2739. 三十日間 ~⑩民の武器・三日目朝、別行動:バサンダ進捗・館長へ『檻』報告と四方山話
※今回も長くて、7000文字あります。どうぞお時間のある時にでも。
夕暮れのアネィヨーハンで。
女龍の部屋並び、剣職人も机に背を屈めて、新たなものづくりのための工程を集中して書いていた。
こちらは、淘汰手前の『今を守る』意識。
「明日、馬車に工具を取りに行くか。アマウィコロィア・チョリアでどこか・・・作業をさせてくれる工房を探さないと・・・この島近くじゃなくても、知り合いの工房でもいいのか。
サンキーだと迷惑が掛かるから、本島で俺が教えた工房に相談するかな。ピンレーレーは、海運局長が『剣の持ち主』に食いつくから、下手に動けん」
サンキーの元を訪れて、事情を手短に相談し、彼の意見も聞かせてもらった後、畑にあった『殻』を受け取り戻って・・・『試作品』の整形には間に合っていないが、機能は目論見通り。ここまでは確認した。
予想が当たったタンクラッドは、これでルオロフにも、『黒いくにゃくにゃに話がある』と頼める。
タンクラッドはきちんとした試作を、工房で作りたい。船に戻ってからは、制作に必要な手順・材料と工程をできるだけ細かく紙に記していた。うまくいけば、決戦時でも民は自分たちを守れるだろう。
「例えその後、全滅の指示が下されようと、だ。最後まで自分の意志で生きていたいのが人間だ」
民の使う武器のため、ペンを走らせるタンクラッド。
窓の外を見つめて、石板を思うイーアン。
オーリンは模型船に相談を話しかけて、一定方向を示す舳先の意味を考える。
*****
翌朝。イーアンが皆に、夜は何となく言う気になれなかったラファルの報告を伝え―― 『ラファルは無事、海の水で悪状況を切り抜けた』 ――思ったとおり・・・少し薄い反応を見て、それ以上は言わず、黙って朝食を頂く時間。
うんと離れた、テイワグナ。
「体調は?休んでいるのか」
伝統面の店に入ったシャンガマックは、奥へ案内する若い面師ニーファに尋ねる。
「休んではいないと思いますが、体調は見ている限り、問題なさそうです。怪我もなく」
話しながら店を抜け、裏の扉を開けると、午前の光が当たる工房が向かいにあった。
ニーファは『今し方、朝食にしたので、まだ洗い場にいるでしょう』と工房の建物左を見て、黙って立ち止まり、シャンガマックも『どうした』とそちらを見る。
「・・・ちょっと待っていて下さい」
朝から来た客人にその場で待つよう言うと、ニーファは一人で工房へ続く中庭を横切り、工房脇に消えた。
向かい合う工房の壁は質素で、広い横長の一面に小窓が二つ三つ付いている。その一つが壁の角に直角でついており、少し光が差し込んで、中の様子が見えていた。多分、そこが洗い場で、バサンダがいれば見えるはず・・・なのかなと、シャンガマックは想像する。
店と工房の間は小さい中庭で、敷石の道が二つを繋ぐ。待てとは言われたが、シャンガマックはほんの数mの道を、ゆっくり向かいの建物へ進んだ。
もしかして、倒れてはいないだろうか・・・ 食事を摂らせたとしても、眠っていなければ食べたら―――
そう思いきや。ニーファが建物横から飛び出して『シャンガマックさん』と走り寄った。
当たりかと察した騎士の袖を引っ張り『手を貸して下さい』と慌てる彼について行き、横の開けっぱなしの扉を覗くと、バサンダが窓の下で床に突っ伏していた。
洗い場は、食卓と椅子四脚、扉と反対側に水場と竈が据え付けられ、バサンダが腰掛けていた椅子は、倒れても頭を打つものが側になかったので、これを見たシャンガマックも、怪我がなくてホッとした。
「さっきは、普通に食べていたんです。受け答えが覚束ないのは、気になったけれどいつもの」
いつものことでと言いかけ、でも倒れると思わなかったニーファは口を閉じる。
「気を張っていると、腹を満たした拍子にこうなることもある。とりあえず運ぶか」
着いた側から忙しい朝。シャンガマックはバサンダを抱え起こすと、彼の片腕を肩にかけ、寝かせられる部屋へニーファに案内してもらい、長椅子と敷物のある部屋に体を寝かせた。
「こうしたことは、今まで一度もなかったか?」
バサンダを長椅子に置いたシャンガマックが、横に立つニーファを見上げる。若い面師は『倒れたことはない』と戸惑うばかり。了解したシャンガマックは、持参した小さい瓶の栓を抜き、バサンダの少し開いた口元に水を垂らした。
