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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2741/2956

2741. 三十日間 ~⑫雑談クジラ・海食柱『呼びかけの室』にて石板を・ワーシンクーの工房で

 

 片腕に石板を持ち、もう片腕にルオロフを抱えようと、イーアンが腕を伸ばす。


「行きましょう。どこへ飛べば良いですか」


 行き先を聞きながら差し出された、白い龍の腕を見つめ、ルオロフは恐縮。

 いくら強靭な龍とはいえ、見た目は女性のイーアンに・・・何度も抱えてもらって移動しているが、彼女の片腕には、石板がある(※推定150㎏以上)。両腕それぞれに、私とシャンガマックを抱えた時も思ったけれど石となると。



「ルオロフ?」


 はい、おいで、と伸ばした腕を振るイーアンは、ルオロフが近寄らないので、どうしたのかと思いきや。


「イーアン。少し時間をかけても、一緒にクジラ(※名称覚えた)で移動しては」


 ちらっと石板に流れた視線を追い、イーアンはクスッと笑う。気を遣ってるのねと嬉しく思い、『大丈夫ですよ』とおいでおいでして、動かないルオロフの腕を取り、よっこらせと無理やり抱える。


「あの!私はやはりあなたが女性なので」


「ええ。分かります。伝わっています。優しい紳士です、ルオロフは」


 でも私は龍なんで、と顔を向けたイーアンの目は笑っておらず(※業務優先→時間大事)、ルオロフは悲しいけれど、母の片腕を胴体に回してもらって浮上する。

 イーアンにとっては、気遣うやり取りより、時間を有効に使う方が重きを置くのだと、しんみり思う貴族。


「ルオロフのそういうところ、大事に思いますよ。私はそうした気遣いが好きです」


「有難うございます。でも無意味でしたね」


「無意味でありません。ただ、余裕がある時なら受け入れるかも知れませんが、今は混乱する人々に、一枚でも多くの()()()を急いで用意します」


「・・・私は緊張感が足りない」


「そうじゃないでしょ?そうじゃありません。今度、一緒にクジラに乗せて下さい。乗ってみたいと思っていました」


 凹む貴族は空の道で方向を指差しながら、『乗ってみたい』の言葉で母を見上げる。ニコッと笑ったイーアンは『クジラに乗れるなんて、想像だけのものでしたから』と以前の世界で少し憧れたことを教え、ルオロフは生き返った(※立場確保)。



「龍に乗り、自分も翼を持ち、空を縦横無尽に動く身になったって。クジラに乗れると嬉しいです」


「そうでしたか。では、少し落ち着きましたら、是非」


 大きさだけではなくて見分けられるようになりました、とルオロフは体験を通してクジラとイルカの違いを知った話をし、イーアンは微笑んでうんうん聞いてあげる。でもクジラは大体デカいから、大きさで見分けて間違いないんだけどね、と思うものの、それは余計な一言なので黙っておく。



 ふと。自分のクローク内側に目を落とす。青い布・・・ アウマンネルも、確か。クジラちゃんになったような(※2211話参照)。機会があったら聞いてみよう、とイーアンは思う。



 雑談は続く。どんなに気を許せない状況でも、雑談が入ると気持ちは和らぐもの。


 時折質問するルオロフに、イーアンは知っている範囲で答えた。ルオロフがいつも乗せてもらうクジラがどうやら歯クジラ・・・と知ったり、頭頂部と思しき箇所から水が噴出することを『潮吹き』と教えてあげたり、たま~に声を聞くこともあって、との話から、歯クジラ系だから声が高めかもねと納得したり。

 ルオロフが気になっていた『クジラ・イルカの子作り』も、ほわっと話題を掠めたが(※どのように行われるのか?の真面目な質問)『説明が難しい』とイーアンが呟くと、ルオロフは慌てて質問を取り下げた。


