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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
274/2944

274. イーアンボロボロ

 

 町の通り、表、そこかしこで歓声が上がる中。イーアンはミンティンに運ばれ、タンクラッドのいる工房裏へ。


 タンクラッドが青い龍に駆け寄ると、龍は背鰭を少しずつ緩めて、ぐったりするイーアンをタンクラッドへ降ろす。無事にタンクラッドが受け取ったのを見届け、龍は一旦、空へ戻った。


「イーアン、イーアン!」


 抱きかかえたイーアンは、意識がなくても、まだ左手に剣を握り締めている。タンクラッドは左手を解かせて剣を外し、急いで工房の自分のベッドに運び、そっと寝かせた。


 何度呼びかけても返事がない(※中年なので疲労)。息はしているが、顔中細かい切り傷と、右目に流れた血が状況を不安にさせる。

 そっと髪の毛を撫でると、頭の皮膚が少し切れているのが分かった。痣になったら大変だったから、まだ切れて血が出た分、良かった、と思う。


 とにかく湯を沸かして、布を絞り、イーアンの怪我を拭く。『イーアン。イーアン、凄かったぞ。お前は強い。目を、目を開けてくれ』泣きそうになる気持ちを押さえて、心優しい剣職人はイーアンに声をかけ、その傷を丁寧に拭き続ける。



 扉を叩く音がして、一度振り返り戸惑うと、扉の向こうから『ダビです、入れて下さい!』必死な声が聞こえた。タンクラッドが扉を開けると、血相を変えたダビが『イーアンは』噛み付く勢いで訊いた。


「中だ。目を覚まさない」


「どこ。どこなんです」


 ダビは中へ入って(←入って良いとは言われていない)部屋の中を見回す。心配で血相を変えて飛び込んできた男を追い出すわけにもいかず、仕方なし、タンクラッドは寝室へ連れて行く。

 ダビがベッドに横たわるイーアンを見て走り寄った。ベッド横に跪いて、顔を見て傷だらけのイーアンに愕然とする。



「あなたって人は」


 イーアン、起きて、イーアン!叫ぶダビは、イーアンの手袋の上から手を握り、容赦なく揺さぶる。びっくりしてタンクラッドが止める。『傷が他にあったらどうする』急いでダビを引き離して、イーアンを守る。


「イーアン、俺です。ダビです。起きて下さい。あなた、あんなことで死なないでしょ」


 パッと見て、頭が切れて出血しているのを知るダビは、息が荒くなる。『縫わなきゃ』と呟いた。


「落ち着け。大丈夫だ。このくらいだと縫わなくても直る。切れた部分は少しだし浅い。薬を取りに行くから、彼女を見ていてくれ。絶対に揺するな」



 きちっと注意してから、タンクラッドは不安そうにダビを残して、別の部屋に置いた薬を取りに行った。



「イーアン。何てことを。なぜ一人で・・・・・ またこんなに怪我して。無茶するなって言ったのに」


 ダビの目に涙が浮かぶ。イーアンが呻いて、瞼をぐっと瞑るのを見て、ダビは目を丸くする。


「無茶。そうね」


 痛そうに少しだけ目を開けるイーアン。フフッと笑って、一回何かが喉に詰まったようで咳き込む。口から血が出て、慌てるダビの前で、自分の肩に頭を向けて、ペッと血を吐き出す。



「イーアン」


「また口切ったわ」



 顔だけ笑う、傷だらけのイーアンに、ダビは安堵の溜め息をついて、その手を握った。魔物の歯の付いた手袋。切れたり燃えたりした跡のある毛皮の上着。なんて人なんだ、と頭を振る。



「何時なの」


「そんなのいいですよ。まだ明るいし」


「頭が。いたたっ。いってえ」


 男らしく痛がるイーアンに、若干引きながら、ダビは頷く。『頭、怪我してます。今、タンクラッドさんが薬を持ってくるから』そこまで言うと、タンクラッドが戻ってきて、イーアンの意識が戻ったことを知り、ダビを押し退ける。


「イーアン。イーアン、大丈夫か。大丈夫じゃないけど」


 言い方が可笑しくて、イーアンはちょっと笑う。げふっと喉に詰まった血を吹いて、慌てるタンクラッドに布で拭かれた。


「ああ。お前は何て強いんだ。何て勇ましい。下から心配で見ていたが、あんな戦い方をするなんて。とんでもない女だ」


 顔を拭きながら心配半分、笑顔半分の職人に、微笑むイーアン。『女じゃないみたい?』イーアンが力なく笑うと、額の血に固まる髪の毛を布で拭くタンクラッドが頭を振る。


「お前のような女が、一番女らしい。優しさで守る、強さだ」


 ダビがいるのでそれ以上は言わないし、何もしないタンクラッド。ただ、極上の微笑と眼差しでイーアンを見つめる。ボロボロのイーアンには、それだけで治癒力。イーアンは有難くエネルギーを頂戴する。



「薬、塗ったげないと」


 少し面白くなさそうにダビが言う。そうだった、と急いでタンクラッドは薬を出して、イーアンの頭皮の傷を見て『痛いかもしれない。我慢だ』と言い聞かせて軟膏を塗る。


「いてえっ」


 男らしい痛がり方に一瞬怯むタンクラッド。しかしこんなことで、薬を塗らないわけにいかないので『我慢だ』と囁きながら、いてえいてえ煩いイーアンに戸惑いながら、薬を塗り終えた。顔もそこら中、細かい傷が付いているので、顔にも塗る。