ルオロフを迎えた異時空の『神』が与えた水の効果や、さて。
どうかな~と待っていると、バサンダの喉に流れたらしき数滴は、見える効果を表した。喉が薄っすらと透けて、え?と二人は変化に目を丸くする。
明るく透けた喉から、衣服の中へ光が走り、見えなくなったと思いきや、砂の波ように散りばめる光が顔を駆け、バサンダの目がパッと開いた。
「大丈夫か」
「ん?シャンガマックさん?ニーファ・・・え、どこですか、ここは」
「客間ですよ、バサンダ!あなたが倒れたから、シャンガマックさんに運んでもらって」
「倒れ・・・すみません!そうでしたか」
答えながら体を起こした初老の面師は、面目なさそうに頭を掻いて、シャンガマックは笑って彼の肩を叩く。
「早速、この水を使うとは思わなかった。よほど集中して作っているのだろうな」
「まぁ・・・いや、しかし。お手数を」
いいからいいから、と騎士は笑って、苦笑するバサンダに体調を尋ねる。元気が漲っていると、少し冗談めかした面師の顔は血色も良く、特殊な水のおかげでしっかり回復した。これにニーファは安心したが、始めてからまだ数日で、いきなり倒れてしまう姿には驚いたし・・・不安が。
ちらっと。作業場へ続く廊下を見るニーファ。
バサンダの様子は一日数回見るようにしているが、工房と廊下を分ける壁につく窓から、ちょっと中を確認するくらい。食事は一日二回だが、水は工房に置きっ放しで、早い話がバサンダの作業を邪魔しないよう気を遣っていた。
工房に入らないし、作業中に話しかけるのも控えているし、食事も様子を見て・・・だからつまり、部屋の中は見ていない。
窓から死角の位置にある作業台の半分でバサンダは制作しているから、通路から眺めても彼が何をしているのか、予想もつかなければ把握もできないまま。
制作開始から三日経ち、今日で四日目。
まだまだ始まったばかりだというのに、こんなことで大丈夫なのだろうか?
ニーファは、『12の面を作る』にあたって、バサンダの体力、精神力の限界など、心配が頭をもたげる。
工房を見て、手伝えることがあれば自分も手伝う、と言おうか。その方が良いようなと思い始めると、心配でそわそわ落ち着かなくなったニーファは、騎士とバサンダが話しているので、『ちょっと外します』と、通路を指差して立ち上がった。
「わかった」 「どうして?」
二人同時の返事だが、騎士は了解したものの、バサンダが止める言い方。目が合うと、バサンダは少し責めるような目つきを向けていた。
「工房を見たいんです。バサンダの作業状況を。ダメですか」
「ダメではないですよ。でも、作業状況なら後でも話せます」
「バサンダ・・・私にも何か手伝えたらって」
「ニーファに手伝ってほしい段階は先です。今はありませんよ」
ざっくり手伝い拒否。あ、と気まずく視線を逸らしたニーファの顔に、バサンダは強く言い過ぎたと思い『すみません』とすぐ謝る。シャンガマックは二人を見てから『俺も見たいのだが、ダメか』とバサンダに振る。
「シャンガマックさんが見るんですか」
「見ても分からないと言いたそうだな」
ハハッと笑った騎士に、バサンダは慌てて両手を顔の前で振って『そういう意味ではないです』と撤回する。
「何かあるのか?見られたくないとか。単独作業で、大事な状態の維持とか」
「あ・・・はい。その意味です」
ふーんと理解を示した褐色の騎士は、ちょっと顎に指をかけて考え、『それなら。どのくらい進んでいるか、それは聞けるか?』と質問を変えた。仲間に報告したいと理由を添えると、バサンダはこれは聞き入れ、ニーファも一緒にそれを聞く。
「今。一つめの面の内彫りです」
シャンガマックは、ピンとこないので続く説明を促すため、うん、と頷く。ニーファは驚きで口を開けた。
「何ですって?」
「はい。ニーファ。内彫りです」
「ほ・んとう・・・で」
「本当です」
嘘だろとは言えなかったが、嘘だとしか言葉が次にないニーファは、言葉を失って黙った。その首はくるっと横に向き、壁で見えない工房のある方を見つめる。
シャンガマックは彼の反応に不思議を感じ、バサンダに『早いという意味か』を尋ねたら、初老の面師は首をちょっと傾けて『多分』と可笑しそうに頷いた。
「ありえない」
通路に一旦、出させてもらった衝撃のニーファは、ぱたんと扉を閉じた途端、天井を仰いだ。
「嘘ではないんだろうが。でも。そんな。内彫りまで、たった三日でいけるか?」