 博識なイーアンをルオロフは尊敬したが、イーアンは『誰でも情報を簡単に得られる世界だっただけ』と笑った。

 こうして、少しほぐれた気持ちで、二人は呼びかけの室のある島へ到着。なのだが。



「ここ?」


 海から突き出た、柱状の岩一本。離れた方へ目をやれば、水が轟々出ている不可思議な島が見えるけれど。あっちではないの?と、イーアンは『島』と呼ぶには足りない小ぶりな岩に、目を瞬く。



「はい。こちらです。見えるでしょうか。そこに線がありまして」


 抱えられ浮上したまま、ルオロフが岩の溝を指差したところには、確かに波を被る一直線の切り付けた跡あり。


 へぇ~と目を丸くしたイーアンは、足元も頼りない磯の一画、左右を見て『降りる所はここだけですか』と確認。ルオロフが、降ろして良いですよと言うので、彼だけを波が寄せる幅のない磯へ下ろした。


 彼は手に持つ鞘から剣を抜き、午後の日差しに見えづらい濡れた溝をシャッと切り付ける。ひょいとジャンプしたルオロフが着地する前に、黒いごつごつした岩肌に穏やかな小春日和の風景が現れた。


 振り向いた貴族は頷いて先に入り、イーアンも翼を窄めて風景の中へ入った。



「随分と風変わりな所にあります。これも、人間を警戒してかしら」


 中へ入って歩く草原は、いつものように柔らかな光に揺られる。背後にぽかっと開いた楕円の入り口、その向こうは、荒波被る海食柱だというのに。


 告知もここです、と教えたルオロフは、もう少し行くとああでこうでと様子を教え、『私も一度しか使っていないから(※2699話参照)、その石板をティヤー全国にちゃんと紹介できるか、保証はない』と前以て断った。


「そうですね。うまくいくことを祈りましょう」


 イーアンもそれは了承している。誤解さえされなければ、と藁をも縋る気持ちで使う石板。一つでも多く、一つでも存続に繋がるチャンスを渡したい、一心で。


「あれですね」


 前方に見えて来た、黒っぽい小山にイーアンは気を引き締めた。



 小山と呼ぶにも満たないが、おにぎりみたいな形の一つ岩が、ぽんぽんと並んでいる。おにぎりの頂は尖っており、下は丸みを帯び、草原の雰囲気と逆の海の岩のように見えた。

 片方に入り口がついていて、ここもイーアンがパッカルハンで見た、メンヒルみたいな石の組み方だった。

 長方形の石を組んだ建造物は、この世界に来てからよく見かけるけれど。ついこの前、ティエメンカダが連れて行ってくれた治癒場の一つも長方形の石。こちらはあれと違い、こちらの方が自然的な雰囲気を残している。


 ヂクチホスはどこから来たのかな・・・と何となく出身を思った。それはさておき、二人で入り口を抜け、暗い内部をまっすぐ奥へ歩き、壁に伝う光の帯を見上げる。


「教会みたい」


 ぽつりとイーアンが呟き、さっとルオロフが振り向く。イーアンは『以前の世界の、です』と添えて、こちらの世界ではなくてと話を戻した。神聖な雰囲気は、何かしら共通点を持つ。それは、祭壇のような大きな岩の台にも感じる。


「ここで話します。ええと、石板はこちらに立てた方が良いかもしれませんね」


 ルオロフが奥の壁と向かい合う形で、祭壇を挟んで立ち、イーアンも横に行く。よいしょと祭壇の上に包みを置くと、布を広げて石板の前面を奥の壁へ向けた。


「これで良いでしょうか」


「やってみない事には」


 肩を竦めてちょっと笑ったルオロフが、話すことを決めているかと尋ね、イーアンは考える。


 喋るのは得意ではないけれど・・・それに『ティヤー語を喋れない』と思い出す。ルオロフは微笑んで『私が話しても良ければ、私に教えて下さい』と引き受けてくれた。


「ごめんなさい、私はいつも抜けていて」


「あなたが抜けているなど思ったこともありません。何を伝えますか?」


 親切な申し出に礼を言い、イーアンは石板そのものの解説をしたいと伝えた。聞くよりも見た方が、民の印象に残ると思って、石板を使う。


 こう思うに至った理由は、この短い間で『告知』に対する理解が、日に日に歪曲している印象からだった。

 何でもそうだが、喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間。最初は驚きと咄嗟な感覚が占めても、少しすると視野が変わり、有利不利の問題を見つけ出す。