「あたたっ、たたたっ!いたた、いてっ」


 イーアンの低い声で素地の反応に、男二人は戸惑う気持ちを顔に出さないようにし、とにかく薬を塗り終えて一安心。



「もうちょっと。休んでから帰りましょう」


 ぜーはーぜーはー言いながら(※痛かった)イーアンがダビを見る。『いいですってば。そんなの』動いちゃダメだとダビが言うと、タンクラッドも同意する。


「確かにイオライセオダ(ここ)から支部まで、この事態を連絡しようにも距離があるが。動いたら傷に触ると分かって、イーアンをこのまま帰せない」



「タンクラッド。私の右の肩。触って下さい。激痛がしました」


 イーアンは思い出して右腕を目で示す。赤い毛皮を職人がずらすと、美しいブラウスが血に染まっていた。目を一瞬瞑るタンクラッド。痛そうな顔で肩を見つめるダビ。


「服を。肩の服を切って下さい。怪我してるなら血を止めなければ」


 イーアンに言われ、そっと上着を外してブラウスの右肩を鋏で切ると、右の肩の皮膚が、何かがぶつかった裂傷で切れていた。毛皮と青い布があってこれだから、と思うと、タンクラッドは不幸中の幸いに感謝した。


 濡らして絞った布でそっと拭いてやり、薬を塗り、清潔な布を当てて包帯を巻く。ぬぐうっと呻くイーアンは、痛みに耐えて唾を飲み込んだ。


「他は大丈夫です。多分。頭と右の肩を、魔物の翼で打たれたから」


 炎の玉はちょっと当たったくらいで、とイーアンは目を閉じながら呟く。タンクラッドは心配そうな顔のまま、イーアンの裸の腕と肩に毛皮を掛けてやる。細い細いと思っていても、物を作るからか腕にも肩にも筋肉が付いていて、柔らかいのに、少し動くと筋肉の線が見える。



「イーアン。俺はお前ほど逞しく美しい女を知らない。お前と生きれたら」



 ダビびっくり。目の前で口説いてる。傷だらけの人に。それダメでしょうと思うが、ちらっとイーアンの反応を見る。イーアンは普通に笑顔。『あなたの剣があったから』そう呟いてニコッと笑った。


 剣?ダビが見回す。イーアンはダビの意識が剣に向いたのに気が付いて、ダビに話した。


「イーアンの剣を?作ってあげたんですか。この短期間に」


 驚くダビに、タンクラッドは笑顔を向ける。『そうだ。魔物の剣だ』そう言うと、イーアンを見て『な』と笑った。


「最高ですよ。最強の剣です。私に勿体無いくらいの」


「違う。お前にこそ必要な剣だ。目の前でそれを使って戦い、威力を見せて、証明してくれた」


 タンクラッドの大きな手が、イーアンの髪の毛をそっと撫でる。ダビはあまり見たくなくて、剣も気になるし、『帰ったら見せて下さい』と呟いた。


「タンクラッド。素晴らしい剣です。あんな巨大な魔物さえ。氷漬けになった魔物さえ切り裂いた。あなた以外の誰にも作れません」


「お前のことを思えば。お前の世界が分かる。お前の剣だ、イーアン。イーアンと俺の剣だな」


 ダビの心臓がぐさぐさ来るが、二人はそれを知らない。フフフフ、ハハハハ、と笑い合う世界の真横が、こんなに身の置き場に困るものかと、ダビは人間らしい痛みに苦しんだ(※初)。



 それから1時間ほど休み、イーアンは起き上がった。


 満身創痍かと言うと、実際は、傷を負った以外は筋肉痛(※剣を使う・足場揺れる等)と認める。怪我をした頭部と肩は痛むが、凍えそうだった足も凍傷にはなっていないと分かり、とりあえず復活。


「今日は帰ります。疲れました」


「泊まれ。俺が世話する」


「ダメです。総長の気が狂う」


 ダビの一言に笑うイーアン。ダビは真顔でうんうん頷いている。苦笑するタンクラッド。はーっと息を吐き出してから、イーアンを見つめる。


「大丈夫なのか。龍に乗れるのか、その傷で」


「あの仔も疲れたでしょう。ゆっくり飛んでもらいます。ダビもいるし大丈夫です」



 白い棒を預け、保存食を少しずつ食べるようにと渡し、支度を済ませ、白い剣を携えて。イーアンは龍を呼ぶ。工房の裏庭にやって来たミンティンに、ダビが荷物をくくりつけた。


 ミンティンはイーアンを心配そうに見て、自分の顔にイーアンのお尻を乗せてから、ついーっと首元へ運んでくれた。背鰭を抱くように左腕を回し、袖を通していない右手側の毛皮上着を押さえる。ダビもよじ登って、イーアンの後ろに座った。


「タンクラッド。お世話を掛けました。また契約の話がありますから、出来るだけ早く来ます」


「待ってる。だが傷を癒してくれ。一緒にいられなくて心配だ」


 別れ際の挨拶をしている際に、タンクラッドの工房の前で大勢の人の声が聞こえた。振り向くタンクラッドは、状況を理解したようで小さく頷きながら、イーアンの足を撫でた。


「早く行け。龍が再びここに来たから、皆がお前たちに会いたがっている」



 微笑むイーアンはタンクラッドに挨拶して、龍と一緒に浮上した。どんどん小さくなっていく龍の姿が、夕方になる日差しに煌く。


「大した女だ。お前は」


 フフッと笑って、タンクラッドは表の人だかりに説明に行った。


お読み頂き有難うございます。

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