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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悪意善意の手探り
2740/2959

2740. 三十日間 ~⑪イヒツァ博物館貸出の『石板』・廃棄材料提供交渉

 

 テイワグナで、史実資料館を出たシャンガマックが、仕事を進めている時間。


 ルオロフは剣職人と女龍連れで、イヒツァの博物館を訪れていた。

 正確には、ルオロフが連れられている。剣職人と女龍は彼に用があり、彼しか対応できないので、問答無用で付き合う。



 イヒツァ博物館に来る前は、宿に寄った。預けた馬車に工具を乗せているタンクラッドは、必要な工具を選んで鞄に入れ、女龍に意見を聞きながら『あった方が良い』材料も出し、それから博物館へ。


 タンクラッドが動く以上、移動はトゥに任せるため、どこへ行くにもあっさり到着。イヒツァ島の博物館も、午前の早い時間で来館した。


 ここからが少し長く、イーアンは通訳のルオロフに細かい意味を訳してもらいながら、館長に『あの石板』の貸し出しを頼んだ。館長は勿論、自分から言い出したことなので快諾したが、何があったかは聞きたがった。


 短い説明・言えないこと、は通用しないかも、と借りる手前のイーアンは、極力、隠さずに館長に伝え、館長は静かに耳を傾けてくれた。

 聞き終わった館長も、女龍に『私がああ言いましたのは』とここで勧めた理由を話す。


「この石板の後、大きな島の時代が終わって、ヒリの国が生まれ、今のティヤーへ続いていますが。もう、後がないような気がして」


 魔物が国を壊し始め、ウィハニの女が助けに降り、国中に『告知』が響いた今。人を守るために自分が出来ることは、過去の過ちを繰り返さないよう、伝えることくらいしかない。


 そう話す老人の目は遠くを見ていて、イーアンは彼の横顔に小さく頷き、その『告知』をしたルオロフも言えることがなくて黙る。タンクラッドは、学者の館長ならそう思うだろう、と理解した。


「悪あがきかも知れません。ですが、この国を愛して生きてきた人生です。この前、島も魔物の犠牲者が出て、学芸員が二人亡くなり、一人は行方不明になりました。皆、私が育てた生徒で、長い付き合いの」


 館長は言葉を止め、石板に触れて『私は襲われることもなく、ここにいた時間です』と呟く。


 学芸員が来る前の、早い朝。館長がたまたま、地下室に籠り出土物に思いを馳せていたため・・・町が襲撃を受けたのも知らず、後から。学芸員がいつまで経っても来ないから、心配したところ、近くの人に町が今大変だと聞いた。


 異界の精霊が助けて、魔物は退治されたようだが、砂に染みて地面を這う魔物に、足をとられて負傷した人は多く、死者が出るのも早かった。



「魔物にやられて死ぬなんて、これを前向きに解釈は出来ないですが。しかし、『告知』を聞いた後ですと、この石板が伝えるように審判の時間が降り注ぐのかと思わずにいられません。如何なる形であれ、人間が不要であると示され、削り取られた上で、裁かれる気がして」


 哀しい言葉の連続を遮りたいけれど、イーアンは迂闊な発言が出来ない立場。そんなことさせません、と言えたらと・・・俯いて僅かに首を横に振り、否定を示すだけだった。


 今は誰もが、同じように感じているんだろうと、タンクラッドも思う。ハイザンジェルで魔物が出た時もそうだったから。すっ、と息を吸い込み、タンクラッドは項垂れるイーアンの肩に手を置くと、『石板を』と話を変えた。


「借りられるんだ。借りよう」


「・・・はい」



 館長が託す、せめてもの手伝い。古代の戒めを使うのは今だと、渡される石板。ルオロフが借用持ち出しの手続きを済ませ、イーアンは、大判の布を博物館から貰って石板を包み、龍の腕に変えて抱え上げる。


 白い鱗の龍の腕を見て、館長は拝んだ。いつもなら拝まれると笑って対応するイーアンだが、笑う気になれるはずもなく、尻尾をくるっと前に回して、タンクラッドに鱗を一枚取るよう頼み、館長に渡した。


「魔物から守ってくれると思います。魔物が来たら投げて下さい」


「ウィハニの女。有難う。私は亡くなった教え子のために、『告知』の祈りをしました。龍のあなたではないんですが、人々に希望と未来がありますように、生きている時間の全てで願っています」


 何とも言えないイーアン。はい、と答えて、無事を祈る挨拶をした。博物館出口まで送ってもらい、ここでお別れ。ルオロフはじっと館長を見つめ、『あなたの祈った色は』と尋ねた。


「銀です。人の心の優しさを想いながら、銀を映す雫や鏡に祈りました。私はシーヴェルシアオロアという名で。何度かの祈りの後、鏡が不思議な輝きを見せたので、聞き届けて頂いたかも知れません」


