」


「はぁ?何言ってんだ!そんなこと言うなよ」


 自虐的な言葉に驚き注意したオーリンを見上げるニダは、悲し気な微笑みを浮かべ、『そうだね』と合わせたものの、また川を見て『だから、雲と雨と雪の色に祈った』と祈った対象に話を戻した。


「灰色、だな?お前の名前・・・海賊寄りの名前って長い印象だけど、お前は短い名だろ?意味は」


「うーん。尊さとか、聖なる、とか。人の名前と違う、単語だよ」


 良い意味ではあるが。ニダの濁し方もあって、オーリンは、なぜその名がついたのか、見当もつくし聞くのは控える。ニダは、男女の性別がないから。

 そして、名前に色名や、色を連想させるものを含まないのも、ニダが『雲と雨と雪』に自分を重ねる理由かと頷く。ニダは一呼吸挟んで、川にちょっと石を投げ込み、話を変える。



「でね。関係ないけど、『告知』の声がルオロフに似ているなって思って。()()もあったかも。ルオロフはアイエラダハッドの人でしょ?雪の国から来た人だし・・・ 」


 理由は、うまく繋がらないなりに―― ニダは、ルオロフに仲間意識を寄せている様子で、彼に因むことを選んでいた。どこか、縋っているような。


 オーリンはニダがルオロフを好んでいる、と単純に捉えていたが、ニダはルオロフの目を見て『自分と似る。精霊のようだ』と言ったことから、孤独をルオロフとの出会いによって、薄れさせているように感じた。


 周囲の人間と違う身体を持ち、それが理由で両親を殺され、死んだことにして生きるニダは、良い仲間に守られていても、ずっと孤独だったのだろう。生きる意味を探していたかもしれない。


 ルオロフに直感で『精霊』を捉えた時、ニダはとても嬉しそうだった。やっと、同族を見つけたような・・・ オーリンが、自分を龍の民だと知った時の、抱え込まれるような安堵と同じか。

 そう思うと、この先、ニダが進む道を見守ってやりたくなった。でも、そのためにはまず、生き残らねば。



「ニダ。灰色の相手に祈って、反応はあったのか」


「あった。と思う。雨の日に祈ったんだけど。雨を見上げて祈っていたら、冷たい風が吹いて、見たことのない格好の人が空に浮かんだ。あれは精霊だったと思う」


「・・・そうか。どんな格好だ?俺は旅しているから、少し知っているかも」


「そうだね。うーん、はっきり見えたわけじゃないんだけど、こんな形の帽子を被ってて、耳に飾りがあって、おばあちゃんみたいな感じ」


 精霊の容姿を、足元の砂に指で描く。四角い帽子、大きな輪の耳飾り、服は冬服。


「おばあちゃん」


 そこを繰り返した弓職人の顔が可笑しかったか、ニダはハハッと笑って、オーリンの太い腕に頭を乗せると『そう。ティヤー人の顔とは違う、おばあちゃんだよ』と言った。



 オーリンの脳裏を掠めたのは、話を聞いただけの・・・氷河。


 ルオロフは、『灰色は混合種』と話していた(※2716話参照)。

 総長とミレイオは、氷の峠の精霊が混合種と報告した(※2019話最初参照)。

 シュンディーンをとても可愛がったその精霊は、アイエラダハッドを離れるフォラヴに土産を持たせ、ヒューネリンガの館に運ばせた(※2403話参照)。その時、フォラヴは『精霊の老婦人』と。


 世界には、他にも混合種がいるだろう。が。


 混合種アティットピンリーが、ティヤーの海を代表で守り続けたように、アイエラダハッドの極北に居ながら、()()()混合種と自己紹介したおばちゃん(※精霊)も、もしや、とオーリンは眉根を寄せた。


 だって、ティヤーに雪はないだろ?昔、ティヤーは、アイエラダハッドの火山帯まで、デカい島が在った話。雪の発想はそこから来たとすれば。



「オーリン・・・ねぇ!」


「あ、何だ」


 考え込んだ弓職人は腕を揺らされ、ハッとする。ニダは『私がもし、生きられたらの話』と目を見た。


「生きられたら。ハイザンジェルにも行きたい」


「連れてけって事か。良いよ。俺の家は山ん中だけど、うちで良けりゃ泊めてやる」


「ホント?」


「生き延びるよう、俺もお前のために祈る。それで、魔物が終わったらハイザンジェルに来れば」


 行く行く!と喜ぶニダは、さっきまで沈んでいたのが吹き飛んだみたいで、その変わり様にオーリンも笑う。


「私が旅のお金を稼げるところ、あると思う?」


「あるだろ。訓練所でいろいろ学んでるし」


 言いかけて、オーリンの黄色い目がじっとニダを見つめ、何?と聞かれて『俺の工房で少し稼ぐか?』と聞くと、パッと顔が明るくなった。


「いいの?弓でしょ?私、作ったことないんだけど、もし手伝うならここの職人に聞いてみる!」


「出来そうなことから教える。そんな、今から準備しないでいいよ」


 デカい馬を飼ってて、そいつの世話でも良いよと、オーリンが譲歩すると、ニダは『馬は好き』と喜ぶ。どんな家なのかを聞かれ、自分で作った丸太小屋だと教えてやると、ニダは感動していた。


「世界中、回って。私が役に立てると思うところを見つけたいんだ。それで、人の役に立ちたい。私はずっと、誰かが守ってくれて生きて来れたから。私もそうしたい」


 健気なことを言うなあと、オーリンはニダに回した片腕をぎゅっと寄せ、『ハイザンジェルで手仕事訓練所を開きたいと思う』と相談するように小声で伝える。こうして人に話すのは初めてだな、と囁くと、抱え込まれて見上げるニダは、驚いて口を開けたまま頷き、『・・・それなら』と笑顔に変わる。


「私も手伝えるんじゃないの?私、何年も仕事しているから知ってるよ」


「そうだな。お前に訓練所のことを教えてもらうと、稼働も早いかも」


 うわ~と夢膨らむニダは、オーリンの片腕の内側で手を叩いて喜び、20代の若者なのに少年のような無邪気さで、オーリンは『こいつも、クフムと一緒に連れて帰ろう』と決めた(※クフム先着)。


 じゃあさ、と思いつく嬉しいことや提案を話すニダに、そうだな、そうするか、と相槌を打つ。暫くそうして話が盛り上がった後、はー、とニダは満足そうに空を見上げた。沈んだ『告知』は忘れたみたいに。



 生き延びる・・・例え、()()()()()生きていれば、そう言えるのか。だがそれは、決してニダの夢に添わない方向。この世界で、生き延びるのが前提だとオーリンは思う。


 話が済んでニダと一緒に立ち上がり、『お前の祈りは通じたみたいだけど、俺も今日祈っておくよ』とニダの頭をポンポンし、中へ戻る。



 訓練所の廊下では、二人の話が終わるのを待っていた職人たちが集まっており、少し立ち寄るつもりだったのが、結局この後、一時間くらい質疑応答で付き合った。


 外は夕暮れの橙色が林の影を透かして、人の声が引っ切り無しの時間。オーリンはこの夕暮れに人影が一つもなくなるなんて、信じ難く、切なかった。



 そしてオーリンが帰り、訓練所も一日の作業を終えて―――


 泊まり込みの職人が残り、他は帰宅し、チャンゼ宣教師に今日の『告知』と、オーリンの話をしたニダの夕食時間。その後。


 二人が暮らす住まいに近い修道院地下から、人型動力が地上へ上がった。

お読み頂き有難うございます。

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