「それでは、祈りになっていません。心を世界に向けてもいない」


 伝えた側からルオロフが面食らって声を大きくし、『ずっと、()()()()()なんですか?』とイーアンを覗き込んだ。鳶色の瞳は諦めを含む理解を滲ませ、彼女が我慢しているのだと知ったルオロフは『いつから?』と改めて尋ねた。



「三日目くらいには・・・かな。最初からそうした意見はあったと思いますけれど、私に届ける手前でイングが判断して下さっているので、内容違いの祈りは()()()()として遮っていたそうです」


「イーアン・・・今は、毎日それを聞いて。どんなに心が辛かったでしょうか。神様は何も気にしていなさそうだから、つい私は」


 同情した貴族はイーアンの肩を撫でて、お辛かったですねと慰めると、イーアンは『私が人間の立場でもきっとそうなるから』と俯く。


「分からないでもありません。人間からすれば青天の霹靂でしょう。魔物が出て大変なのに、まるで追い打ちのような過酷な宣告。逆恨みに繋がらないこともない。そんな中でも、とにかく訴えることは訴え、助けてほしいと言いたいのは」


「承知しました。イーアンは少し休んで下さい。ここにいる間だけでも・・・私が伝えます。あなたはこの石板を介し、『存続可能性の軸を正したい』のですね?イーアン以外の『色』は、人間の訴えに耳を貸さず、ともすれば()()()から」


 遮ったルオロフは胸が痛い。イーアンが毎日遅くまで聞いて答えていたやり取りは、彼女以外で通用しないだろうと分かった。


 ルオロフは黙って下を向いている女龍が、どんな心境か察し、気の毒で両手を伸ばして抱き寄せた。ぎゅっと抱いて『誤解のないように、伝えますので』と約束し、肩に凭れ掛かった女龍の頭を撫で、労う。


 最強だろうけれど。心優しい人だから――― 


 ルオロフは、母の悲しそうな顔に我慢しない。私が言い聞かせようと壁を睨んで、ティヤー人にきちんとした教育(?)を誓った。



「聞いていて下さい。座るところはありませんが、少しでも寛いで」


 そっと腕を離して、イーアンが『有難う』と微笑んだ顔に頷くと、赤毛の貴族は壁に向き直り、すっと息を吸い込んだ。


「私は()()()()()んだ。ティヤーの民よ。しかし、あなた方の理解が、今後の人間の存続を左右する以上、そして誰より愛情豊かな母(※聞こえるように)に苦痛をもたらすとなれば、それを良しとしない私は尽力せざるを得ない」


 独り言か、宣言か。え?と意外な出だしに慌てたイーアン(※ルオロフがティヤーの民に不満)が、ちょっと待ってと言う前に、ルオロフの剣がシュッと音を立てて鞘から引き抜かれ、ギョッとする。


 つかつかと台の向こうに歩いたすぐ、貴族は剣を振り上げて、壁と台の間にある溝を切り、同時に台がパッと光り、壁は抜けた。壁は大きな白いスクリーンを一面に広げ、映画が始まる前の状態。