「あなたの祈りは、()()()届いています」


 ()と聞いて、ルオロフは微笑み、館長も微笑み返す。三人はここで館長とお別れし、海に突き出す岬の先端からトゥに乗って、次はヂクチホスの世界へ向かった。



 *****



「神様に用があるのは、タンクラッドさんですよね?」


 ルオロフが、小さな無人島に降りてすぐ、後ろに立った二人を振り返る。


「イーアンも石板を持ってきたんだから、何をするか話しておくんじゃないのか」


 タンクラッドは女龍の抱える包みを指差し、見上げるイーアンは『話したばかりですよ』と答えた。


「私はもう許可をされましたので、ルオロフに用があるのです。彼が開いてくれる広報の」


「勿論です。お連れします」


 恭しい貴族が、タンクラッドとイーアンの間に入って、イーアンに微笑む。自分に用があると言われるのは、嬉しいルオロフ。タンクラッドはそんな彼を、こいつはどこまで息子として動いているのか、若干怪しく思った(※自分も横恋慕だったから)。


 変な勘繰りをする親方だが、とりあえずルオロフに頼らないと先へ進まないので、いつまでもイーアンにニコニコしている貴族に指を鳴らして振り向かせ、『頼む』と促す。


 ルオロフも了解。疎らに草が生える地面、人の背丈より低い突き出した岩に近寄り、岩の根元に走る溝へ、剣を抜いて切り付ける。ここは乾いているため、飛び上がる必要なし。ジャッと石を切る音と共に、斜めに傾く岩の側面に別の風景が現れた。


「こんなところにあると、誰も気づかないでしょうね」


 イーアンが側に来てしげしげ見つめ、よっこらしょと背を屈めて中へ入る。タンクラッドは更に背があるので『これは小さいな』と入り口の狭さに驚きながら、背中を丸め、頭を打たないように岩を跨いだ。


「ここまで小さい入り口は珍しいですよ」


 教えるルオロフは、するっと中へ滑り込み、草原の続く、穏やかで曖昧な空の下を歩き出した。



 イーアンは、石板を抱えながら歩く中、『ヂクチホス』という呼び名をタンクラッドには言わないのかな、と思っていた。でもタンクラッドは、確かヂクチホスと会っているのだ。やはりサンキーの一件で(※2682話参照)。


 と思っていたら、水の音が聴こえ、チョロチョロと清い水に光を撥ね返す水場が前方に現れた。


 黒い切り石が組まれた水場・・・オニキスのような透明な黒い石で作ったふうで、イーアンはこれをとても美しく感じる。


 半円の弧を描く水溜めを下に置き、膝下丈ほどの小さな柱が、半円の直線箇所から垂直に立つ。柱の上部に、ベルに似た突き出し口があり、水はそこから流れ落ちる。水溜めに落ちる水が溢れることはなく、透明な黒い石材で作られた水場は、延々と清い水を循環させているよう。


「とってもきれい。美しい水場です」


 思ったことを口にすると、水場が『宜しい』と返事をし、イーアンはちょっと笑った。


 その横から近づいたタンクラッドには『なにを求めて来た』と単刀直入に水場が尋ね、剣職人は水場の真ん前で片膝をつく。


「おい、あんた。黒い()()()()()()状態は、どうしたんだ」


 ルオロフ、びっくり。神様に向かって、『あんた』?! 

 そしてついに、『黒いくにゃくにゃ』の意味が、と急いで水場に視線を移すと、水をチョロチョロ落としながら神様は『この形の方が話しやすいだろう』と相手を気遣っての姿であると、きちんと答えていて、また驚いた。で、くにゃくにゃ自体は話題に出ず終わった(※無念)。


 イーアンも、タンクラッドの親しみ具合に、うっかり吹き出しそうになったが、タンクラッドは誰に対しても『お前』か『あんた』なので、彼の通常と受け止めた。だがルオロフはさすがに無理。


「あの、タンクラッドさん」


「どうした」


 肩を叩かれ、タンクラッドが背後の若者を見上げると、とても困惑した表情で『その、あんたとは』と呼び方に指摘され、タンクラッドは水場に顔を向ける。


「おい、あんたが名前を俺に言わないから。この男が心配している。俺が無遠慮だと思われているぞ」


「ふむ。ルオロフ、お前は私に是が非でも、呼び名を求めたが。タンクラッドは私に無理に名を求めなかった(※2683話参照)。だからこのままだ」


 えっ、と後ずさる貴族。そういうことなのか、と名を告げない様子に頷く女龍。


「でもタンクラッドが無遠慮と思うのは、私も同意だ」


 続けた神様に苦笑するタンクラッドは、『何を言ってるんだ』と友達のように水をぱちゃぱちゃ叩いて(※ルオロフガン見)、とりあえず用事だがな、と話をさっくり変える。



「あんたの大事な・・・剣の材料だ。あれの外側を使いたいと思ってな。ダメなら無理は言わんが、民の生きる時間を守りたい。それが理由だ」


 直球の交渉に、イーアンはタンクラッドが宝の換金をしていた場面を思い出す(※626話参照)。いきなり何の話をするのかと、ルオロフは緊張して神様の反応を伺う。水は少し間を開けて『民の生きる時間を守る、使い道を聞く』と説明を要求。タンクラッドは、あの外側の性質を知ったため、民が魔物を撃退する武器を作ると答えた。