嘘だなんて言えないけれど。信じられない。信じられなくて工房を見たかったが、懸命に気持ちを押さえて・・・『どうかしたか』と気にしたシャンガマックに扉を開けられ、びくっとして、中に戻った。
バサンダはニーファに衝撃を与えたのを理解しており、疑わしそうで不審そうで好奇心と確認を欲する彼の目つきにちょっとだけ笑った。
「本当ですよ、ニーファ」
ええ、とは答えたものの。目が泳いでしまう若い面師。内彫りまで最低でも半月以上。半月ならかなり順調で、調子が良くて、慣れていて、得意分野で・・・ 12の半面(※顔半分用のもの)に一年以上の制作期間を予想したのに。
本当に半月間で内彫りへ進んだとしたら、あらゆる条件を満たしてこそ、と知っている若い面師には、半月どころか三日でこなした神業に頭痛がした。
いくら、私たちの伝統面を使って没頭したからって。そこまで宿るか?とニーファは悩む。
「大丈夫か?彼は」
呻くように声を殺して目を強く瞑るニーファに、シャンガマックが怪訝そうに声を潜めたが、バサンダは苦笑して『大丈夫ですよ』と詳しくは説明しなかった。
ニーファは落ち着かず、何度も椅子から腰を浮かせては、工房見たさに廊下へ出ようとして戻り、必死で自分を押さえる行動を繰り返した。
奇異な行動を目端にしつつ、シャンガマックは次に来る日の予定をバサンダに伝え、バサンダはニーファに聞こえないよう、褐色の騎士の耳に顔を寄せて囁く。
「あと。六日待って下さい。そうしたら、最初の一つが出来ます」
分かったと即答したが、随分早く出来るものだなとシャンガマックは思うだけ(※素人感覚)。
もっと時間が掛かる印象だったけれど・・・でも一つの面が十日前後で出来るんだな、とそれくらいで、大して疑問を持たなかった。が。続く言葉にはさすがに驚かされる―――
「一個目が出来たら、最後の12までは二ヶ月かけません」
計算が合わない、大胆不敵にも聞こえた予告。
褐色の騎士は眉根を寄せたが、バサンダは全てを掌握したように宣言した。その目の奥から滲むのは、人の境を越えた、遠く広大な場所の存在のように、シャンガマックは感じた。
*****
この数十分後。
「遺跡を使え。きっと君なら使える。大きな檻となって(※1675話後半参照)」
机に置いた束の手前に、ポンと片手を置き、シャンガマックは机を挟んで座る、館長の好奇心満々な顔に、プッと吹き出す。
「あなたは、あの土壇場でそう言って、俺にこれを投げました。すごい信頼です」
「覚えているよ。君なら一台決戦で絶対にモノにする、と直感が告げたんだ。私は正しかったね!」
二人の視線が、資料束の上で重なって、どちらともなく笑い出す。昼までまだある午前の風が、窓から入ってくる資料館の一室で、シャンガマックは笑いながら『館長はとんでもない人だ』と首を横に振り、館長も紙束に目を落として『それを使った君は、なんて言えばいいんだね』とやり返した。
バサンダに『予告』を教えてもらった後、シャンガマックは『さすがに六日間も放っておく気になれないから』と次も早めに来る約束をし、カロッカンの町を引き上げて、今は首都ウム・デヤガの史実資料館。
―――昨日も実は来ているのだが、昨日は話しどころではなく、館長の片づけを手伝って自由時間は終わった。
数日遅れで、調査の荷を積んだ馬車が戻り、その荷解きと仕分けで力仕事。
館長の荷物を館内に運び込んで、言われるままに分けて、気づいたら仕事に戻る時間で、改めて今日、来館―――
「話してくれ。戻しに来てくれた日から、気にはなっていたんだ(※1708話参照)」
「はい。館長も見ていたようだし、『どういうものか』の説明は後にしますね。まず・・・ 」
シャンガマックは自分が解読した部分と、解釈に悩んだところに指を置いて、古代檻を立ち上げるまでの流れを話し、実際に立ち上げるためには、魔力や術の覚えがどれくらい要るのかなども、説明に添える。
使用して知った、資料にない幾つかの条件や、世界の秘密に通じる部分は話せない事。そこには触れず、嘘ではない事実を繋いで、資料の内容に合わせた。
これは話しても大丈夫と思った『外国の古代檻』について、アイエラダハッドでも使ったと伝えると、館長は『知ってるよ、それ』と両手をパンと打って、シャンガマックが驚いた。
「知っているって?館長、テイワグナにいたんですよね」
「そう。でも、やっぱり君だったか!」
「あの。話が見えないんですが、何で『でも』ですか?」