 これは、と息を呑んだ女龍の横を通り、ルオロフが祭壇の手前に戻るや、両手を置いた。


「ティヤーの民に、再び捧ぐ――― 」


 張りのある声の響きに合わせて、壁は大きな空を上半分に映し出し、下半分に広大な海と島々を見せた。



 *****



 ティヤー語の分からないイーアンが、ルオロフは何を喋っているんだろうと、ハラハラして聞いている間。



「なあ、タンクラッド。()()だ」


 工房の窓に手を掛けた筋肉質な職人が、窓の外を見ながら共通語で話しかける。ここは、本島ワーシンクー・ガヤービャン港付近の工房(※2540話参照)。



 うん?と作業の手を止めずに生返事をした剣職人の側へ行き、『お告げだよ』と机をトントン、指で叩いた。ちらっと目を上げたタンクラッドの視線は、差し込む明るい光と午後の青空に向き、もう一人の痩せた職人が、並びの窓に立って『絵が空に映ってる』と教えた。



「どれ」


 作業台に屈めていた体を起こした剣職人は、窓へ近寄り、青空に透ける・・・あの石板を見た。


「タンクラッドには分からないよな。ティヤー語で、この前『告知』があったんだ。あれの続きだ」


「続きと言うと。絵は関係しているんだな?物騒な絵に見える」


「うーん・・・物騒で済まない中身だぞ。向こうが透けて見えても、異様に迫るものがある」


 なんて言ってるんだ?と落ち着いた聞き方のタンクラッドに、工房を貸す職人は苦笑して『他人事だな』と呆れ、内容を教えてやる。

 この前はこんなで、今はこうだよと、空いっぱいに広がり見せつける絵についても説明する間、まだ・・・()()()()()()は続いていた。



「誰か、何か下手なこと言っちまったんだろう、きっと。『祈りになってねぇよ』と、そんな注意に聞こえる」


「あんたの通訳だと俺もそう思うが、(へつら)わないにしても、この状況で『個人を立てろ』と文句言う気になる奴の方が、俺は驚く」


 ハハハと笑った太った職人は、歯に布着せない言葉にタンクラッドの腕をポンと叩いて『そりゃそうだな。人間全体が消えるのに』迷惑な奴だ、と合わせた。が。笑った顔はすぐに戻り、彼は窓枠に手を置いて空を見つめた。


「だけどな。俺も疑問だらけだ。人間を片付けたいだけ、だったのかな。茶番劇に見えてくるよ、魔物が出たのも。俺の弟のところに、子供が生まれたばかりでな。ただ小さくて可愛いだけだ。何にも分からない赤ん坊まで、悔い改めないと消すぞと言われるのも」


 本音だな、ともう一人が頷き、タンクラッドは作業台に戻る。『悔い改め?』とそこだけ拾って繰り返すと、二人の職人が振り向いて『精霊や龍や妖精に命乞いって、そういうことだろ?』と答えた。


 命乞い。まぁ遠からずだな、とタンクラッドは思う。命乞いだけなら、聞く耳も持たれんだろう、とは、さすがに言えないので、やんわり別の解釈を混ぜた。



「命乞いより、『これ以上離れるな』と俺には感じるが」


「・・・何から?離れるな、と」


「世界は、人間だけじゃないからな。いつも側にいる別の存在と一線引いているのは、人間、と言いたいように聞こえる。ずっと、彼らは人間に『離れるな』と伝えていたかも知れないし」


「彼らって」


「龍とか精霊とか妖精とか。だろう?」


「タンクラッドは、祈りと改心を伝えたのか」


「俺か。()()()()()()だ」


 可笑しそうに首を傾げ、タンクラッドは作業中の部材を寄せる。ハイザンジェル人の男の言葉に、ピンと来たのか来ないのか。少し黙った二人の職人は、『空から絵が消えた』と窓から離れ、作業台側に行く。



「タンクラッドも死にたくないんだな。しょっちゅう祈ってるとは」


 揶揄い気味に、細身の職人が工具を取ってやる。工具に片手を伸ばしたタンクラッドは、笑みを浮かべたまま『俺は()()()死なせたいと思わないんだ』と答えた。

お読み頂き有難うございます。

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