「まぁ、武器と言ってもな。道具の方が近い。魔物を倒せる確率が高い代物だ。弱い女子供、老人でもどうにか扱えると思う。まだ試作品がないから、証拠を見せることはできないが」


「証拠がないのに思うだけで、私に望むか」


「いや。そこまで俺は間抜けでもない・・・ほら。見えるか?」


 ほら、と持ってきた鞄の被せを上げ、タンクラッドは片手に黒いものを乗せて見せた。黒いのは、あの物質の外側の艶、とイーアンはすぐ分かった。そしてそれがくっついているのは、魔物材料の未加工・・・要は、回収しただけの一部だった。それは何かと、水が尋ね、タンクラッドは端的に教えた。


「それが魔物の体で、外側がへばりついているのか」


「そうだ。動いている魔物に試さん内は、民に渡すことはないし、もし思うような成果が出ないなら、それもまた人に渡るまで行かないだろう。俺は無責任なものを作る気はない。上手く使えるなら、近寄る魔物を絡めて抑えるはずだ」


「量はない」


()()()()良いか、それも聞きたかった。俺の味方にダルナがいる。ダルナの中には、増量の魔法を使う者もいる」


 お水は黙る。剣職人は、饒舌。片方、眉を上げて『どうだ』と水に答えを求め、すぐ答えないので立ち上がった。


「待て。タンクラッド」


「無理は言わん、と最初に言った」


「お前は、『人が消える』と聞いても、それを渡すのか」


「淘汰のことか?俺は人間が、死ぬギリギリまで生きていたい生き物としか思えないんでな。そのために用意する。それで生き延びたら、最後まで諦めず、生きていたい素朴な求めを気づかせるだろう。

 それこそ、世界が人間に求めた『最後の機会』の答えじゃないか?生きるには、まず死なないことが前提だ。自分たちだけで生き延びられないと、感覚に刻み込む」


「許可する」


 水に許可を得て、タンクラッドはフッと笑う。さすが~と拍手するイーアン。ルオロフも呆気に取られながら、つられて拍手。ヂクチホスが『これ』とルオロフを注意し、ハッとして止める。


「それでは、あの材料の外側をくれ」


 テキパキ進める親方が頼むと、水場は形を変え、大きな水溜まりに変化。真っ黒いトロトロ系の水質が満ち、タールの沼のようだと凝視したイーアンは、すぐにあの臭いに気づいた。あの、ゴムが焼けるような・・・これ?と流動体の黒を見つめ、火山内部で見たあれがそのまま出て来たのかと理解。


「少し待ちなさい。さて、イーアン」


「はい。私が何か」


「膜が見えたら取るように」


 了解するイーアン。私人間じゃないからか(※指定条件=人間以外)。ルオロフがイーアンを気遣い『何かあってはいけないから自分が取ります』とすぐに口を出したが、水溜まりはそれを止めた(※『お前は危険』と)。



 こうして、無事――― イーアンは龍の爪で被膜を剥がし、脇に置いて、また被膜が出来たらそれを持ち上げて脇へ退け、を繰り返して、五回目でヂクチホスは『もういいだろう』と終了を告げた。


 被膜はてろんとしていたが、徐々に固まり出しており、薄いから全体的に『外側状態』に変化していると分かる。そしてこれを運び出す。


 タンクラッドは神様に礼を言い、『上手くいったら、ルオロフに結果を託す』と約束し、ルオロフと先に外へ出る。


 イーアンの持つ石板は重く、そして黒いシート状の被膜もそこそこの重さなので、ルオロフは手伝いたがったが、これはイーアンが二つとも運んだ。


 よっこらせと両腕に荷物を抱えた女龍は、一度だけヂクチホスを振り返って『名前は極秘ではないのですよね?』ととりあえず確認し、『極秘ではないけど、本意でも無い』と返答を貰い、分かりましたと頭を下げて退出した。


 石板のことは・・・ 一言も、話すことなく。ヂクチホスも、尋ねはしなかった。



 外へ出るともう昼下がりで、三人はここから別個に行動。

 タンクラッドはトゥに被膜を乗せてもらい、知り合いの職人の工房へ出かけ、イーアンはルオロフと一緒に―――


「告知、第二弾ですね」


 呼びかけの室へ、二人は石板を持って移動する。

お読み頂き有難うございます。

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