「アイエラダハッドからね、貴族の手紙が来たんだよ。私にじゃなくて、テイワグナの貴族宛だけど。それでアイエラダハッドの魔物が終結した知らせに、水色の光が地面に幾つも出たとか。きっと『檻』を使った、と思ったんだ」
はぁ~・・・シャンガマックは口を開けて頷く。貴族か、と情報源を納得し、情報の速さに舌を巻く。
「その貴族の手紙、もしかして最近じゃないですか?まだアイエラダハッドが終わってから、二ヶ月経ったくらいで」
「そうそう。ついこの前だよ。私が調査から首都へ戻る手前、文化遺産保全強化の会議に顔を出して、出資する貴族がアイエラダハッドの『不思議現象』を話してさ。不思議は慣れっこだし(?)それは良いけれど、手紙は飛ぶ手段で送られたみたいだね」
アイエラダハッドと言えば、鳥文――― 鳥でハイザンジェルまで回し、そこからテイワグナへ届いたと理解したが、館長はじっとシャンガマックを見て『鳥だけではないんだ』と呟いた。
「船ですか」
「違う。君の仲間にいない?」
「何がです」
「飛ぶ、誰かだよ」
「龍なら居ますけれど、こっちまでは来ないと思いますよ」
「じゃなくて。人間で。イーアンでもないよ」
「・・・・・ロゼール?」
はたと過った、友達の存在・・・ 鳥と同じくして飛ぶと言えば、彼くらい。ミレイオも『お皿ちゃん』を持つけれど、ミレイオはティヤーから動かないので違う。
館長は騎士を見つめて、うんと興味深そうに頷くと『人間だって聞いたんだ。鳥が持ってきた手紙を、人間の男が空を飛んで運んだと』そんなのはシャンガマックの仲間しかいないと思ったと言われ、褐色の騎士はなんて答えていいか分からなかった(※館長が会いたそう)。
思ったとおり、館長は思い出し序で『飛ぶ人間』に会いたがり、シャンガマックは『約束できません』と一生懸命断って、会見時間は終了を迎える。
『檻』について半端な報告で終わったが、館長は手帳を開き、自分が資料館にいる日を教え、また来れたら早めにと騎士に頼んだ。
「いつまでテイワグナにいる予定かね」
「ええと。まだいます・・・ただ、他の国も行ったり来たりが始まるので、とりあえず館長がいるか、様子を見に来ます」
「分かった。その古代檻の資料は、君が持っていなさい・・・シャンガマック、そういえばあの金色の飾りは取ったの?」
不意に、館長の視線が首と腕に流れ、以前あった『金色の飾り』に話が移る。騎士は答えに詰まり、ええはいまぁ、と濁して咳払い。禁忌を犯したために失った、精霊の加護。館長には関係ないが、不意打ちはちょっと堪える。
館長は、たじろぐように戸惑うシャンガマックを気に留めず、『次はさ。この話もしたいんだよね』と後ろの棚に手を伸ばし、これなんだけど、と・・・いくつかの小さい円形と、紐で綴った資料を引っ張り寄せていた。
精霊の加護を失ったことに、動揺したシャンガマックは、館長が喋っているのを聞いておらず、館長は『テイワグナ民話で、異界に連れられた人たちの遺跡の~』と言いかけ、粘土板と資料に『これだよな?』と目を細めて確認し、話が途切れる。
我に返ったシャンガマックは、居座って長引いてしまう、と時間を気にし、『また来ます』と椅子を立った。館長も『ああそう』の軽い挨拶で、次回に詳しく、と来客を送り出してあっさり終わる。
尻切れトンボの情報さておき、来客は資料館を出た。
扉を軽く閉めた館長は片手を開いて、持ったままの粘土板、数個を眺める。
「檻と関係あるのか、はっきりしないが。シャンガマックに話したら、彼が答えを探し出しそうなんだよね。粘土板が、異界に連れられた人たちの身代わりになった民話だけど。
檻の近くで出土しているから、檻が異界と関連していて・・・もしかすると、『連れて行かれかけて、戻る約束とか代償の誓いとか、そんな感じで粘土板がある』とかな・・・んー、まだ主観の範囲だからなぁ」
館長は、証明に足りない調査途中のこれを、嬉しい再会を果たした弟子―― シャンガマックにも教えてあげたいと、次の再訪を楽しみに研究室へ戻った。
お読み頂き有難うございます。
最近は、本文が長くなりがちで申し訳ないです。分けたら良いのだろうけれど、分けて、進みが遅くなってしまうのも困るので、それで詰め込んであります。お付き合い下さって、本当に有難うございます。
いつも励まして下さること、いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝して。




